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空読み姫の結婚【書籍発売中!】  作者: 橘ハルシ


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余話 ヤルヴィ館の動物たち

ネイリッカがヤルヴィに来て、まだひと月経たない頃のお話です。

 それは、ちょっと固めの白い毛に覆われていて、大きく横に伸びた耳があり、角までついていた。口いっぱいに入れた草を咀嚼する度に揺れ動く顎髭は可愛らしいが、こちらを見つめている目は瞳孔が横長で、何を考えているのかさっぱりわからない。


(本物のヤギさんは絵本より……ちょっぴり怖いです)


 ネイリッカはユッタの背中から恐る恐る顔を覗かせて、畑の隅っこに繋がれて草を食む生き物の様子を窺った。


 水晶玉のような目と目を合わせようとしても、どこを見ているのかわからず、視線が合うような合わないような……。


「あっはっは。ネイリッカちゃん、そんなへっぴり腰じゃ、仲良くなれないよ。ほら、せっかく持ってきたのだから草をあげてごらん」


 戸惑うネイリッカの頭の上からからりとした笑い声が響き、同時に隠れていた身体がグイと押し出される。

 

(わ、わわわ! 手が、届きそうです)


 何事? とこちらを見てきたヤギの威圧感に思わず足が一歩下がる。


 にゃあん


 その時、ティクルの大きな鳴き声とともに足首にフカッとした感触がして足が止まった。


「ティクルさん!?」


 驚いて下を見ると、ティクルの透き通った新芽色の目が真っ直ぐにネイリッカを見ていた。彼はもう一度小さく鳴くと、尻尾をぴんと立てたままヤギに近づき、鼻同士を合わせてからネイリッカを振り返った。


(あ、ヤギさんはティクルさんのお友達なんですね)


 そう理解すると、怖さが消えた。ネイリッカは思い切ってもう一歩ヤギに近づくと、めいっぱいに腕を伸ばして、ずっと握りしめてしなしなになりつつあった草を突き出した。


「ヤギさん、この草を、どうぞ!」


 差し出した草は、直ぐにグイっと引っ張られる感触がして手の中から消えた。


「ティクルさん、お母さん! ヤギさんが私の手からご飯を食べてくれました! ヤギさん、お母さんのおすすめの草ですから美味しいですよ!」


 初めてのえさやりについ興奮して、ネイリッカはティクルを抱き上げユッタを振り返り、またヤギへ語り掛けと、忙しく頭を動かした。


「どうしたの? あ、リッカ、ヤギにえさやり出来たんだ。おめでとう!」


 通りがかったアルヴィがパッと笑顔になった。ずっと畑の端から眺めるだけで、近づかなかったのにすごいね、と続けられて、ネイリッカの顔が赤くなる。


(ヤルヴィに来てひと月、絵じゃなくて動いているヤギさんや牛さんが怖くて近寄らないようにしていたことが、ヴィーにばれていました!)


 恥ずかしくてアルヴィのほうを見ることができず、ネイリッカは腕の中のティクルの背へ顔を埋めた。


(ふっかふかでお日さまの匂いがして安心します)


 大きく息を吸えば、ふるふるっと薄茶の毛が波打ち、ニャーッと鳴いたティクルが腕の中から地面へポンと飛び降りた。そのままトコトコと館と家畜小屋の間を抜けて裏の草っぱらへ歩いていく。


「あれ? もしかしてティクルは、ネイリッカを牛のところへ案内する気かな?」


 アルヴィの言葉を肯定するように、ティクルは裏の一角に張り巡らされた柵の中で、のんびりと草を食んでいる白と黒のまだら模様の牛へ近づいていく。


(う、牛さんですか!? ヤギさんよりうんと大きくて……。だけど、私はヤルヴィで暮らすのですから、牛さんのお世話もできるようにならないといけませんよね!)


 ふんっ、と気合いを入れたネイリッカは、畑仕事へ行くユッタへ手を振ると、ヤギにあげた草と同じものを引っこ抜いて一歩一歩力強く大地を踏みしめて牛へ近づいた。ギリギリ腕を伸ばして届く位置まできてピタリと止まると、手に持った草を牛の口元へ突き出した。


「牛さん、こちらをどうぞ!」


 もっしゃもっしゃと草を食む牛はネイリッカのほうを見もしない。


(……ええと、この草はお気に召さなかったのでしょうか)


 牛は怖いけれど、食べてもらえないのも悲しい。ネイリッカは牛が食べてくれそうな草を探そうと横を向いて顔を地面に近づけた。


(あ、この草はどうでしょうか?)


 牛が今食べているものと似たような葉を見つけ、今度こそとしゃがみこんで摘んでいく。


「にゃっ!」

「あ。リッカ!」


 ティクルとアルヴィの小さな叫びにそちらへ顔を向けると、後ろ髪がピンと引っ張られた。柵にでも引っかかったのかとソロッと振り返る。

 ドンと目の前にあったのは、柵ではなかった。長いまつ毛に彩られた大きくて丸いつやつやの黒い瞳。生温かい空気を吐き出しているしっとりと濡れたピンクの鼻、その下にある大きな口から伸びている茶色い毛……。


(なんだか、私の髪の毛に似ていませんか?)


 恐る恐るその毛の出所を視線だけでたどって、ネイリッカの思考は停止した。


(牛さんは、私を食べていますね!?)


 もごもごと動く口に自分の髪の毛が繋がっている。これは、引っ張って取り返していいのか、それとも、少しでも栄養となるのなら切ってあげたほうがいいのか。


 動けなくなっているネイリッカを見て、慌てたアルヴィが飛んできて牛の口から髪を引きはがしてくれた。が、毛先がよだれでベタベタになってしまった。


「ネイリッカ、頭を引っ張られたよね? 痛いところはない?」


 どこも痛くありません、と返したものの、予想外の出来事に打ちのめされて気持ちがしょげてしまった。


(牛さんともお友達になりたかったのですが、私はご飯なのでしょうか……)


このすっかり落ち込んだ気分を元に戻すのは時間がかかりそうだ。悲しくなっていたら、手がふわっと温かいものに包まれた。


「リッカ、小さい川に髪を洗いに行こう。牛には後で一緒に別の草をあげてみようね」


 優しい手の温もりと穏やかな慰めの言葉に、ネイリッカの心はポポッと温かくなった。


「にゃーん、にゃー」


 続けて足に頭を擦り付けてきたティクルからも、元気を出してという励ましが伝わってきて、気持ちが上向いてきた。


(そうです、髪は洗えばいいし、牛さんとはお友達になれるまで何度でも草をあげればいいんですよね。だって、私はこれからずっとヤルヴィで暮らすのですから!)


「はいっ! 牛さん、私は髪を綺麗にしてきますね。また後ほど、今度は気に入っていただけるような草を持ってきます!」



 嬉しくなったネイリッカは、アルヴィに手を引かれるまま、ふわふわとした足取りで丘を下りて川へ行く。


「リッカ、うちの牛がごめんね。きっとリッカのことが気になっただけで、嫌いだからじゃないから」

「嫌われてないなら嬉しいです。私、牛さんとも仲良くなれるよう頑張ります!」


 たっぷりの水を湛えて静かに流れる川面へ、髪をつけようと覗き込んだネイリッカは、そこに映っている自分の姿を見つけて目を瞬いた。


(私とヴィーの手が繋がって、ますね?)


 水面から視線を戻して、自分とアルヴィの間を実際に確認してみる。やはり、自分たちはしっかりと手を繋いでいた。


(私は、ここまでずっと、ヴィーと手を繋いでいたのですかっ!?)


 そう認識した途端、カーッと顔が熱くなる。


「あ、あのっ、て、そう、手を離さないと髪を洗えないのでっ」

「ああ、繋いだままだったね」

 

 サラリと手を離されてニコニコと見守られながら髪を洗い、アルヴィが差し出してくれたタオルでしっかりと拭く。これでよし、と牛のところへ戻ろうと顔を上げたネイリッカの前に、再び手が差し出された。


「……?」

「この土手は草で滑るんだ。危ないから手を繋ごう?」


 全く照れも邪気もないその笑顔に思わず手を重ね、大人しくついて行きながらネイリッカは一人、頷いていた。


(これは、妻だからというより、小さい子、妹扱いですね。確かに初めて会った時にそう言ってましたね。ということは、私もヴィーを兄と思うべきなのでは?)


 兄妹といえば、サッラたちしか知らないのだけど、あのようなざっくばらんであけすけな関係にヴィーとなれるのだろうか? と考えて首を振る。


(ヴィーはリュリュやエンシオさんとは違います。……私の中では、夫、ですから)


「リッカ? どうしたの?」


 後ろで挙動不審な動きをしていたことに気づかれたようで、アルヴィが立ち止まって様子を窺ってきた。


「ええと、その、牛さんは何の草が好きかなと考えておりまして」


 とっさに空いているほうの手を顔の前で振って誤魔化す。アルヴィは疑うことなく足元の小さな丸い葉が三枚付いた草を抜いて差し出した。


「このクローバーなんか結構好きだから、持っていってみようか」


 ネイリッカは、誤魔化せたという安心感と、牛の好物を教えてもらった嬉しさで元気よく頷き返した。そのまま、二人でその場にしゃがみ込んでクローバーを摘んでいく。


「あっ、いいもの見つけた」


 急に声を上げたアルヴィが、ネイリッカの目の前に突き出したクローバーは、葉が四枚付いていた。


「これは四つ葉のクローバーで、珍しいから幸運を連れてくるって言われてるんだ。リッカにあげるよ」

「そんな貴重なものを私が頂くわけには」

「だからこそ、リッカにあげたいんだ。持ってるときっといいことがあるよ」

「ありがとうございます」


 心の底からの言葉に、断り切れずに受け取った四つ葉のクローバーを陽の光に翳してみる。なんだかどんな宝石よりも光り輝いて見えた。



「……あっ、牛の側のクローバーだけが巨大化してる」

「また巨大化させてしまって申し訳ありません!」

「巨大化するのは全く問題ないのだけど、牛のお腹がいっぱいになりそうだね」


 両手にいっぱい摘んで戻った二人の目の前で、牛が巨大化したクローバーを嬉しそうに食べていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

読んでくださった皆様のおかげで、書籍が無事発売されました。

書籍用に文字増量後、そういえば家畜を飼ってるはずなのに出てこないな、と気がつきまして。

せっかくなのでこちらで書いてみました。

ニワトリもいずれは出したい……。


そして、めでたく発売された記念に、書籍の最後についている後日談の

ネイリッカ視点の小さな小さなお話を活動報告に置かせていただきますので、

よろしかったらご覧ください。


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― 新着の感想 ―
空読み姫は私の中では『大人の絵本』のようなイメージです⭐︎ リッカに計算やイジワルなところがなく、心が透明になる感じ☺️ ストレスフリーで楽しめるので嬉しいです♪
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