第49話【夜明けまでに】
強盗団の起動したロボットとゴーレムを悉く無力化した掃除屋達、
最後に残った攻撃の全く通じない巨大ゴーレムを前に鋭時は杖の構え方を変えた。
「た、ただのハッタリだ! 行け、ゴーレム!」
両手に持ったアーカイブロッドを水平に構えた鋭時を見て警戒したオッドアイのジゅう人だが、重厚な装甲に覆われた巨大ゴーレムへの対抗手段は無いと確信して攻撃命令を下す。
(タイミングは一発勝負……機械刀炎斬、起動!)
膝を何度も曲げて小さく屈伸しながら生体演算装置を通じてアーカイブロッドにパスワードを送った鋭時が巨大ゴーレムに向かってぶつかるように駆け抜け、勢い余ってバランスを崩した鋭時が体勢を整えた直後に巨大ゴーレムが膝をついた。
「は……? 何をしたんだ? なんでゴーレムが動かないんだ?」
「ゴーレムの魔導核なら、今さっき無力化したぜ」
鉄パイプと折れた術具の破片を組み合わせた即席の狙撃術具を何度も振り下ろすオッドアイのジゅう人に対し、鋭時は息を整えながら左手に持った4分の3ほどの長さになったアーカイブロッドで巨大ゴーレムを指し示す。
「嘘つけ! ゴーレムの魔導核はマジックキャンセラーと一体化してん……だ? くっ、化け物め!【爆火球】」
「おっと」
鋭時の言葉を否定しようとした矢先に魔導核を除いて崩れ去った巨大ゴーレムを目の当たりにしたオッドアイのジゅう人が慌てて狙撃用術具から火球の術式を撃ち出すが、鋭時は落ち着いた様子で右手に握ったアーカイブロッドの残り4分の1を火球に向けて振り払った。
「なっ!? そんな武器、見た事も聞いた事も……」
「悪いが教えられないな、【気絶接触】」
撃ち出した火球が爆発する事も無く消え去り愕然とするオッドアイのジゅう人が鋭時の右手に握られているアーカイブロッドの断面から刀身の如く伸びる赤い光に気付いて動揺し、動揺の隙を突いた鋭時が左手に握ったアーカイブロッドの先端をオッドアイのジゅう人に当てながら術式を発動する。
「……がぁ!?」
「これで終了、っと。こいつをどうするかはドクかミサヲさんに聞くか……」
術式の発動と同時に大声を上げて意識を失ったオッドアイのジゅう人を確認した鋭時は、周囲を見回して安全を確認してから緊張を解いた。
▼
「教授っ! おケガはありませんかっ? 何をしてゴーレム止めたんですかっ? その杖、どうなってるんですかっ?」
「おーいシアラさん、一気に質問されても答えられないぞ。とりあえず俺にケガは無いけど近付かないでくれ、まだこいつの制御には慣れてないんだ……」
物陰から身を乗り出して鋭時のもとへと駆け寄ると同時に質問を矢継ぎ早に繰り出して来たシアラに慌てた鋭時は、2本に分かれたアーカイブロッドをそれぞれの親指で押さえながら手のひらを向けて距離を置くように制止する。
「ほえ? 制御っていったい……うわわっ!?」
「そういう事なら、あたしがシアラを捕まえといてやる! それで鋭時の持ってる炎の刃……はいったい何なんだい?」
思わぬ返答に小首を傾げたシアラが突然浮かび上がった自分の体に驚いて大声を上げ、背後からシアラを抱き上げたミサヲが鋭時の右手にあるアーカイブロッドの片割れから刀身のように伸びる赤い光を慎重に指差しながら尋ねた。
「こいつは機械刀炎斬。高熱源を刃状に形成させて何でも溶断出来る装置にして、アーカイブロッドの真の名前だ」
「機械刀!? どこでそんな!……って、その杖はドクから貰ったんだよな……」
蝋燭の火を消すように炎斬を振って炎の刃を消してから刀を鞘へと収めるようにアーカイブロッドを戻した鋭時にミサヲは驚いて聞き返すが、アーカイブロッドの出どころを思い出して言葉を途中で止める。
「ああ、ドクは最初から俺に機械刀を手渡してた事になる……」
「参ったね……ますますドクが何者なんだか分からなくなったよ……」
ミサヲの言わんとするところを察した鋭時は元の姿に戻したアーカイブロッドを眺めながら神妙な面持ちで頷き、危険が無いと判断したミサヲも抱きかかえていたシアラを降ろしてから呆れた様子で頭を掻きながら呟いた。
「ボクがどうかしたのかい?」
「おっ!……と、戻って来てたんなら早く言えよ」
突然後ろから声を掛けて来たドクに驚いたミサヲは、ばつが悪そうに頭を掻いたまま不機嫌な様子で声を返す。
「ああすまない、これを運ぶのにちょっと手間取ったんだ」
「タイプワーウルフ……? そうか、こいつが強盗団の親玉だな」
思わぬ反応に息を飲んだドクが息を整えつつホーミングギャロットを巻き付けて背負っていたものを下ろし、ドクの運んで来たものがジゅう人と気付いたミサヲが作戦成功を理解して頷いた。
「その通り、強盗団の親玉のデスハウンドだ。麻酔薬で眠らせてるから、丸一日は起きないよ」
「相変わらず手際いいな、ドクは……そんな事より鋭時の持ってるのは何だよ! 機械刀って本当なのか!?」
ミサヲの確信に答えるように頷いたドクがデスハウンドに施した処置を説明し、感心して頷いたミサヲは忘れかけていた本題に気付いて捲し立てるように尋ねる。
「ああ。正真正銘の本物、幻の名工居邑真洞の拵えた機械刀のうちの一振りだよ」
「本物……何でドクがそんな凄いもん持ってんだよ!?」
飛んで来る質問を予期していたかのように涼しい顔で鋭時の持つ機械刀の素性を答えたドクに、ミサヲはさらに大きな声で質問を返した。
「ボクがステ=イションに来る前に集めてたコレクションのひとつで、その中から鋭時君の戦闘スタイルに合いそうなのを選んだんだ」
「ひとつ……って、他にも機械刀を持ってるのか!? あたしは初耳だぞ!」
尚も冷静な様子のドクが自分の所持する機械刀に関する説明を交えながら答え、思いもよらぬドクのコレクションに驚いたミサヲが倉庫の空気を震わせんばかりの大声を上げる。
「ん? ここに来る前に集めてたけど、使う事態には遭遇しなかったからね」
「まあ互いに手の内を見せねえ、探らねえのが掃除屋同士の不文律だ。これ以上は聞かねえよ、鋭時が助けられたのも事実だからな」
目の前で爆発したような大声に全く動じる事も無く答えたドクに毒気を抜かれたミサヲは、釈然としない様子で頭を掻きながらも機械刀の追及を取り止めた。
「助かるよ、ミサヲさん。しかし……機械刀まで使う程の強敵だったんだね、このゴーレムは」
「まあな……マジックキャンセラー頭に乗せて動き回るゴーレムとか、少なくとも俺の記憶にも無いぜ。今思うと、よく生き延びたもんだよ……」
安堵のため息をついてから神妙な顔付きで破損したゴーレムの魔導核を観察するドクに、鋭時は巨大ゴーレムの構成を説明しながら大袈裟に肩をすくめる。
「ははっ……ゴーレムの暴走に巻き込まれるなんて、とんだ災難だったね」
「いや、そこのジゅう人がゴーレムを起動してから仲間が逃げるまでの時間稼ぎ、あわよくば俺達の全滅まで目論んでたぜ」
頬を指で掻いたドクが複雑な笑みを浮かべながら労うと、鋭時は静かに首を横に振ってから倒れているオッドアイのジゅう人を指差してゴーレムと対峙した状況を説明した。
「ん? ジゅう人が鋭時君の命を狙ったのか? 俄かには信じ難いな……」
「それはどういう……そういえば、そっちのデスハウンドも俺が人間だと分かった途端にとんでもなく慌ててたな……」
オッドアイのジゅう人を観察しながら顎に手を当てて俯いたドクの呟きに疑問を持った鋭時だが、強盗団の取った行動の違和感を即座に思い出して静かに頷く。
「ジゅう人は人間に危害を加えるのを本能レベルで忌避するんだ。とはいえ全くの無抵抗って訳じゃ無いし、開き直る場合もあるけどね」
「ああ。自分や仲間の身を守るためか、協力関係にある人間達と敵対してる連中にしか手を出さねえぜ」
鋭時が口にした疑問に答えるようにジゅう人が人間に対して持つ本能的な習性をドクが説明し、続くようにミサヲも自覚している本能を説明しながら頭を掻いた。
「じゃあこの強盗団はジゅう人だけで集まってたのか?」
「いや。何が目的だったかは分からないけど、人間と協力関係にあったみたいだ。既に見捨てられてるみたいだけどね」
ジゅう人の習性を理解してしばし考え込んでから強盗団の素性を尋ねる鋭時に、ドクは静かに首を横に振ってから呆れた様子で肩をすくめる。
「どうしてそんな事が……術具か! セイハさん達が破壊した術具を補うために、残った術具を切り分ける苦肉の策に出たんだ!」
「その通りだ、鋭時君。デスハウンドを捕えてからトラックを確認したんだけど、ボク達が撃退して以降は補給を止められてた形跡があったんだ」
ドクの返答に対し疑問を持ち始めて再度考え込んだ鋭時が強盗団の使用していた術具に根拠を見付け、正解を言い渡すように頷いたドクは独自に調査した強盗団の補給事情を説明した。
「犯罪に手を染めた結果なんだから自業自得とは思うけどよ、手を組んだ人間から一方的に切り捨てられてんじゃ世話ねえぜ」
「だとすると、俺の命を狙ったのは破れかぶれの行動だったのか……?」
倉庫の床に寝転がるデスハウンドを一瞥したミサヲが苛立ちを紛らわせるように大きなため息をつき、強盗団の心情についてしばし考えていた鋭時は小さく疑問を呟く。
「ああ。人間を手に掛けたと知られたら運良く逃げれても半殺し、最悪の場合だと楽には死ねないって話だ。そいつを避けるには目撃者全員の口を塞ぐしかねえが、相手が人間を連れたジゅう人のメスとあっては総力戦で臨むしか無いからな」
「だからドクは俺の作戦を聞いた時に成功率が上がるって言ってくれたのか……」
疑問に答えるように軽く頷いてから人間に危害を加えたジゅう人の末路を話したミサヲが続けて末路を避け得る唯一の手段を説明し、守衛室での作戦会議の内容を思い出していた鋭時は納得しながら静かに深々と頷いた。
「そうだね、思惑通りに強盗全員が親玉から離れてくれたよ。もっとも、鋭時君の無事が分かっても命を狙って来たのは想定外だったけどね」
「言われてみれば、あそこまで鋭時の命に執着するなんて変な話だな」
鋭時のアイディアに乗った理由を説明したドクが自らの計算のミスを認めながら肩をすくめ、ミサヲも同意するように頭を掻きながら疑問を素直に口にする。
「ところでミサちゃんっ、教授が捕まえたジゅう人はどうするんですかっ?」
「やけにおとなしいと思ったら、こいつに拘束術式を掛けてたのか。そうだな……そっちの親玉と纏めて警察に引き渡すか」
話題が途切れて三者の間を支配したしばしの沈黙を破るようにシアラがミサヲに声を掛け、シアラの指差す先を確認したミサヲは納得して頷いてから床に放置したデスハウンドを親指で指し示しながら処分を決定した。
「ちょっと失礼……タイプサイクロプス? こんなのデスハウンドの取り巻きにはいなかったぞ?」
「トラックを護衛した時か? あたし達の受け持ちと違うトラックでも襲ってたんじゃないか?」
シアラの発動した術式により鉄のような輪を足首から等間隔で肩まで嵌められたオッドアイのジゅう人をTダイバースコープ越しに観察していたドクが首を傾げ、ミサヲが至極単純な推理を披露する。
「これほどのジゅう人を囮に使うなんて考えられないし、それはあり得ないよ」
「それもそうだな……囮の隊にいれば少なからず話題に上がってただろうからな」
しばし考え込んでいたドクが静かに首を横に振ってミサヲの推理を否定すると、ミサヲも上を向いてしばらく考えてからあっさりと自分の推理を取り下げた。
「ほえ? どういう事ですかっ、ミサちゃんっ?」
「ん? タイプサイクロプスって凄腕の狙撃手なんだ。片目に魔力を集中して遥か遠くを見通せるから、交戦してたら遠くから撃たれて護衛どころじゃ無かったぜ」
ひとりで納得するミサヲを不思議そうに眺めるシアラが小首を傾げて尋ねると、ミサヲは軽く頷いてからオッドアイのジゅう人の特徴と特技を説明する。
「狙撃手って事はミサちゃんと同じ感じなんですかっ?」
「おーいシアラさん、さすがにミサヲさんに失礼……」
「そんな事はねえさ、あたしの師匠だった先代店長もタイプサイクロプスだったんだから。もっともこいつは、あたしや師匠と違う戦い方だけどな」
説明を聞き終えてから無邪気に質問を返したシアラを鋭時が窘めようとするが、ミサヲは気にする様子も無く微笑みながら話題に上ったジゅう人の種別と自分との関わりを説明した。
「戦い方って、ミサヲさんのはゼロ距離狙撃戦法だったか?」
「ああ、相手の間近にまで踏み込んでから急所を撃ち抜く戦法だ。銃を持ったまま相手の攻撃を躱す技と、乱戦の中で狙った位置に向けた銃を確実に固定する筋肉の使い方を徹底的に叩き込まれたんだぜ」
ミサヲとオッドアイのジゅう人を見比べながら呟くように尋ねた鋭時にミサヲは手にした放電銃、ミセリコルデの銃口を誰もいない場所に向けてから軽く振ったりピタリと止めたりしつつ自分が得意とするゼロ距離狙撃戦法の特徴を説明する。
「そりゃ何とも……聞くだけで挫折しそうな訓練だ」
「まあな。人間はもちろん並みのジゅう人でも使えるようにはなれないし、素質があっても身に付けるには厳しい訓練が必要だ。あたしも師匠を越えるのには随分と掛かったぜ」
複雑な笑みを浮かべながら頭を掻いた鋭時がミセリコルデを持って伸ばしたまま微動だにしないミサヲの腕を眺めながら小さくため息をつき、ミセリコルデを肩に掛け直したミサヲは自分の胸を抱きかかえるように腕を組んでから大きく頷いた。
「ほえ~、ミサちゃんは強いんですねっ!」
「正面切って褒められると照れるじゃないか! まあ遠距離の狙撃だけは最後まで師匠を越えらんなかったよ、こればかりは【証】の差としか言いようが無いぜ」
近付いて来て下から覗き込むように微笑むシアラに気恥ずかしそうな照れ笑いを返したミサヲは、肩に掛けたミセリコルデを手元に寄せてから遠い目で眺める。
「狙撃の得意なジゅう人までいるのか……俺はジゅう人を知らな過ぎるぜ……」
「サイクロプスは地球の伝承や創作では単眼の巨人だけど、タイプサイクロプスのジゅう人はタイプ鬼に近い怪力を持つ上に片目の視力強化が単眼を連想させるからタイプサイクロプスと呼ばれ出した経緯があるんだ」
シアラとミサヲのやり取りを眺めていた鋭時が最後に自分と対峙したジゅう人について考え込み、Tダイバースコープを起動したドクは表示された記録を交えつつタイプサイクロプスのジゅう人について説明した。
「仮に今俺の記憶が戻っても地球側の知識しかないから、ジゅう人の知識は無いも同然になるのか……」
「ふむ……詳しい説明は時間のある時にするけど、鋭時君に近しいジゅう人だけは説明したほうがいいかもね」
説明を聞き終えてから神妙な面持ちで俯く鋭時に気付いたドクは、しばし考えてから更なる説明を提案する。
「随分と面白そうじゃねえか。今から居住区に帰ってもする事なんかねえんだし、説明してやってくんねえか?」
「分かったよ。ここを出るのは明るくなってからの方が安全だし、夜が明けるまで休憩がてら説明しよう」
俄然興味を持ち始めたミサヲが親指を天井近くの小窓へと向けながら快く提案を受け入れ、同じく天井から差し込む僅かな月明かりに目を向けたドクが近くの柱に背を預けながら小さく頷いた。
▼
「わかりましたっ、ちょっと待ってくださいねっ!【活性灯】!」
「疲れがだいぶ取れた……なるほど、こういう場面で使うのか……」
手にしたネコのぬいぐるみに意識を集中して淡い光球を浮かべたシアラが鋭時の隣に移動し、体力の回復に気付いた鋭時は感心しながら何度も頷き光球を眺める。
「あはは……本来の用途はちょっと違うんですけど、とりあえず今はそういう事にしておきましょうっ! マーくん、説明をお願いしますっ!」
指で頬を掻きながら曖昧な笑みを浮かべたシアラだが、気を取り直すかのように鋭時のスーツの袖を掴んでからドクに向かって大きく頷いた。
「まずミサヲさんのタイプ鬼かな? 地球の鬼は頭に角を生やして怪力や不思議な術で人を襲うなど伝承により名前や種類が様々あるんだが、ジゅう人の場合は頭に角が生えてて怪力を持つだけから代表的な総称である鬼と呼ばれたんだ」
「ふーん、人間の想像って面白いもんだねぇ。それ以上に、人間の想像そっくりに生まれたあたしが面白いけどさ」
全員の準備が整った事を確認したドクがTダイバースコープを操作しつつ簡単な伝承とジゅう人との違いを説明し、説明を聞き終えて感心しながら頷いたミサヲは自分の角を手で覆うように撫でながら複雑な笑みを浮かべる。
「ひと口に異世界と言っても、ZKなんて地球の生物とは似ても似つかない怪生物からジゅう人という人間の想像に近しい上に人間と繁殖までも出来る生物がいる。この世界も広いんだろうが、異世界の可能性も広過ぎると実感するよ」
「なるほど、ドクがジゅう人界に興味を持つのも分かる気がするぜ。俺も少しだけ興味が出て来たよ」
ミサヲの言葉に小さく頷き同意したドクが想像も付かない認識の広がりに思いを馳せながら肩をすくめ、顎に手を当てて考え込んでいた鋭時も興味深そうに大きく頷いた。
「ちょっとマーくんっ、教授を変な所に連れて行ったら承知しませんよっ!」
「落ち着いてください、シアラさん。マスターは鋭時さんを連れて行こうなどとは思っていませんよ」
まだ見ぬ異世界に興味を持った鋭時の様子に気付いたシアラが鋭時を庇うように前に出ながら険しい表情でドクを睨み付け、シアラの視線を遮るようにドクの前に移動したレーコさんが柔らかい笑顔を表示しながら優しい声でシアラを宥める。
「レーコさんの言う通りだ、仮に本願成就が叶ってもひとりで行かせてもらうよ。説明の続き、いいかな?」
「安心してくれ、シアラ。俺だって興味はあるけど、人間のままで向こうの世界に行く事は出来ないからな」
「教授が離れないなら安心ですっ! 続きをお願いしますねっ、マーくんっ!」
レーコさんの説得を裏打ちするかのようにドクが自信に満ちた笑顔で頷いたのに続いて鋭時もシアラの背後から極力優しい声を意識しつつ話し掛けると、シアラはすぐさま笑顔に戻って鋭時の隣まで下がった。
「ははっ……次はスズナさんのタイプ猫又かな? 地球の猫又は長生きをした猫が修行して尻尾が二股に分かれる妖怪だけど、ジゅう人の場合は最初から尻尾が2本生えてる上に耳と尻尾以外は人間に近しい構成だから、地球の伝承とはかなり違うかもしれないね」
「スズナも子供の頃から尻尾が2本生えてたからな。まあ、今でも小さくて可愛いけどさ」
乾いた笑いを浮かべながらも安堵のため息をついたドクがTダイバースコープを操作してからタイプ猫又の説明に移り、説明を聞き終えたミサヲは時折嬉しそうな思い出し笑いを浮かべながら納得するように頷く。
「子供の頃のスズにゃんですか~……どんな感じだったんですかっ?」
「あまり変わらないかな? 人懐っこくて甘えん坊だけど、ちょっと気分屋で……口で説明するのは難しいし、後で昔の写真を見せてやるよ。風呂に入ってる写真もあるぜ、鋭時も見るだろ?」
居住区で医者をしている同年代の友人を思い出しながら興味津々な様子で尋ねたシアラにミサヲは嬉しそうに答えながらも途中で言葉を詰まらせ頭を掻き、仕切り直して取り出した携帯端末をシアラに見せてから悪戯じみた笑みを鋭時に向けた。
「いや待て、色々と待て。そういう写真を本人のいない所で見るのは……」
「分かってる、鋭時はそういう人間だもんな。じゃあドク、次を頼んだぜ」
唐突な提案に慌てて手のひらを向けた鋭時を見て残念そうに肩を落としながらも安堵した様子で微笑んだミサヲは、携帯端末をポケットへと戻してからドクに軽く手を振る。
「ああ、次はチセリさんのタイプキキーモラだ。キキーモラは北の方の国の伝承で女性や狼の姿になって家に住み着き、家主に幸いや災いをもたらす綺麗好きな妖精みたいなものだ」
「妖精!?……あのチセリが?」
「ジゅう人のタイプキキーモラはタイプワーウルフの亜種みたいなもんで、タイプワーウルフと同じ【証】と嗅覚を持ちながら女性しか生まれず、人間の住む場所を管理する習性があるからタイプキキーモラと呼ばれるようになったんだ」
軽く頷き返してからキキーモラの伝承に関する説明をしたドクにミサヲが自分の住む建物の管理人を務める妹を思い出しながら肩で笑い出すが、ドクは気にする事無く淡々と伝承と照らし合わせつつタイプキキーモラの特徴を説明した。
「嗅覚が……なのにチセリさん、俺の部屋を掃除したり布団を片付けたりして……やはり迷惑なんじゃないのか……?」
「そんな事ありませんっ、教授っ! チセりん、すごく嬉しそうにしてたじゃないですかっ!」
毎朝寝室の掃除に入るチセリの姿を思い出した鋭時がスーツの袖に顔を近付けて複雑な表情を浮かべるが、もう片方の袖を掴んだシアラが首を強く横に振ってから上目遣いで笑顔を浮かべる。
「シアラの言う通り、チセリは迷惑だなんて思っていないぜ。大丈夫だ、あたしが保証するよ」
「分かった、今はその言葉を信じるよ」
シアラに続くように頷いたミサヲが優しく微笑みながら親指を立て、鋭時は頭を掻きながら観念とも安堵ともつかない表情を浮かべて小さくため息をついた。
「話は付いたみたいだね、次は……ヒカルさんのタイプグレムリンを説明しよう。地球のグレムリンは機械に悪戯を仕掛けて故障させる悪魔としての伝承があるのに対して、ジゅう人のタイプグレムリンは機械の操作が得意なんだ」
「なんだって? 地球とジゅう人で真逆になってないか?」
会話がひと段落ついた事を確認するように頷いたドクは半ば気が進まない様子でTダイバースコープを操作しながら地球側の伝承とジゅう人のタイプグレムリンの特徴を説明し、正反対の内容に耳を疑った鋭時がそのまま聞き返す。
「そうでもないさ。故障させるにしても操作をするにしても、機械の仕組みを深く理解してないと出来ない事だからね」
「それにヒカルも結構なお転婆娘だし、案外当て嵌まるもんだな」
涼しい顔で肩をすくめたドクが悪戯と操作という真逆の行為に内包する共通点を説明し、ミサヲは通いの修理屋を思い出しながら納得して大きく頷いた。
「ミサヲさんの言う通り、ボクの発明品もよく狙われてるからね……ボクの場合はタイプレプラコーンと認識されてる事も理由のひとつなんだろうけどね」
「そういえばドク、タイプレプラコーンってどんなジゅう人なんだ?」
ミサヲの顔を見ながらヒカルの行動を思い出しつつ深いため息と共に不満を吐き出したドクに関心を示し出した鋭時は、普段ドクが変装に利用しているジゅう人について質問する。
「人間のサイズをそのまま小さくした妖精、いわゆる靴屋の小人だよ。ジゅう人のタイプレプラコーンも見た目や身体能力は人間と大差が無い代わりに、機械関連の知識や技術には目を見張るものがあったらしい。【大異変】後の居住区設計などの裏には多くのタイプレプラコーンがいた、なんて話もあるくらいだ」
「文字通り縁の下の力持ち、って訳なのか……今もステ=イション型の裏方に?」
地球側の知識を簡潔に説明してから肩をすくめたドクが続けて第一世代のタイプレプラコーンが担った役割の説明をすると、鋭時は感心して深く頷いてから現在の所在を推測するように尋ねた。
「残念だがタイプレプラコーンは男だけの種別でN因子の活性化も殆ど無いんだ。地球に転移して来た第一世代のタイプレプラコーンも子孫を残せなかったし、もし残せたとしてもジゅう人同士の場合は生まれる種別がランダムだから、今の時代に本物がいるのかも定かじゃ無いんだ」
「数が少ないなら、珍しいものが好きなヒカルが興味を持つのも無理はないな」
不正解を言い渡すように小さく首を横に振ったドクが現存する可能性に絶望的なデータを示し、横で聞いていたミサヲは納得しながら深々と頷く。
「それだけじゃ無いんだ。タイプグレムリンにはタイプレプラコーンの作る機械に特に興味を示す設定……もとい習性があるんだ、ボクも完全に計算外だった。気を取り直して次の説明に移ろうか?」
ミサヲの言葉を肯定するかのように小さく頷いてから2つの種別に関する奇妙な関係の説明を途中で言葉を詰まらせながらも終えたドクは、Tダイバースコープを操作しながら次の説明の準備を始めた。
「この流れだと次はヒラネか?」
「そう行きたいところだけど、ヒラネさんとセイハさんは乙鳥商店で詳しい説明をしてるからね。同じ説明を繰り返していいものか考えてるんだ」
疲れをほぐすように軽く伸びをしながら次の話題を尋ねたミサヲに対し、ドクは渋い表情で腕を組んでから静かに俯く。
「確か地球側のマンドラゴラは土から引き抜いた時に上げる叫び声で命を落とすと言われる人型の根を持つ植物だけど、タイプマンドラゴラは頭に花みたいなもんが生えてて潜行魔法が使える……だったかな?」
「その通りだ。あと潜行魔法から無理矢理引き摺り出そうとすると、周囲の人間やジゅう人の性欲を減衰させる音波を発するから要注意だよ」
顎に手を当ててしばし考えていた鋭時が以前に受けた説明から地球に残る伝承とジゅう人のタイプマンドラゴラの違いを要点に纏め、ドクは満足そうに頷いてから念を押すように注意事項を追加した。
「前にそんな話聞いたけど、間違っても女性の髪を引っ張る真似なんてしないぜ。あとはセイハさんのタイプスライムか……地球の創作とかに出て来るスライムは生きた粘液だけど、ジゅう人のタイプスライムは粘液を自在に操れるんだったか?」
「正解だ、付け加えるとするならスライムコアに当たる人間体と自在に操る粘液のスライム体に分かれてる。この分かりやすい体質がジゅう人研究にも貢献してて、いかなる【証】を持ったジゅう人も人間に近しい哺乳類だと判明したんだ」
行きつけとなった商店で聞いた話を思い出して複雑な笑みを返してから地球側のスライムとジゅう人のタイプスライムとの違いを要約した鋭時に対し、ドクは深く頷いてから人間とジゅう人の最も重要な共通点を追加する。
「それでジゅう人は人間と家庭を持てると判明して、特に強いA因子を持つ人間が好まれたんだったか。逆に言えば、その体質があったから人間はジゅう人と共存が出来たとも言えるのか……」
「そうだね、鋭時君。だがジゅう人を犯罪に利用する人間もいる、まだまだ問題は山積みだよ……」
「辛気臭い話はそこまでだ、次を頼んだぜ!」
スーツの袖を掴むシアラに視線を落としながら人間とジゅう人の歪な共存関係に納得して頷く鋭時に合わせて頷いたドクが溶け出した氷の壁から覗くトラックへと目を向けてから小さくため息をつくと、苛立ちを全く隠さずに頭を掻いたミサヲが次の説明へと強引に話題を移した。
「分かった、次はマキナさんのタイプ妖狐だ。昔の地球では狐は人を化かす妖怪として、様々な伝承とそれに伴う多くの名前を残してたんだ」
「何だかまるで鬼に似てるな……」
話題の変更に軽く安堵のため息をついたドクから人間が想像してきた狐に関する説明を聞いた鋭時は、ミサヲの方に目を向けてから小さく呟いて頭を掻く。
「ああ、鬼と同じくらいにポピュラーな妖怪だったんだ。それで狐に近い【証】を持ったジゅう人が妖怪の狐を意味する妖狐と呼ばれるようになったんだよ、何かに化ける能力とかは無いんだけどね」
「なるほどね、だからあの時マキナさんは……」
Tダイバースコープの操作を続けるドクの説明を聞いて何かを思い出したように鋭時が頷きながら呟くが、横からスーツの袖を引っ張る力に止められた。
「マーくんっ、わたしの出番はまだですかっ?」
「そうだぜ、ドク。シアラの元ネタは何だよ? こんだけ可愛いんだし、やっぱり天使か?」
しびれを切らせて鋭時の袖を掴みながら目を輝かせてドクへと近付いたシアラに続き、ミサヲも目を細めた優しい目つきでシアラを眺めながらドクに話題を振る。
「さすがに先送りはもう無理か……えー……っと、シアラさんはタイプサキュバスだね。サキュバスとは……夢魔と呼ばれる実体を持たない悪魔で、色々な……姿になって男の夢の中に入り込むんだ」
「夢に入れる術式があるのですかっ!? 教えてくださいっ、マーくんっ!」
観念したかのようにため息をついたドクがTダイバースコープに表示されている記述の中から言葉を選んで慎重に説明を始めると、最後の言葉に俄然興味を持ったシアラが鼻息荒くドクに迫った。
「えーっと……あくまで創作の中の話であって、ボクもそんな術知らないからね。それにもうじき夜が明ける、そろそろ帰る準備をしないと……」
「マーくんっ、何か隠してませんかっ? 今回は夢に入るという素晴らしい発想に免じて目を瞑りますけど、約束は忘れないでくださいねっ!」
日が差して来た小窓へと目を向けながら両手のひらを向けて必死に宥めるドクを訝しんで目を細めたシアラだが、すぐに笑顔に戻ってから掴んだスーツの袖の先に見える鋭時の顔を見詰める。
「あの約束は鋭時君の記憶が……いや、出来る限りの協力はさせてもらうよ」
「ん? どんな約束したのか知らないけどドクには世話になってるし、俺も出来る限りの協力をするぜ」
乾いた笑いを浮かべて小さく首を横に振ろうとしたドクが思いとどまって小さく頷き、シアラの視線から逃げるように顔を逸らし続けていた鋭時はドクがシアラと交わした約束の内容も聞かずに快く協力を申し出た。
「あはは……そうしてもらえると助かるよ、まず記憶を戻すところからだね」
「それにしてもシアラの元ネタが悪魔だったとはね~」
頬を指で掻いて再度乾いた笑いを浮かべたドクを気にも留めず、ミサヲは何度も頷きながらシアラを眺める。
「がっかりしましたか? ミサちゃん」
「まさかそんな、天使な小悪魔なんてますます可愛いじゃないか~」
上目遣いで微笑み返すシアラに興奮して抱き着こうとしたミサヲだが、シアラは半歩下がってから手のひらを向けて制止した。
「今はダメですよっ、夢に入る術式が完成するまでは出来るだけ教授の隣にいるんですからっ」
「おいおい、本気でそんな術式を作る気かよ……って、このままステ=イションに戻るのか?」
悪戯じみた微笑みをミサヲに返してから掴んだスーツの袖へと顔を近付けて来たシアラに驚いた鋭時は、思わず後ずさりながら戸惑い気味に小さくため息をつく。
「くぅ~、あたしを焦らしながら健気に振舞うなんてシアラは最高だよ! よし、そろそろ帰るか! 荷物はあたしが運んでくぜ!」
「確かに時間だ。結局1人も戻って来なかったか……賢い選択ではあるけどね」
自分の胸を両手で抱きしめたミサヲが腕まくりをしてから拘束したまま放置していたデスハウンドを親指で指し示し、周囲に侵入者の気配が全く無い事を確認したドクは呆れた様子で肩をすくめた。
▼
「ああ。もうひと暴れ出来ると思ったけど、後はターミナルで網を張ってる警察の仕事だな。あたし達は最低限の仕事はしたんだし、賞金は貰えるんだろ?」
「はいミサヲさん。警察から賞金を受け取れる条件は盗品の回収とデスハウンドの捕獲ですから、これらを居住区に持ち帰れば条件を満たせます」
同じく周囲を確認したミサヲがミセリコルデを両手で持ち上げて伸びをしてから任務の内容を尋ね、レーコさんは微笑みの表情を映しながら事務的に答える。
「それと、こっちのタイプサイクロプスも署長へのいい手土産になるだろうから、ついでに持ち帰ろう」
「また、悪巧みしてやがるな……まあいい、儲け話が出来たら一枚噛ませろよ」
シアラが拘束術式と同時に発動させた何らかの術式の効果で全く目を覚まさないオッドアイのジゅう人にドクがLab13の中から取り出した袋を頭から被せ始め、悪戯じみた笑みを浮かべたミサヲがドクに近付き軽く肩を叩いた。
「分かってるけど、あまり期待しないでくれよ。あとロボットとゴーレムの残骸はLab13に入れられるから、ミサヲさんはこの2人を頼めるかい?」
ミサヲの言わんとするところを察したドクは曖昧な笑みを浮かべて肩をすくめ、手際よくデスハウンドにも袋を被せてから機能を停止したゴーレムの魔導核や折り畳まれたロボットを手に取りLab13へと放り込む。
「任せろ! それじゃ帰ろうぜ!」
頼みを快く引き受けたミサヲは2つの大袋を肩に抱えてから倉庫のシャッターを強引に持ち上げ、日が出て間もない柔らかな光に照らされた一行は夜明けの空気に包まれながら廃工場を後にした。




