第二十九話 戦略的敗北
「ゲリュムス、ゾア」
まずは手下からって訳か。
グリズリーのような大きな獣の容姿を持つ悪魔ゲリュムスと、鶏の容姿を持つ悪魔ゾア。
分かりやすく言うなら、二足歩行型のクマと鳥だな。
決して油断出来ない強さを持ってる事は間違いないけど、単純な数で言うと僕らの方が有利だ。
僕自身は戦えないけど、的確に指示を出し、その通りに彼女達が行動する。これが上手くいくだけで僕がいる価値がある。
「オレサマは魔王ロズ様、右腕のゲリュムス!! ちったぁ骨のある奴らって聞いてるから、楽しませてくれよなぁ!!」
雄叫びを上げて三人に向かって突っ込んで来る。
とりあえず散って各々の距離感を保って一つ一つ対応して行こう。
ゲリュムスの容姿や分析士の能力で見る限り、行動パターンや魔力の使い方から推測して、パワータイプの悪魔で間違いなさそうだ。
同じパワータイプのリラを前衛に置いて、ネファーリアが遠距離から魔術による攻撃、隙を見て霊神術で一気にダメージを稼ぐ。
ただゲリュムスはまだ魔力をフルで解放していないから、魔力によるスピードブーストは全然あり得るだろうな。
前回のガーゴイル戦とは違って今回は強敵中の強敵。だから短時間でなるべく決着をつけた方が良い。
今回は、ネファーリアの霊神術を阻害されないように立ち回ってもらった方が良い気がする。
レインベルが支援するような動きで行こう。
と、一頻り作戦をみんなに伝えていた時、凍えるような冷たい冷気が辺り一体を占領した。
「くっ! この魔術……絶対零度凍結か!」
魔術を放ったのは鳥人間。
「魔王ロズ様の左腕、ゾア。ボクも混ぜてもらうよ」
ゾアは魔導士タイプか。向こうもバランスの取れた構成だな。
「リラティナス!?」
レインベルの声で気づいたんだけど、リラがさっきの魔術でカチコチに凍ったらしい。
攻撃に夢中になってたから気づかなかったんだな。
まずい。凍結状態でゲリュムスみたいなパワータイプに攻撃されたら、致命傷は避けられないぞ。
「ネファーリア!! 火属性魔術だ!!」
「はい! 剛烈炎球!!」
過去に来ると本当色々びっくりさせられるよ。魔術って魔族が編み出したものだけど、その起源は悪魔の能力だったんだな。
さっきゾアって悪魔が【絶対零度凍結】を放って来たけど、詠唱しなかった。
悪魔には〝魔術〟って概念がなく、ごくごく自然に魔力を扱えるんだ。
それを後に魔族が進化させて魔術として継承したって訳なんだな。
だから魔族であるネファーリアの方がその扱い、魔術の性質については一番的確なものを選んでくれるはず。
ネファーリアは【剛烈炎球】を四発放ち、リラの周りに大きな火炎の塊を落とした。
リラには全くダメージを与えず周りの氷がゆっくりと溶けていく。
「あいつか」
そう言って素早く空へ飛び上がるゾアの残像を捉える。
「レインベル!」
すかさずレインベルに声をかけて、僕の声にコクっと頷くと、竜紋剣をゾアに向けて投げ飛ばした。
「竜紋風陣殺!」
確か竜紋剣って武器じゃなく、術の一種で手から離れてしまうと形を保てずに消えてしまうはず。あんな風に投げ飛ばしてしまったら……って思ってたら竜紋剣が光に変わる寸前の所で風の魔力で形成された球体となってゾアの体が切り刻まれた。
ビュオァァァァァァァァァァァァ!!!
「ぐぅぅ! な、なんだこれは……」
ゾアはネファーリアの目前でレインベルの技に襲われ、無数の風の刃の餌食になった。ダメージはあまり期待出来ないけどその対処に手を焼いていた。
これでいいんだ。足止めは十分に出来てる。
ネファーリアが、ゾアには一切反応せずに霊神術の詠唱を続行出来ているのは、レインベルの事を信頼してるからこそ成せる技。
「デーロイ・ラマ・アプティモス・リ・エンマルス。我が心の海より来たれし氷の女王! 霊神マリスナディアよ! 汝の吐息は全ての時を凍てつかせる! 囁け! 氷姫零凍結!」
ネファーリアの霊神術はゲリュムスとゾアそして少し離れて様子を見ていたロズをも巻き込んだ。
凄い……彼女もまた着実に成長してたんだな。ここまでかなりの広範囲に展開出来るって事は相当の魔力を必要とするからな。
氷の人魚が真っ白い霧と共にここら一帯をグルグルと泳ぎ回る。
簡単に例えるなら【絶対零度凍結】級五発分の威力。
「……ちっ、また見た事ない技か!? どうやらこいつら変異体のようだ」
「へっ! 何ビビってんだよゾア。こんなものただ技が派手なだけじゃねーか!」
「お前はいつも話を聞かないな。技そのものに興味があるって事だよ」
なに? ネファーリアの霊神術が全く効いてないのか?
こいつら全く無防備だったのにダメージが入ってないみたいだ。
魔力を使った攻撃、例えば魔術が自分に飛んできたら、普通は魔力を使って防御する行動を取る。
顔を殴られそうになったら腕で防ぐみたいに、魔力を使った攻撃は魔力を使って防ぐと言う行動を反射的に取るんだ。
だけどこいつらは無防備だった。
ロズに関しては埃一つついていないような様子。よく見ると魔力の防護膜が体を包んでいたんだ。シールド自体は基本的な防御術だけど、霊神術の魔力を吸い取ってそれを利用してシールドを展開したんだ。
ゲリュムスやゾアに比べてシールドを展開したロズは防御面が劣ってると言う見方が出来る一方で、魔力攻撃が通らないって事も言える。
ただ強い魔力をぶつけると言う戦い方は出来ないって事だ。
戦う時は十分に注意しないと。
「ロズさまー! こいつら奴隷にしてもいいですかい!!」
突然ゲリュムスがロズに声を飛ばす。
「確かにただの魔族ではないようだな。好きにするが良い。ただし、アスト・ローランは我のものだ」
「よっしゃあ! ありがとうございます!!」
「ゲリュムス、ボクがこっちの二体貰うからな」
空高くジャンプしてゲリュムスの隣に降りて来たゾアがリラとレインベルの方を見ながらそう言った。
また烙印か……まずい。また二人が支配される。
「オレサマが二体に決まってんだろ! いい遊び相手を見つけたんだからよ!」
「お前の奴隷は寿命が短いからな。すぐ殺すなら奴隷にする意味がないだろ。ボクが二体だ」
「けっ! わーったよゾア。その代わり俺の奴隷はあの四翼の女だ!」
そう言いながらネファーリアに向けてゲリュムスは目を赤く光らせた。
するとネファーリアが怯えたように体を震わせてストンと、地面にへたり込む。
やっぱりそうだ。烙印は悪魔の瞳から特殊な魔力を送って支配するんだ。
相手の心を操作する精神操作魔術系統っぽい。魔族だけじゃなく、人間にも効果があるところを見るとその可能性大だ。
僕なら……魔術解除出来るかも知れない。
「あぁ……ぁ」
「ネファーリア!」
「う……ぅ……ぁ……」
「リラ! くそ……! 試してみたいけど……だけど」
竜族の魂に影響があったら、また何人殺してしまうか分からない。
どうすればいいんだ……。
「コイツ……なんでボクの烙印が効かない?」
そうだ、そう言えばガーゴイル戦でレインベルには烙印の効果はなかった。
竜族となったレインベルには精神操作魔術は効かないのか。
彼女が烙印の魔力に支配されないのは、竜族しか持っていない一種の抵抗力みたいなものがあるからに違いない。
竜族にあって、人間や魔族にないもの……か。
竜族だけにあるもの……それは……。
「……そうか!! 竜魂だ!! 竜族の放つ波動が烙印の魔力を弾くんだ!!」
と言う事は、何とかしてレインベルの波動を彼女達に送って僕が烙印の魔力を魔術解除すればいい。
よし、行けるぞ。
「レインベル! 二人の烙印を解く方法がわか……」
「あ……あ……ぁぁ」
「レインベル!? 何で!? だってさっきは」
「中々抵抗していたみたいだが、ボクの魔力を少し上げればこんなもんさ。あとは、お前だけだな人間」
まるで腰が抜けたように三人とも地面にへたり込んでる。
くそ……使うしかないのか。だけど使ったら竜族達が……。
ニヤけた顔のゲリュムスとゾアの真ん中を通って、ゆっくりと僕の方に歩いてくるロズ。
力を使わなければ確実に僕達は全滅だ。
何か手はないのか……竜族達の魂を傷つけずに力を使える方法が……。
「どうした? 貴様はこの三人よりも遥かに強いんだろ? 何故攻撃して来んのだ? 我が怖いか?」
「……かもな。それを言うならお前もじゃないか。仲間は戦闘不能で今は僕一人だ。三人でかかって来れば僕を殺せるチャンスかも知れないぞ」
「威勢が良いのは、自信があるからか。ただの馬鹿なのか。どっちにしても貴様は殺しはしない……今はな」
顎をクイッと僕に向けてゾアに何かを指示すると、僕の両手を拘束魔術で縛った。
抵抗はしなかった。
僕をこの場で殺さなかった理由はたった一つ。
導師の力に興味を持ったからだ。
いや、あいつの口振りからして名前だけじゃなく力も既に知っていたんだろうな。
何で知ってるのかは色々謎だけど、今はそれよりもこの状況をどう見るか。恐らくロズの城まで連れて行かれるんだろうけど、このまま捕まっていた方が正解かも知れない。
竜族の魂を犠牲にして三人を支配から救い、目の前の敵を全部倒す事は可能だと思う。
だけど、今回はこのまま負けたフリをするんだ。
ここで遭遇したロズなら、城はこの近くにある可能性が高いと言う事になる。
ここは現代で言うネファーリアの領域で近くに彼女の城があると言う事。だから流印の壺はロズが持っている。
それに支配されているとは言っても三人共無事のようだし、なんとかなりそうだ。
僕はこのまま何の抵抗もせずにロズ達に連れられて行くのだった。