番外編5 台所の攻防
「おや、この青や赤のペラペラしたものは何だ?」
台所で夕食の手伝いをしていたヌルミが、食品棚を開けて声を上げた。何のことかと首を曲げてみれば、厚紙くらいの薄さのものをクルクルと細く巻いて差してある樽を両手に掲げて目を輝かせている。
「この甘酸っぱい匂い。もしや、これは巨大化したベリーではないか!?」
ネイリッカが答える前に鼻をくんくんさせて正解をはじき出したヌルミの声が弾んでいる。
「そうなのです。ベリーを丸のまま日に干して水分が抜けたところでこう、薄く伸ばして巻いておくと保存場所が節約できるんです」
「なるほど、これは私がここへ来た時に収穫していたものか?」
「いえ、これは去年のです」
「そんなに保つのか!? それはすごい。保存食として売らないのか?」
「ええと、その、必ず巨大化させられるわけではないので、基本的には村の人たちで分けて、余った分をメッツァの市場に出しています」
「そういや、そうか」
ヌルミはどこか残念そうにその筒状になったベリーを見つめている。
……ヌルミ姉様、そんなに気に入ったのかな?
「あらまあ、ヌルミ様。それがお気に召したのならいくつか差し上げますから、先にコショウをとってください」
後ろで鍋をかき混ぜていたユッタが、興味が向いたら直ぐに熱中してしまい、頼んだことを忘れてしまうヌルミへ呆れた声を上げた。
「お、すまない。うっかり忘れていた……これかな?」
無表情のまま慌てたヌルミは、背伸びをして棚の一番上から缶を取り出すとユッタの元へ持っていった。
「あ、そのままひとつまみここに入れてください」
「これくらいか?」
「まあ! それは多いですっ、それじゃあ、ひとつまみじゃなくて、ひとつかみですよ!」
「ええっ!?」
ユッタの叫びと共に動揺したヌルミの手からコショウの粉が辺りに飛び散り、台所中に広がった。
ふっくしょーい へっしょしょんっ へっくしょーーん
突然始まったくしゃみの大合唱に、二階から駆け降りてくる足音がして扉がバタンと開いた。
「何があったの!? ……うわっ! ふぃっくしょーーんっ へくしょっ」
走り込んできたアルヴィも加わり、その後、倉庫から戻ってきたカイまでくしゃみを奏でる羽目になった。
「……誠に申し訳なかった。普段、料理などしないものだから、ひとつまみが全く分からなかったのが敗因か」
台所の換気をした後、冷静に分析しながらスープの味見をしたヌルミが口元を歪める。
「ちょうどいい量ということがどれだけ大切なことか、分かった気がする」
空気中に舞い散ったコショウは鍋にもっとも多く降り注いでしまったらしい。
「たまにはこれくらい刺激的な味も美味しいんじゃないかしら」
ユッタが鍋に牛乳を足しつつヌルミを慰めている。その横でカイも黙って頷きつつジャガイモの皮をむいている。ゆでてスープに加えるつもりらしい。
「ヌルミ姉様、大丈夫ですよ。お母さんたちが美味しくしてくれますから」
しょげているヌルミの背を、昔、自分がやってもらったようにポンポンと叩いて大人になったような気分を味わっていたら、さっき外へ追加のハーブを取りに出ていったアルヴィが戻ってきた。
「おかえりなさい、ヴィー……それは何のハーブですか?」
アルヴィの肩には、木のような大きさの緑色の何かが担がれていて、開いた扉を通すのに苦労している。その植物は葉がかなり大きいが、よく傘にして遊んでいる里芋の葉とは違っていた。辺りに漂うこの香りから推測するに、これは。
「それは、まさか、バジルか!?」
急に勢いづいたヌルミがアルヴィの元へ飛んでいって一緒に引っ張って台所へ引きずり込み、仔細に観察し始めた。
「私はまた巨大化させてしまったのですか!?」
「そのようだな。一体いつ、巨大化させたんだ? くしゃみか?」
バジルをひと通り観察し終えたのか、次はネイリッカとばかりにやってきたヌルミから身体のあちこちを触られくすぐったさで笑いが止まらなくなる。
「あははははっ、ヌルミ姉様、ふふふ、やめてください、ひゃっ、私の身体を見てもわかりませんから!」
自分の身体に異変があったらさすがに気づく。
身を捩って逃げ出そうとしたところで、ふわっと身体が浮いた。
「ヌルミ様、リッカが嫌がっているではありませんか」
軽々とネイリッカを抱き上げて、ヌルミから引き離したアルヴィが眉を吊り上げて威嚇している。
「だからといって、探求をやめてしまっては真実を解き明かせないんだぞ。ネイリッカを返したまえ」
ヌルミは威嚇に全く動じず、アルヴィに抱えられているネイリッカへ手を伸ばす。それを避けてネイリッカを抱いたままでアルヴィがひょいひょいと移動する。
狭い台所で二人の静かな攻防が繰り広げられた。
……ヌルミ姉様の実験台になるのは嫌だけど、アルヴィに抱えられっぱなしも恥ずかしい。ここは私がひとりで逃げられるようにならないと!
「ふ、二人とも、私を離してくださーい!」
ネイリッカは、アルヴィの腕からポンと下りて、ヌルミの手の届かない場所へと走りだした。
台所から玄関ホールへ通じる扉を開けて飛びだした途端、ドシン、とないはずの壁にぶつかった。
「痛たた……あっ、お父さん」
思いっきりぶつけた鼻を押さえながら見上げた先には、オリヴェルが目を丸くして立っていた。
「ごめんね、ネイリッカちゃん。鼻は大丈夫かい? 両手がふさがっていて助けられなかったんだ」
すまなさそうに眉を下げるオリヴェルは、両脇に大きく硬そうな葉っぱやこれまたいい匂いのする巨大な草を抱えていた。
……ローレルにタイム、でしょうか。どちらもスープに使うハーブです。そして、全て巨大化していますね。
「これはまた、ネイリッカは必要なものだけ巨大化したのか?」
追いついてきたヌルミが興味深そうに眺めている。
「農具を片付けて館に帰ろうとしたら、途中に生えているハーブがところどころ巨大化していてね。これはユッタが必要としているのかなあと思ったんで持ってきたんだよ」
「何故、ネイリッカ、ではなく、ユッタ殿が必要としていると?」
「そりゃあ、食事の采配を振るっているのはユッタだし、ネイリッカちゃんはユッタのことが好きだから料理用のハーブが巨大化してたら、ユッタが使うからネイリッカちゃんの加護が発動したって思うだろ?」
「なるほど、実に興味深い思考だ。オリヴェル殿、今夜空いているだろうか? ぜひ貴方と語り合いたいのだが」
「今夜!? 語り合うっ!?」
持っていたハーブを落としたオリヴェルが自分の身体を抱きしめるようにして震え出した。
なんなら話しやすいよう、お酒でも、と続けるヌルミへ真っ青な顔になったオリヴェルが両手を振って断っている。
「いやいやいや、僕はユッタ一筋なので! そういうことは……」
「もちろん、ユッタ殿も一緒に」
ついでにネイリッカもきたまえ、と笑顔で誘われて、今度はネイリッカが必死にブンブンと首を横に振る。
……絶対、実験台にされる!
父娘は手を取り合って恐怖を分かち合った。
……ネイリッカちゃん、僕はどうしたらいいのかな?
……お父さん、ヌルミ姉様は興味を持ったら調べつくすまで止まらないのです。
「そんなびくびくしなくても、私は何もしないぞ? 色々聞かせてもらって、ちょっとだけ身体を見せてもらえたらそれで満足するから……」
それが怖いんだって!!
手を蠢かせながら近寄ってくるヌルミに父娘が戦慄したところで、ドンと音がした。
「はーい、ごはんですよー」
鍋をそのままテーブルのど真ん中に置いたユッタが朗らかに声を掛ける。
「ヌルミ様、夫とネイリッカちゃんの身体は見せられませんが、後でお酒と美味しいおつまみを用意しますから、一緒に飲みましょう。ネイリッカちゃんにはベリーのジュースを出しましょうね」
「おや、今夜は皆で飲み会ですか? いいですね」
ユッタの横に運んできた皿を置いたカイがのんびりと賛成し、ヌルミが小さく両手を上げた。
「了解した。二人の身体は調べない。その代わり、今夜はたっぷり巨大化の話を聞かせてもらいたい」
「ほとんど僕ののろけになると思いますけど?」
「望むところだ!」
張り切るヌルミへ、アルヴィは何を話すつもりなのか、と今度はネイリッカ一人が震えあがった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ある意味、ネイリッカの過去の暴露大会的な……?
黒歴史じゃないからいいじゃないか、と思ったり。
宣伝になりますが、ただいまこちらと同じ世界で、別の領地の空読み姫のお話である
『その結婚、続けますか? ~空読み姫の結婚 ラヴェンテリ編~ 』を連載中です。
ネイリッカがヤルヴィに帰ってきて1年すぎたくらいのお話です。主要キャラとして出てくる人もいますが、ネイリッカは名前しか出てきません。
明るく元気なハッピーエンドを目指しました。よかったら読んでやってください。題名の上の青字のシリーズ名から飛べます。よろしくお願いいたします。




