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06/変化と回収

 

 キリアの幼馴染であるケイトの外見は、一言で言ってしまえば素朴だった。

 整った顔立ちをしているが地味で、どこか田舎臭い。

 ただ、小さな村においては特別な輝きをもっていて、彼女を好いていた男性は多かったようだ。

 もちろん、そういった虫には目もくれず、彼女は今キリアの事だけが好きだった。

 一途というのはこういう事を言うのだろう。そうなった理由も可愛らしいもので、疎遠気味だった五年前に野犬に襲われていた彼女をキリアが身を挺して助けたというところから来ていた。

 それまでは特に幼馴染には興味もなかったらしい。というより、キリアの人格になる前の彼はけして素行のいい人間ではなかったこともあり、むしろ悪感情の方が強かったようだ。

 それがふと見せた優しい面にやられて好きになるというのは、ありきたりではあるが、ある意味で自然なものでもあり、キリアもこの世界で最初に関わった女性が彼女だったわけで、まさに絵にかいたような幼馴染でもあった。それこそ、神の作為があって当然と思える程度には。

「これは、どういうことだ?」

 驚きと困惑を滲ませながら、イーリスが呟く。

 キリアと幼馴染がたわいのない話をしている場面。約束していた買い物をすっぽかされて拗ねている彼女の頭を撫でて、その顔を赤くさせるところなんかはもはや見飽きていて、何一つ新鮮味のないものに思えるが、イーリスにとっては衝撃的な要素がそこにはあったのだ。

「彼女は最初に出会った相手ではないのか?」

「もちろん最初に出会った相手よ。幼馴染なんだから当然でしょう?」

「だったら、どうして何の影響下にも入っていない? あの後ならともかく、この場面はかなり前のものだろう?」

「そうね。この場面は、ツンデレちゃんに会う前のものね」

「ツンデレの前? ……では、貴族の女はあの胸の大きな女の前か。時系列準ではなかったということだな。強制力の強かった順にみせていた」

「ええ、そうみたいね」

「みたいって、貴様が決めた事だろう?」

 非難するようにイーリスは語気を強める。

「そんなこといわれてもねぇ。私ってほら、結構自動的な部分が多いから」

 人間でというところの呼吸や寝返りなんかと同じで、意識していない事っていうのは意識するまで覚えていないものなのである。

 ただ、これは神殺しの中では悪い意味で結構珍しいのか、イーリスは数秒ほど納得がいかないといった表情を見せていたが、抱いても仕方がない感情だという事は重々理解しているのだろう、諦めるようにため息を一つついてから、キリアたちの方に意識を戻して、

「……しかし、それにしても、出会いすら細工されていないなんて、な」

 と、居心地が悪そうな声でそう呟いた。

「ほんとう、不思議よねぇ」

「……貴様には、理由がわかるのか?」

「どっちの?」

 聞くまでもない問いかけに、イーリスがむっとしながら答える。

「神の事情など興味はない。おおかた未来を先に見て、弄る必要がないから何もしなかっただけだろう? 私が解らないのは、それを行えるのにしなかったキリアという人間だ」

 丁寧な説明はありがたい。

 その間に、こちらは言葉を纏める事が出来た。

「そうね、私も彼ではないから、中身を覗かないことには正確なことは判らないけれど。多分、使いたくないと思うような、なにかしらのエピソードでもあったんじゃない? まあ、私達にピックアップされていないって事は、それは本当に些細な一幕だったのでしょうけれど。でもそれが、彼女を特別な存在に変えてしまった」

「……つまり、なんだ、彼の方が先に好きになったからということか? だが、それならば、なおの事自分のものにしたいのではないのか?」

「それをしたら他と一緒の存在に墜ちてしまうって、本能的に感じていたのでしょうね。影響を与えるってそういうことだもの」

 自分の好きな彼女が、自分を好きなった事で消えてしまうという可能性。

 なにを好きになったのか自分でも明確に把握できていないから、下手な事も出来ないというジレンマ。

「キリアくんは自分が好かれる術は手に入れたけれど、好きになった相手をずっと好きで居続ける手段は知らなかった。自分の事は儘ならないままだったのね。そこにメスもいれられなかった」

「……」

 イーリスは、息を呑むように黙り込む。

 そして今の自分ではそれが理解できないという事実に、少しだけ寂しそうな表情を浮かべるのだ。

 それが愛おしくて、同時に腹立たしくもあって、アイノアは突き放すように言った。

「理解が足りないと思うのなら、他の部分も自分で探してみればいいんじゃない?」

 まあ、それを悪趣味と断じるイーリスがするとも思えないが――

「そうだな。それも必要なのかもしれないな」

「……え?」

 一片たりとも想定していなかった返答に、アイノアは思わず間の抜けた声をもらした。

 続いて高度なジョークという可能性が脳裏に過ぎったが、それもまた考えにくい線だ。

「ちょっと、感化され過ぎではないかしら?」

「別に、急にそう思ったわけではない。……私だって、自分が視野狭窄で窮屈な性質だという自覚はあるんだ。それに、今回の件では私の偏見が露わになった部分もあったしな」

「あぁ、そうなんだ……」

 どうしよう、こうい時に限ってすぐに言葉が出てこない。

 大抵の事に心構えをしているだけで、実は意外にアドリブには弱いのだ。

 その恥ずかしさにそっぽを向きつつ、アイノアは相槌をうつ。

「まあ、いいんじゃない? 自分自身を顧みる事が出来るというのは、我々にはなかなか巡ってこない事態でもあるしね、ええ。…………ともあれ、これで前座は終わり。次からが本番ね。まあ、それが解ってるからこそ、貴女は理解したいと思ったのでしょうけれど。さて、どうなるのかしらね。予定調和にさえならなければ、私はなんでもいいけれど」

「……なんでもいい、か。とてもそうは聞こえないがな」

「ふふ、それは仕方がないわ。だって私は、刺されるくらいの修羅場が好きなんですもの」

「刺激的だからか?」

 咎めるようにイーリスは言う。

「いいえ、羨ましいからよ」

 どこか乾いた声で、アイノアはそう返した。

「私では永遠に、そんな強い想いは抱けないから」




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