溶岩にダイブ→能力
俺の名前は斉藤啓鬼。
セールス業をしている26歳の男だ。もちろん童貞である。
仕事柄、人から無下に断られることも、露骨に嫌われることも日常茶飯事だ。
他の同僚たちが疲労困憊で死んだ目をしている中、俺だけが元気そうに見えたことから、周囲からは"無限体力の化け物"なんて呼ばれていた。
だが、俺だって疲れないわけじゃない。
誰にも商品を買ってもらえず、見知らぬ人から罵詈雑言を浴びせられた日は、家で死んだような顔をし、時には一人で涙を流す夜もあった。
ただ……何度も何度も怒鳴られているうちに、感覚が麻痺して慣れてしまっただけだ。自分でも異常だと思う。
そんなセールス生活を送っていた、とある日のこと。
一軒の民家へ営業に訪れた際、その事件は起こった。
「すみませーん! いらっしゃいますかー?」
そう呼びかけると、カチャリと鍵の開く音がした。
(はぁ……やっとドアを開けてくれたか……)
ホッとしたのも束の間。
扉の奥から現れたのは、焦点の定まっていない目をした男だった。
「まずっ……!?」
その瞬間、俺の視界の中で、閃光のように眩い『何か』が左腹部へ迫ってくるのが見えた。
——ナイフだ。
咄嗟に身を引こうとしたが、遅かった。
ズブリ、と深い感触とともに、冷たい刃が体内にめり込む。
「ぐっ……!?」
常人なら耐え切れるはずもない激痛。
視界が急速に赤く染まっていく。……あぁ、これは致命傷だ。自分でもわかる。もう助からない。
心残りがないと言えば嘘になる。
せめて童貞くらいは卒業したかったし、まだ完結していないあの漫画の最終話だって見たかった。
だけど——もう、なにもかも手遅れらしい。
そうして俺の26年の人生は、あまりにもあっけなく幕を閉じ…………たはずだった。
◇
「……ん?」
死んだはずの目が、なぜか開く。
まぶたの裏から広がったのは、見たこともない異国の光景だった。
周囲は見渡す限りの荒野。
遠くには、グツグツと煮えたぎる赤黒い溶岩溜まりが見える。
「マジでどこだ、ここ……?」
状況からして、俺は死んで異世界に転生したらしい。
幼い頃から魔法に憧れていた俺としては、めちゃくちゃ嬉しい展開だ。嬉しい……嬉しいのだが、いくらなんでも初期スポーン地点が荒野すぎるだろ。
歓喜と憂鬱が半々の複雑な気分のまま周りを見渡すと、俺がいる場所はどうやら広い溶岩地帯に囲まれているらしいと分かった。
浅い場所ならジャンプで飛び越えられそうだが、大部分は足を滑らせたら即死確定のマグマプールだ。
普通なら絶望するところだが、営業で鍛えられた俺の思考回路は妙な方向へ走り出す。
『井の中の蛙、大海を知らず』という言葉もある。
もしかしたら、この溶岩の向こうには綺麗な平原が広がっているかもしれない。
あるいは……この世界の溶岩は見た目だけで、触れても死なない仕様かもしれない。
……いや、怖いけど。めちゃくちゃ怖いけど!
背に腹は代えられない。
「溶岩があんまり熱くないことを祈る……! 絶対そんなわけないけど!」
腹を括った俺は、泡立つマグマへ向かってダイブした。
「熱っっっっっつうううう!?!?!?」
やっぱりアホだった!!
泡立つ溶岩は当然のように激熱で、全身の皮膚が焼け落ちるような激痛が襲いかかる!
だが——死なない?
痛いのに、意識が遠のく気配がない。俺のバカな予想が当たっていたのか……!?
その時、脳内に無機質なアナウンスが響き渡った。
《転生を確認。転生スキル【絶対再生】を獲得しました。これにより、特定の条件を突破するスキルでない限り、例外なく再生します》
「ぜ、絶対再生ぇ!? なんだよそのチート……!?」
パニックになる俺を置き去りにして、再び脳内に声が響く。
《【絶対再生】の獲得を確認。連携スキル【精霊攻撃】および【精霊召喚】を獲得しました》
「また!? っていうか、スキルの獲得を条件に新しいスキルが手に入るのか!?」
ややこしいなコンボシステム!
……まあいい、精霊って言ったな? 早速試してみるか。
(あっ……俺、今まだ溶岩の中に浸かってるじゃん。どうにかしないと……)
焦る俺の頭の中に、三度アナウンスが響く。
《体内の温度制限を突破。防衛スキル【属性耐性】を獲得しました》
「属性耐性!? 溶岩に入りっぱなしだったからか!?」
そんなマッチポンプみたいな方法で手に入るのかよ。
だがおかげで熱さを感じなくなり、俺は無事に溶岩プールから脱出することに成功した。
「ふぅ……よし、改めて精霊を召喚してみよう」
スキルを獲得した際、脳内に直接流れ込んできた『知識(本)』によると、精霊召喚には属性に対応した触媒が必要らしい。
幸い、足元にはたっぷりと溶岩がある。火属性の精霊を呼ぶにはおあつらえ向きだ。
俺は足元の溶岩を手にとり、教わった通りの呪文を口ずさむ。
「『ここに召喚者が一人、物質を用意した。精霊よ、ここに顕現せよ!』」
直後、圧倒的な爆風が吹き荒れ、俺の周囲を巨大な炎の柱が囲い込んだ。
凄まじいプレッシャー。ついに最強の炎の精霊が……!
しかし、炎が収まったあとに立っていたのは——俺の予想とは大きく異なる姿だった。
俺とあまり変わらない身長の、一人の女性。
だが、その華奢な身に纏うエネルギーの密度は、素人目にも異常だと分かった。
赤い髪の女性は、不敵な笑みを浮かべながら俺を凝視し、問いかけてくる。
「——お前が、転生者か?」




