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9 カジノ

9 カジノ


ウィリアムに想い人がいるという噂は瞬く間に広がり、染色と配達に走り回っていたジュディスのところにまで届いたのは、配達先の子爵家に商品を運び込んでいるときだった。


「エリー、次の舞踏会のドレスはもう決まったの?」

「え?そうですわねぇ。今ある物で結構ですわ。バラの騎士様に好きな人がいるなら、おしゃれしても仕方がないですもの。」

「まぁ、貴方もバラの騎士様に憧れていたの? そろそろ貴方もお年頃なんですから、相応しいご令息を見つけなさいよ。」


 親子の他愛無い会話だったが、ジュディスが足を止めてしまうには十分だった。バラの騎士様とは、ウィリアムの二つ名だ。


「ウィリアム様に、好きな人が…?」

「あら、どうかしたの? その額は奥の広間に運んでおいてね。後でうちの者に飾らせるから、梱包は解かなくて結構よ。」


 立ち止まったまま動けなくなっていた配達員に気付いた子爵夫人が声を掛けたことで、なんとか現実に戻れたジュディスは、これ幸いと子爵邸を後にした。


「おかしいわ。ウィリアム様に好きな人が出来たって、私には関係ないことなのに。初めから分かっていたじゃない。あの方は騎士様で、私は一般人。釣り合うわけがないもの。どうしてこんなに気持ちが落ち込むの?やっと自分に合う人を見つけられたのだもの。おめでとうって言わなくちゃいけないわよね。」


 手綱を引きながら、一人ぶつぶつと言葉を漏らすその表情は、明るくなかった。仕事場に戻ったジュディスは、再び染色に着手する。次の作品では青の濃淡で表情を作りたいとクレアから注文が来ていた、染料を煮溶かし刺繍糸を鍋に入れて色を染め付ける。いつもの作業をしながらも、なぜか頭に浮かぶのは、ウィリアムの事だ。


「好きな人が出来たなら、きっとうまく行くわ。ご本人は嫌がるけれど、あのウィリアム様の事だもの、容姿端麗で、所作も美しく、それでいて、素朴で不器用なところもあって、本当は口下手で、そこがまた、素敵で…。あの人が自分で好きになったのなら、きっと相手のご令嬢もあの人の良さに気付いてくれる人なんだわ。きっと…。」

「ジュディス、もう引き上げないと染まりすぎるわよ!」


 その言葉にハッとして、慌てて引き上げた。青のはずの刺繍糸は、ロイヤルブルーになっていた。


「まぁ、怪我の功名ね。ちょうどこんな色を出してほしいと言いに来たのよ。なんだか一層切なげな色になったわね。ちょうど良かったわ。今度の依頼主さんは、亡くなった奥様の肖像画を刺繍絵にしたいとおっしゃっていたのよ。」


 クレアはそう言って、ジュディスの肩をぽんと叩くと、さっさと仕事場を出た。


「はぁ、初々しいわね。でも、あの子ならきっと…。」


恋愛は人を狂わせることもあるけれど、成長させることもある。クレアは孫の成長を見守ることにしたのだ。


 哀れな執事が来てから3か月もすれば、ハズウェル家の没落の噂はすっかり貴族たちの間に広がった。たかが令嬢一人のお遊びでそこまでの大事になるのかと、多くの貴族は首をかしげていたが、若い令息、令嬢が集う流行のカジノでは、多額の掛け金で見栄を張る者も多く、賭けに負けた者は家にも帰れず、行方をくらますケースも出始めていた。これには王宮騎士団も出動し、その真相を探るべくカジノに乗り込むことになった。


「今回お前たちに当たってもらうのは、アディントン伯爵家次男のケビンという人物だ。彼がオーナーになっているカジノに、中級、下級貴族のご令息、ご令嬢がはまっているのは知っているな。どうやら言葉巧みに掛け金を上げさせて、荒っぽく巻き上げているようなんだ。エルヴィス、ダン。頼んだぞ。それから、フォード、お前には、見習い執事としてアディントン家に入ってもらう。うちで雇っていたが、母親が病気で介護のために執事見習いを断念したという経歴にしてある。」

「了解!」


 エルヴィスとダンは、騎士団としては中堅どころだが、優し気な顔立ちで、その雰囲気のせいで騎士だと気付かれにくいのだ。フォードはウィリアムの同期だ。スパイとして貴族の家庭に入る同期に、思わずウィリアムも気を引き締める。


 エルヴィスとダンは、早速アディントン伯爵家に赴いた。豪勢な屋敷には当主はおらず、二人はしばらく応接室で待たされることになった。壁に掛けられた絵は有名な画家が手掛けたものだ。廊下のあちらこちらにも、美術品が数多く並べられていた。アディントン伯爵家は、現在で言うところの保険業を営んでいる。経営は当主と長男が行っており、次男のケビンはカジノのオーナーというわけだ。

 出された紅茶が冷め始めた頃、ゆっくりと現れたのはどっしりと太った陰気な男だった。


「俺に用があるっていうのは、アンタたちか?」

「突然失礼します。私は、王宮騎士団のエルヴィス・サーマン。こちらはダン・ウェイレットです。本日は、最近流行とカジノについて少しお話をお聞きしたく伺いました。」

「サーマン子爵家三男とウェイレット男爵の次男か。それで?」


 エルヴィス達よりずっと年の若いケビンが、事も無げに二人の実家を言い当て、見下す様に返す。これは挑発だ。エルヴィスは何でもない様子で話を続ける。


「いやぁ、すみませんね。最近お宅のカジノに出かけた若者たちが、行方をくらませたり、多額の借金を背負ってしまうケースが多発していまして、王宮内でも物議をかもしているんですよ。」

「何が言いたいんだ。うちは、カジノなんだ。勝った客にはきちんと支払っているし、負けたなら、金を払うのは当たり前じゃないか?」

「確かに、その通りです。ですがご令嬢一人に貴族が没落するほどの掛け金をさせているというのはいかがなものかと。」

「へぇ、そんなことが起こってんの?知らなかったわ。」


 迷惑そうに眉を寄せてボソボソ呟く。そこに遠慮がちなノックと共に、ケビンの部下が顔を出した。


「オーナー、次の面接のお時間で…!!」


 部下の言葉が終わる前にその目の前ギリギリを短剣がすり抜けて行った。


「おいおい、お客様がいらしているのに、無礼にもほどがあるぞ。それで、今こちらの騎士様から顧客が多額の掛け金を掛けていると言われているが、責任者のお前はそんなことをやっていたのか?ああ?そりゃあ、まずいな。オーナーである俺の信用にかかわるじゃねーか。」


 言うが早いか、部下の頬を張り倒して部屋からけり出した。先ほどまでの陰気な雰囲気とは一変、狂暴な一面を見せたケビンは、振り向いた途端、何事もなかったように頭を下げた。


「いやぁ、失礼しましたね。どうやら部下が勝手なことをしていたようだ。これは大変な失態だ。しっかりと躾けておきますので、今日のところはお引き取り頂けますか。おい、こちらのお客様をお見送りしろ。」


 傍に居た部下に指示を出すと、本人はさっさと屋敷の奥へと姿を消してしまった。エルヴィスたちは、返事もできないまま一旦騎士団本部に戻るしかなかった。


「チクショー、あんな荒れたやり方じゃあ、自分たちがやっていると言っているような物じゃないか。俺たちも随分舐められたものだな。」

「ご苦労だったな。つまり、あちらさんはばれないようにやっている自信があるってことだろう。そうなれば、違う攻め方に替えるか。ほとぼりが冷めたら、次の作戦に移る。まずは首相に許可を取るか。」

「はっ!」


 苛立つエルヴィスを宥めながら、団長はなにやら思案顔で考え込んでいた。


読んでくださってありがとうございます。

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