表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/24

戦後秩序と軍縮

 講和から一年後。


 王都ルクセリアには、かつての戦時景気とは違う喧騒が広がっていた。


 鍛冶屋街では、剣ではなく農具が作られている。


 軍需工房だった建物では、橋梁用の鉄材が組み立てられていた。


 石畳の大通りには、復員兵たちが測量道具を抱えて歩いている。


 世界は、少しずつ変わり始めていた。


 だが、その変化を最も理解できていないのは、王国自身だった。


 王宮大会議室。


 重臣たちは険しい顔で成尾――アレクト六世を見つめている。


 卓上には新たな法案。


 その表題を見た瞬間、将軍たちの顔色が変わった。


 ――戦後秩序整備法案。


 そして。


 ――両国同時軍縮案。


「……正気ですか」


 老将軍ヴァルグが呻くように言った。


「戦争が終わった直後ですぞ」


「だからだ」


 成尾は即答した。


「今しかできない」


 ざわめきが広がる。


「軍を減らすなど自殺行為です!」


「オーストリンが再武装したらどうする!」


「周辺国が攻め込んできますぞ!」


 怒号。


 反発。


 恐怖。


 成尾はそれを黙って聞いていた。


 この世界の国家は、“戦争の後”ほど軍を増やす。


 勝利した国は慢心し。


 敗北した国は復讐を誓う。


 その結果、軍拡競争が始まり、十数年後に再戦争が起きる。


 歴史はそれの繰り返しだった。


 だから成尾は、その循環そのものを止めようとしていた。


「勘違いするな」


 彼は静かに言う。


「軍をゼロにはしない」


 将軍たちが怪訝そうな顔をする。


「……何?」


「抑止力なき平和は幻想だ」


 成尾は断言した。


「武力を完全放棄した国家は、結局“武力を持つ国家”に支配される」


 その言葉に、軍部は少しだけ落ち着いた。


 だが成尾は続ける。


「だが、過剰武装も病気だ」


 再び空気が張る。


「必要以上の軍は、国家を戦争へ引っ張る」


「武器は、あると使いたくなる」


「軍需産業は、戦争を欲しがる」


「軍人は、存在意義を求め始める」


 リゼットが資料を配る。


 そこには膨大な数字が並んでいた。


 戦費。


 軍維持費。


 退役兵数。


 食料消費量。


 鉄鋼使用率。


 国家財政に占める軍事費割合。


 貴族たちがざわつく。


「……こんなに使っていたのか」


「戦争中だからな」


 成尾は言った。


「でも戦争が終わった後まで続ける必要はない」


 彼は新たな地図を広げた。


 そこには、国中の河川、街道、橋、農地が描かれている。


「兵器工場の三割を公共工事へ転換する」


「軍用鉄鋼は橋梁建設へ」


「火薬工場は鉱山開発へ」


「軍事輸送網は物流街道へ転用」


 将軍の一人が眉をひそめた。


「……兵士は?」


「働いてもらう」


「何を?」


「全部だ」


 成尾は答えた。


「農業」


「建築」


「医療」


「災害復旧」


「インフラ整備」


 誰も理解できなかった。


 兵士は戦う存在。


 それ以外の使い道など、この世界には存在しない。


「戦争が終わった後、武装した失業者を大量に放置するとどうなると思う?」


 成尾は尋ねた。


 誰も答えない。


「盗賊化する」


「傭兵化する」


「過激派になる」


「内戦が始まる」


 静寂。


 それは実際、この世界で何度も起きてきたことだった。


 戦争が終わる。


 すると兵士が余る。


 職を失った兵は武器を持ったまま流民化し、各地で暴力が再生産される。


 だから成尾は、兵士そのものを“社会へ再接続”しようとしていた。


「兵士はな、破壊しか知らないままだと危険なんだ」


 成尾は静かに言った。


「だから、“作る技術”を覚えさせる」


     ◇


 三ヶ月後。


 王国西部、旧戦場地帯。


 かつて砲撃で崩壊した橋の跡地に、大勢の復員兵が集まっていた。


 彼らは最初、不満だらけだった。


「なんで俺たちが大工なんだ」


「兵士だぞ?」


「橋作りなんて職人の仕事だろ」


 だが、現場監督は容赦しなかった。


「文句言う前に杭を打て!」


「そこズレてる!」


「測量やり直し!」


 泥だらけになりながら、兵士たちは橋を組み立てていく。


 最初は粗雑だった。


 だが、少しずつ変わっていった。


 ある日。


 一人の若い元騎兵が呟く。


「……橋って、人を通すために作るんだな」


 隣の兵士が笑った。


「そりゃそうだろ」


「今まで壊すことしかしてなかったから、変な感じだ」


 彼らは初めて、“破壊以外で国家に関わる感覚”を知り始めていた。


     ◇


 王都近郊。


 旧兵舎を改装した医療学校では、元兵士たちが包帯の巻き方を学んでいた。


「もっと優しく!」


「患者は丸太じゃない!」


 教官の怒鳴り声。


 屈強な元歩兵たちが、小さな子供相手にぎこちなく治療訓練をしている。


 成尾は視察中、その様子を黙って見ていた。


 リゼットが隣で言う。


「不思議ですね」


「何が」


「人を殺す訓練をしていた人たちが、今は人を助ける訓練をしている」


 成尾は少し考えた。


「案外、近いのかもな」


「……?」


「兵士って、“命令されれば命懸けで動く”人間だから」


 方向さえ変われば、大きな力になる。


 問題は、“何をさせるか”だった。


     ◇


 その夜。


 成尾は執務室で報告書を読んでいた。


 軍縮反対派はまだ多い。


 特に武器商人たちは激しく抵抗している。


 戦争は儲かる。


 平和は儲からない。


 だから彼らは再軍備を煽り始めていた。


 リゼットが低く言う。


「完全には止まりませんね」


「止まらない」


 成尾は頷く。


「人間は武器が好きだからな」


 剣。


 大砲。


 鎧。


 力の象徴。


 恐怖への対抗。


 それを完全に消すことはできない。


「だからゼロにはしない」


 成尾は静かに言った。


「でも、“必要以上”には増やさせない」


 国家にも、人間にも、筋肉のつけすぎはある。


 過剰武装は、不安そのものを増幅させる。


 武器が増えるほど、“使う理由”が探され始めるのだ。


「平和ってのはな」


 成尾は窓の外を見る。


 夜の街道では、復員兵たちが新しい水道工事をしている。


「戦争を嫌う人間を増やすことでしか維持できない」


 剣しか知らない兵士は、また剣を取る。


 だが。


 橋を作った兵士。


 畑を耕した兵士。


 患者を救った兵士は。


 少しだけ、“壊す側”へ戻りにくくなる。


 それこそが、成尾の作ろうとしている戦後秩序だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ