②化け狸はピンチ
化け狸がピンチのようです!!!
俺は着替えが済むとそのままキッチンスペースに向かい冷蔵庫を開けながら夕貴に声をかける。
「朝飯適当でいいか?」
卵があるから目玉焼きでも作るかとか考えるが夕貴からの返事がない。
「昨日あんなに飲んだからなー、食欲ないなら後で冷蔵庫のもん適当に食ってて良いけど」
俺も正直二日酔い気味で食欲はあまりない。夕貴もそうなのだろうかと振り返りながら尋ねるとあまりの顔色の悪さに驚いた。
「おい!大丈夫か!?二日酔いか?ああー、取り敢えず水!」
体調でも悪いのかと俺は動転してしまう。二日酔いに効く薬なんて持ってないし、そもそも二日酔いの体調不良かもわからないし、どうしたら良いのか思考を巡らせると夕貴は力なく呟いた。
「体調は悪くないから、大丈夫だ」
「でも、顔色が、、」
「本当に大丈夫だ、、だけど大丈夫じゃないー」
夕貴は訳の分からない事を言って頭を抱える。
「どうしたんだ一体」
「今日の授業出ないと、俺、単位がやばいんだった」
「は?」
てっきり体調が悪いのかと思えば学校の単位がやばいとか。心配して損した。
「何だそんな事か」
「そんな事!?俺の将来に関わる事をそんな事だと!?」
「体調不良だって連絡したら良いだけだろ。昭和の時代じゃあるまいし、単位が欲しけりゃ這ってでも来いなんて言われないんだから」
「本当に体調不良ならな!」
絶望に似た表情は本当にそれじゃ済まされないと語っている。
「いや、嘘ではないだろ。元気は元気なんだろうけど、見た目が変わるなんて普通の体調じゃないんだから。異形の末裔って申告はしてるんだろ?」
「してるよ!してるけど!その授業の先生も異形の末裔だから俺らに変に同情しないんだわ。貧血で動けなくなる吸血種とかは体調不良を認めるけど、変化は認めないって言われてるんだよー」
「別に馬鹿正直に言わなくたって熱が出たとかにしたら良いじゃん」
「嘘とかつけないんだよー!先生サトリの末裔だからー!新月の今日は絶対騙せないんだよー」
夕貴は涙目で頭を振り乱すように取り乱している。連動して大きく揺れる所もある事を自覚して欲しい。せっかく落ち着いた俺自身も穏やかではいられなくなってしまう。
「落ち着けって!そうだ!人を驚かしてはいけない掟に反するって説明したらどうだ?」
「滅多に見ないけど、異形の姿で歩いてる奴が居ない訳じゃないじゃん?むしろ見れたらラッキーとか思うやつもいたりするじゃん?子供のケモ耳とか親が晒して可愛いってたまにバズったりもするじゃん?だから俺の姿が人を驚かすに該当しないって既に論破されてんだよー」
詰んでいる。でも些か強引な言い分にも聞こえる。
「でも見せたいか見せたくないかってそこの気持ちが大事だろ。それを汲んでくれないその先生ちょっと酷くないか?」
人として生きる事を選択して、今じゃ本当に人と変わらない彼らだ。純人間種の俺達も彼らを受け入れ理解する社会になって久しい。人として生きてきたのに、種族の特徴を晒す事に抵抗がない奴ばかりじゃないはずだ。俺はそう思うから夕貴の先生の言い分に腹が立った。
「晴翔ー!お前は昔から優しい奴だよなー。大好きだぞー!でも、仕方ないんだよ」
「仕方なくなんかないだろ!」
「ありがとう。でも、元の姿に戻る方法がない訳じゃないからさ。俺がそれをするのが苦手なだけで」
「戻れるの!?」
「ま、一応?それ知ってるからあの先生ってば俺には厳しいんだよー!」
腹を立てた俺が馬鹿みたいだ。戻れる方法があるならさっさと戻ればいい。
「何だよー、そのスンって顔はー!今まで親身になってくれてたくせにー!」
「自分じゃどうにも出来ないって思ったからな!戻れるんならさっさと戻って学校行きやがれ」
「薄情者ー!」
俺は構うのをやめて再び冷蔵庫に向かった。俺に相手されなくなった夕貴は悪態を吐くと立ち上がって廊下に向かう。
「こっち来んじゃねーぞ」
そう言って風呂場の方に行ってしまった。
夕貴の姿が見えなくなってから目玉焼きを二つ作り既にトーストも焼き上がっている。なのに一向に戻ってくる気配がなかった。顔を洗ってるにしては時間がかかりすぎだし、シャワーを浴びてるんなら水の音がするはずだがそれもない。いったい何をしているのか。
「おーい!飯、出来てんだけど?」
「…」
返事がない。俺は、もう構わずに朝食を済ませてしまおうかとも思ったがその時嫌な予感が頭をよぎる。そう言えばさっきすれ違い様に見えた顔は少し赤かった。やはり二日酔いで気分が悪く動けなくなってるのかもしれない。種族特有の症状が変化以外に無いとも言ってないし、何か苦しい思いをしてるんじゃ無いか。元に戻る方法ってのが苦痛を伴うのかもしれない。俺は何も知らないのに突き放してしまったと今更罪悪感と嫌な予感に支配され風呂場の方に急いだ。
風呂はユニットバスだからトイレも風呂も纏まってる。俺は来るなとも言われたから声を掛けるのが躊躇われた。気配だけでも分かることはあるかもしれないとドアに耳を当ててみた。
「ふっ、、は、は、、うぅー」
何かを堪えるような息遣いが聞こえた。それは苦しそうで俺は思わずドアを開けて中に駆け込んだ。
「おい!大丈夫、、か」
俺は目の前の光景に言葉を失った。
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次回は【理学療法士の卵の勉強熱心①】です!お楽しみ下さい♪