第五十二話 救世主
黒い渦はセシルとアーキノフを覆い被すように消えた。
考える間もなくあっという間に。
セシルと再会出来た事は嬉しかった。でも、違和感があったのは確かだ。その違和感が何だったのかは未だに分からない。
でも一つだけ確かな事がある。セシルとは別の道を選んだと言う事。
「あの二人は魔界に行ったのでしょうか」
「いや、まだ人間界にいると思う」
ラムリース城の地下に魔王ザングレスが閉じ込められてるなら、放って逃げる訳がない。アーキノフが導師の力を欲している事を見ても、ただ生かして監禁してると言うのは考え難い。
セシルが作ったゲートは、僕がこれまで通って来たゲートとは少し違ってたんだ。
第一にゲートを作ったあのスピード。第二に黒い渦は二人の中心から発生した事。恐らく短距離のテレポートのようなものだと思うんだ。
「アストさん、この女性は? ずっと眠り続けてますが」
「この娘はヴェルグラに呪いをかけられて、命の危険性があって魔術で眠らせてるんだけど」
そう言えばもう目覚めてもいい頃なのに……。
僕は分析士でリラの体を調べてみた。
灰色の霧のようなものが顔に集まっている。この霧が呪いだな。
人間界にやってきて、その影響が小さくなってるって事は、やっぱり領域自体にかけられてたものだったのか。
別次元の違う世界に来ても、少ないとは言えまだその影響下にあるなんて……。
ヴェルグラの呪いは相当強いんだな。
拘束魔術で手足を縛って床に転がしたヴェルグラに目をやる。
「ネファーリア、レインベルはラムリース城から離れてくれ」
「お父様を探しに行くならば、わたくしも」
「いや、僕だけでいくよ。多分あの二人はそこに」
と、話していると地面が大きく揺れ出した。
揺れはどんどんと大きくそして激しくなってくる。偶然分析士を宿していた事が功を奏し自動的に辺りをスキャンし始めた。
これは分析士の特性で、危険を感知すると自動的に辺りを調べて出来るだけ多くの情報を与えてくれるんだ。
この地震の原因はここの真下。
あの二人が引き起こしたものである事は間違いない。
それと物凄く巨大な黒い渦がさらに大きく拡大しているのも感じ取った。
巨大な……ゲート!?
「前言撤回だ! 街のみんなを避難させよう!」
「分かったわ!」
「分かりました!」
レインベルにリラを、そしてネファーリアには先に城下町へと急ぎ、みんなの避難を頼んだ。
おい、フュリン! 召喚するからお前も手伝ってくれ!
「…………おい、フュリン?」
反応がないな……眠ってるのか?
僕もヴェルグラを担いで早くこの場を離れないと。
セシル……何も知らない人々を巻き込んでしまうぞ。
ずっと国王を支えてきた人々を、まるで物のように扱って……僕はアーキノフを絶対に許さない!
地面に亀裂が走り、揺れはさらに大きくなるしここ一帯が飲み込まれてしまう。
ダメだ……このままだと間に合わない。
「!?」
来た! 鍵が外れたんだ!
すぐに生み出してこの危機を脱するんだ。前を走るレインベルを引き留め、ヴェルグラを渡して僕は瞑想に入る。
「分かりました! アストさん、どうかお気をつけて!」
レインベルは二人を担いでサッと走り去った。
僕は導師。僕なら何とかしてくれると信じてくれてる。
大丈夫! きっと解決する。
だって何より僕自身が、僕を信じてるんだから。
◆
-Nephalia Side-
ラムリース城下町へとやって参りました。
街の皆さんは地震だと思ってパニックになっている様子。
所々の地面に亀裂が走り、いくつかの家屋、建物が崩壊しておりました。
わたくしの役目は避難させる事。悲戦闘モードで避難場所を指定し促しているのですが、全く話を聞いてくれません。
こんな状況で冷静になれと言うのがおかしいですものね。
けれどもここで諦めてしまえばここにいる方々は助からないかも知れない。
何としてもここからは避難させなければ。
「ま、ま、まま魔族だ〜!! 逃げろぉぉ!!」
「ひぇぇ〜!! 追いかけてくる!!」
「魔族に殺されるよりはマシだ! このまま街を出るぞ!」
戦闘モードに切り替え、空からなるべく多くの人々を巻き込み安全な場所へと誘導します。
皆わたくしの姿に怯えながら走って逃げて……それは決して良い気分ではありませんが、今のわたくしに出来る事はこうする事しか……それに時間もありません。
と、空から見ていると母親らしき女性と、その方の子供と思える男の子が集団から離れて丁度わたくしの足下付近にいる事に気付いたのです。
地面が割れて大変危険な状況で心配になっていたら、男の子が転んでしまい、わたくしはそれを見るや否や空から降りて、男の子とその母親を抱きかかえようと近づきました。
分かっています。怖かったでしょう。いきなり空から魔族が人間を攫いに来たと。
殺される、食べられる、色々な叫び声が飛び交っていました。
何を言われようが構いません。わたくしの気分よりも命の方が大事。救いたかったのです。
それに……アストにお願いされましたから。
後ろを振り返るとそこにはラムリース城が見えました。とは言ってもお城の形を成してはおらず、壁は崩れ、お城を中心にして地面がすり鉢状に中心一点に流れて行きます。
中心には……
「あれは……ゲート……!?」
分かりません。ここ一体を飲み込もうとする勢いでどんどん拡大しているのが見えました。
アスト、それにレインベルと言う方の姿も見えません。
いえ……今はとにかく余計な事を考えずに人々を一人でも多く安全な所に誘導する事です。
親子を抱きかかえ先の集団の所まで飛ぼうと、思った時でした。
とてつもなく強い力に引っ張られている事に気づきました。
恐らくあの黒い渦が重力も一緒に飲み込もうとしているのでしょう。
と、悠長な事を考えている時間などはありません。
「く……くく……」
「た、た、たたすけてぇぇ!!」
「うわぁぁん! ママァァ! ママァァァァ!!」
わたくしに備わっている魔力をフルパワーで放出して、とにかく遠ざかろうとしているのですが、渦が大きくなるにつれ恐ろしい程引き寄せる力が増しており、わたくしの体もその重力から抜け出せなくなってしまいました。
「も……申し訳……ありません。貴方達を救う事が……出来ないかも」
「もしかして貴方は……私達を助けようとして?」
お母さんがわたくしにそう言いました。
「そのつもりだったのですが……力不足でした」
「……いいですよ。私は降ろしてください。息子だけでも助かる可能性があるのなら……」
「いえ……そんな事は致しません。必ずお二人共お救い致します」
「あぁ……貴方はもしかして、天使様なのですか?」
「わたくしは……魔族です」
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウーーーーン!!!
また更に黒い渦が拡大しました。ラムリース城から城下町を覆う程巨大化し、わたくしの真後ろに迫っています。
先に逃げていた人々が吸い寄せられるかのように、渦へと飛んでいきます。いえ、〝渦に落ちている〟と言った方がいいかも知れませんね。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
わたくしは見える範囲の全ての人々に魔力のバリアを張ってなんとか渦へとかかる重力を軽減させます。
ただ、数が多すぎて少しでも集中力を欠いてしまうと皆飲み込まれてしまいます。
フルパワーで放出し続けているので、魔力もいつまでもつか……。
「ママァァ! 怖いよぉぉー!」
「大丈夫よ! この…………お姉さんが助けて下さるわ!」
「ぐぐ……うぅ……す……すみま……」
皆さん、すみません。なんとか助けようと尽力致しましたが、どうやらわたくしの限界が近づいているようです。
まだ辛うじて皆無事のようですが、わたくしの魔力が尽きた瞬間に、飲み込まれて行きます。
「ぐぅ……うぅぅぅぅ!!!」
アスト……貴方はわたくしを信頼して下さいました。
信じて任せてくれたのに、何も出来なかった。
一人も救えずに……わたくしは自分の力の無さを憎みます。
あぁ……もう……保ってられません。
「申し訳……あり」
魔力が尽き、バリアも消え、わたくしと共に人々が物凄い勢いで大きな渦の中に吸い込まれていきます。
もう翼を動かす力もなくなり、親子を手放してしまいました。
あの渦に飲み込まれたら魔界に行くのか、別の世界に行くのか、重力に潰されてしまうのか、どうなるのかと考えていると。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーン。
その時、空に人影が見えました。と同時に黒い渦はそんなもの最初から無かったかのようにパッと消え去りました。太陽の逆光でしっかりと確認する事が出来ない……けれども周りにいる人々が再びバリアに包まれ、安全な所へプカプカと浮遊しているのが見えました。
それはわたくしも例外ではなく、皆と同じように体が勝手に運ばれて行きます。
「た、たた助かったぞー!」
「おい! 上を見ろ! あそこだ! あの方が救ってくれたんだ!」
「おぉ……我々の救世主だ!」
「ん? あれってアスト・ローランじゃないか?」
「……そう言やそうだ。偽りの勇者アストだ……」
「偽りがなんだってんだ! アストは俺達を救ってくれたんだぜ!」
「いや、偽りなんかじゃなかったのさ! こんな奇跡を起こせるんだからな!」
「救世主アストだ!」
「そうだ! 俺達を救ってくれた救世主だー!」
アスト、聞こえていますか? 人々の声を。
どれだけ巧妙に仕組まれた嘘でも真実はいつか、姿を現すのですよ。
人々を救っていただき、そしてわたくしを救っていただき、ありがとうございます。
心から貴方を愛しております。
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