第十七話 魔工都市ディライゼル
ガタゴトと音を鳴らして六台の馬車が土の道を連なって走っている。
硬く整備された道は土埃が殆ど出ることもなく、人が走るよりも遥かに早く進んで行く。
草原の中、帯のように長く横たわる道の脇には、等間隔に成人男性程の高さの金属製の棒が刺さっている。
棒には文字らしき模様が彫られており、獣除けになっているようだ。
五台の馬車に乗っているのはクルセリアに召喚された者達と、各国の使者。
先頭を走っている一台には護衛として銃兵達が詰めていた。
都市と都市をつなぐ街道は整備され、獣除けを配置されてはいたが、未だ人の領域とは呼べない。
獣や魔獣といつどこで鉢合わせになるかもしれないための用心だ。
召喚者達が各国への移住の説明を受けてから二日後、日の出から時間を置かず元達は召喚された街から移動を始めた。
七組に振り分けられた内、五組が同じ都市を目指して移動していた。
各国への移動に列車を利用するからだ。
残りの二組の内一組はこの国に留まり、もう一組は別の方法での移動になる。
縦列の最後尾の馬車に元は乗っていた。
元は日本で馬車に乗ったことは無い。
育った街には馬を育てているような酪農家も無かったので、実物の馬を見たこともなかった。
テレビに映っている映像を見たことがある程度だ。
他の召喚者達も同じ街の出身なので、やはり馬の実物を見るのは初めてのようだ。
そういう訳で、地球の馬とクルセリアの馬との違いが分からない。
馬車用のクルセリアの馬は地球産の馬と比べて一回り大きく、脚も太い。
地球とは違い、この世界には魔素というものが存在しているからだろうか。
未だに魔法も見たことがない元には実感できない事だが。
元は初めて乗る馬車に少し浮かれていた。
革張りのシートは硬く、車輪の振動が体を揺らす。
地球の舗装された道路を走る自動車と比べると、遥かに乗り心地は悪い。
しかし初めての体験という事と、この後乗ることになるであろう列車を想像するとわくわくしてしまう。
授業中は居眠りばかりしている元だが、人並みの好奇心は持ち合わせている。
男子高校生ともなれば多少、車やバイクに対して興味を持つ年頃。
乗りたいかどうかは兎も角、機械的な乗り物をカッコイイと思う「男の子」な感情は持ち合わせていた。
だからだろう、異世界の列車と聞いて期待感が膨らんでしまうのは。
『そろそろ街が見えて来るぞ』
同乗していたグリーが三人に声をかける。
元の乗る馬車にはグリーと元の他に二人、元のクラスメイトが乗っている。
同じ国に行くことになったクラスメイトだ。
学校での元は殆ど居眠りをしている為、クラスメイトの名前はほぼ覚えていない。
例外の一人が同乗している女子生徒、荒岩友理だ。
出席番号が近いと言う理由で覚えている。
小柄で大人しい荒岩は、休み時間などに本を読んでいる姿をよく見かけた。
小動物のような見た目に前髪が少し長いショートカットの髪型が相まって、中学生のようだと元は思っていた。
元と同じように仲の良い友達がいないようで、振り分けの選定基準が想像される。
もう一人、男子生徒の名前を元は覚えていない。
短い髪の毛を撫で付けにして、顔にはどこか太々しい表情を貼り付けている。
クラスの誰とでも喋るような印象を持っていた元は、この振り分けには疑問を持っていた。
もっとも、人数の関係などもある振り分けだと理解しているので、わざわざグリーや男子生徒に聞くようなことはしなかったが。
グリーの言葉を聞き、馬車の窓を開いて前方を覗いた元の視界に、城壁に囲まれた街と、そこかしこから立ち上る煙突からの煙が入って来た。
ガタゴトと音を鳴らしながら、馬車は街へと入っていった。
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街に入るとレンガ道になり、馬車の中の振動は街道のそれよりも穏やかになる。
街は活気に溢れ、そこかしこから人々の喧騒が聞こえてくる。
都市の名は魔工都市ディライゼル。
魔法技術と工業技術を合わせた魔工技術が盛んな都市だ。
魔工技術はまだまだ発展途上で、既存の工業製品に魔導具を導入した魔工製品は数も多くない。
ディライゼルは魔工技術の最先端を担う都市の一つで、周辺国家からその技術を学ぼうと若い技術者達が集まって来ていた。
最も、内向的な魔法使いと偏屈な技術者が協力し合わなければ成立しない魔工技術は、なかなか進展するのが難しいのだが。
馬車はレンガ道を真っ直ぐ進み、駅舎の前で停まった。
六台の馬車の中から生徒達や各国代表者、護衛の兵士達が降りてくる。
「んー、やっと着いた。流石に何時間も馬車の中だと窮屈だったな」
馬車から降りた元は大きく伸びをし、身体をほぐしていく。
ふと視界に入った駅舎は、三階建ての建物程の大きさで煉瓦造り、屋根の上に乗っている塔には大きな時計が動いていた。
なんともなしに元が時計を見ていると、後ろから声をかけられる。
『これからの予定を話しておく。寝台車は三部屋予約を取っている。俺の部屋、男部屋、女部屋だ。チケットは俺が持っているから発車時刻の三十分前に時計塔の下に来てくれ。
発車は午後の五時、まだ三時間はある。しばらく会えないだろうから仲間達との別れの時間にでも使ってくれ。くれぐれも迷子にはならないでくれよ。各国の使者と護衛隊の隊長は通話の魔道具を持ってるから、何かあれば聞きに来てくれ。俺たち代表はそこの店にでもいるから。言葉もまだ満足に話せないんだ、気を付けて行動してくれ。以上だ』
そう言ってグリーは代表者達と合流しに行ってしまった。
元が集合時間までどうするかと考えていると、男子生徒に声を掛けられた。
「なぁなぁ、二人とも予定ある?無いならちょっと話さないか、今後の事。暫くは一緒に行動するみたいだし、どうよ?」
随分と気軽な口調で話しかけて来た男子生徒に対して、元は了承した。
特にすることも無かったので。
「なるほど、いいぞ。お互い話す機会もなかったからな。自己紹介がてら付き合うよ。荒岩さんはどうする?」
「私も、大丈夫、です」
元の問いにこくこくと頷き返し、荒岩友理も了承する。
「このクラスになってから半年経つのに自己紹介ってのも変な感じだけど、話すこと無かったもんな。そんじゃどっかそこらへんでお話ししましょーかね」
男子生徒はそう言って周りを見回し、駅舎前にある公園のベンチへと歩いていく。
元と友理も続いて公園へと歩き出した。