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第48話【悪足掻き】

強盗団の分断に成功した鋭時(えいじ)達であったが、

追い詰められた強盗が対ZK(ズィーク)用の試作型ゴーレムを起動した。

「冗談じゃねえぞ! デスハウンドがやられたんなら、ここにいる理由はねえ! オレは抜けるぜ!」

「好きにしろ! 捕まりたくなかったらロボットの起動を忘れるなよ」

 自分達の不利を悟って逃げ出す強盗達に対し、ゴーレムを起動したオッドアイのジゅう人が手製の狙撃用術具を鋭時(えいじ)達に向けたまま命令を下す。

「言われなくても分かってる! おい、ロボットはあっちにあったな?」

「ああ……あの化け物は新入りに任せといて、とっとと行こうぜ!」

 命令口調に対して不快感を隠さず言葉を返した男が倉庫の隅を指差し、隣の男が頷いてから忌々しそうにオッドアイのジゅう人を一瞥して走り出した。


「逃がしませんよーっ!【気流裂刃(クレイストリーム)】!」

「待て、シアラ! さすがに足止めの域を超えてるぞ!」

 逃げ出した男達に向かって高速回転する風の刃を投げ付けたシアラに気付いた鋭時(えいじ)が慌てて止めるが、風の刃は逃げる男達に届く前に割って入って来た巨大なゴーレムの体に当たった瞬間音も無く砕け散る。

「あぶねー……にしても、あのゴーレムは何だ? 術式が途中で消えたぞ……」

「おまかせくださいっ、教授っ!【圧縮空鏡(エアスコープ)】……!」

 過度の攻撃を制限された強盗達に向かった殺傷力の高い術式が消え去り安堵した鋭時(えいじ)が意識を巨大ゴーレムへ向けると同時にシアラが双眼鏡のように丸めた両手の輪を両目に当てて巨大ゴーレムに施された術式の構成を観察するが、驚愕の表情を浮かべたまま息を飲んで言葉を失った。


「どうしたシアラ!? 何が見えたんだ?」

「あのゴーレム……メチャクチャな数の防御術式が掛けられてて、頭の魔導核にはマジックキャンセラーがくっ付いてますっ!」

 愕然としているシアラに気付いた鋭時(えいじ)が落ち着かせるように声を掛け、シアラは声をどうにか絞り出して巨大ゴーレムの構成を答える。

「何だって!? 魔力制御のゴーレムにマジックキャンセラーを組み込むなんて、どんな技術だよ……防御術式の重ね掛けにも高度な演算処理が必要だろうに……」

「わたしだって自分の目を疑いますけどっ、本当なんですっ!」

「シアラが嘘をついてない事くらいは分かってるよ。とは言え、攻撃術式は構成を分解されちまうから本体に届いても防御術式に阻まれるか……さすがは対ZK(ズィーク)用の試作品、一筋縄では行かないな」

 思わず大声を上げてから耳に入って来た情報の分析をするように考え込み出した鋭時(えいじ)にシアラが必死に反論し、我に返った鋭時(えいじ)はシアラに優しい笑顔を向けてからアーカイブロッドを構えつつ巨大ゴーレムを視界に入れて不敵な笑みを浮かべた。


「他のゴーレムは……えっ!? わっ! しまった!」

「させるか!」

 遠くを見る術式の影響で視野の狭まったシアラの隙を突いて跳び込んで来た細いゴーレムに気付いた鋭時(えいじ)は、ゴーレムの握り拳を両手に持ったアーカイブロッドを振り抜いて打ち返す。

「大丈夫かシアラ?」

「教授っ! わたしのピンチに颯爽と現れるなんて、まるで姫騎士(ナイト)様ですっ!」

「颯爽も何も、(おれ)はシアラのすぐ近くにいただろ? どこの世界にゴーレムの拳をピッチャーライナーで打ち返す騎士がいるんだよ……」

 遠くへ吹き飛んで倒れた細いゴーレムを警戒しながら声を掛けた鋭時(えいじ)をシアラが眩いばかりに輝く瞳で見詰めながら称賛し、鋭時(えいじ)は周囲の警戒を継続しつつ複雑な表情で小さくため息をついた。


(にしても……攻撃を杖に当てて距離を取る防御技、闘魔(とうま)14系「大幹(だいかん)の返し」に攻撃して来た敵の勢いを利用する反撃技、闘魔(とうま)26系「障眼(しょうがん)の払い」を合わせれば片腕くらいは奪えると踏んだけど、やっぱり型通りには行かないもんだな……)

「随分と反射神経のいいゴーレムらしいな……っと!」

 難無く起き上がった細いゴーレムの様子を観察しつつ心の中で苦笑した鋭時(えいじ)は、細いゴーレムを睨み付けたまま近くに落ちていたコンクリート片をシアラに向けてアーカイブロッドで弾き飛ばす。

「教授……っ!?」

「大丈夫だったかシアラ? 闘魔(とうま)22系「鳴旋(めいせん)の払い」で弾いたコンクリ片を音も無く切り落とすとか、とんでもない切れ味だな……」

 突然自分の顔をかすめて飛んで行ったコンクリート片に小さく驚きの声を上げたシアラが背後の異変に気付いて振り向き、心配しながら近付いた鋭時(えいじ)が半分に切り落とされたコンクリート片の滑らかな断面に感心しながら奥に下がって距離を取る剃刀のような薄い刃を両腕に付けたゴーレムに注意を向けた。


「……こいつは思う存分考えられそうだ」

「教授が考えたいのでしたら、わたしはロボットの停止に行きますよ? もしもの時はシショクの願いに誓って今度こそ全力で教授を助けますからねっ」

 周囲を見回しながら不敵な笑みを浮かべる鋭時(えいじ)に気付いて深呼吸したシアラは、微笑みながらも強い信念を宿した瞳で鋭時(えいじ)を見詰める。

「やっと頭が冷えたか、まあそういう事だ。頼りにしてるぜ、シアラ」

「わかりましたっ、無茶だけはしないでくださいね……教授っ!【圧縮空筋(エアシリンダー)】!」

 アーカイブロッドを構えて周囲に注意を払いつつも安堵のため息をついた鋭時(えいじ)が強く頷き、普段通りの明るい笑みを取り戻したシアラは脚に圧縮した空気のバネを作り出して瞬く間に強盗達の逃げた方へと向かった。



「タイプサキュバスをゴーレムから離してたったひとりで残るなんて、お前本当に人間なのかよ!? 今なら逃げてもいいんだぜ?」

「ご心配どうも、あんたこそ仲間が逃げるまで残るとか随分律儀な男だな。(おれ)達はあんたら捕まえても金にならないし、逃げるなら今から逃げても構わないぜ?」

 自分の常識とかけ離れた鋭時(えいじ)の奇行に驚き呆れたオッドアイのジゅう人が逃亡を促すが、鋭時(えいじ)は涼しい顔で肩をすくめてからオッドアイのジゅう人に逃亡を促す。

「ロボットしか見てねえ辺り、その言葉は本当なんだろう……だがな、オレだって人間に見逃されたままで引き下がれねえんだよ! 行け、ゴーレム達!」

「随分と複雑なプライドだことで……確かにゴーレムは起動術式を発動した術者が命令出さないと全く動かないもんな~……」

 鋭時(えいじ)の言葉に嘘が無いと判断しつつも首を横に振って手製の狙撃用術具を構えたオッドアイのジゅう人がゴーレムに攻撃命令を下し、呆れながら頭を掻いた鋭時(えいじ)は自分に向かって慎重に距離を詰めて来るゴーレムを迎え撃つ体勢を取った。


(とは言え、どうしたものか……あの巨大ゴーレムは腕を振り回すくらいしか能が無さそうだけど、当たれば死を免れられないのだけは確実だ……)

 アーカイブロッドを構えて周囲のゴーレムを警戒しつつオッドアイのジゅう人を目で追った鋭時(えいじ)は、視界を塞ぐように立ちはだかった自分の背丈の倍を超える巨大ゴーレムに目を向けて対策を考えながら静かに脚のバネを溜める。


(っと……こっちの細いゴーレムは腕も細くて力は無いけど、とんでもない速さで走るから油断は出来ねえ……っと!)

 巨大ゴーレムに注意を向けた隙を突いて襲って来た細いゴーレムの攻撃を躱した鋭時(えいじ)が打ち返したアーカイブロッドの遥か先を走って離れる細いゴーレムに意識を向けた瞬間、背後からの殺気に気付いて身を躱しながら振り返った。


(細いゴーレムに足止めさせて、両腕が剃刀みたいな刃のゴーレムが(とど)めを刺す。もし2体を躱して術者に向かっても巨大ゴーレムに阻まれる、と……)

「能力を一点特化したゴーレムがこれほど厄介だとはね、面白くなってきたぜ」

 振り下ろした刃状の腕を戻しながら距離を取る刃のゴーレムと入れ替わるように近付いて来た細いゴーレムを見て戦法を分析した鋭時(えいじ)は、各々のゴーレムの役割に感心しながらアーカイブロッドを両手で等間隔の位置に持つ暴魔(ぼうま)の構えを取りつつ不敵な笑みを浮かべる。

「これだけのゴーレム相手に面白いとか、マジでどうなってやがんだよ!?」

「どうだかな? (おれ)が聞きたいくらいだぜ」

 自分の不利な状況を楽しむような鋭時(えいじ)の言葉に驚愕したオッドアイのジゅう人が思わず聞き返すと、細いゴーレムと刃のゴーレムの連携攻撃をアーカイブロッドで捌き続けていた鋭時(えいじ)は反射的に動き続ける自分の腕に目を落としてから再度不敵な笑みを浮かべた。



「おい待ちやがれ!」

「待てと言われて待つ奴がいるか、【高速石弾(ストーンバレット)】!」

 大声を上げて追い掛けて来たミサヲに対し、対ZK(ズィーク)用の試作ロボットを保管した場所まで逃げる強盗が振り向いてから術具をかざして術式を発動させる。

「つまんねーほどに古臭い返しをしやがって!」

「なっ!? 走りながら撃ち落とすなんて、どんだけ化け物なんだよ!?」

 術式を発動した強盗の言動と行動に呆れたミサヲがライフル銃を模した放電銃、ミセリコルデの引金を引いて飛んで来た石弾を撃ち落とし、術式を発動した強盗は目の前で起きた出来事に半ば恐慌に陥りながら一目散に逃げ出した。


「おいこっちだ! 今起動するから、もう少し時間を稼いでくれ!」

「わ、分かった! 電気にはこれだ、【霧煙幕(ミストスモーク)】!」

 物陰に隠れた仲間に声を掛けられて我に返った強盗は、そのまま振り返って別の術式を発動する。

「ちぃ、こんな小細工を思い付くたぁね!」

 突如目の前に出現した霧の煙幕に気付いたミサヲは、構えたミセリコルデを軽く振ってから苛立ち紛れに毒付いて足を止めた。


「ミサちゃんっ、大丈夫ですか!」

「こっちは大丈夫だ。それより鋭時(えいじ)はどうしたんだ?」

 後ろから心配した様子で声を掛けて来たシアラに対して振り向きもせずに無事を告げたミサヲは、前方に注意を向けながら後方の状況を聞き返す。

「教授は考え事に集中してるので、ミサちゃんの手伝いに来ましたっ! 教授には追尾術式を掛けてますので、すぐに駆け付けられますっ!」

「分かった、もしもの時はすぐ鋭時(えいじ)を助けに行くんだ。こっちはあたしがどうにかするからさ」

「わかりましたっ、今はまだ大丈夫ですっ! こっちはこの霧でミサちゃんの銃が撃てなくなったんですねっ、おまかせください!」

 背後から声を掛けて来たシアラの報告を聞き安心したミサヲが行動の優先順位を指示し、ミサヲの隣まで移動して来たシアラは自信と決意に満ちた笑みを浮かべて頷いてから前方の霧を確認してリサーチャーブリムに手を当てた。


「ありがたいんだけど、ちょっと待ってくれ。力任せに吹っ飛ばしたら、強盗まで巻き込みかねん。使う術式は慎重に選んでくれないか?」

「ちょっと難しいですね……もう少し待ってもらえますか?」

 膨大な魔力の流れに気付いたミサヲが慌ててシアラの術発動を止めてから術式の使用目的を再確認し、シアラは目の前に術式リストを記載した光学紋様を展開して考え始める。

「掃除屋と合流したタイプサキュバスが霧を吹き飛ばす気だ! 早くしてくれ!」

「慌てるな、こいつで最後だ! 今のうちに逃げるぞ!」

 霧を隔てた反対側の声が耳に入った強盗が驚愕した様子でロボットの起動状況を確認し、物陰で円筒形の機械の操作を終えた強盗が手招きして逃走を促した。



『目標確認……』

『命令、目標ノ殲滅ヲ最優先……』

 シアラが術式を選んでいる間に晴れた霧の中からミサヲより頭ひとつ低いヒトの形をした銀色のロボットが複数現れ、頭部に埋め込まれたレンズの照準を調整する音を立てながら音声案内を再生しつつ刃物のような両手の先を振動させ始める。

「間に合わなかったか……やっぱり出た」

「ミサちゃん、早く壊して逃げた強盗達を……」

 自分達を囲むように歩き出したロボットを警戒しながらミサヲがミセリコルデを構え直し、シアラも展開していた術式リストを閉じてから強盗達が逃げたであろう倉庫の出口を睨んで身構えた。


「落ち着けよ、シアラ。金にもならないし逃げても居場所は無い、相手する価値も無いぜ。それよりロボットを全部壊すんだ、1体でも逃したら賞金がフイになる」

「わかりましたっ、全部で8体ですねっ! 来てください、マフリク!」

 静かにため息をついたミサヲから目前の脅威に目を向けるよう促されたシアラが小さく頷き、ミサヲと背中を合わせるように回り込みつつ腰に付けたぬいぐるみをウサギからヒツジへと取り換える。

「【軟打手甲(ストラフェルム)】、まずはひとつ!」

『殲滅行動開ッ……! 機体ニ……重……大ナ……』

 随所に装甲を施した結界のドレスを纏うと同時に術式を発動したシアラが近くで腕を振りかざしたロボットに駆け寄りながら光に包まれた手を突き出し、シアラの手に装甲板を貫かれたロボットは膝をついて行動を停止した。


「へぇ……面白い術式だね、あたしも負けらんないな! ふたつ!」

『回路ニ……過剰ナ……電流ヲ確……認……』

 シアラが発動した新たな術式に深く感心したミサヲは自分を奮い立たせるように近くのロボットに飛び掛かり、装甲の隙間にミセリコルデの銃口を突き付けてから引き金を引いてロボットの電気系を焼き切り機能を停止させる。

「こっちもまだまだいけますよっ、みっつ!」

『駆動系ヲ損傷、作戦……遂行不……能……』

 倒したロボットの装甲から手を引き抜いたシアラはミサヲの声に合わせるように稼働している別のロボットへと駆け寄って装甲を貫き、魔力を帯びたシアラの手によってジョイント部品を抜き取られたロボットは骨が抜けたかのようにバランスを崩しながら機能を停止した。


『『目標確認、攻撃開始……』』

「遅い! よっつ! 続けていつつ!」

 機械音声を再生すると同時に振動する刃物のような手で斬り掛かって来た2体のロボットの攻撃を難無く躱したミサヲは体勢を整え、ミセリコルデの引金を引いてから槓桿を引いて戻す動作を素早く繰り返して2体のロボットに電流を浴びせる。

『エラー……攻撃行動ニ移行出……来ズ……』

『攻撃エラー確認、目標ノ危険度ヲ……』

「……って残りはどこ行った?」

 装甲の隙間に過電流を浴びせられたロボットの停止を確認したミサヲは、周囲を見回して残った標的の行方を探す。

「ミサちゃん、あっちですっ! わたしが行きますねっ!」

「自己防衛機能が働いたか……護衛対象がいないんだし、分が悪くなりゃデータの持ち帰りを優先すんのも仕方ないか……頼んだぜ、シアラ!」

 迷路のようにコンテナが積み重なった区画の方を指差したシアラがそのまま後を追い、ロボットに搭載されている機能を推測しつつひとりで納得したミサヲは頭を掻きながらシアラを見送った。



『目標ノ危険度ヲ最高ランクニ設定、速ヤカニ退路ヲ……』

「逃がしませんよっ、むっつ!」

 コンテナの間を抜けながら出口を探す3体のロボットの前に先回りしたシアラが現れ、先頭に立つ1体の胸部に手を突き出す。

『動力バイパスノ破……ソンヲ……』

『目標補足……!?』

 先頭のロボットを無力化したシアラの背後に回り込んだ別のロボットが腕を振り上げて攻撃行動に移るが、頭部に硬い物がぶつかる音が響くと同時に動きを止めて周囲を見回してからコンテナ上部へ顔を向けた先には手元に拳銃の立体映像を映し出したレーコさんが佇んでいた。


「シアラさん、今です!」

『……セ……イギョ……カ、カイロニ……ニ……』

 ロボットが次の行動に移るより早くレーコさんが映し出した拳銃の立体映像から再度弾丸状に圧縮した空気を撃ち出しながらシアラに声を掛け、頭に空気の弾丸を受け動きを止めたロボットに近付いたシアラは無言のままロボットの胸部に両手を押し当てて無力化させる。

「これでななつ……と」

『コマンド変更、帰還ヲ優先……』

「あとひとつ……ですね……っ」

 落ち着いて数を呟いたシアラの様子を観察していた最後に残ったロボットが音声案内を再生しながら背を向けて走り出し、シアラは小さく頷いてから最後に残ったロボットの後を追った。



『戦闘データノ保存完了、帰還ヲ最優先トスル』

「可哀想だがお前の帰る場所は無いぜ、起動した連中は全員逃げちまったからな」

 全速力で強盗達がロボットを起動した倉庫の物陰に戻って来た最後のロボットを待ち受けていたミサヲは、冷めた瞳でロボットを眺めながら静かにミセリコルデの銃口を向ける。

『データ保存ノタメ、安全ナ区域マデノ移動ヲ最優先……繰リ返ス』

「わたしの情報を知っていいのは教授だけですよっ、まずは記憶装置ですねっ!」

 自分に向けられた銃口に気付いて踵を返すロボットの退路を後方から追い掛けて来たシアラが塞いでロボットに近付き、両脚部の付け根の間を掴んで力任せに握り潰した。


『安……ナャー!?』

「続けてセンサーっ!」

 機体下部に強烈な衝撃を受けたロボットが絶叫にも似た雑音混じりの音声案内を途切れ途切れに再生する中、シアラはロボットの頸部を掴んで強引に捻じ曲げる。

『ガ……ガ……』

「はい、おしまい……ですね」

「お疲れ、シアラ」

「ミサヲさん、シアラさん、お疲れ様でした」

 破損したスピーカーから漏れる雑音が途切れてから停止したロボットを確認したシアラが安堵のため息をつき、周囲の安全を確認したミサヲとレーコさんが緊張を解いた様子でシアラを労った。


「こんなのたいした事ありませんっ! それより教授はっ?」

「防戦一方だが攻撃の方は全部回避出来てるぜ。まだ術式も使ってないし、かなり楽しんでるみたいだな」

 余裕に満ちた笑みを返したシアラが一転顔を曇らせながら鋭時(えいじ)のいる方へと顔を向け、意識を集中して索敵術式の追尾機能の確認を終えたミサヲが安心させようと微笑みながらも呆れた様子で肩をすくめる。

「本当だっ! じゃあ、今から教授を見に行きましょうっ!」

「あの、シアラさん……助けに行く、の間違いでは……?」

「細かい事はいいんだよ、レーコさん。本当にヤバくなったら助けるんだからさ。それと、あたしは壊したロボットの回収があるから先に行っててくれねえか?」

 ミサヲと同じように意識を集中してから嬉しそうに頷いたシアラにレーコさんが困惑の表情を映し出しながら尋ねるが、手近なロボットの残骸を拾って折り畳んだミサヲがレーコさんに簡単な行動基準を説明しながら余裕のある笑みを向けた。



「あいつらもう片付けたのか……もう少し今のままで考えたかったけど、こっちも遊んではいられないか……ならば本気を出す、【反響索敵(エコーサーチャー)】」

 細いゴーレムと刃のゴーレムが交互に繰り出して来る攻撃をアーカイブロッドで捌き続けていた鋭時(えいじ)は、波状攻撃の僅かな隙を突いてアーカイブロッドへと意識を集中しつつ小声で索敵術式を発動する。

「何だぁ!? 不発か?……まあいい、行けゴーレム! さっさと終わらせろ!」

「……っと、さすがは対ZK(ズィーク)用のゴーレムだ。捌き続けるのは、ちょい骨か?」

 鋭時(えいじ)の発した術式名を聞き取れなかったオッドアイのジゅう人が何も変化の無い周囲に困惑しながら再度ゴーレムに攻撃命令を出し、命令を受けた細いゴーレムの突き出して来た拳を躱した鋭時(えいじ)は索敵術式に忍ばせた圧縮空気の枷で手足の動きを鈍らせたにも関わらず油断の出来ない速度で迫って来るゴーレムに舌を巻きながら半歩下がった。


「でも離れたら刃のゴーレムに斬られて肩から上が真っ平、と……いい連携だな、まずはこいつを崩さないと……」

「くそっ、掃除屋の動きに余裕が出て来てやがる……これならどうだ!」

 細いゴーレムから距離を取ると同時に背後に近付いて来た刃のゴーレムの斬撃を難無く避けた鋭時(えいじ)に焦ったオッドアイのジゅう人は細いゴーレムを大きく後方へと跳躍させ、着地の反動で加速を付けた細いゴーレムが鋭時(えいじ)目掛けて矢の如く迫る。

「読み通りだ、【凍結輪枷(フリーズスネア)】!」

「はあぁ!? なんで急にゴーレムが転ぶんだ……いや、掃除屋の凍らせた地面に足を取られたのか!」

 細いゴーレムが全速力を出す瞬間を待ち構えていたように鋭時(えいじ)が術式を発動した直後に細いゴーレムが足を滑らせて膝をつき、目の前の事態を信じられずに驚きの声を上げたオッドアイのジゅう人が呼吸を整えてから目を凝らして鋭時(えいじ)の足元から自分の近くまで床に沿って広がる氷に気付き慌てて大きく下がった。


「やはり思った通りだ……マジックキャンセラー持ってるのは巨大ゴーレムだけのようだな。ならまずはこいつから……!」

「え、おい……マジかよ……」

 凍結術式に足を取られた2体のゴーレムを確認した鋭時(えいじ)は膝をついて座るように止まった細いゴーレムの前に立ち野球のバットのように握ったアーカイブロッドをフルスイングで頭部に打ち付け、吹き飛ばされた細いゴーレムは体を半回転させて顔に当たる部分を床に着けて滑りながら呆然と立ちすくむオッドアイのジゅう人の目の前で魔導核を残して崩れ去る。

「上手い具合に魔道核の文字が削れたようだな。次はこいつだ、【氷結晶壁(アイスウォール)】!」

 細いゴーレムの魔導核が無力化した事を確認した鋭時(えいじ)が振り向いて足が凍結した床に張り付いて身動きが取れないまま腕を振り回す刃のゴーレムへと近付き、床に打ち付けたアーカイブロッドから発動した術式によって作り出された氷の壁に刃のゴーレムの両腕を閉じ込めた。


「凍った足場と氷の壁……文字通り手も足も出なくなったな、【共振衝撃(レゾナンスショック)】」

「う……嘘だろ……ZK(ズィーク)(から)を斬れるくらいに頑丈じゃなかったのかよ……?」

 氷の壁に閉じ込められた刃のゴーレムの両腕目掛けて鋭時(えいじ)が術式を発動しながらアーカイブロッドを振り下ろし、ゴーレムの能力に信頼を置いていたオッドアイのジゅう人は目前で根元から砕き折られたゴーレムの両腕を呆然と見詰める。

「【魔光刃(フォトンエッジ)】! 今度は上手く行ったな……」

「そんな……せっかくのゴーレムが人間なんかに……いや、まだ1体残ってる! 行け、奴を叩き潰せ!」

 氷の壁に刺さっているゴーレムの両腕を確認してからアーカイブロッドの先端に熱源を圧縮空気で覆った光る刃を作り出した鋭時(えいじ)が両腕を折られた反動で上半身を仰け反らせたゴーレムの魔導核に突き刺し、崩れるゴーレムを呆然と見詰めていたオッドアイのジゅう人はすぐさま我に返って巨大ゴーレムに攻撃命令を下した。


「すごい威力だが、スピードが足りないな。速攻で終わらせる、【圧縮空棍(エアロッド)】!」

 巨大ゴーレムの腕を余裕で(かわ)しながら能力を分析した鋭時(えいじ)がアーカイブロッドの先端から黒い釣竿状のロッドを伸ばすが、黒いロッドはゴーレムの体に当たる前にマジックキャンセラーの影響を受けて跡形も無く消滅する。

「おいおいマジかよ、こいつは参ったな……」

「ははっ、いい(つら)になったな! その顔ごと全身を叩き潰して、ひと足先に地獄に送ってやるよ!」

「好き勝手言いやがって……とはいえ、さっきの手応えだと防御術式も効果無いし一発も貰えないのは確かだな……」

 驚愕とも呆れとも取れる表情を浮かべた鋭時(えいじ)を見て気を大きくしたオッドアイのジゅう人が勝利を確信してゴーレムに命令を下すと、不快感を表情に出した鋭時(えいじ)は同時に自分の身に迫る危険を分析しつつ巨大ゴーレムの動きに意識を集中した。



「教授っ!」

「手を出すな、シアラ! こいつに術式は通じない!」

 ロボットの無力化から戻って来たシアラが加勢をしようと鋭時(えいじ)に声を掛けるが、鋭時(えいじ)は視線をゴーレムに向けたまま手のひらをシアラに向けて加勢を制止する。

「それは教授も同じじゃないですかっ……あっ……!」

「はんっ! 仲間の手の内を教えるとか、ドジな掃除屋もいたもんだ!」

 鋭時(えいじ)に加勢を断られたシアラが大声で反論する途中で慌てて口に手を当てるが、シアラの言葉を聞き逃さなかったオッドアイのジゅう人はシアラの致命的なミスを鼻で笑ってゴーレムの腕から逃げ回る鋭時(えいじ)へと顔を向けた。


「うわわっ……ミサちゃん、レーコさん、どうしましょう……」

「落ち着けシアラ、ミセリコルデの電撃ならマジックキャンセラーを撃ち抜ける。レーコさん、あのデカブツの観測を頼めるかい?」

 動揺を全く隠さずに立ちすくんだシアラが後ろを向いて声を掛けると、後ろから来たミサヲが小さく折り畳んで運んで来たロボットを降ろしてからミセリコルデを構えて横に佇むレーコさんに声を掛ける。

「お待ちくださいミサヲさん、鋭時(えいじ)さんの呼吸も心拍数も正常値を示しています」

「そりゃいったいどういう意味だ?」

 しばらく鋭時(えいじ)を観測していたレーコさんが真剣な表情を映し出しながらミサヲを制止し、ミサヲは怪訝な表情を浮かべてレーコさんに聞き返す。

鋭時(えいじ)さんの観測データから分析しますと、まだ鋭時(えいじ)さんは諦めていません」

「そいつは面白いな、しばらく様子を見てみるかい。もちろん、いつでも出られるようにしておくけどな」

「わかりましたっ、ミサちゃんっ!」

 淡々と話すレーコさんの分析結果を聞いたミサヲがいつでも狙撃を出来る体勢を維持しつつも緊張を解き、シアラも周囲にぬいぐるみを浮かせながら固唾を呑んで鋭時(えいじ)の動きを見詰め始めた。


「あ? 他に攻撃手段があるようだが、んなもん出す前に潰してやんよ!」

「今度はレーコさんか……アンドロイドだから仕方ない部分もあるな……それに、いつまでも使わないままって訳にもいかないもんな……」

「させるか!【爆火球(ファイアボール)】!」

 ミサヲ達の会話に聞き耳を立ててニヤニヤと笑うオッドアイのジゅう人に対して小さくため息をついた鋭時(えいじ)がアーカイブロッドを片手に持ち直すが、オッドアイのジゅう人は鋭時(えいじ)の挙動に警戒して巨大ゴーレムの背後から火球の術式を放った。


「うわっと!? あんにゃろ、手駒のゴーレムがいるのにお構いなしかよ!」

「落ち着いてくださいミサちゃんっ、あのゴーレムには術式が通じないからこその戦法ですよっ」

 咄嗟に物陰へと身を隠して爆風を凌ぎながら憤って怒鳴るミサヲの隣に移動したシアラが腰にウサギのぬいぐるみを付けてメイド姿に変わり、頭部のリサーチャーブリムに意識を集中して巨大ゴーレムの解析をしながら用途と戦術を分析する。

ZK(ズィーク)の駆除にマジックキャンセラーとか必要ないと思ったけど、ゴーレムを盾に強力な術式を使い放題って訳だったのかよ……さすがにヤバいんじゃないか?」

「教授なら大丈夫ですよっ、あの程度の術式なら問題ありませんっ!」

 ようやく巨大ゴーレムに搭載された装置の用途を理解して頷いたミサヲが爆炎に巻き込まれた鋭時(えいじ)の身を案じるが、シアラは何らの術式を使う事無く自信に満ちた表情で強く頷いた。



「クソッ、あの程度とか見くびりやがって……!」

「どうした? そっちが術式食らったような顔をしてるぞ」

 物陰から漏れ聞こえる会話に苛立ちながら晴れつつある爆炎の方へと眼を向けたオッドアイのジゅう人が無傷のままの鋭時(えいじ)に気付いて言葉を詰まらせ、涼しい顔をした鋭時(えいじ)は左手に持ったアーカイブロッドを肩に担ぐような仕草をしてから余裕のある笑みを浮かべる。

「オレの術式は豆鉄砲じゃねえ、【高速石弾(ストーンバレット)】!」

「だから無駄だっての」

 嫌味に気付いて顔を赤くしたオッドアイのジゅう人が鋭時(えいじ)の頭部に狙いを定めて術式を発動するが、鋭時(えいじ)は顔色ひとつ変えずに右手のひらを前にかざして放たれた石弾を受け止めた。


「素手で術式止めるとか、どんな化け物だ……いや、手に高密度の【圧縮空壁(エアシールド)】を発動してたのか!」

「やっぱ見破られたか、同じ手は何度も使うもんじゃ無いな……っと!」

 目の前の出来事に驚愕して大声を出したオッドアイのジゅう人が落ち着きを取り戻してから目を凝らして鋭時(えいじ)が右手のひらに発動させた防御術式を見破り、鋭時(えいじ)は右手人差し指に嵌めているリッドリングを隠すように頭を掻きながら左手に持ったアーカイブロッドをオッドアイのジゅう人に向ける。

「オレの術式が通じないならゴーレムで潰すまでだ! 行け、ゴーレム!」

「ゴーレムのマジックキャンセラーで防御術式ごと(おれ)を消す算段か……なら!」

 術式を発動するアーカイブロッドを警戒したオッドアイのジゅう人が射線を遮るように巨大ゴーレムの後ろに隠れ、オッドアイのジゅう人の思惑を見抜いた鋭時(えいじ)はアーカイブロッドを両手で構え直した。


「させるかよ、【魔力閃光(フラッシュ)】!」

「おっと……セコいけど賢い選択だ、こっちもゴーレムに集中出来る。まずは暴魔(ぼうま)18系「草打(そうだ)(げき)」!」

 狙撃用術具から閃光術式を発動したオッドアイのジゅう人が素早く物陰に隠れ、拒絶回避によって閃光の直視を免れた鋭時(えいじ)は逃げ隠れたジゅう人には目もくれずにゴーレム目掛けて間合いを取りながらアーカイブロッドを素早く突き出す。

「手応えはまるで無し、か……ならば、闘魔(とうま)21系「月宵(つきよい)の払い」!」

 加速を乗せたアーカイブロッドの突きをゴーレムの表面装甲に止められた鋭時(えいじ)は続いてアーカイブロッドを刀のように構えて流れるような連続攻撃を繰り出すが、全ての攻撃を避ける事無く受けたはずの巨大ゴーレムはバランスひとつ崩す事無く鋭時(えいじ)に迫り続けた。


「何かと思ったら、単に杖で殴りかかるだけか! 大した切り札だな!」

「野郎、あんな所に……!」

 全く有効打を与えられない鋭時(えいじ)を見て物陰から挑発するオッドアイのジゅう人に気付いたミサヲが、ミセリコルデを構えて狙いを付ける。

「ダメですっ、ミサちゃんっ! これは教授の戦いなんですからっ!」

「分かってるけど鋭時(えいじ)に策はあんのかよ? アーカイブロッドが頑丈だからって、あのデカブツに決定打が入る技なんてステ=イション式杖術には無いだろ……」

「わかってますっ。教授の策が尽きたと判断したら、お願いしますっ」

 狙撃を横から止めに入ったシアラに頷きを返したミサヲが鋭時(えいじ)の教わった武術に考えを巡らせながら顔を曇らせ、同意するように頷きを返したシアラは強い意志を込めた瞳でミサヲを見詰めた。



(不意討ちも牽制も効果無し……残る手札(カード)は相手の攻撃に反撃を合わせる26系、捨て身の攻撃を繰り出す28系、全加速を乗せる35系。どの技も【圧縮空筋(エアシリンダー)】の補助無しにゴーレムを破壊出来る威力なんて到底出せないが、ゴーレムに近付けば【圧縮空筋(エアシリンダー)】そのものが消える……)

「出来る事ならこいつだけで倒してみたかったけど、悪足掻きだったかな~」

 後ずさりをしつつ巨大ゴーレムとの距離を保ち続けながら自分の使える技を考え続けていた鋭時(えいじ)は、突然足を止めてから大きなため息をつく。

「ふん、諦めるのか? なら、楽に終わらせてやるよ!」

「誰が諦めるって言ったんだ、よ!」

 動きの止まった鋭時(えいじ)に気付いて勝利を確信したオッドアイのジゅう人が物陰から躍り出すが、鋭時(えいじ)は語気を強めながら巨大ゴーレムが振り下ろして来た拳に両手で構えたアーカイブロッドを当てて弾いた。



「な!? 野郎! どこに消えやがった!?」

 巨大ゴーレムの攻撃が弾かれた瞬間に鋭時(えいじ)の姿が消え、オッドアイのジゅう人は慌てて周囲を見回しながら鋭時(えいじ)を探す。

暴魔(ぼうま)13(けい)混水(こんすい)()」、ステ=イション式杖術の防御はこんな事も出来るんだ。そろそろ切り札を抜かせてもらうぜ!」

 攻撃を防ぐと同時に気配を消しつつ巨大ゴーレムの左斜め後方へと移動していた鋭時(えいじ)が慌てるジゅう人の疑問に答えるかのように現れ、アーカイブロッドの中心を持った左手を正面に突き出してから右手で先端近くを握る構えを取った。

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