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『元・陸自特戦群の俺、1937年のアメリカに転生。祖国と家族を救うため、たった一人で米軍の将官を狩る』  作者: 月神世一


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EP 9

震える照準と、泥臭い死闘

深夜のワシントンD.C.、海軍VIP用宿舎。

みぞれ交じりの冷たい雨が、石造りの外壁を黒く濡らしていた。

坂上ジャックは、雨水用の排水管を音もなくよじ登っていた。

指先の感覚が麻痺するほどの寒さだが、特戦群の過酷な訓練に比べれば造作もない。問題なのは、肉体ではなく「精神」だった。

(……大丈夫だ。相手は家庭を顧みない傲慢な暴君だ。殺しても、誰も悲しまない)

頭の中で呪文のように繰り返し、精神安定剤(言い訳)を飲み込みながら、3階の窓枠に手をかける。

部屋の中では、海軍の重鎮アーネスト・J・キングが、葉巻を咥えながら一人で海図を睨みつけていた。周囲の警護は廊下に二人、外に四人。窓からの侵入は完全に死角だ。

坂上は懐から、ピアノ線を束ねて作った特製の絞殺具を取り出した。

計画はこうだ。背後から一瞬で頸動脈と気管を同時に切断に近い形で圧迫し、悲鳴を上げる隙も与えずに絶命させる。強盗の仕業に見せかけるため、金品を奪って逃走する。数秒で終わる仕事だ。

音もなく窓を開け、闇に溶け込むように室内へ滑り込む。

絨毯の上を滑るように進み、キングの背後わずか一メートルの距離まで肉薄した。

その時だった。

『パパ……いやだ、パパ……ッ!』

不意に、あの雨の葬儀で聞いたアーノルドの娘の幻聴が、脳内に響き渡った。

「……ッ!」

坂上の手が、ほんの一瞬、わずかコンマ数秒だけ硬直した。

特戦群の鬼としては、あってはならない致命的な「隙」だった。

その微かな空気の揺らぎを、歴戦の海軍将校であるキングが感じ取った。

「誰だッ!!」

キングが猛獣のような反応速度で振り返り、デスクの上の灰皿を坂上の顔面に向かって全力で投げつけた。

「がっ……!」

坂上は間一髪で首を捻って躱すが、その隙にキングは引き出しから護身用のコルト・ガバメントを引き抜こうとしていた。

撃たれれば終わりだ。銃声が鳴れば外の警護が雪崩れ込んでくる。

坂上は理性を捨て、獣のようにキングへ飛びかかった。

「この野郎ッ!」

キングの巨体が坂上に激突し、二人はもつれ合って床を転がった。

スマートな暗殺劇など、そこにはなかった。

あるのは、生きるか死ぬかの泥臭い、醜い殺し合いだ。

坂上がキングの銃を持つ腕を全力で押さえ込み、関節を極めようとする。しかし、キングは初老とはいえ、海軍で鍛え上げられた分厚い筋肉と、何より異常なまでの「闘争心」を持っていた。

「舐めるなァッ!」

キングの太い指が、坂上の眼球を直接抉り取ろうと顔面に伸びてくる。

坂上はそれを頭突きで迎撃し、キングの鼻柱を叩き割った。ゴキリという骨の砕ける嫌な音と共に、生温かい血の飛沫が坂上の顔に降りかかる。

「ぐおおおッ!」

血まみれになったキングが、獣のような咆哮を上げて坂上の首を絞め上げてきた。

その両目に宿っているのは、傲慢な暴君の冷酷さなどではない。

ただ純粋な、「生への強烈な執着」だった。

(……こいつは、死にたくないんだ。俺と同じように)

至近距離でキングの目を見開いた瞬間、坂上の頭の中で『相手はクズだから殺してもいい』という安い正当化の防壁が、音を立てて崩れ去った。

どんな悪人であろうと、傲慢であろうと、一つの命だ。燃え盛るような生存本能を持ち、この世界にしがみつこうとしている一人の人間なのだ。

「が、はっ……!」

酸素を絶たれ、坂上の視界が明滅する。

このままでは殺される。

坂上は残された最後の力で、右手に握り込んでいたピアノ線を、キングの太い首に巻き付けた。

「……死ねェッ!!」

声にならない絶叫と共に、両手で思い切りピアノ線を引き絞る。

「ご、ぎっ……!!」

キングの目が見開き、口から血の泡が吹き出す。

それでもなお、キングの手は坂上の首を離そうとせず、その爪が坂上の首筋の肉を深く抉った。

生きたい。生きたい。生きたい。

言葉なきキングの絶叫が、血まみれの指先から坂上の肉体へと直接流れ込んでくる。

「あああああッ!!」

坂上は涙と鼻水を流しながら、己の魂を削り落とすようにして、さらに強くワイヤーを引き絞った。

やがて、キングの巨体が痙攣し、ゆっくりと力が抜けていく。

坂上の首を掴んでいた手が、ドサリと床に落ちた。

アメリカ海軍の冷酷なる頭脳は、血と汗と泥にまみれた宿舎の床で、完全にその機能の全てを停止した。

「ハァ……ッ、ハァ……ッ……!」

血まみれの部屋の中。

坂上はキングの死体の上に馬乗りになったまま、荒い息を吐き続けていた。

手には、皮膚に深く食い込んだピアノ線の感触と、他人の命を力ずくでねじ伏せた生々しい熱と重みが、べっとりとこびりついている。

「……あ、あ……」

もはや、言い訳は通用しない。大義名分も通用しない。

自分は、生きようと足掻く人間を、自らの手で惨殺した。ただの、狂った殺人鬼だ。

坂上は、血塗れの自分の両手を見つめながら、声にならない悲鳴を上げて暗い部屋の中でうずくまった。

窓の外では、冷たいみぞれが、彼の壊れた魂を嘲笑うかのように降り続いていた。

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