番外編4 可愛いの種
「ええっとこうかな? それともこう……?」
「い、痛いです。サッラ!」
「我慢よ、ネイリッカ! 可愛くなりたいでしょ!?」
「ですが、これでは狐のようなつり目になってしまいます」
後ろからギュウギュウと髪を引っ張られて、ネイリッカの目に涙が浮かぶ。
「え。でも、エンシオ兄ちゃんがメッツァの街で買ってきてくれた雑誌にはこうやるって。王都最新流行の髪型なのよ!?」
「そんなに引っ張るものなのですか!?」
口を尖らせて側の台に置いてある雑誌を覗き込むサッラから、身体をねじって雑誌を取り上げ、その頁の図と説明を睨みつける。フンフンと頷きながら読みすすめ、キラリと目を光らせた。
「……サッラ、座ってください。今度は私がサッラの髪を結います」
「えっ、痛くしないでよ?」
「多分、大丈夫です。塔で姉様たちの髪を結っていましたから」
ブラシと櫛、紐、髪飾り、必要なものは揃っていますね、とネイリッカは何とも言えない笑みを浮かべて腕をまくった。小麦色の髪をブラシで念入りに梳いてから手際よく小さな束に分けた髪を編んで結んでいく。
「サッラの髪は柔らかいですね……ほら、できました。こんな感じだと思うのですが、いかがでしょうか?」
手鏡を差し出せば、覗き込んだサッラの目が丸くなり、次いでパッと顔が輝いた。
「すごいっ、この絵にそっくりじゃない!?」
わああ、と壁の姿見の前へ行ってくるりくるりと回るサッラにネイリッカの心も浮き立つ。
(自分がされた時は痛くてちょっぴり怒りっぽくなりましたが、結う側になって喜んでもらえると嬉しいですね)
「よし、じゃあ次こそネイリッカね。今度は加減がわかったから痛くないわよ」
「いえ、私はしなくても……」
「ええ? ネイリッカはいつもと違う自分をアルに見せたくないの? 『可愛いね』とか言ってもらいたくないの?」
「そ、それは、」
(もちろん、私だってヴィーに可愛いって言ってもらいたいです。だけど、それを期待して髪型を変えて、気づかれなかったら落ち込んでしまいそうなので……それはあまりにも勝手すぎますから)
欲と理性に挟まれたネイリッカが悶々と考え込んでいると、じゃあ、私だけ見てもらって来ようっと、とサッラが背を向けた。目の前で翻った服の裾を無意識に掴んで引き止める。自分の行動に驚いているネイリッカを、振り向いたサッラがにやりと笑って椅子に座らせた。
「うむ、サッラは策士だな。それとも、ネイリッカが単純すぎるのか……後者かな?」
窓辺で燦燦と陽を受けて眠るティクルを、一番遠い扉近くの隅からうっとりと眺めていたヌルミが会話に入ってきた。同時にノソノソとサッラの横までやってきて、ネイリッカの背後に立った。
つねっ
「痛っ!?」
急に後ろから頬を抓られて振り返ると、ヌルミがぼんやりとした目でじっとこちらを見ていた。
「ふむ。引っ張ったり抓ったりした痛みでは植物は巨大化しないのだな。もしくは屋内だからか?」
(そ、そんな理由で抓ったのですか!?)
そういえば、昔から興味が湧いたものにまっしぐらな人だったと、ネイリッカは諦めのため息を吐き出した。
「ヌルミ姉様、痛かったです。それと、私が屋内にいても植物は巨大化します」
「あ、すまない。つい興味が湧いて……ああ、そういえば、城の中にいても巨大化していたな。あの時は塔も揺れたなあ。先生方が大騒ぎしていたよ」
イェッセに城に連れていかれた時のことを言われて、ネイリッカは首を竦めた。あの後、塔に呼ばれて巨大化について細かく事情徴収されたのだ。結局、原因はわからなかったが。
「サッラ、ネイリッカへの詫びとして私にやらせてはもらえないだろうか? これでも塔では下の子たちの髪を結っていたのだ」
サッラが雑誌を眺めて首を捻っているのを見たヌルミが、小さく手を合わせて頼んだ。よいだろう? とふわふわしているのに、どこか重たい圧のあるヌルミの声に、サッラがササッと場所を譲った。
■■
「アル、リュリュ兄ちゃん! 見て見て、王都の最新流行なのよ、可愛いでしょ!?」
隣のアルヴィの部屋に突撃したサッラが、兄の元へ走っていってくるりと回る。
「へー。可愛いぞ。な、アル」
「うん」
リュリュが間髪入れずに褒める。それは妹に散々躾けられてきた条件反射の台詞で棒読みだったが、アルヴィも軽く頷いて同意した。
(なんと、ヴィーも王都の最新流行の髪型は可愛いと思うのですね!?)
廊下にぼーっと立っているヌルミの後ろへ隠れるようにして様子を窺っていたネイリッカは、衝撃でぱかっと口を開けた。サッラが羨ましいというわずかな嫉妬と、自分も褒めてもらえるのではという期待が入り混じって、なんだか複雑な気分になった。
「あ、リッカも新しい髪型だね。とっても似合ってる、可愛い」
こちらに気づいたアルヴィが、すかさず近づいて覗き込んできた。その一言でネイリッカのモヤモヤは晴れ、隠しきれない喜びで頬が緩んだ。
(この夜会にでも行くような豪華すぎる髪型でも、ヴィーは可愛いって言ってくれるのですね)
ヌルミは何を思ったか、雑誌の中で一番派手な髪型にしてくれたので、ネイリッカの頭の上だけは煌びやかなものになっていた。
「私が結ったのだが、どうだ?」
フフン、と得意げに顎を反らせたヌルミにアルヴィはふっと笑い返した。
「とっても素敵です。僕の婚約者はどんな髪型でも飛び切り可愛いですからね」
言外に結った人ではなくネイリッカが可愛いのだと言い、婚約者、を強調してネイリッカの頬へ手を伸ばしたアルヴィに、ヌルミはにやりと笑った。
「……ふむ。そういうことを言われると、おしゃれをしても意味がない気分になってしまうなあ、ネイリッカ?」
「え! リッカ、僕はそんなつもりで言ったんじゃないよ!? 君は本当にどんな髪型でも可愛いから……」
アルヴィは狼狽えて、ネイリッカへ差し出した手が途中で止まる。ネイリッカは反射的にその手を掴むと、緑と黄の混ざった綺麗な瞳を真っ直ぐ見上げ、首を盛大に横に振った。
「いえっ、私はヴィーに『可愛い』と言ってもらえたら、いつでもどこでもどんなときでも嬉しいですよ」
「本当?」
「本当です! ……それと、ヴィーに言われるのが一番嬉しいです!」
「……おお、言うようになったなあ。なるほど、ネイリッカはアルヴィに褒めてもらうために装うのだな」
「そ、そんなわけでは。そうはっきり言われるとっ」
無表情で頷き納得するヌルミの言葉で、ハッと我に返って全身が火を噴いたように熱くなる。
何とも生暖かいその場の空気を蹴散らすように、トントンと軽快な足音が階段を上がってきた。続けて、ひょこりとユッタの明るい顔が覗き、ピカピカの笑顔を振りまいた。
「まあまあ、二人とも可愛くなったわね。そうだ、せっかくだから皆を呼んでヌルミ様の歓迎会をしましょ」
両手を合わせたユッタの一声で、急遽、館の前庭で小さな宴が開かれることになった。
「そうと決まれば支度をしなければね! ヌルミ様も少しおしゃれいたしましょう」
「ユッタ殿、私はこのままで……」
「ネイリッカちゃんたちも可愛くしていますし、ヌルミ様が主役ですし、是非」
「そうですよ、ヌルミ姉様!」
「わー、ヌルミ様が着飾ったところ見たーい!」
最後の仕上げとばかりにユッタに引きずられていくヌルミの背をネイリッカは先ほどの仕返しとばかりに押し、サッラも楽しそうと雑誌を抱きしめて続いた。
ぐいぐいとユッタの部屋へ押し込まれたヌルミは、観念したのかされるがまま髪を結われ化粧を施されていく。ちらりと様子を窺えば、まんざらでもなさそうで薄く笑みを浮かべてユッタに身を預けていた。
(ヌルミ姉様もヤルヴィの皆を好きになってくれたら嬉しいのですが)
ネイリッカたちが着替えている間にアルヴィたちが手分けして村人全員に声を掛け、いそいそとやってきた人々は会場を作ると、持ち寄った自慢の料理を前に杯を上げた。
「おお。ヌルミ様、お綺麗ですなあ」
「そうか? 貴方の方も素敵だ」
「さすが空読み姫様、美しいわねえ」
「貴方には敵わないよ」
「ヌルミ様ー、一緒に食べよう。ネイリッカちゃんたちも!」
「うむ。ではこちらでいただこうかな」
「あ、これ、私の自慢の一品です。どうぞ!」
「美味しいな。今度作り方を教えて欲しい」
ヌルミはゆるく編んだ髪に花を飾り、ユッタに借りた大きめのワンピースを摘まみ上げて歩きながら、人々と笑顔で会話していく。
ちびっこに誘われて座ったテーブルで料理を頬張りながら周囲を見渡し、ふむ、と一人頷く。
「本当にヤルヴィは温かいな。」
目を細めてそう言ったヌルミは酒に酔ったように頬を赤く染め、『この居心地の良さが巨大化の秘密かもな』と隣に座っているネイリッカにささやいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
前回の更新から1年以上間があいてしまい、自分でもびっくりです。せめて1年経つ前にと思ったのですが、果たせず……。久々のネイリッカたちを楽しんでいただけたら嬉しいです。
書籍のほうもそろそろ……という感じですので、これからぽつぽつ小話などを投稿していきたいと思います。よろしくお願いいたします。




