②淫魔の末裔男子は吸われたい
ヒーロー視点の出会いの物語、よろしくお願いします!
今日は新月、俺たちのような異形の末裔にとっちゃ厄介な日だ。中には満月が厄介だという種族もいるが、そんな日は血が騒ぎ種族特有の性ってのが抑えられなくなる。人間社会に溶け込んで久しく徐々に血も薄まりそんな事で生活がままならない奴は少ない。だが先祖帰りと言うのか、稀にその性に悩まされる者もいる。
俺もその一人なのだがまあそんなに困ったことにはならない。ただ、クラスメイトの吸血鬼の末裔は大変そうだった。放課後、自宅に向けて歩いてるとそいつは道端にしゃがみ込んで動けなくなっていた。
「大丈夫か?」
声を掛けて振り向くのはクラスメイトの木崎凛だ。その顔は青白く今にも気を失いそうだった。体を支えてやろうかと近づくと唇の端から覗く犬歯に目を見張る。
「お前、、」
凛はバッと駆け出そうとするがそう出来る程の体力はなくよろめき倒れかける。俺は咄嗟に肩に手を回して支えるが、力なく振り払おうともがく。
「ったく、暴れんな!安心しろ、俺もそうだから!」
「え?」
俺の言葉にそいつは抵抗を辞めて見返してきた。
「今夜は新月だからな。自分じゃどうしようもない症状ってのが出てんだろ?俺も分かるから隠さなくて大丈夫だ」
「あんたも吸血鬼?」
「いや、淫魔」
そう言うと再び暴れて離れようとする。まあ、同じ異業種の末裔って言っても淫魔ってんじゃこうなるわな。
「落ち着けって!」
「離して!」
その時振り回される手が俺の頬に爪を掠めて傷をつけた。
「っ、!痛って」
「ごめ、、、」
咄嗟に謝ろうとして言葉に詰まる。視線が俺の頬に注がれて凛は喉を鳴らした。
「血が欲しいのか?」
見れば分かる状態なのに凛は必死に首を振る。人の世界で人として生きてんだ、種族の性など晒したくないのはよく分かる。
「ダチに吸血鬼の末裔がいるから知ってるんだけどさ、対策しておかないとこういう日はお前達って極度の貧血になるんだろ?でも少しでも血が飲めりゃ回復するって」
そもそも人の生き血を吸って生きながらえる種族だったんだ。貧血と言うより血を求める本能が理性を蝕んでくるんだろう。
「そう、だけど、、」
「俺ので良ければ分けてやるよ」
「でも、誰か来たら、、」
理性で拒否しようとしてるが視線は傷口から離せないでいる。
「人に見られなきゃ良いんだな?」
俺は返事も聞かずに肩に腕を回して抱えるように目の前の家のドアを開けて入り込んだ。
「ちょ、どちら様ですか!?鍵、何で」
丁度玄関の近くに居たのか住人と思われる女性が突然侵入してきた俺たちに驚愕している。確証は無かったが既に俺の性も解放され始めてたようだ。
「こんにちはー。ちょっとこの玄関先お借りしたくて、良いですよね?代わりにお姉さんには夢の中で素敵なひと時を差し上げますから」
少し目に力を入れて見つめれば女性は俺から目が離せなくなる。顔がほのかに上気して目は虚に変わると壁に寄りかかりズルズルと崩れるように座り込んでしまった。
「ちょっと、何したの!?」
「淫魔だから女の家なら新月は入り込めるんだよ。んで、良い夢見せてやれるの」
魅力を感じる相手であれば異性である必要はないのだが。
「良い夢?」
「そう、良い夢。お前も見てみる?」
凛はブンブンと首を振る。
「不法侵入なんて犯罪じゃない。しかも女性を眠らせるなんて、乱暴も出来るって事でしょ!?最低な能力」
「夢見せるしか出来ねーもん。法に触れる事でもしたらその途端に体は燃え尽きるらしいから盗みも乱暴も出来ねえんだよ俺たち。それに成人するまで息子は役立たずって制約付きだからな、何も有り難くない能力なんよ。お前らもあんだろ?そう言う制約」
俺たちが人の世界に溶け込むようになった時代、それぞれの種族長がその血に制約をかけた。人に危害を加えたり、種族特有の能力で人の世界の秩序を乱さないために。俺ら淫魔の場合は『不法侵入以外の犯罪行為に自身の能力を使う事を禁じる』『人に良い夢を見せる使命は継続する事』『成人するまでは生殖能力を封じる』『生気は承諾なく吸いとってはいけない』の四つ。二番目の遂行のため、家宅への侵入能力は残されたそうだ。
「私達は成人するまでは頸からの吸血の禁止。…治癒能力が完全じゃないから。あと、承諾のない吸血の禁止と、対象以外の人に吸血を見られてはいけない事」
凛は俺の頬に目を向けないようにしているからか少しまともに話ができた。それでも血の匂いが届いているはずで自分の体を抱き込むようにして堪えてる。
「じゃあ、この状況なら問題ないよな。俺もお前を襲ったり出来ねーし安心したろ?」
「でも、頼って良いような関係じゃないし、、」
「それこそ関係ねえじゃん。困った時はお互い様って言うし」
俺は首を傾けるようにして顔を覗き込む。凛は傷口が見たくないのか目を逸せるが、血への誘惑もあってチラリと視線が動く。目線が合った一瞬を俺は見逃さない。
「どこを咬んでもいいぞ?俺はお前の力になりたい」
「あ、でも、、」
視線が俺に囚われる。俺の声が脳に響いて気分が良くなっているのがその表情からよく分かった。
「じゃあ、こうしよう?吸血が終わったら、交代」
「交代?」
「そう。俺も新月は女に夢を見せて生気を吸わないとちょっと苦しいんだ。でもこうして不法侵入ってのはやっぱり気が引ける。だからさ俺の夢、お前が見てくれたら助かるんだけど」
「夢、って、、」
「大丈夫、怖い夢じゃないから。な?凛が俺の血を吸った時は俺もお前の生気を同じだけ吸う。悪くない約束だろ?」
再び喉を鳴らすと微かに凛は頷いた。約束を取り付けニヤリと口角が上がるのを堪えるのに少し苦労したが、きっと今の凛はそんな細かい表情の変化には気づけていないだろう。
「じゃあ早速、どこがいい?腕とか、、!?」
俺は吸いやすい所が分からないから取り敢えず腕でも出そうかと袖を捲り掛けると、凛は突然首に腕を回して顔を近づけてくるから驚いた。俺の頬に口付けたかと思うと、すぐに舌が這わされる。
「!?!?!?」
軽く催眠を効かせて煽ったのは俺だがほっぺにチュウとかされるとは思ってなくて戸惑ってしまう。そんな俺に構う事なく時に強く吸い上げ、足りないのか鋭さを増した牙で優しく傷を増やすと滴りを舐め上げられる。耳に位置が近いから舐め啜る音の響きが大きく、堪らなかった。
しばらくその状態が続いたが徐々に勢いが収まって行くと「ちゅ」っとリップ音と共に唇が離れる。それと同時にここに駆け込んだ時よりも上がった体温も俺から離れていくから少し名残り惜しい。俺を見上げる凛の顔色は良く、照れる様に前髪をいじっていた。
「もう良いのか?」
「うん、、」
「すげー。傷が無くなってる」
俺は今まで咬みつかれていた頬を撫でて感動した。あんなに牙で引っ掻かれ血が流れる感覚も凄かったのに、今はその痕跡の一つも残っていない。
「傷を残しちゃいけないって決まりもあるから。あ、ありがと、ございました!じゃあね!」
「おいおい、約束を忘れてるんじゃないか?」
凛はくるりと踵を返して外に出ようとするが、俺は彼女の肩を掴んでそれを許さなかった。観念するよう肩を落とすのが伝わった。
「夢、だっけ?」
「そう、俺の見せる良い夢」
「変な夢じゃないでしょうね」
「さあ?まあ、淫魔の見せる夢だからな。そういう感じなんじゃん?でもまあ安心しろって、どんな夢見てるのか俺には分からないから」
とても嫌そうな顔をしてる。別にいつも見る夢がちょっとピンクな感じになるだけだし良いじゃないかと思うんだけど。
「俺らにとって約束の反故は、、」
「分かってる!もう、仕方ないわね!ほら、早く済ませちゃって」
「人様の家で寝こけるわけにもいかないだろ。お前ん家行こうぜ」
更に嫌そうな顔をする。
「嫌なら俺の部屋、、」
「分かったわよ!」
凛は怒鳴るように言ってドアを開けるとさっさと歩き出す。俺も置いて行かれないようにその後を追うが、ドアが閉まる瞬間に指を鳴らして家主を目覚めさせ施錠するのも忘れない。
お読み頂きありがとうございました!
次回は【腕の中で、良い夢を】です!お楽しみ下さい♪