30 隣国からの使者
30 隣国からの使者
「ジュディス嬢! くっ!す、すまない。どうして俺はあんな女と…。」
「ウィリアム様、あの方とは、どこで?」
「騎士団庁舎に向かう途中で声をかけて来たんだ。いつもの事だと思って無視していたはずだったのに。」
自分への自信のなさでモヤモヤしていたジュディスは、蒼白になって謝るウィリアムを責めることなどできなかった。それよりも、まずこの婚約者の身の上が心配だった。考え込む二人に、バーリスが声を掛けた。
「旦那様、一度騎士団長様に相談されてはいかがでしょう?」
「そうだな。ジュディス嬢、悪いが一緒に来てもらえないだろうか。」
「もちろんです!」
騎士団庁舎にて団長エドモンズと向き合うと、団長は、やや驚いたように二人を見た。
「解いたのか!あれは相当に強固な魅了魔法だったんだぞ。私が何度か解術を試みたが、解けなかったのだ。」
「ええ?じゃあ、団長は俺の状態に気づいてらしたのですか?」
驚くウィリアムに視線を向けて、団長はため息交じりに答えた。
「気づくなんてもんじゃなかっただろ。態度もおかしかったし、魅了も相当に強く掛けられていたんだ。あらかた犯人は分かっている。少し前に、とある魔法使いの家で仮面パーティーが開かれていたんだが、そこに厄介な奴がいてな。潜入させていた団員まで影響を受けていたんだ。」
「魔法使いの仮面パーティーですか?」
貴族らしい生活をしていないジュディスには、想像もつかない話だ。
「そうなんだ。ジュディス嬢が誘拐された事件から、とある人物の動きを監視していたんだが、どうやらあちらさんも動きだしてみたいでな。ただのやっかみにしては、やり方が大げさだ。どうやら他に目的がありそうなんだが、まだはっきりと見えてこないのだ。とりあえず、ジュディス嬢はしばらくの間、一人で外出しないようにしてくれ。ウィリアム、団長として命令する。問題が解決するまでジュディス嬢を護衛しろ。向こうは執拗にジュディス嬢を狙っている。今回のお前の件もその一部だとみている。気をつけろよ!」
「もちろんです!」
「それにしても、どうして私なんかを狙うのでしょう。」
肩を落とすジュディスは、未だ自分の持つ力の価値を受け入れられないでいた。
「ジュディス嬢、自分を卑下してはいけないぞ。強い魔力がなかったとしても、君がいなくなってしまったら、生きていけなくなる男がいる。そうだろ?」
「ゴホゴホン。と、とにかく!団長の命でなくても、俺が命を懸けて彼女を守ります!」
「頼んだぞ。」
庁舎を後にして馬車に乗り込むと、ウィリアムがためらいがちに声をかけて来た。
「手を、握ってもいいだろうか。」
「え?は、はい。」
ジュディスがちらっと隣を見ると、かすかに耳を赤くしたウィリアムが、指先が微かに色づいた小さな手を見つめ、自分の手を重ねているところだった。暖かく大きな手は、ジュディスの不安を包み込んでくれる。視線を上げると、真剣な面持ちの婚約者が、じっと見つめていた。
「絶対に、守るから。」
その言葉を聞いた途端、どういうわけか涙があふれて来た。―そうか、私は不安だったんだ。大切な人を失うんじゃないかと怯えていたんだ。-そう気づいた時、急に重ねられていた手が離れて、ぐいっと背中を押されて、ジュディスはウィリアムの胸に倒れ込んだ。抱きしめる腕の強さに安心感を覚え、二人で乗り越えていくんだと、決意を新たにした。
翌日からは、ジュディスに付き添って、ウィリアムも染色の作業場に通うようになった。ジュディスの魔力の強さが明るみになったのには、自分にも原因がある。そう考えるとウィリアムの護衛にも力が入る。
いつものように染料を溶かしていると、執事のエリクがジュディスに声をかけて来た。
「お嬢様、隣国の方がお嬢様にお目に掛かりたいと訪ねて来られたのですが、いかがいたしましょう。」
「なに?隣国の者?」
ウィリアムの顔が一気に険しくなる。
「はい。今、クレア様が対応なさっておいでです。無理やり連れて行こうとするような方ではなさそうですが、お出になられますか?」
「ウィリアム様、傍に居てくださいますか?」
「もちろんだ。」
「分かりました。一体どんな話なのか、一度お目に掛かってみましょう。」
二人がエリクに続いて応接室に向かうと、かしこまった様子の文官が二人、丁寧に頭を下げた。
「この度は、突然お伺いしてしまい、誠に申し訳ございません。我らはこのサザーランドの西にあるターラントから参りました。私は文官のオルグレン、こちらは補佐のエリオットです。」
「私がジュディス・アンブラ―です。こちらは婚約者のウィリアム・シェリダン様です。それで、どのようなご用件でしょう。」
ジュディスの眉が不安げに下がっているのを見て取ると、オルグレンは申し訳なさそうに話し始めた。
「我が国は、元々農業が盛んな穏やかな国でした。ところが、ここ数年どういう訳か、魔物が現われるようになりまして。我が国には魔法を使える者がほとんどおらず、2年程前からは、こちらのサザーランドの青年が一人、助っ人で来てくれているのですが、それでも魔物は減ることがなく、ずっと攻防が続いているのです。何か打開策はないかと色々調べておりましたら、こちらの国に強く魔力を持った聖女様が現われたと、とある高貴な方から教えていただき、是非、魔物討伐にご協力いただけないかと伺った次第です。」
「あの…、何かの間違いではないでしょうか?ご覧の通り、私は、染色を生業としておりまして、職業爵位は持っておりますが、聖女様などではありません。」
「ええ、存じ上げております。センチメンタルブルーですよね。あの輝きに満ちた青、本当に素晴らしい物でした。他に、治癒魔法もお得意だと伺いましたよ。直接その場で魔法を掛けなくとも、刺繍絵だけで瀕死の騎士の命を救ったのだとか。」
「だからと言って、ジュディス嬢がそんな危険な場所に行かなければならない道理はない!」
黙って傍で聞いていたウィリアムだったが、自分たちの事情ばかりを優先するオルグレンに思わず言い放った。
「ああ、大変失礼をいたしました。確かにその通りです。しかし、この件は、国王陛下にも許可を頂いていると聞いております。今すぐにお返事を頂かなくても結構ですが、是非ご検討ください。貴方が来てくださることで、助かる命があるのですよ。まさか、見殺しに…。」
その時、突然オルグレンの言葉を遮るものがいた。
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