明かされる真実と、友との再会
第9話
土方が去ったあと、庭に戻った静寂は、どこか違っていた。
言葉にできぬ重さが、空気の中にゆっくりと沈んでいく。
その余韻を、総司は黙って受け止めていた。
クロを抱く腕に、いつの間にか力がこもっていた。
何かを失わぬようにとするかのように。
クロは、ただ静かに喉を鳴らし、何も問わず、何も語らず、ただそこにいてくれる。
その存在が、どれほど総司の心を支えているか。
それはもう、言葉では言い表せないほどだった。
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夜が深まるにつれ、病の熱は総司の体を蝕んでいった。
浅い息、焼けるような熱、途切れる意識。
けれどその傍には、常にクロがいた。
ひんやりとした毛並みが額に触れ、静かな呼吸が耳元で重なる。
それだけで、総司の荒れた心が、少しずつ鎮まっていった。
そしてある瞬間――
クロの瞳が、闇の中で淡く光った。
その深い黒の奥から、記憶の泉があふれ出すように、鮮やかな映像が流れ込んでくる。
それは、彼だった。
剣を交え、笑い合い、背中を預けて共に戦った、あの友。
総司が、誰よりも信じ、誰よりも失いたくなかった人。
彼は、あの戦で、自らの命を懸けて総司を守った。
> 「総司、お前だけは生きてくれ。
お前だけは、幸せになれ……
俺は……俺はお前のそばにいる。
ずっと、そばにいるから……」
――それは、最期に交わした約束だった。
その願いが、時を越え、命を越え、クロという姿をまとってここに戻ってきたのだ。
喪われたはずの魂が、ただそばにいるためだけに、この世界に留まり、寄り添っていた。
クロの瞳の奥に宿る、優しさと慈しみ。
それはまぎれもなく、あの友が持っていたものだった。
土方が感じ取った「面影」は、幻ではなかったのだ。
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「……お前だったのか。
……ずっと、そばにいてくれたんだな……」
総司の声は、震えていた。
目から溢れ出す涙は止まらず、頬を伝い、静かに布を濡らす。
だがその涙は、悲しみだけのものではなかった。
孤独の果てに差し込んだ、温かな光に包まれたような――
安堵と、感謝と、そして再会の涙だった。
クロは、ゆっくりと顔を寄せ、総司の頬をひとなめした。
その舌の温もりは、あの日、友が手で涙を拭ってくれた記憶と、どこか重なっていた。
「……俺は……幸せだったよ」
かすれた声で、総司はつぶやいた。
誰に言うでもなく、ただ、自分の魂に刻むように。
「お前は……俺の誇りだ。
ずっと、そうだったんだ……」
その言葉に、クロの瞳がふっと細められた。
まるで「わかってる」とでも言うように、そっと瞼を閉じ、再び寄り添う。
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夜の帳が、やわらかに世界を包み込む。
外から聴こえる風の音が、すべてを静かに洗い流していくようだった。
総司の呼吸は、次第に穏やかになっていく。
苦しみが、痛みが、まるで薄紙のように剥がれていく。
その心は、少しずつ昇っていくように軽くなっていった。
クロがいてくれた。
それだけで、もう何も恐れることはなかった。
いま、総司の魂はやさしく、静かに――
やがて来るその時へと、向かっていた。
まるで、
ようやく“帰る場所”へと辿りついた者のように。