余話 初めてのヤルヴィの冬~焼きたておやつ編~
「カイ、こんな感じでいい?」
「はい。真ん中にこのベリーのジャムを乗せたらこうやって星の形になるように折ります」
天板にずらりと並んだ手のひら大の正方形の生地の中心に、教わった通りスプーンでキラキラ光る真っ赤なジャムを置き、対角線に入れた切り目の端を一つずつ折ってジャムの上でとめていく。
(リッカだったら『おいしくなーれ』と言いながらやりそうだな)
想像したアルヴィの口からふっと笑いがこぼれる。目を細めたカイが、できた分からオーブンに入れ、パタンと重たい金属製の扉を閉じた。
「さて、焼ける間に飲み物を作りましょうか」
頷いたアルヴィが慣れた手つきで小鍋にスパイスと水を入れて沸騰させ、火から下ろす。それから、少し冷まして濾してリンゴとぶどうのジュースを合わせたものに入れ再び火に掛けた。
(いい匂い。いつもならリッカが飛んでくるのだけど……いや、その前に一緒に作ってるか)
ネイリッカはヤルヴィにやって来てから全てのことに興味津々で、初めて迎える冬も雪遊びだけでなく雪かきなどの重労働にも張り切って挑戦していた。
(昨日のこの時間は、雪の森へ探検に行って帰ったところで一緒に温かいココアを飲んだっけ)
しかし、今日のネイリッカは昼食を食べた後から一人で部屋に籠っていて、全く姿を見せない。父と母は居間の暖炉の前で書類仕事や編み物をしている。
(こんなに静かなのは久しぶりだけど、少し寂しいな。あれ? でもネイリッカが来る前はこれが普通で、何も思わなかったのに)
そう思うと何故か眉間にしわが寄った。
「飲み物は出来ましたか? こちらはパイに粉砂糖をかけたら完成です」
鍋の中身がぐらぐらしてきて、カイがこんがりと焼けたパイをオーブンから取り出した。
とりあえず、こんがらがりそうな思考は頭の片隅に押し込んで、粉雪をまぶしたようなパイが乗
ったお皿をカイから受け取る。
「さすがカイ、美味しそうだね」
「ネイリッカさんとアルヴィの分です」
頷いて、四角い木のお盆にパイの皿と自分とネイリッカのカップを並べ、熱々の飲み物をたっぷりと注いだ。
「カイ、ありがとう! 僕、リッカの所に持っていくね」
「ネイリッカさんの部屋で食べるのですか?」
「うん。降りてこないってことは、リッカは何かしていて忙しいんだよ。だから、持っていって一緒に食べてくる」
大人用に温かいワインを用意しているカイに礼を言ってから、こぼさないように慎重にお盆を持って階段を上がった。
コンコン
ネイリッカの部屋の扉をノックすると、中からニャアとティクルが返事をした。続けてドタンバタンと音がして、扉が細く開き、ひょこっと濃い茶色と明るい空色の瞳が覗いた。
「やあ、リッカ。おやつだよ」
お菓子と飲み物が乗ったお盆を彼女に見えるように掲げてみせると、丸くて元気な瞳が輝いた。
「わあっ、美味しそうなお菓子ですね!」
弾んだ声を上げたネイリッカは、辺りに漂う甘い匂いにクンクンと鼻を動かすと、扉を大きく開いて招いてくれた。
「これ、カイと作ったんだ。一緒に食べよう」
床の上に散らばっている糸や布を避けて二人並んでベッドに腰を下ろす。
「熱いから気をつけて」
二人の間に置いたお盆からカップを持ち上げ、そっとネイリッカの手を包み込むように渡した。
「いただきます」
小さな両手でカップを持ってふうふうと冷ましながら飲む姿が、木の実を持った子リスのようで愛らしい。
(妹って可愛いな。……いや、妻だっけ……?)
どうも最近、その二つが曖昧なような混ざったような不思議な気持ちになる。リュリュに言わせると、アルヴィのネイリッカへの愛情は妹という家族へのものにしてはちょっと重たいようで、妹にそんなことは思わない、と度々顔を顰められる。
(ネイリッカは僕にとって妹じゃないのかな? いや、妻なんだけども。家族への愛情と恋人へのそれはどう違うんだろう? 大事にしたいと思うのは同じじゃないんだろうか?)
判断がつかなくて困って視線をさ迷わせたら、机の上の柔らかそうな無地の布が目に入った。
(あれって、昔僕が着ていたフランネルの茶色のシャツじゃない……?)
よく見るとそれは大きく四角に切り取られて、中心付近に円を描くように細かな刺繍で色鮮やかな植物が描かれていた。
(何度見ても、感動する。糸だけであんな絵が描けるなんて魔法みたいだ)
カップをお盆に置いて、その枕くらいの大きさの四角い布を覗き込む。
この蔦のような緑の葉っぱにオレンジの丸……もしや、畑にあるアレ?
「……これはカボチャ? リッカの刺繍は本当に繊細で綺麗だね」
「はい、カボチャです! そこから右回りに人参、キノコ、麦の穂、豆で、家族の皆をイメージしました。お父さんは大きくて色が明るいからカボチャ、お母さんは笑顔が太陽みたいで元気なので人参、毛並みがつるつるしているティクルさんはキノコ、カイさんはパンやお菓子を作ってくれるので麦の穂です」
ネイリッカは、両手で抱え込むように持ったカップから上がる湯気に頭を突っ込むようにして頷くと、元気いっぱいに説明してくれた。
それぞれのイメージと選んだ理由が面白い、と顔の前に広げた布を眺めて、ひとつだけ解説されなかった野菜をじっと見た。
「ということは、この残りの豆が僕? 僕って豆っぽい?」
確かに瞳は緑が入っているけど、と首を傾げて色違いの瞳を覗き込めば、ネイリッカの顔がみるみるうちに赤くなった。
「そ、それは……あの、思い出の、ですね」
思い出の豆? もしや、アレ? 思い当たった僕が口を開くより早く、ネイリッカが叫んだ。
「ヴィーと契約して最初に巨大化させてしまった豆ですっ!」
僕はなるほどと頷いて、あと一人、足りない家族を口にした。
「そっか、じゃあ、この豆は僕とネイリッカだね。君も家族なんだからいないと寂しいよ」
ね? と空と大地の瞳を覗き込めば、ネイリッカは忘れてたというように目を丸くして、後ろでくつろいでいたティクルを振り返った。
「ティクルさん、新しい掛け布に私も豆として参加してよろしいでしょうか?」
「えっ、これってティクル用なの!?」
「はいっ、今まで使っていたのは薄くなって寒そうでしたので!」
僕の叫びと同時に、机の上に乗ったティクルが得意げにニャーンと鳴いた。
ティクル、羨ましいんだけど!?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
実はこのお話、書籍の購入者特典のショートストーリー3編と
同じ『初めてのヤルヴィの冬~〇〇編~』シリーズです。
書店さんによってついてくるお話が変わります。
詳しくは活動報告に載せさせていただきます。
よかったら見てやってください。
また、書籍の書影が見られるようになりました!
下へスクロールしていただくと由貴海里先生が書いてくださった
14歳と17歳の二人が見られますので、ぜひ!




