第九話 最後の記憶 -Nephalia Side-
わたくしは……。
視界がボヤけて上手く周りを認識する事が出来ません。
鉛のように体が重く、やっと体を仰向けに起こせたかと思ったら、その動作の途中で倒れてるリラティナスさんを見つけました。
「……っ……」
声が出ない。
幻竜神界は魔素が存在しない為、それを利用した回復も行えません。
まだ意識がはっきりとしませんが、レインベルさんの姿が何処にも見当たらないのが気になります。無事でいてくれたら良いのですが。
魔力、竜族だけが出せる波動と呼ばれる力も感じません。
と同時にもう一つ、遠くの方から衝撃が伝わって来ているのは感じました。ここまで届く頃には今のわたくしでも影響を受けない程に小さくなってますが……。
ダメです。
集中力が欠落してるせいで、遠くの魔力を探る事が出来ません。
現状のわたくしでは、その衝撃が魔力であるのかも特定出来ない。
そう言えばゼーロットの姿がありません。
何がどうなったのか分かりませんが、取り敢えずわたくしは目の前のリラティナスさんの無事を確かめようと、ゆっくり体を引きずって、彼女の体に触れます。
「り……………ぁ…」
言葉に出そうとすると体が痛烈に痛みます。
きっとリラティナスさんも体がボロボロになってるはず。
何か出来ないか、そんな事を考えていると霊神術士のシードがわたくしの中に宿っていない事に気がついたのです。
……アストがここに?
しかしアストの姿はここにはなく、また魔力も感じ取れません。
ただこれはわたくしが今集中力を欠いているからなのでしょう。
もしかしたらゼーロットと今戦っているのは、アストなのでしょうか。
アストは体を取り戻したのでしょうか。
「……あ……ぅぅ」
リラティナスさんが意識を取り戻しました。
それから時間をかけてわたくし達はなんとか立ち上がれるまでになり、ここで要約〝あの衝撃〟の魔力が何であるのかが判明したのですが。
「……アストの魔力でしょうか? しかしいつも感じてるものとは違うような……リラティナスさん何か感じますか?」
「あたしもそんな感じ。いつもの先生の魔力じゃねぇ」
少し違和感はありますが、わたくし達はアストと思わしき魔力の感じる方へ向かう事にしました。
その途中でゼーロットらしき魔力、波動を感じました。
こちらも、わたくし達が記憶していたものとは違ってました。
二人共肩を組みながらゆっくりと歩いて行きます。
辺りはクリスタルで出来た大草原、見晴らしもよく争いの形跡は何も見当たりません。
しかしある地点までやって来ると、わたくし達の体がビリビリと震えて来たのです。
「す……すげぇ圧力じゃねぇか。これって先生の?」
と、二人顔を合わせながらいると遥か上空で一瞬バチバチした光を見ました。
リラティナスさんに伝えて今度は二人で空を見上げていると、わたくし達の後ろの方に黒いオーラに包まれたアストと、魔族のような姿をしたゼーロットが現れたのです。
「アスト!?」
わたくしは思わず叫んでいました。
黒いオーラを纏ったアストはわたくしの呼びかけに一切反応せず、物凄い勢いで一方的にゼーロットを殴り続けてました。
何かに取り憑かれたかの様に……。
正直、この時わたくしは初めてアストに対して恐怖を感じたのかも知れません。
けれども、何故アストがこの様な状態になってしまったのかは何となく分かります。
そして、気づいたのです。レインベルさん、そしてセレスティア様はゼーロットに殺されたのだと。
そう思う以外に今、ここに存在ない理由がありません。
「いいぞ先生!! そのままゼーロットをぶちのめしてくれー!」
そうですか……恐らくアストはそれで我を忘れてあんな状態に……。
そんな時にゼーロットと目が合ったのです。
ゼーロットは一瞬でわたくしに近づき、手首を取られ髪を鷲掴みにされました。盾の様にアストに向けて、わたくしは人質として利用されるのでしょう。
「あぁ……ぅ」
「はぁはぁ……ぐはは! どうだ、こいつは貴様の仲間だろ? 俺を攻撃するとこいつがどうなっても知らんぞ」
「お前は純粋に戦いを楽しむ竜族だと思ってたが、そんな卑怯な手を使うんだな」
「ふん、戦いに卑怯もクソもないんだよ。強い者が勝つ! どんな手を使ってもな!」
「……つべこべ言わずに、さっさとやれよ」
……分かっています。いつものアストではないと言う事は十二分に分かっているつもりです。
けれどもまさかアストの口から、その様な言葉が出るなんて……。
リラティナスさんもアストのこの一言に驚いている様子でした。
いつものアストなら、絶対に言わない言葉でした。
わたくしの心は悲しみや恐怖、或いはその両方で埋め尽くされ、目の前にいるアストをどうしても見る事が出来ませんでした。
「ほ、ほう……。これは驚いたな。この魔族がどうなってもいいと?」
アスト。
もう今までの貴方ではなくなったのですね。
悲しいです。辛いです。けれどもアストだって辛いのです。
わたくしは、またもこうして利用され、アストの負担になってしまいました。
ヴェルグラの時もそうでしたね。
だからこそわたくしはこの状況を受け入れる覚悟でいます。
それでアストが、心置きなく戦えるのならば、わたくしは……。
さあ、ゼーロット。一思いにやって下さい。
「くくくく! おい女! 貴様も哀れだな! たった今、仲間に見捨てられたぞ!」
「……うぅ……ぁ」
見捨てられた? いいえゼーロット。
わたくしは見捨てられてなどいませんよ。
アストの目を見ました。どんなに怒りや憎しみで支配されていようとも、あの目はいつものアストでした。
あぁ……わたくしはなんて愚かだったのでしょう。
アストは何も変わってなどいなかったのです。
「僕は、目の前の存在を誰一人として見捨てはしないんだよ」
そうわたくしの目の前で言ったかと思えば、超スピードで背後へ移動して、頭に強烈な蹴りを一発浴びせると、ゼーロットが何処かに吹っ飛んでしまいました。
わたくしは気づけばアストの腕の中に抱かれています。
あんなに怒りと憎しみに取り憑かれたかの様なオーラを醸し出していたアストが、わたくしに対しては優しく温かい。
「ネファーリア、大丈夫かい?」
「あ……す」
この言葉……今まで何回も聞いた言葉なのに、どうしてこんなに嬉しいのでしょう。
どうしてこんなに愛しいのでしょう。
涙が止まりません。わたくしもアストを強く抱きしめたい。
けれども、その願いは叶いませんでした。
吹き飛ばされたゼーロットは受け身を取り、アストに負けないぐらいの超スピードで、攻撃して参りました。
アストはわたくしを腕に抱いたまま、その攻撃を回避し続けている様です。
と、言うのも、二人共凄すぎて目の前で何が起こっているか分からないのです。
景色も目まぐるしい程に次々と変わり、今自分が何処にいるのか認識する暇もありません。
ゼーロット……。初めは言動も冷静でいて竜族の戦士として誇りを持っている純粋な悪と思っていましたが、アストとの戦いによって、徐々に本性を現し始めました。
「ぎ、ぎざまぁー! ただの人間風情がそんな力を持っていいはずがなぁぁい! その力は、竜族であるこの俺が持つべきものなのだぁー! ドルデイナァレモアラー!」
空に大きな隕石が次々とわたくし達の元に降り注いできました。これはゼーロットの竜言語呪文。
くらえばわたくしは勿論、アストも無事では済まないでしょう。
しかし実は、わたくし達に向けられたものではなかったのです。
「ふ、ふはは……!! その女に気を取られ過ぎたようだな人間! いくら貴様でもその距離では間に合わんぞ!」
ゼーロットはリラティナスさんを狙って竜言語呪文を使ったのです。
アストの超スピードも距離があるし、次元術でも今からじゃもう間に合いません。
「さあ! どうする人間!! 貴様の大切な仲間がまた一人死んでしまうぞ」
するとアストは優しくわたくしを地面に立たせて「ここで待ってて」とだけ言って姿が消えたかと思えば、リラティナスさんがいつの間にか、わたくしの前にいたのです。
「僕の仲間に指一本でも触れてみろぉぉ! 跡形もなくバラバラに消してやるからなぁぁ!! ゼーロットォォォ!!」
あの時の……ヴェルグラに捕まっていたわたくしと、アストが入れ替わった〝あの術〟でリラティナスさんと位置を入れ替えたのです。
そして黒いオーラを纏い、巨大な隕石群をもっと大きな魔力を放出し、全て消し飛ばしました。
す、凄い……わたくしも、隣にいるリラティナスさんも言葉が出て来ませんでした。
余りにも次元が違い過ぎて……。
「ご、ごうなっだらぁぁ!! 見せでやるぞぉぉ!! ぎ、ぎ、ぎざまぁぁのぉぉ!! ざいごだぁぁぁぁぁぁ〜!!!!!!!!!!!!!」
ゼーロットの様子がおかしいです。声色も変化して別の何かの声と混ざっている様な、まるで化け物の様な恐ろしい図太い声に。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!!!」
大地が激しく揺れたかと思えば、ゼーロットを中心にして重力の渦を感じました。
とてつもなく強大な重力の流れ。その重力にわたくしやリラティナスさんも飲み込まれてしまいました。
痛みはありません。しかし凍えるぐらいの寒さと、思い出、記憶が薄れて行くのを感じるのです。
自分と言う存在が消えてなくなる様な感覚、一つ一つ、掬い上げた水のように、両手からこぼれ落ちて行く。
今までの出来事、アストへの思い。
何もかもがリセットされて行く様な。
絶対に嫌です。嫌……忘れたくない。
わたくしはどうなったのでしょう。
視界は真っ暗。魔力や波動を感じない。
アスト、何処にいるのですか?
わたくしの記憶はそこでプツッと途絶えてしまうのでした。
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