追放
「こいつを『追放』する!」
その声に、口入屋に群がる冒険者たちが振り返る。そちらを見ると、派手な衣装の年長の冒険者が、両膝を地面に落としたまだ少年と言ってもいい冒険者を指さし、皆に顔を向ける。
「なんだありゃ?」
特に用はなかったのだが、口入屋をひやかしていたボルトは、その声の方を向く。
「あれは、いった……おい!」
それまで話していた使用人頭が血相を変えてカウンターを飛び出していく。それに数人の使用人が続く。
「あれはな。追放の宣言だ」
騒ぎを聞きつけて店の奥から出てきたのは、この口入屋の生き字引と言っていい老人だった。特に仕事はしていないのではあるが、店主はその長年にわたり培った経験に金を払っていた。
「追放?」
「ああ。冒険者が冒険者を告発するんだよ。こいつは冒険者に非ず。とね」
「ただ用なしって、パーティから放り出すだけじゃないのか?」
老人は煙管に煙草を詰めると、火をつけ、すぱっと紫煙を吹いた。
「いや、追放というのはな、一種の告発だ。あの小僧は、何か重大な事をしでかしたんだ。冒険者の風上に置けないようなな。金をちょろまかしたか、戦闘から逃げたか、はたまた見張りの最中に寝てしまったか。ようは、冒険者稼業から締め出す、というわけだ。その宣告は、他の冒険者が行う」
「で、どうなるんだ?」
「一応、聞き取りと調査が行われる。それが終わるまでは、タグは取り上げられる」
「仕事ができなくなるじゃねぇか」
「そういう決まりでな」
口入屋の面々が、宣告をした冒険者と、地面にうずくまっている少年を別々に連れて行った。その様子を、何人かの冒険者が心配そうな目で見ているのをボルトは気づいた。ボルトが半身をそちらに向ける。
「関わり合いにはならん方がいい」
「これは性分でね」
老人が止めるのに礼を言い、ボルトは彼らに近づいた。女の神官戦士と、大柄な剣士。そして若い魔法使いの3人である。彼らは見慣れない服装と装備をぶら下げているケイナインが近づいてくるのに、不安げな顔をした。
「なに、取って食うわけじゃねぇ。ちょいと話を聞かせてもらいたいだけだ」
「いや、あんたには関係無い」
剣士がぼそりと言う。その表情にボルトは何かを感じ取った。
「隠していることがあるだろ?」
ボルトの言葉に、魔法使いと神官戦士が顔を背ける。剣士も視線を反らした。
「聞くところによると、タグを取り上げられるほどの事をしたらしいな、あの小僧は。それはどういった事なんだ?」
「何で、そんなことを聞くんだ」
「知りたいからだ」
「何?」
「どうして『追放』などということをしたのか。ただパーティから蹴り出せば済む話じゃないか? 二度と冒険者稼業に戻れないようにする、というのは随分な理由があるからだろ? それを知ってるのはあんたらしかいない。あんたらは、あの若いのと小僧と同じパーティだ。そうだろ?」
ボルトの問いに、剣士は大きく息を吐いた。そして降参するかのように両手をあげる。その動きに、神官戦士が剣士の腕に手をやって、話さないように止める。
「それは秘密だって」
「いや、これで3回目だ。もう俺はうんざりしてるんだ」
「3回目?」
「リーダーが『追放』を宣告するのは、あいつで3人目なんだ」
「おいおい、こんな重大な事を、あの若いのは3回もやっているって?」
ボルトは驚き、神官と魔法使いを見る。二人は眼を伏せ、ゆっくりとうなずく。
「そいつらは何かやったのか? 追放にされるような」
「いや……」
「だから、それは……」
神官戦士が今にも秘密を吐きだそうとしている剣士を止める。そこでそれまで沈黙していた魔法使いが口を開く。
「リーダーは、こいつに惚れているんだ」
「それは……」
神官戦士が驚き、そして肩を落とす。
「それと追放に何の関係が……まさか?」
ボルトの問いに、剣士がうなずく。
「もしかして、あんたに惚れた奴を『追放』してるのか?」
確かに神官戦士は美しく、魅惑的な身体つきをしている。若い者たちが手に入れたい、近くにいたいと思っても当然だと、理解できた。
「そりゃ横暴だ。あんたはどう思ってるんだ?」
神官戦士はボルトの問いに眼を反らした。
「はぁ……あんたは、あいつの女になるつもりはないんだな?」
ボルトの言葉に彼女は肯定の視線を送る。
「追放というのは、どう決まるんだ?」
「聴取と調べが行われるけど、大半はリーダー格が言う事の方が『事実』となる……」
「あんたらが申し出ればいいじゃねぇか」
「そうしたら、今度は俺たちが追放される」
ボルトは絶句した。これも社会が生んだ構造なのだろうが、そこに「正義」が入り込む隙間はなかった。制度はあれど、そこには強い者が弱い者を従わせるためのシステムが幅を利かせているのだ。冒険者たちは、タグという「犬の首輪」で管理され、そこからは運が無ければ抜け出せないのだ。タグを失えば、仕事を失い、仕事を失えば、屋根も食うものも失う。その先には死しか待っていない。
「くそったれが……」
ボルトは踵を返すと、口入屋の方を向いた。あの老人が、関わるな、という顔でボルトを見ている。ボルトは歯を鳴らし、そこを立ち去った。
若い冒険者の死体が見つかった、というのは数日後のことだった。裏通りでナイフで自らの喉を斬ったというのだ。ボルトはその話を聞きつけるとその場に向かい、運ばれていく死体が、あの追放された少年であることを確認した。
ボルトは拳を握った。吐き出す事のできない怒りが渦巻いている。たとえ自分が戦ったとしても、世界全体を変えることなぞ不可能であることはわかっている。だが、目の前で起こった不正義を見逃す気はなかった。
ボルトは口入屋の前で待った。M4を抱き、怒りの視線を向け続けるボルトの姿に、冒険者たちは微かな恐怖を感じていた。彼らは本能的に強い個体を識別する。そして、その注意を惹かないように行動する癖がある。それができないのは、自分の能力を過信している者か、まったく馬鹿者であった。
彼はそのどちらかはわからなかったが、ボルトに気づくとへっと鼻で笑った。
あの追放を言い渡したパーティのリーダーである。
「話は聞いたよ。あんたが俺のことを嗅ぎまわっている犬か」
「そうだ」
「で、どうするんだ? 俺を追放でもするか? それともここで一発かますか?」
リーダーは笑い、パーティの面々を見る。彼らは怯えていた。恐怖はここまで人を卑屈にさせるのか、とボルトは思った。
「あの小僧が死んだのは知っているか?」
「ああ。どこかの裏路地で首を切っておっ死んだってのは知ってる。俺の女に手を出そうなんて思ったからだ」
リーダーは神官戦士の肩を抱き、自分の方にぐっと引き寄せる。
「そうか。俺はあんたをぶん殴ってやろうと思ってたが。ここの法がそれを許さない。だが見てろ。いつか正義があんたを裁く。それは人の手か神の手かは知らん。だが、それは必ずやってくる。覚えてろ」
「へいへい、覚えておきますよ。犬っころ」
リーダーは大声で出立を叫んだ。パーティの面々がびくっとし、ボルトの方をちらりと見てからリーダーを追いかけるように歩き出した。ボルトはその背が見えなくなるまでそこに立っていた。
「あのパーティが全滅したそうだ」
口入屋の老人は、煙管を吹かしながら、ぽつりとボルトにそう言った。
「そうか」
「あの少年。優秀な斥候だったそうだ」
「そうか」
老人はボルトの横顔を盗み見た。ボルトは無表情で遠くを見ていた。
「あんたもわかっていると思うが。世の中なんてもんはこんなもんだ」
「そうだな」
ボルトは大きくため息をついた。
「どうだ、若いの。昼飯でも喰いに行かんか? こんな爺が一緒でよければ、うまいうどんを出す店を教えてやるぞ」
「それは──いいな。行こうじゃないか」
「よし。前を向け、若いの。ここで一緒に爺になるわけにはいかんだろ?」
老人に背中をどやされ、ボルトは苦笑するしかなかった。




