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美人サキュバスに召喚されたので、ダンジョンで娼館を始めます! ~下心だらけの異世界経営~  作者: えりんぎえのき


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第1話 死んでも女には弱い

【前世/日本・会社帰り】


『土曜日、楽しみにしてるね。19時で大丈夫?』


 大丈夫。

 ものすごく大丈夫だ。


 駅へ向かいながら返事を打っていた俺は、画面の上に現れた別の通知を見て、足を止めた。


『土曜のお店、予約できた?』


「……土曜?」


 相手の名前を確かめる。

 別の人だ。


 やり取りをさかのぼると、自分の送った文が見つかった。


『じゃあ、土曜日の19時に!』


 元気がいい。

 今すぐ、この男の胸ぐらをつかみたい。


 佐藤奈緒。28歳。会社員。独身。

 綺麗な女性からいい返事をもらうと、その前にした約束まで都合よく忘れる男である。


「いや、まだ間に合う。早めに謝れば……」


 謝る相手が2人いる。

 片方の日を変えてもらえたとしても、もう片方の店を予約していない。


 とりあえず、歩きながら考えるのをやめよう。

 俺は道の端へ寄り、弁当の袋を持ち直した。


「すみません。駅って、こちらですか?」


 顔を上げると、紺のスーツを着た女性が立っていた。

 白いブラウス。肩に掛けた鞄。スマホの地図をこちらへ向けている。


「この先で合ってますよ。ただ、途中で道が分かれるんで」

「ああ、そこがわからなくて……」

「ご案内しましょうか。俺もちょうど、そっちです」


 家は反対方向だ。

 夕飯を買ったので、本来はもう帰るところだった。


 だが、弁当は帰ってからでも食べられる。


「いいんですか? お急ぎじゃ」

「大丈夫です。駅までなら、すぐなんで」

「ありがとうございます。仕事で初めて来たんですけど、出口を間違えたみたいで」

「あそこ、初めてだと迷いますよね。俺も最初はぐるっと回りました」


 さっきの返信は、駅まで送ってからだ。

 今度こそ忘れないよう、通知を残したままスマホをしまう。


 横断歩道の信号が青になった。


「この先を左です。そこまで行けば、駅が見え――」


 エンジンの音が近づいた。

 横を向く。


 曲がってくる車が、すぐそこにいた。


「危ない!」


 女性の腕をつかみ、後ろへ引いた。

 靴が白線の外へ下がる。


 俺も避けようとした。


 間に合わなかった。


 強い衝撃と、手を離れた弁当の袋。


 最後に見えたのは、それだった。


     *


【死後/暗闇】


 目を開けたい。

 けれど、まぶたがどこにあるのかわからなかった。


 手も、足も。

 息をしている感じさえ、ない。


 あの人は、どうなったんだ。

 俺は病院にいるのか。


「誰か……」


 声になったのかもわからない。


 暗い。

 何も触れない。


 さっきまで、明日の仕事を面倒に思っていた。

 土曜日の言い訳に困っていた。


 どちらの続きを考えようとしても、自分の身体がないということに戻ってきた。


「わたくしの声が、聞こえますか」


 女の声だった。


「聞こえる! ここ、どこなんだ!?」

「まず、お話をさせてください。わたくしはイド。別の世界から、あなたへ呼びかけております」

「別の世界……? 俺、車にひかれて、それで」

「はい。元の世界では、お亡くなりになったものと存じます」


 死んだ。


 言われた言葉を、すぐには受け止められなかった。


 たった今まで、帰るつもりでいたのに。


「……戻れないのか」

「申し訳ありません。わたくしに、元の世界へお戻しする力はありません」


 都合のいい答えは、返ってこなかった。


 しばらく、何も言えなかった。

 イドは急かさずに待っていた。


「じゃあ、なんで俺に話しかけてる?」

「こちらの世界で、新しい身体を得ていただくことはできます。そのうえで、お願いしたいことがございます」


 生きられる。


 すぐに頼むと言いかけた俺を、彼女の次の言葉が止めた。


「ただし、安全なお話ではありません。お引き受けになる前に、最後までお聞きください」


 イドが暮らすのは、ダンジョンという場所だった。

 魔法と魔物のいる世界で、コアと呼ばれる核を中心に作られる迷宮。


 以前は、冒険者も来ていたという。


「ですが、ほかの迷宮と比べ、得られる物が乏しかったのです。人が来なくなり、補充や修復も追いつかなくなりました」

「商売敵に、客を取られたみたいな?」

「結果としては、そのような状況です」


 活動できる範囲は縮み、今残っているのは、入口とコアのある部屋だけ。

 そこにイドが1人でいる。


「あなたに、そのダンジョンの主になっていただきたいのです」

「イドじゃ、できないのか?」

「管理を補佐する知識はあります。ですが、わたくし自身には、作り替える権限がありません」


 そこで、主を迎えるための緊急機能を使った。

 その呼びかけが届いたのが、俺だったらしい。


「先に言っとくけど、俺、普通の会社員だぞ。魔物と戦ったことなんてない」

「はい」

「はい、でいいの?」

「できないことを、できるとおっしゃる方よりは、お手伝いしやすいです」


 落ち着いた返事だった。

 無理に期待されないことに、いくらか肩の力が抜けた。

 肩がどこにあるのかは、相変わらずわからなかったが。


「それで、危険って?」


 主になると、俺の命はコアと結びつく。

 身体が死んでも、コアが無事なら復活する方法はある。


 ただし、コアを壊されたら終わりだ。

 その時は俺も死に、戻ることはできない。


「復活できるから平気、とは思わないでください。わたくしが先にお伝えしたかったのは、その点です」

「……わかった」


 もう一度、生きたい。

 けれど、生き返る前から次の死に方を聞くのは、怖かった。


「俺が断ったら?」

「別の方へ呼びかけます」

「来るまで、イドはそこにいるのか」

「はい」


 その短い返事のあと、彼女は続けた。


「ですが、そのことを理由に、お引き受けになる必要はありません。あなたご自身の命のお話です」


 引き受けてほしいはずなのに、そこまで言うのか。


 顔も知らない。

 この話が本当だと、確かめる方法もない。


 それでも、何もわからない暗闇の中で、危険まで説明してくれた声を、もう少し信じてみたかった。


「やるよ」


 言ってから、もう1度考えた。

 怖くないわけじゃない。


「俺、まだ死にたくない。何ができるかは、そっちに行ってから考えたい」

「……よろしいのですか」

「うん。ただ、初日から全部任されても困る。一緒に考えてくれる?」

「もちろんです」


 今度の返事は早かった。


「わたくしにできることは、すべていたします」

「助かる。頼りにしてるよ、イド」


 返事までに、間があった。


「はい。どうか、末永く」


 さっきまでより柔らかい声がした。


 その声を聞いていられることに安心したら、余計なことまで口から出た。


「あと、声がすごく好きだ」

「……お会いする前から、そのようなことを?」

「会ったら、ほかにも言うかもしれない」


 言ってから、何をやっているんだと思った。

 生き返らせてもらうところだぞ。


「では、お待ちしております」


 声が遠くなる。


「今度は、お顔を見てお話ししましょう」


     *


【転生1日目 午前9時/マスタールーム】


 背中が冷たい。


 目を開けると、石の天井があった。

 手を持ち上げる。指を曲げる。胸に触れる。


 心臓が、動いている。


「生きてる……」


 息を吸った。

 今度は、吸い込んだ空気がわかった。


「お身体に、痛むところはありませんか」


 顔を向けた。


 長い黒髪が、白いドレスの肩から落ちていた。

 透き通るような白い肌。琥珀色の瞳。

 頭には艶のある黒い角があり、背には黒い翼が畳まれている。


 そばに膝をついていた女性が、俺の顔を確かめるように見ていた。


 綺麗だ。

 驚くくらい、綺麗だった。


「イド?」

「はい」

「結婚してる?」


 俺は、自分の口を押さえた。

 もっと先に聞くことがあっただろう。


「しておりません」


 イドは俺の顔を見たまま答えた。


「ほかに、お尋ねになりたいことは?」

「いや、いっぱいあるんだけど。今のは、その……」

「気にしていただけて、嬉しいです」


 まっすぐ返されると、困る。

 軽口を言う準備しかしていなかった。


 俺が黙ったので、イドは口を開きかけた。


「お気に召しませんでしたか」

「逆! すごく好みだったから、変なこと聞いた!」


 言い切ると、彼女の瞳が見開かれた。


「……そう、ですか」


 返事の声が、さっきより小さい。

 俺も、余計なことを言うのをいったんやめた。


「手足は動く。痛みもない。大丈夫そうだ」

「では、ゆっくりお起きください。床が冷えておりますので」


 差し出された手を借り、上体を起こした。

 シャツもズボンも着ている。靴もあった。


「助かった。裸で初対面だったら、もうちょっと違う第一声になってた」

「お名前を、伺ってもよろしいですか」

「あっ、名乗ってなかった。佐藤奈緒。ナオって呼んで」

「ナオ様」


 いい。

 これは、何度でも呼んでほしい。


「よろしくな、イド。生き返らせてくれて、ありがとう」


 彼女は、俺の手を支えたまま頭を下げた。


「こちらこそ。わたくしのもとへ来てくださって、ありがとうございます」


 言葉が途切れても、その手はすぐには離れなかった。


 俺は壁へ背を預け、部屋を見回した。

 床も壁も石で、家具らしい物はない。

 奥の小さな台座には、青白い球体が浮かんでいた。


「あれがコア?」

「はい。ナオ様の命と結びついた、このダンジョンの核です」


 光を眺めてから、自分の座っている床へ目を戻す。


「それで、ベッドは?」

「まだ、ございません」

「イドも、ここで寝てたのか」

「はい。今ある設備では、それができる限りでした」


 俺は床に手のひらを置いた。

 ひんやりしていて、硬い。


「じゃあ、ベッドも買おう。飯も必要だし……金、ある?」

「現地の通貨はありません。ですが、設備や食料に使える力が残されています」


 自分の情報を見たいと考えるよう、イドに言われた。

 やってみると、目の前に文字が浮かんだ。


《個体情報》

名前:ナオ

種族:人間

レベル:1

HP:100/100

MP:30/30

筋力・耐久・敏捷・器用・魔力・精神:各10

習得スキル:なし

状態:正常


「全部10か。強いの、これ?」

「一般的な成人男性の目安です」

「特別な才能とかは?」

「剣や魔法のご経験はありますか」

「会社の飲み会で、手品を失敗したことなら」

「戦いは、ほかの方法を考えましょう」


 切り替えが早い。

 失敗した手品の内容を聞かれなかったのは、ありがたかった。


 次に開いた画面には、管理用の項目が並んでいた。


《マスター:ナオ》

《Lv.1》

《保有DP:5000》


「5000。こっちは期待していい?」

「使い道を選べば、再建の足掛かりにはできます。まずは購入の項目を、ご覧ください」


 食料、道具、装備。

 部屋や通路を作るための項目まである。


 寝台を思い浮かべると、簡素な物から大きな物まで並んだ。


「おお。この広いやつなら、2人で寝ても余裕だな」


 口にしてから、イドを見た。


 彼女は画面へ視線を向け、落ち着いた声で尋ねた。


「そちらを、ご希望ですか?」

「いや、物の大きさの話で。希望もあるけど、いきなりだし」

「わたくしは、ナオ様のお近くで休めるのでしたら」


 画面を指そうとした手が止まった。


 この人、冗談を言っている顔じゃない。


「……寝具は、予算を確かめてから選ぼう」

「はい」


 妙に真面目な声で言ってしまった。


 ほかの項目も、イドと一緒に確かめる。

 魔物を呼び出すことも、技能を覚えることもできる。技能はほかの者にも付けられるが、その都度代金が必要だった。


「剣の使い方も買えるのか」

「はい。ただ、剣も防具も必要です。今すぐ戦いに出るのでしたら、そちらも見積もらなければなりません」

「出ない。今のは、できることを聞いてみただけ」

「承知しました」


 イドが、装備の一覧を閉じた。

 俺が手ぶらで魔物に向かう予定がないとわかって、確かめるようにこちらを見た。


 購入した技能や身体の強化は、外へ出ても使える。

 部屋を作り替えられるのは、自分の領域の中だけ。


 便利だ。

 だが、使えば減る。


「これ、どうやって増やすんだ?」


 イドが示した説明を読む。

 外から来た者の滞在。領域内での、対象となる生き物の死亡。そして、回収した物の変換。


 滞在なら、レベル10の客が1時間いて10DP。

 死亡の場合は、対象のレベルの100倍。


「俺がここで暮らしてても?」

「増えません。ナオ様と、ご自身の眷属は対象外です。わたくしからも得られません」

「なるほど。2人で寝て暮らすには、先に働かなきゃいけないのか」


 死亡の説明からは、目を離した。

 死んだばかりの俺には、その数字を当てにして計画を立てる気になれなかった。


 回収ボックスは、物を保管するだけにも使える。

 変換する前なら、取り出せるという。


「入れた瞬間、何でも消えるわけじゃないんだな」

「はい。保管と変換は、別の操作です」

「よかった。うっかり大事な物を入れても、取り返しがつく」


 使い方を確かめて、画面を閉じた。


 食べ物は買える。道具も揃えられる。

 けれど、誰も来なければ、持っている分を使い続けるだけだ。


「まず、外を見てもいいか? どこにあるのかも、まだ知らないし」

「でしたら、わたくしがご案内します。足元に段差がありますので、お気をつけください」


 イドが先に立ち、俺へ手を差し出した。


「もう立てるぞ?」

「はい。お手を借りてはいけませんか」


 俺は差し出された手を取った。

 案内してもらうのに、まったく異論はなかった。


     *


【同日 午前9時20分/地上の入口・森の縁】


 木々の間から、朝の光が差していた。

 風に草が揺れている。


 土を踏んで立ち止まる。

 地下とは違う、湿った土と葉の匂いがした。


「……本当に、外だ」


 空がある。

 手を伸ばしてみても、明るいところでも、指先まで俺の身体だった。


 道の向こうへ目をやって、声が出た。


「街、あるじゃん!」


 森の縁から道が見える。

 遠くには城壁もあった。


「はい。以前は、あちらから冒険者が訪れていました」

「よかった。人里まで何日もかかるんだったら、何をするにも大変だと思って」


 道を歩く人影がある。

 こちらへ曲がってくる様子はない。


「今は、素通りか」

「立ち寄る理由が、なくなってしまいましたから」


 イドは入口を振り返った。

 問題を確かめるような目だった。


「理由を作れば、また来るかな」

「何を求めているかによります。以前と同じ物を並べるだけでは、難しいと思います」

「魔物とか、宝とか?」

「はい。ほかの迷宮へ行くより、こちらを選ぶ理由が必要です」


 腕を組んで考える。

 ほかより危険な魔物を用意する競争は、俺には荷が重い。


「冒険者以外が来ても、いいんだよな?」

「もちろんです」

「飯とか、風呂とかさ。戦いに来るんじゃなくて、遊びに来る場所にしたら」


 イドが俺へ顔を向けた。


「そのような施設を、ご存じなのですね」

「俺のいたところには、いろいろあったよ。仕事帰りに寄る店とか、休みの日に行くところとか」

「詳しく、伺いたいです」


 話そうとしたところで、腹が鳴った。


 森は静かだった。

 聞き逃してもらえる余地がないくらいに。


「……先に、飯の話でいい?」

「はい。そちらを最優先にいたしましょう」


 イドが、つないだままだった俺の手を引いた。

 戻る道は、来た時より早く覚えられた。


     *


【同日 午前9時30分/マスタールーム】


 食料の一覧を開く。

 パンや干し肉を見つけて、いかにも異世界だと思った。


 だが、俺たちだけで食べるのだ。

 わざわざ、知らない暮らしに食事まで合わせなくてもいい。


 よく知っている料理を思い浮かべた。


「あった!」


 黄色い卵に、赤いケチャップ。


「オムライスまであるのか!」

「ナオ様の世界のお料理ですか?」

「うん。俺、好きなんだ。これ、食べてみない?」


 原材料を一緒に確かめた。

 米、卵、鶏肉、玉ねぎ。調味料にも、イドが食べられない物はないという。


 2人分を選びかけると、イドが画面を指した。


「先に、お水と入れ物を。食事だけ届いても、お飲み物がありません」

「危ない。ひと口目から困るところだった」


 水を入れる壺とカップを選び、飲料水も買う。

 食事を含めた支払いは18DP。残りを確かめてから、購入を実行した。


 栓付きの壺と、カップ。

 それから、蓋の付いた料理の容器が2つ。


 俺は思わず、手を止めた。


「……本当に出てくるんだな」

「はい」

「何もないところから、飯が」


 画面を読むだけだった時より、ずっと実感があった。

 さっきまで硬い床しかなかったところに、これから食べる飯がある。


 手を洗い、コアから離れた場所へ座った。

 蓋を開けると、白い湯気が上がった。


 バターと、炒めたご飯の香り。

 卵の上のケチャップまで、見慣れた色をしていた。


「いただきます」


 添えられた木の匙で卵を切る。

 中から赤いご飯が現れた。


 ひと口、食べた。


 柔らかい卵に、甘酸っぱいご飯。

 噛むと、鶏肉の味がした。


 温かいものが、喉を通って腹へ落ちる。

 昨夜、食べるはずだった弁当を思い出した。


「うまいな……」


 向かいのイドは、まだ匙を持って待っていた。


「食べていいぞ。冷めるから」

「ナオ様のお食事が済んでからでも」

「それだと、食ってる俺をずっと見てることになるけど」

「はい」

「落ち着かないから、一緒に食べてくれない?」


 イドは俺の顔を確かめ、それから容器へ目を落とした。


「では、お言葉に甘えます」


 端から卵とご飯をすくい、息を吹きかける。

 小さく口へ運んだ。


 次のひと口へ進もうとした俺は、手を止めた。


 イドが、匙を口から離したまま動かない。


「熱かった?」

「いえ」


 飲み込んで、今食べたところを見つめる。


「こんなに、おいしいものが……」


 驚いた声だった。

 俺を見て、それからもう1度、卵をすくう。


「こちらの卵は、とても柔らかいのですね。ご飯には味が付いていて……この、赤いものは?」

「ケチャップ。トマトから作るソース」

「酸っぱいだけでは、ないのですね」


 今度は卵だけ。

 次は、ケチャップの付いたご飯。


 食べ比べていたイドの匙が、だんだん止まらなくなった。


「気に入った?」

「はい。とても」


 はっきりした返事のあとで、彼女は自分の容器を見た。

 もう、端の卵がなくなっている。


「……申し訳ありません。ナオ様のお話も伺わず」

「いいって。俺も食ってるし。そんなにうまそうに食べてくれるなら、選んだ甲斐がある」


 イドは口を開きかけ、匙を置いた。


「そうおっしゃっていただけると、嬉しいです」

「遠慮しないで、続き食べなよ」

「いえ。今は、お返事を先にしたかったので」


 俺は、自分の容器を見た。

 こういうところを、正面から言う人なのか。


 気を取り直して、鶏肉の入ったところをすくう。


「料理があるのは、前から知ってた?」

「いいえ。ナオ様が来たことで購入出来るものが増えたのかと思われます」

「そっか。ほかにも、いろいろあるんだよ。麺とか、揚げ物とか」

「それも、ナオ様のお好きな物ですか」

「うん。甘い物なら、プリンとかアイスもある」


 イドが、一覧の閉じた場所へ目を向けた。


「見てみる?」

「……あとで、お願いしてもよろしいですか」

「もちろん」


 返事をしてから、彼女は手元の料理を見直した。


「ただ、毎回このように揃えていては、使うばかりになります。わたくしの分は、もっと簡素な物でも構いません」


 さっきとは違う、仕事の時の声だった。


「ナオ様には、元の世界で慣れたお食事を召し上がっていただきたいですが」

「それで、イドは向かいで別の物を食うの?」

「必要でしたら」


 俺は、購入履歴を開いた。

 確かに、うまいからと好き勝手に使えばなくなる。


 けれど、今まで楽しそうに食べていた相手へ、次からはお前だけ我慢しろとは言いたくなかった。


「使う分を決めよう。それで、その中から2人で選ぶ」

「ですが」

「俺も選びたいんだよ。一緒に食って、これうまいなって言えるやつをさ」


 イドが、俺を見た。


「毎回ご馳走にしようって話じゃない。食べたい物が高かったら、稼いでからにする。俺もそうする」


 彼女は購入履歴へ目をやった。

 それから、自分の置いていた匙を取った。


「……それでしたら、わたくしも選びたいです」

「うん。次は何がいいか、考えといて」

「ナオ様と、一緒にいただく物を」


 言い直す声が柔らかかった。


「そう。それ」


 俺たちは、残りを食べ始めた。

 イドは最後に残していた卵へ、ご飯を合わせてすくった。


「オムライス」


 料理の名前を、確かめるように口にする。


「覚えました」


 俺も、空になった容器を膝から下ろした。

 食べ終えたあとまで、腹の中が温かかった。


     *


【同日 午前9時50分/マスタールーム】


 空の容器と匙をまとめ、回収ボックスへ保管した。


 壺から注いだ水を飲みながら、さっきの街を思い出す。


「イド。こういう飯を食いに来る客も、いると思うんだ」

「わたくしなら、もう1度いただきたいです」

「よし。まず1人」


 うまい飯がある。

 酒が飲める。

 風呂へ入って、柔らかいベッドで休める。


 そこへ、綺麗な女性がいたら。


「娼館をやろう」


 イドがカップを下ろした。


「お食事の話から、随分進みましたね」

「いや、飯も出す。酒も出す。風呂も欲しい。そのうえで美人と楽しく過ごせるなら、俺は毎日でも通う」

「毎日、ですか」

「たとえばイドに、明日も来てくださいねって言われたら、翌日も来る」


 彼女を見て、付け足した。


「開く前から待ってるかもしれない」


 イドの指が、カップの縁で止まった。


「……ナオ様は、こちらにお住まいです」

「うん。客だったらの話」

「それほどお気に召していただけたのでしたら……明日も、わたくしがお側に」


 笑って言おうとしたのに、彼女の声が思いのほか優しくて、俺は水を飲んだ。


「と、とにかく。戦いたくない人でも、来たくなる場所を作りたいんだ」

「お考えは、わかりました」


 イドは入口の方へ顔を向けた。


「ただ、森の中までお越しいただくなら、街のお店よりこちらを選ぶ理由が要ります。それに、お客様にも働く方にも、こちらまで歩いていただかなければなりません」

「ああ……そうか。夜に森から帰るのも、面倒だよな」


 外で見た道を思い出す。

 そこから、わざわざ森へ入って来てもらうのだ。


「じゃあ、最初は街で店をやろう。借りるか、買うかして」


 床の上へ指で四角を描いた。


「1階は食堂。酒も出して、そのうち泊まれる部屋も作る。地下を広げて、娼館と風呂。ここまで通路を繋げれば、行き来できるだろ」

「領域の拡張と通路の工事は必要ですが、仕組みのうえでは可能です」

「よし。風呂は男湯と女湯を分けよう。肌とか髪にいい物も揃えたら、女性客にも来てもらえるし」


 イドが、こちらを向いた。


「女性のお客様にも、お会いになりたいのですね」

「そこは、まあ。正直に言うと、すごく」


 隠したところで、さっきの発言からだいたいわかるだろう。


「でも、来てよかったとは思ってもらいたいよ。俺に会いたいかどうかは、別として」

「お食事や、お風呂を楽しみにお越しになる方も、いらっしゃるでしょうね」


 イドは描きかけの四角へ指を添えた。


「順番を決めましょう。まず街の様子を調べ、場所と必要なお金を確かめる。そのあとで、何から始めるかを」

「頼りになるな、イド。俺だけだったら、風呂を何個作るか考えてた」


 彼女の指が止まった。

 顔を上げると、さっきまで話していた続きを待つように、俺を見ている。


「……頼りにしていただけますか」

「してるよ。もう何回も助けてもらったし」


 イドは背筋を伸ばした。


「では、わたくしにお任せください」


 声が弾んでいた。

 隠そうとしているらしいが、俺でもわかった。


 気をよくして、店の入口まで描き足す。


「それで、肝心の店を買う金なんだけど。DPで金貨って出せる?」

「通貨そのものは、購入できません」

「そこは駄目か!」


 俺は空のポケットを叩いた。

 さっきから、何も増えていない。


 生きる身体があって、美人の相棒がいて、食い物まで買える。

 なのに、街で払う金は1枚もないのだ。


「じゃあ、売れる物を持っていこう。こっちで用意して、街で売るんだ」

「何が売れるか、相場から確かめた方がよろしいですね」

「うん。先に買い込むのはやめとく。店の値段も、飯の値段も、何も知らないし」


 画面を開き直す。

 大きな店を作る項目を閉じて、持ち歩ける道具を探した。


「その前に、出かける支度だな」

「はい。袋と、必要でしたら携帯できる食べ物も。まず候補を選びましょう」


 イドが隣へ座り直した。

 肩が触れた。


 ほかに座れる場所は、いくらでもある。

 だが、俺から離れる理由もなかった。


「なあ。ベッドのことも、覚えといてくれよ」

「もちろんです」

「店のこと考えてたら、忘れそうだ」

「わたくしは、忘れませんので」


 念を押すような返事だった。


 俺は寝台の候補を残したまま、道具の一覧へ戻った。

 イドが隣から指を伸ばし、最初の袋を示した。


――――――――――

第1話リザルト

――――――――――


【開始】

保有DP:5000DP

所持金:現地通貨0


【収入】

売上:なし

受取魔石:なし

魔石のDP変換:なし

滞在・死亡・その他の変換収入:なし


【支出】

オムライス2食:8DP

飲料水10L:2DP

水壺1個:6DP

カップ2個:2DP


DP支出合計:18DP

現金支出:なし


【終了】

保有DP:4982DP

所持金:現地通貨0

未変換魔石:なし


【持ち越し】

飲料水9.4L

水壺1個

カップ2個

使用済みの食事容器と木匙2組

※容器と匙は回収ボックスに保管。

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