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北の森の魔女 "The Baba Yaga of the Northern Forest" 第4シーズン  作者: 鉄猫


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2/12

憧れの代償

 それは朝に起こった。

 魔女が小屋の中で、ラグにつまづいて転倒したのだ。幸い頭をどこかにぶつけることはなかったが、腰と足を痛めてしまった。「魔女の一撃」を魔女が喰らうことになったのだ。

「自分が情けないさね」

 ソファに横になり、魔女はいつになく弱音を吐いていた。ラチェットが特製の膏薬を腰と足首に貼りつける。

「メムは魔法が効きづらいから、しばらくはこのままだね。本はいいけど、ノーパソは禁止」

「わかってるさ」

 魔女はため息をついて、天井を見上げた。

「……そうだ。ボルトを」

 魔女の声にレンチが応え、畑仕事をしているボルトを連れてきた。

「大丈夫ですか?」

「わたしのことはいいさ。問題は──仕事があるんだ」

「仕事、ですか」

「ああ。ムーチンの街の顔役との話し合いがある」

「もしかして、代わりに行けと?」

「話が早いじゃないかい」

「いえ、何となく思ってました」

 ボルトは小屋の中を見回した。リベット以外の全員がいる。

「ナットは家事があるし、レンチとラチェットにはメムを看てもらわないといけないからな。一人で行きますよ」

「大丈夫?」

 レンチが心配そうに声をかける。

「ああ。そんなに大変な仕事じゃないだろ。俺も子供じゃない」

 魔女はそう言うボルトにプリントアウトしたメモを渡す。

「ここに書いてあるのがこちらの条件だ。調整は任せる」

「わかりました。すぐに出立します」

 ボルトは装備を整えると、レンチとラチェットに、魔女が勝手に歩き回らないように見張ってろと言いつけて、小屋を後にした。


 北壁を抜け、街道を西に歩く。数日後には街道でも一二を争う大きさのムーチンの街に入った。街の門に詰めていた衛兵たちは、見慣れない旅装のボルトの姿に驚くが、それが噂に聞く魔女の眷族だと知ると道を開けた。王の意向によりそれまで放逐の対象だった異種族たちに門戸が開かれ、まずは商人たちが町々を訪れるようになっていた。だが、まだまだ珍しい存在には違いなかった。

 狗頭のボルトもそうであり、街の人々もすれ違う時に驚きの顔をしたりもする。大人たちはひそひそと話し、子供たちはボルトの後をぞろぞろとつけたりもしていた。

 魔女からの言いつけの仕事は、特に何の問題もなく終わった。元よりそんなに重要な話でもなく、街での宿泊場と車輛の置き場所の相談だけだったのだ。

 しかし、会談の場を去ろうとしていたボルトに、顔役の一人が声をかけてきた。ボルトは足を止め、振り返る。

「ボルト殿。一つ相談したい事があります」

「……俺でよければ」

「よかった。実は……」

 顔役がボルトに語ったのは、自分の下の息子の事であった。そろそろ一人前となる頃であり、長子と共に自分の事業を手伝わせ、ゆくゆくは店の一つも継がせようと考えていたのだが、その息子が事もあろうに、場末の酒場に出入りし、冒険者になろうとしているというのある。

「それで、連れ戻して欲しいと」

「ええ。まだ街に居ればいいんですが、万が一外に出ていましたら……」

「わかった。人相を教えてくれ。すぐに行く」

 ボルトは顔役から息子の名と人相を教えられると、その足で出入りしているという酒場に向かった。

 街は夕暮れの色に染まっている。人々は家路を急ぎ、市場も店を閉めていた。陽が落ちれば、街は静かな夜を迎える。

 だが、そんな中でも喧騒が終わらない、いや、夜になればこそ人が集まる場所があった。いわゆる裏通りである。いくつかの酒場や娼館が戸を開き、昼間の街には似つかわしくない人々がそぞろ歩いている。酔っぱらいが大声を出し、若い男たちがやり手婆を相手に娼婦の上げ代の交渉をしている。

 ボルトは堂々と道の真ん中を歩いていた。すれ違う者が怪訝な顔をしたり、嫌な物を見た、と言わんばかりに唾を道端に吐いたりしている。だが、ボルトはそんなことは意にも介していなかった。挑発なぞ、弱い者がするものだと思っていたからだ。

「ここか」

 教えられた酒場の入口に立つ。寝転んでいる酔っぱらいをまたぎ、中に入った。

 途端に、それまでの喧騒が水を打ったかのように静まり返る。皆、狗頭を見ていた。ボルトは店内を見回し、顔役の息子を探した。だが、ここにはいない。

「話を聞きたいのだが」

 ボルトはカウンターの向こうの店主らしき男に向かって言った。その視線にガタイの良い男が割り込む。

「おい、ここは犬っコロが来るところじゃねぇぞ」

 店に中からクスクス笑いと「おー、痛烈」と言った声が聞こえる。ボルトは片目でそれらを一瞥し、男の方に顔を向けた。

「俺が探している小僧を知っているか?」

「いや知らねぇな。酒が犬臭くなる前に出ていくんだな」

「それはできない。こちらも仕事でね」

 ボルトは腕の力を抜いた。はじまる、と本能が告げていた。

 男は予想通りの行動に出た。拳をボルトに向けたのだ。

「オレがおとなしいうちに出て行くんだな。でないと、目ん玉から星が出るまでぶん殴ってやるぞ」

「やってみろ」

 その声に男が拳を放つ。ボルトは拳を空振らせ、手首をつかみ、ひねり上げ、床にたたきつけた。

「人はな、筋肉はいくらでも鍛えられる。だがどうしようもないところがある。それが関節だ。ここばかりは、自由にはできない。力を入れたら、おまえの筋肉の力で腕が折れる」

 ボルトの眼が店の奥の人物を捉える。呪文を詠唱し始めているのだ。ボルトは傍らのテーブルからマグを蹴り飛ばし、その男の顔面にブチ当てた。

 店内が騒然とする。男たちはボルトを囲むように立ち、女たちは喧嘩に巻き込まれないようにと、壁や、二階につづく階段の方に身を寄せる。

「やめとけ。こっちは手加減できない」

 ボルトは両手をあげて構えると、手をくいっと動かし、来いっと言った。数人の男が殴り掛かる。その脚を蹴って姿勢を崩すと、腹に重い一撃を撃ち込む。パンチを避け、腕をつかむと顔面に肘を入れる。踏み込んでくる男にテーブルを倒して突進を防ぐと、椅子を滑らせて転ばし、そこにつかんでいた男を投げ飛ばす。

「おい、そこのおまえ。抜いたら首が飛ぶぞ」

 ボルトは腰の剣の柄に手をはわせた若い男を指さした。

「剣を抜けば死罪だ。それを知らないわけはないだろ?」

 多くの街では、武器の携行は許されてはいるが、抜刀もしくは弓に矢をつがえるなどの行為は強く禁止されていた。これは、軽々しく武器を抜くということを許せば、喧嘩での人死の増加、簡単に暴力事件の発生につながるからである。特に、街の住民ではない流れ者──その多くが冒険者である──には、重い罪が科されていた。

 ボルトは指を左右に振って若い冒険者を引き下がらせ、周りを見た。皆の腰が引けていた。ボルトはふっと息を吐き、店主に向かって銀貨を放り投げた。ぽかんとしている店主は我に返りつつコインを受け取る。

「話を聞かせてくれ」



「──助けに来たぞ」

 ボルトは、暗くジメジメした石造りの回廊に倒れている少年を抱き起した。周囲には数体のゴブリンが転がっている。その頭は高速弾により爆ぜていた。

 少年はぼろぼろと涙をこぼしながら、ボルトの襟を握った。恐怖で泣いているのではない。身体を貫く重く強烈な痛みのためだった。

 少年たちのパーティは、近隣の村を悩ませていたゴブリンの群れの討伐の依頼を受けたのだった。人々の生活の近くまでやってくる事の多いゴブリンを討伐することは、冒険者にとってはよくある仕事だった。洞窟の奥に居り、極めて多産の女王によって一族を維持しているゴブリンを殲滅することは難しく、いわば対処療法的に、生活圏を脅かす分を「駆除」するのである。単体ではそんなに脅威ではないゴブリンと戦うことは、駆け出しの冒険者にとっては、まさに「生きた勉強の場」であった。

 だが、この少年とパーティは不幸に見舞われていた。群れの移動にぶつかってしまったのだ。意気込んで突入したパーティは、その背後にゴブリンの一団が来ていることを知らなかった。気づいた時にはもう遅く、前後を挟まれていた。

 その場にやってきたボルトは、ゴブリンを一掃し少年の下までたどり着いた。少年以外の者たちは床に倒れ、動かなくなっている。その身体には数本の矢が突き刺さり、取り囲まれて無茶苦茶に切り刻まれていた。

 ボルトはそれを見たが、小さく「くそっ」と言うだけだった。

 少年がつぶやく。

「……寒い。なんで寒いんだ」

「身体の血液が多く流れているんだ。だから寒く感じる」

「みんなは?」

「死んでる」

 少年は襟をつかむ手にぐっと力を込めた。

「オレは死ぬのか?」

「ああ」

 ボルトは冷たく答えた。少年は腰から下が無かった。

「このまま治癒したとしても、おまえは長く生きられない」

「なんで、こんなことに……」

「それは──自分が選んだことだ」

 ボルトは辺りを見回した。そこには死しか存在していない。

「親父さんの言葉に従っていれば、死なずに済んだんだろうが……自由に憧れたか」

 少年は大きく目を見開き、がくがくとうなずいた。それは問いに対してのうなずきではなく、ショックに対しての身体の反応であった。ボルトはどうすることもできずに、少年が逝くのを待った。

 しばらくボルトはそのまま座っていた。そして立ち上がると、少年の身体を死体袋に入れた。

「帰ろうか……海兵(マリンコ)は誰も見捨てないんだ」

 ボルトは少年を背負うと、出口へと歩き出した。


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