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八朔少尉は乙女の枠におさまらない【番外編集】  作者: 卯月みそじ
【番外編1】魁! 第一中隊、第壱回腕相撲大会!
3/3

三 (※挿絵あり)


「さあ! さあさあ、さささのさあ! 大会もいよいよ大詰め! 待ちに待った決勝戦は、やはりこのふたりの大一番! 東、藤堂綜士郎! 西、獺越万都里!」


 狭苦しい事務所を、野太い鯨波(げいは)が満たしている。佳境も佳境、大盛り上がりだ。

 梅雨の憂さを吹き飛ばす大熱狂。その中心で、長身の青年と、飴色の髪の青年が卓を挟み、見合っている。


「ついにキサマと決着をつける機会がやってきたようだな、藤堂……!」

「やはり決勝まで勝ち進んできたか、獺越……」


 美青年ふたりは真剣な面持ちで卓に肘をつき、臨戦態勢を取る。

 第一中隊全員が、固唾を飲んで戦いの合図を待っている。

 五十槻も精一と並んで、真顔の奥ではらはらしつつ、観戦の構えだ。精一は点棒をじゃらじゃらさせて上機嫌である。一番人気は、藤堂綜士郎。大穴は獺越万都里。

 小林二等兵が、緊張の面持ちで口を開いた。


「──始め!」


 さて。ここまで両者、準決勝に至るまで、対戦相手を瞬殺で仕留め続けている。

 しかし──ここに至っての実力伯仲。初手で決着はつかず、いきなりの膠着状態だ。


「う、ぐ……小癪な……!」

「……なかなかやるな、獺越」


 いや、と勝負を見つめつつ、五十槻は冷静に戦況を観察している。

 若干、綜士郎の方の体勢に余裕を感じる。対して万都里の方がわずかに前のめりだ。

 少しばかり、綜士郎の方が優勢であるようだ。うちわを持つ少女の手に、ぐっと力が入る。


 やはり藤堂大尉はすごい。すごいぞ藤堂大尉。


「藤堂大尉。頑張ってください藤堂大尉」


 五十槻は内面ではいたく感動しているのだが、傍から見ればいつも通りの真顔と平板な声である。

 ただ、その健気に応援する姿が。

 獺越万都里の逆鱗に触れぬはずがない。

 ただでさえ恋敵を見る目であった万都里の双眸(そうぼう)へ、さらに横恋慕の色が宿る。

 目の前の対戦相手の、そんな嫉妬の感情に気付くそぶりもなく。綜士郎はちらりと五十槻の方を見て、ちょっと微笑ましそうに目元を和らげた。その微細な表情の変化も、万都里のやっかみに拍車をかける。


「お、おのれ藤堂……勝負事の最中によそ見をするとは何事だ!」

「あ、ああ。すまん獺越」

「ハッサクの声援で鼻の下を伸ばしおって……!」


 綜士郎としては、別にそんなつもりはなかったのだが。


(ついに幻覚まで見始めたんだが)


挿絵(By みてみん)


 困惑のまま、綜士郎は勝負に集中する。だがこのやりとりがきっかけになったのか。

 ぐぐ、と形勢が変わり始める。綜士郎の腕が、徐々に押し返され始めていた。


「な……意外だな獺越。底力を隠し持っていたとは……!」

「ハッサクの前で無様な姿は見せられんからな! さあこのまま机ごと引き倒してやる! 覚悟しろ藤堂綜士郎!」


 まずい、と。綜士郎の面持ちが曇っている。握り合った拳の位置は正中線から、だいぶ右に寄っている。このままでは逆転を許してしまう──。


「そういえば聞いていなかったな、藤堂! キサマ、優勝したらハッサクに何を望む!」


 万都里がさらなる腕力をかけながら問う。対して綜士郎。


「別に! 無理矢理参加させられたからな! 強いて言うなら、美味い飯を食って元気で健康に過ごしてくれるなら、俺はそれで十分だ!」

「フン、善人ぶりおって腹立たしい……! どうせ実際優勝したらキサマ、あれだろうが! 女装させて侍らす魂胆だろうが!」

「そりゃお前の願望じゃないのか獺越!」

「た、たわけが! そんなわけなかろうが、なあハッサク!」

「はい。信じております。獺越さんは絶対にそのような不埒はなさいません」

「だ、だよなァ!」

「それじゃあ獺越、お前は結局何が望みなんだ?」


 その問いかけに。万都里はぴたりと停止した。綜士郎の手の甲と机との距離が、あと一寸というところである。

 白皙(はくせき)の青年は、とたんにぼっと赤面しつつ、消え入りそうな声でぽそりと答える。


「そ、それは……」

「それは?」

「ほ……ほっぺに、ちゅ……」


 バターン!


 ちゅうの「う」までを言い切らないくらいのところで。

 綜士郎は逆転した。さっきまでの苦戦がなんだったのかというくらい、あっけなく万都里の右手を逆側に引き倒し。


「勝者! 東、藤堂綜士郎!」


 かくして第壱回腕相撲大会の優勝者は決まったのだった。

 別に万都里が腕の力を抜いたわけではない。照れつつも彼は、万力の如き握力を緩めたりはしなかった。

 万都里以上に、綜士郎が──許せなかったのだ。五十槻にほっぺにちゅうをさせることを──。


「勝った──!」


 激闘を制し、綜士郎は勝利の勢いのまま起立して、拳を天へ振り上げた。青年は珍しく高揚している。


「万歳万歳、万々歳。藤堂大尉に祝福を」


 五十槻は必勝藤堂うちわを左右に振り、敬愛する上官の勝利を真顔で寿いでいる。


「……ところで、ほっぺに中尉とはどういうことだったのでしょう。崩ヶ谷中尉となにか関連が?」

「いつきちゃんは一度、聴力検査を受けてみた方がいいんじゃない?」


 はてさて難聴疑惑は置いといて。

 この狂った祭典は感動のまま幕を閉じる。


「燃えた──!」

「楽しかった──!」

「配当金少なかった──!」


 各々悲喜こもごもである。だがみな勝負の行方にハラハラし、一喜一憂したことは間違いなく。

 誰ともなく、皇国陸軍唱歌を歌い始める。野太い合唱が営内に響き渡った。


〽嗚呼 我ら皇国陸軍神事兵(しんじへい)

 禍隠(まがおに)倒すぞ神事兵

 それゆけ式哨(しきしょう) いざ神域(ひもろぎ)を展開だ

 八洲(やしま)守りし神籠(こうご)たち 神の力で悪を撃滅せよ

 嗚呼鉄壁の 我ら皇国陸軍神事兵


 調子はずれの合唱の中で。

 万都里は敗北の体勢のまま、真っ白に燃え尽きていた。


「ハッサクが……ほっぺに……ちゅ……」


 青年の脳裏によぎるは、この一週間の努力の記憶。

 鉄亜鈴(てつあれい)を握りしめ、上下に振りつつ営庭を何周も。軍営を飛び出し、見知らぬ山野を走り抜き、なんか滝行をし。「ナンデモ」しか発声できなくなったりもした。定食屋に入ったとき「ナンデモ!」と叫んだ挙句、嫌いな食べ物が出てきたりもした。

 しかめ面で食べためかぶを思い出しながら、万都里が憂鬱な気分に浸っていたときである。


「……獺越さん、大丈夫ですか?」

「ハ、ハッサク……?」


 この喧噪の中、唯一声をかけてきたのは──八朔五十槻だ。

 五十槻は例のうちわを両手に持ったまま、心配そうな真顔で、年上の同期の顔を覗き込んでいる。


「気落ちされているところ、すみません。先程の勝負、見事でありました。藤堂大尉の勝利は当然とはいえ……」

「……お前はオレの傷を抉りに来たのか?」

「滅相もない」


 万都里はどすんと床に座り込み、そのまま膝を抱えていじける構えだ。同期の拗ねた様子を意に介した風もなく、五十槻は彼の目の前にしゃがみこんで、手に持ったうちわをそっと差し出して見せた。


「もしかすると、お気づきでなかったのかもと思いまして。獺越さんの試合のときに、こちら側を示していたのですが、反応がないようだったので……」

「何をだ?」

「このうちわ、実は裏面がですね」


 万都里の眼前で、五十槻はうちわの表裏をくるりとひっくり返して見せた。その裏側を初めて見た万都里は、釣眼を丸くする。「藤堂」「必勝」の裏にあった文字は──。


「『獺越』、『健闘』──!」

「僕の応援が目立たず、申し訳ありませ……」

「あ、謝るなハッサク! う、うああああ~!」

「突然の号泣」


 というわけで、最後の最後に万都里は報われたのかもしれない。


「お、いつきちゃんがまつりちゃん泣かしてるぅ。いーけないんだ~」

「あ、あの、すみません。責任はいかようにも。しかしこの状態の獺越さんを、どうすれば」

「ほっぺにちゅうしてあげれば?」

「それはお断りします」

「お断りすんのかよ! ハッサクてめえこんにゃろ!」


 そんなこんなで、第壱回腕相撲大会は大盛況のまま終了である。「いや~盛り上がったわ~」などと、士卒たちは三々五々散っていく。時刻はすでに夕方だ。


「よーし、それじゃあ実行委員のみんなで打ち上げ行こ~! 俺いい店知ってんだ~」

「よかったら、獺越さんも一緒に来ませんか。先程の激戦について、是非ともに語らいたく」

「行く。絶対行く」

「ほんじゃ、日が暮れる前に行きましょか。はいみんな、精一くんに着いてきて。お帰りはこちらで~……」

「いやちょっと待て」


 そそくさと部屋を出ようとする精一の前に、ゆらりと長身が立ちふさがった。綜士郎である。

 青年大尉は疲れた面持ちのまま、そっと部屋の惨状を指さした。


「部屋を、片付けてから、行け」


 疲弊した声音が、文節ごとに大きく間を空けながら命じる。さて、部屋の有様と言えば。

 あちこちに菓子だのなんだのの食べこぼしが散らかり。点棒が散乱し。

 ふだんの軍務に必要のない装飾が、依然としてそこかしこに垂れ下がり。

 大量の事務机は廊下へ押しやられたまま。

 原状回復には、最低でも二時間はかかりそうだ。

 精一はその様をキツネの目で一瞥した後、へらりと笑いながら綜士郎へ打診する。


「えーと、明日やるんじゃ……だめ?」

「だめに決まっとるだろうが、ばかたれ──────!」


 ばかたれ────。

 かたれ────。

 たれ────。


 夕空に、藤堂大尉お決まりのお叱り文句がこだまする。

 かくて実行委員、それから獺越万都里、ついでに藤堂綜士郎はその後、きっかり二時間かけて部屋の片づけに勤しむのであった。


「八朔五十槻、身命を賭して清掃任務に邁進いたす。いざ雑巾がけ」

「もおやだよお、暑苦しいよおいつきちゃん」

「くっそ、なんでオレまで……!」

「無駄口叩くなー、帰るのが遅れるぞー」

「ところで綜ちゃん、来週また第弐回を開こうと思うんだけどさぁ」


 味を占めた精一がそう、口を開いたところで。

 彼以外のほぼ全員が、声を揃えて答えるのであった。


「もう腕相撲大会はこりごりだー!」

(僕はまたやりたいなぁ)


 きびきび雑巾をかけながらしみじみそう思う、五十槻であった。



(おわり)

ここまでお読みいただき、お疲れさまでした。

改めて、素敵なFAをお贈りくださったゆきさまに、感謝御礼申し上げます……!

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