エピローグ② コンラートの帰還
騒動の翌日、周囲の反応はそれはそれはすごかった。
青銅座での出来事を記載した紙面が出るなり、劇場という劇場から使いが来た。ミレニアの支配人、私を降ろした興行主たちが代わる代わる詫びを言いに来た。
私は全員に全く同じことを言った。
「顔を上げてください、あなた方も騙された側なんですから」
半分本心、半分は大人の対応だ。今後も私が舞台で立っていくのならば、彼らの協力は不可欠──ある程度は飲み込まなければならなかった。
ヴィクトールは記録官の証言と証拠書類を持って訴追された。彼が舞台に戻ることはもう無いだろうという事も聞いた。
エルシー・ヴォーンには一度だけ会った。
彼女は文化部に戻り、いまや王都でいちばん読まれる劇評記者になっている。私が礼を言うと彼女は困った顔で首を振った。
「とんでもない!!私は半年何もできなかったんですから……!」
「だが、貴女は書こうとしてくれました。私はそれに感謝をしたいのです」
「……表に出せなければ、結局は書かなかったのと同じです」
うぅむ……あまり無理を言っても迷惑になるか思い、とりあえず聞きたかったことだけは聞こうと思った。
「では、一つだけ教えてください。あなたはなぜ私を助けてくださったんですか?」
彼女は少し黙って、それからこう答えた。
「逆に聞きますけど、ヴァイスさんは自分の憧れの人が無実の罪を着せられているとわかって何もせずにいられるんですか?私には絶対無理です」
私は一瞬きょとんとし、それからこみ上げる笑いを止められなかった。
「ヴァ、ヴァイスさん!?」
「いえ、失礼……なんというかその…舞台を続けていて良かったなぁとつくづく思いまして」
彼女は頭に疑問符を大量に浮かべているようだった。私としても、決して馬鹿にしたのではないという意図だけは伝えておきたかった。
「ヴォーンさん。本当に、ありがとうございました」
※※※
オーレリア公爵夫人はと言えば相変わらずだった。
「復帰公演はミレニアで行いましょう。演目はわたくしが選びます。いいですか、異論は認めません」
私は笑って頭を下げた。
「仰せの通りに」
この方への恩は、一生かかっても返せそうにない。
※※※
それから半月ほど、王都は落ち着かずまた私も忙しかった。
記録所へ何度も足を運び、聞き取りに答え、書類に署名した。ジェラルドとヘンドリック、ニコも証人として何度か呼ばれ、あの舞台の裏側を説明させられていたようだ。(ジェラルドの発想には記録官が引いていたとも聞いた)
一通りが済んだところで、三人は一度、町に帰っていった。
当たり前だ。ヘンドリックは町の何でも屋だし、ニコがいなければ町の魔法灯は誰も修理はできない。ジェラルドは王都の空気が悪いと言い出す始末だった。
駅で三人を見送りながら私は言った。
「近いうちに必ずまた呼びます」
「あぁ」
ヘンドリックの返事はそれだけ、ジェラルドは手を振りもせず、ニコだけは深く深く頭を下げて魔導鉄道に乗り込んでいった。
※※※
復帰公演の初日が決まった時、私が最初にしたことは切符を買う事だった。
自分の公演の切符ではない。魔導鉄道の切符だ。
ホルンベルク発、王都行きを往復五人分。ジェラルド、ヘンドリック、ニコ。そして、マルタとミレイユだ。マルタには何とか宿を休んでもらえるように頼み込んだ。
復帰公演の前日の午後、私は舞台関係者になんとか話をつけ午後からだけでも休みをもらうことができた。
何せ、私の恩人達を迎えに行かねばならなかったからだ。
駅で待っていると乗り場に列車が入ってきた。列車から降りてきた一団は、王都の駅の雑踏の中で見事に浮いていた。 荷物のように大きな鞄を提げたヘンドリック。すでに酒臭いジェラルド。一度は来たとはいえ、慣れない様子できょろきょろと駅舎の天井を見上げるニコ。よそ行きの服を着て顔をこわばらせたマルタ。
そして。
「おじさーん!!」
ミレイユが人混みを縫って突進してきた。私は膝を折って、彼女を受け止めた。彼女の抜けた前歯は、だいぶ伸びてきたようだった。
「久しぶ──」
「みてみて!あたらしいくつ!ばあばがかってくれたの!!」
興奮している彼女をなだめる様に私はうんうんそうだねと頷き返す。
「じゃあその新しい靴で王都中を歩こうか」
「うん!あるく!!」
その日の残りはすべて案内に使った。
劇場街の大通りをミレイユの手を引いて歩く。並ぶ小屋、看板、そして大量の行きかう人人人……彼女は最初、あまりの人の多さに口を閉じていたが、慣れたのかしばらくすれば元の調子に戻った。菓子屋で焼き菓子を買ってあげれば、ミレイユは一口食べて目を丸くし、それからマルタに「ばあば、これ、おみせでつくれる?」と真剣に相談していた。
ヘンドリックは、通りがかりの鍛冶屋の店先で三十分も動かなくなった。ニコは劇場の魔法灯の柱を見上げたきり、口を開けていた。ジェラルドは昔なじみの酒場を見つけて消えかけたので、マルタが襟首を掴んで引き戻した。
そうやって王都観光をしているうちに、だんだんと日が暮れてきた。
私は、彼女を大通りの真ん中に立たせた。
「ミレイユ。上を見てごらん」
街の魔法灯が一斉に灯った。通りの端から端まで、劇場の看板という看板に光が入る。
ミレイユはただ、口をぽかんと開けまん丸の目でその光を見ていた。
あの夜、納屋で私の掌の炎を見た時と同じ目だった。
※※※
復帰公演の初日。
開演前、私は客席の扉を開けてミレイユを中へ通した。ミレイユは、ハッと息をのみ入口で足を止めた。高い天井に、赤い絨毯が敷き詰められ、二千ほどの席がずらりと並ぶテアトル・ミレニア。この国最高峰の劇場だ。
「……ここ、ぜんぶ、げきじょう?」
「全部、劇場だ」
「ぜんぶ、ひとがすわるの?」
「うん、座るよ。今日は満員だ」
私は入り口から中へと足を進めた。それに続いて彼女もそろりと一歩中に入った。私は、最前列の中央の席の前で待っていた。
「ミレイユ。ここが君の席」
「……ここ?」
「ここが、この劇場でいちばん良い席なんだ。役者の顔がいちばんよく見えて声がいちばんよく届く」
彼女は、その席に座ったが小さすぎて足が床に届かなかった。
ミレイユは、まだ幕が下りたままの舞台のほうを見ながら私に尋ねた。
「おじさんここで、おしばいするの?」
「するよ」
「そう…」
あまりにも山奥の町とは違いすぎて実感がわかないのだろう。どこかふわふわした返事を返すミレイユの前に私は膝を付き、目線を合わせた。
「実は、今日はいつもより頑張ろうと思っている」
「なんで?」
「君が観てくれるから」
ミレイユはきょとんとした顔をし、それからにっと笑った。
「きたいしてる!!」
※※※
開演。
二千の席は一つ残らず埋まった。
桟敷にオーレリア公爵夫人。その斜め前にエルシー・ヴォーン。二階の一角に、ヘンドリック、ジェラルド、ニコ。
そして最前列中央に、よそ行きの服で身を固めたマルタと足の届かないミレイユ。
幕が上がる。
魔法灯が満ちる。私は舞台の中央に進み出た。
第一声の前の、短い間。劇場中の視線が私に集まる。
──かつて、この一瞬が私を殺した。
だが今、その中の一つと、目が合った。
最前列の中央。まん丸の目が、瞬きもせずにこちらを見ている。
私の人生を救ってくれた少女の、生まれて初めての本物の芝居。光栄なことにその最初の一本が私の芝居なのだ。私に手を抜く理由がどこにもなかった。
喉が、開いた。
開いたどころではない。私はこの夜ほど声の出た日を後にも先にも知らない。
私は演じた。
この人生で、いちばんの芝居をした。笑わせて、泣かせて、息を呑ませて、また笑わせた。
そして、最後に舞台の幕が下りる。一拍の静寂を置いて、劇場が揺れた。
二千人が立ち上がり、拍手が床から天井まで劇場を満たした。桟敷では公爵夫人が、二階ではヘンドリックが洟をすすり、ジェラルドが杯を掲げ、ニコが肩を震わせていた。
そして最前列の中央……マルタは号泣し、その隣で小さな観客が、椅子の上に立ち上がって、両手を頭の上まで上げて、力いっぱい手を叩いていた。
私は、深く、深く一礼した。
顔を上げると、彼女はまだ叩いていた。何か叫んでいる。拍手にかき消されて聞こえないが口の形で分かった。
──すごい。すごいねえ。
私は、思わず笑ってしまった。
拍手は、その後もずっと鳴り止まなかった。
読んでいただきありがとうございました。




