第十六話 通達
『今日までで一般的に使われている単語は教えたので、発音については各自で繰り返し覚えてくれ。私が教えるのは今日で終いだ。この後、通達があるのでそのまま待機していてくれ』
それだけ言って三十三名の前で教鞭をとっていた男は退室した。
この部屋にいるのは先日この世界へと召喚された三十三名の生徒と教師だ。
今の今までこの部屋では、疎通の魔道具と言われる魔法で動く道具を使って、この世界の言葉を召喚された者たちへ教えていた。
召喚されたその日にステータス消失と言う、世界規模の大事件が起きたことで召喚された者達の処遇は一旦据え置かれた。
即ち、三日程ではあるが充てがわれた建物内からの外出禁止という軟禁状態だったのだ。
元たち召喚された者も言葉の通じない世界で出歩くのが憚られたため、特に不満は出なかったが。
しかしいつまでもそのままというわけにもいかず、かと言って元の世界への返還の儀式は存在しない。
そういった理由で上層部の決定があるまで取り敢えず、この世界の言葉を教えていたのだった。
元たちが召喚されてから早、十日が過ぎていた。
「あー、発音がムズイ」
「英語よりメンドクセーよ。聞いたことない単語ばっかだもん」
「キュピットが男の子でキャリットが女の子だっけ?」
「逆じゃない?あれ、どっちだっけ?」
「なぁなぁ、お前んとこ査定官って人来た?」
「来た来た、『山が好きか海が好きか。体を動かすのと机に向かうのどちらが好きか』とか聞いて来たぞ。あれやっぱみんなんとこ行ってんのね」
「女子には『結婚に興味はあるか』とかも聞いてたらしいぞ」
「マジかぁ。やっぱこれからの事に関係あんだろな。まだ遊びてーよ」
「帰れねーんだから諦めろ。俺も嫌だけど」
男が退室すると生徒たちは各々好き勝手喋り出した。
別に私語厳禁という訳でもなく、部屋を出てトイレに行く者もいる。
待機と言われてはいるが、緊張して待っている必要はない。
召喚されてから暫くは皆、話を聞くときも部屋から部屋への移動の時も緊張からか無言な事が多かったが、十日も経てば慣れが出てくる。
教師である田畑も特に注意する事なく周りの生徒たちと喋っていた。
ただし、全ての生徒たちが喋っている訳でもなく、予習している者や話し相手がいない者は静かなものである。
最後列の右端に座っている元は後者だ。
高校の授業では殆ど眠っている元だが、この世界に来てからというもの居眠りはしていない。
当たり前の話だが、日本語と異世界の和訳辞典などという物は存在しない。
この部屋にいる間だけ、この世界の単語やボディランゲージ、常識などを教えてもらえるのだ。
疎通の魔道具のない場所では相手の言っている事が分からないうえに、こちらの伝えたい事も伝えられない。
会話が成立しない以上、質問のしようがないのだ。
ここで居眠りなどしようものなら今後苦労するのは分かりきっている元は、周りが驚くほど真面目に言葉を勉強していた。
最も、元としては朝夕晩の稽古が無いのだからそこまで眠気に襲われる事もない。
自主的に、朝晩は基礎的な動きを反復練習している程度だ。
人に言え無い訓練に関しては、召喚されてからは一度もしていない。
(当たり前のように比喩表現が多く入ってくるんだな。動詞を覚えただけじゃ会話が成立しにくいなんて、面倒だなぁ)
元は今まで教わった事を与えられたノートに書きながら予習していた。
元たちに与えられたノートは現代の地球で使われているノートと形は大差がない。
紙の質は落ちるが、ノートとしての機能はちゃんと果たしている。
書くために使っている物もほぼ鉛筆だ。
建物から出てはいないのでどの程度の文明なのかはよく分からないが、製紙技術が確立していることは確かなようだ。
特に紙が貴重と言った感じでもない。
元が教わった単語の発音をカタカナで再現しようと四苦八苦していると、部屋の扉が開き七人の男女が入室してくる。
生徒たちは会話を止め、立っていた者は各自の席に戻っていった。
全ての生徒たちが席に着き、入室して来た男女に目を向ける。
横一列に並んだ男女から、生徒から向かって一番右にいた男が口を開く。
『えー皆さん、初めまして。私はケラットと申します。事前に伝えた通り、召喚者の皆さんには今後別々の国へ移住していただきます。皆さんが今いるこの国を合わせた七つの国へ、それぞれ三人から六人での移住になります。出来るだけあなた方の希望通り、仲の良い者同士での振り分けには致しましたが、意見などがある場合はこの場でお願いしますね。私を含め目の前にいる七人がそれぞれの国の使者です。各国の使者が名前を呼ぶので、呼ばれた人はその方の前に並んでください。振り分けに不満がないようであれば、そのまま各国の説明を部屋に分かれて行わせていただきます』
ケラットが長々とした説明を終えた後、各国の使者たちに名前を呼ばれた生徒たちが立ち上がり列を作っていく。
『ゲン、アラキゲン!』
「はい」
名前を呼ばれた元は左端の男の前に並ぶ。
全ての召喚者の名前が呼ばれ、特に不満もなく各国に分かれての説明に移った。
ケラットの言う通り仲の良い者同士が同じ国になるように配慮された振り分けは、行き先の国の情報が無い以上特に不満も出ない。
事前に聞かされた情報では、友好関係にある国が共同で召喚の儀式を行ったので、召喚者を一国に置いておく訳にはいかないと言うものだった。
友好関係にあるので戦争になる事もないと言う。
どこまで信じていいのかは分からないが、生徒同士で争う可能性が無いのであれば逆らうと言う発想は出てこなかった。
逆らったところでどうしようもないと言う現実があったのも確かだが。
元が振り分けられた国には他に男子生徒と女子生徒が一人づつ、元を合わせて三人だ。
他の国は六人が二国、五人が二国、四人が二国、元たちの国が一番人数が少ない。
六人が振り分けられた国から元たちの国や四人の国に一人移せばバランスが良いんじゃないかと元は思うが、何かしら国同士の力関係などがあるのだろう。
元たちは説明のために充てがわれた部屋へと、男の後に付いて歩いて行く。
着いた先の部屋で椅子に三人を横一列に座らせると、男は三人の正面の椅子に座り口を開いた。
『とりあえず自己紹介からだな。俺はグリーデン、グリーデン・メクリミアだ。グリーとでも呼んでくれ。お前たちが行く事になった国だが、他の国とはちょっと趣が違う。先ず、他の国は地続きだがお前らが行く国は島だ。島と言っても小さな島ではないがな。だから、港のあるテムネニ民政国まで移動した後は港町から船に乗って移動する。汽車の予約は取れてるからそこまで移動に時間はかからん、港町までは三日と言ったところか。天候によるが船旅も一日位だ、一週間も掛からんよ』
元たち三人は頷きながら、グリーの説明に聞き入っていた。
この世界には汽車がある事が分かった。
地球の汽車と同じだとは思わない方が良いだろうが、移動に馬や馬車を使うよりは普段使っていた電車に近いはずである。
やはり使い慣れている乗り物に近い物の方が安心感がある。
元としては乗ったことのない乗り物に対しての好奇心もあるのだが、汽車のある街へは馬車移動ということで不満はない。
『もう一個、伝えとかなきゃならん事があるんだが…。これは連れて行く人数が少ない事にも関係している。本来なら一番多い人数をうちの国に回してもらうよう話が付いていたんだが、それがステータス消失なんて事があったからな。急遽人数を減らされる事になった。まぁうちの国としても残念な結果だが、お前たちにも申し訳ないと思っている。うちの国、我が国ガウニア立憲公国は…』
グリーは言いにくそうに一旦息を吐き、そして言った。
『戦争中の国だ』




