04/苦い息抜き
薄嫌い部屋の中に、一人の少年がいた。
彼はぼんやりとした目で、パソコンを見つめている。そのモニターには整形に関する情報が映されていた。
「こいつは誰だ?」
「彼が生前のキリアくんよ」
イーリスの問いに、アイノアは答えた。
ぶくぶくと太った体躯に、身体中の至るところを埋める体毛。そして禿げ上がった髪に潰れた鼻。なかなかに特徴的な格好をしている。
「そうか、これはわかりやすくていいな。区別が楽なのはありがたい」
「……それ、本人の前で言っちゃダメなやつだからね」
苦笑気味に、アイノアは言った。
「何故だ?」
「それは彼がとっても醜いから」
「これが、醜いという状態なのか? ……やはり、人間の美的感覚はよくわからないな。目と鼻と口と耳さえついていれば、顔などどれも同じだろうに」
「そういう人間の総数が多ければ、彼も少しはマシな人生を歩めたのかもしれないけれどね。でも、大抵の人間は美醜というものに敏感で、醜いものを嫌うわ。そして、嫌われたものが迫害されるのは、世界の常」
「未発達な世界の、だろう?」
一緒くたに扱われる事が気に入らなかったのか、イーリスは不快そうに眉を顰めた。
が、その感想に同意をする気にはなれない。
「先進世界でもそんなに差はないと思うけれどね。上辺だけでは平等だなんだと語っていても、やれ優れている劣っているで差別してる連中ばっかりだし。程度の差はあれ、私達の身近だってそうでしょう?」
「……」
心当たりはあるようだ。
苦しげに押し黙ってしまったイーリスの表情には、大変そそられるものがあったが……
「まあ、辛気臭い話はこれくらいにしておきましょうか。辛気臭い光景のお供にするには、くどすぎるしね」
言って、アイノアは場面を変える。
似たような格好の集団が集う、学校という社会。
トイレという場所で、キリアは弁当を食べている。
そこは本来食事をするための場所ではないと思うのだが、どうやらそこにしか居場所がないようだ。
いや、居場所というよりは逃げ場という言葉の方が適切か。
次の休み時間に、彼は三人組の男子に絡まれる。
容姿を莫迦にした言葉の数々と、直接的な暴力。
それを他の生徒たちも笑って見ている。助けてくれるものは誰も居ない。
何故なら三人組のリーダーである少年は、クラスでは人気者だからだ。その理由は彼の容姿にあった。正直、アイノアから見ても大差のない造形なのだが、なんでも芸能人顔負けとのことらしい。
そういった特徴が女子たちの間で優遇された結果、本来批判されるべき人物が持ち上げられるという事態がクラス内では起きていた。
もちろん否定的な立場にいるものもいるにはいたが、キリアにはそんな連中は見えていなかったのだろう。
彼の目には、容姿が整っているというだけで正義となる現実だけがあった。
ただ、それを恨む事はなかったようだ。
むしろ、歪なまでに彼は憧れた。
両親にすら自分たちには似ていないと、どこか嫌悪されていた事を感じていた彼にとって、それは神に等しい価値観だったのかもしれない。
そして、そんなキリアへのイジメがおさまることもなかった。
抵抗しない相手ほど御しやすいものはいないのだから、改善など見込める筈もない。
それでも、彼は学校に通い続けた。親にこれ以上失望されたくはなかったから。最低限の愛情は、確保しておきたかったから。
もし、彼をちゃんと見ている人間がいたのなら、彼がどれだけ無理をしていたのかが分かったのかもしれないが、理解出来るものはおらず、最終的に彼は突発的な衝動に駆られて、首を吊って自殺した。
「感想はいかが?」
ぶらぶらと部屋で首を揺らしているキリアの死体を眺めながら、アイノアは問う。
「……ただただ不快だ」
嫌悪を通り越して、殺意すら滲んでいそうな声だった。
さらにいうなら、その殺意はこちらにも向けられているようでもあったが、だからといって委縮してやる理由もない。
「どちらが?」
と、アイノアは悪戯っぽく訪ねる。
するとイーリスは短く息を吐いて、
「どちらもだ。愚者同士のくだらないやりとりに、価値などない」
「あらあら、辛辣ねぇ。……でも、その割には複雑な表情をしているようだけど?」
「それ以上に、この世界が不快だと思っただけだ」
眼を細めて、イーリスは読みとったこの世界の情報を噛みしめているのだろう。
仕事始めに度々目にする眼差し。
「……まるで、汚物の為の楽園だな」
苦々しい声には、はっきりとした同情の念があった。
思わず心配してしまいそうなくらいに、彼女が心というものに重きを置いているのがよく判る瞬間である。
「……ねぇ、もし貴女がこの世界を管理する事になったらどうする?」
「私は神殺しだ。そんな機会はない」
「だから、もし、なんでしょう? 空想っていうお遊びよ。そんな硬い答えは求めていないわ」
そう言って、じっと彼女の顔を見つめると、イーリスは居心地が悪そうに視線を逸らしてから、
「すぐに答えなど用意出来ない」
と、躊躇いがちに言った。
「意外ね。貴女の事だから全部白紙にしてやり直すって言うかと思っていたのに」
「本当に救いのない世界は、先の無い世界だ。……この世界には、まだ変化がある。幼稚である事は耐えがたいが、それでもそれは多くの世界が通ってきた道でもある。だから、そうだな、今は願うことしか出来ないのだろうな」
「より良くなるように?」
「それを、その世界の者達が願い続けていられるように、だ」
「優等生ねぇ」
呆れるように言いながらも、アイノアは嬉しさにつられて笑う。
余談だが、キリアが自殺したあと、容姿に優れていた少年の立場は一変した。
当然といえば当然だが、殺人は重罪なのだ。たとえそれが法で裁かれないものだったとしても、世間の目というものからは逃れられない。
その情報は瞬く間に拡散し、つるし上げが始まって、少年はキリアと同じ立場に落ちた。
つまり容姿なんてものは、結局その程度の権威でしかなかったという事だ。小さな世界でだけ通じた免罪符は、少年を妬んでいた一つの悪意によって剥がれ落ちた。
なんとも滑稽で、実に喜劇だ。
こういう破滅は、なかなか好ましいといえるが……
「……そういう貴様はどうなんだ? もし管理する事になったら」
不意に、イーリスがそんな事を訊いてきた。
珍しい。これは狙い以上に、彼女の心になにかが刺さってしまったようである。
それにちょっとだけ困りつつ、アイノアは答えた。
「別になにもしないかな。世界なんて滅ぶなら滅べばいいと思うし」
「それは、管理者の発言ではないだろう?」
「それはそうなんだけどねぇ。でも、私はほら、別に続く事が正しいって思った事ないから。それでいいならいいんじゃないかなって、思っちゃうのよねぇ」
「つくづく不良だな」
「ふふ、凸凹コンビって素敵でしょう?」
この場合、どっちが凸でどっちが凹なのかは不明だが。
「……改善する気はなしか」
諦観すら滲ませたため息が、イーリスから零れる。
「清濁入り混じってこそ、客観的な答えが出せるというのが私たちを組ませた子の考えなんでしょうね。きっと」
適当な事をいいながら、アイノアはキリアの世界を切り離す。
「さて、息抜きが終わったところで、残り二人を消化していきましょうか。貴女がどんな反応をするのかも、興味あるし、ね」




