001 不吉の黒
『黒い髪も、黒い瞳も不吉だよ』
『顔は綺麗なのに、どうしてあんなに陰気なのかしら』
『侯爵家の令嬢だから、仕方なく付き合っているのよ』
『君じゃなくて妹なら、喜んで婚約者になったのに』
昔からイザドラに向けられてきた、嫌悪の視線。
投げつけられてきた、数々の酷い言葉。
でもどこかで、それを仕方ないと思っている自分がいた。
イザドラは、そんな自分のことが昔から大嫌いだった。
―――――――――――
「ねえ、お姉様。また婚約の打診を断られたって本当?」
涼やかな声のした方へ視線を向けると、そこには天使が立っていた。淡い金色の髪と、同じく淡い色合いの群青色の瞳。イザドラの異母妹である、パトリシアだ。
パトリシアの言葉に、イザドラはわずかに眉を顰めた。縁談を断られたことは事実だったが、はっきりと言葉にされると、途端に気分が滅入ってくる。それでもイザドラは、このまま無視するという選択はせずに、しっかりとパトリシアに返事をした。
「……ええ、そうね。断られたわ」
パトリシアは先日、通算十回目の婚約の打診を断られてしまったのだ。
実に、前回からは約一年ぶりとなる縁談だった。相手は子爵家の三男で、イザドラよりも五つ年下。そう聞いた段階で、今回の縁談も断られるだろうとは覚悟していた。そして、実際そうなってしまった。
「信じられないわ。お姉様のどこが駄目なのかしら?」
不思議そうに首を傾げるパトリシアに、イザドラは鼻白んだ。
(どこが駄目かですって? そんなの決まっているわ……)
イザドラの方が、五つも年上だったから。そう思えたら、どれだけ救われることか。実際相手もそれを口実として断りを入れてきたのだが、本当の理由は別にある。
(私の、この……髪と瞳が原因よ)
今年二十四になるパトリシアには、婚約者がいない。
十七の時から探し始めて、今年で八年目になるのに、だ。
高望みをしているわけではない。身分は侯爵家の生まれではあるが、男爵家と縁を結ぶことすら、視野に入れて探して来たのだ。だが、見つからなかった。
少しきつめと言えばきつめな顔の造りをしているが、それとて美しさを損ねるものではないし、身体つきも悪くない。だが、イザドラの容姿は、あまり人に良い印象を与えない。どころか、はっきりと言えば忌避されている。その原因は、イザドラの髪と瞳の色にあった。
この国では、髪や瞳の色素が薄く、華やかな色合いをしている者程、美しいとされている。
金髪や銀髪、碧眼や緑眼が最上。茶色であっても、薄い色合いであるならば、それは十分美しい部類に入る。だが、褐色の髪や瞳を持つ者は、肩身が狭い思いをしなければならなくなるのだ。
この国の貴族社会の定める美しさの定義から外れた者としては、ほかには傷がある者、生まれながらの身体的障害がある者などがあげられる。見た目の美しさを重要視するのはどの国でも共通だったが、ことこの国においては、それが顕著だ。
侮られる対象の身分が高い場合は、皆表立って、相手に攻撃を仕掛けることはない。だが、付き合いを控えたり、パーティーなどに呼ぶ回数をほかの者よりも意図的に少なくしたりという、細々とした嫌がらせのようなものを受ける場合がある。身分が低い場合は、より一層悲惨だろ。
特にこの国には滅多にいない黒色を持つ者ともなれば、侮蔑に加え、忌避される対象ともなり得るのだ。
イザドラが忌避される理由である漆黒の髪と瞳の色は、曾祖母、そして祖父から譲り受けたものだ。この国においては、不吉とされる色だった。
瞳も虹彩もすべてが黒いイザドラの瞳は、見つめても何を考えているかわからないから、不快なのだという。あるいは、何もかもを見透かされそうで、居心地が悪いのだと。
さらには、イザドラの傍には、常に極上の美しさを持つ妹が居るのだ。イザドラは常に、パトリシアと比べられて生きてきた。
「ねえ、お姉様。私が思うに、お姉様はもっと明るい色のドレスを着るべきだと思うの。どうせ、今着ているような暗い色のドレスで縁談に臨んだのでしょう?」
(ドレスの問題じゃないのよ……)
何もわかっていない能天気な発言をする妹に、イザドラは溜息を吐いた。これ以上この妹の相手をしていたら、精神的に疲れてしまう。
「ごめんなさい、パトリシア。その話はまた今度にしましょう」
そうパトリシアに告げ、イザドラは読んでいた本を閉じその場を去ろうとしたのだが――。
「イザドラ、パトリシア。ちょっと良いかな」
珍しくも邸に滞在していた父親に、呼び止められてしまった。
イザドラとは似ても似つかぬ、炎のような明るい色合いの赤髪。パトリシアと同じ、淡い群青色の瞳の父ブライアンが微笑んでいる。
「お父様……今日はお出かけなさらなかったの?」
今は社交シーズン。
普段は領地で生活しているアドコック侯爵家も、今は王都の別邸にて生活を営んでいる。父も義母も、舞踏会やら晩餐会やら連日慌ただしく出かける日々を送っていた。パトリシアも両親について社交に精を出していたが、イザドラは専ら家で読書に勤しむ毎日。
今さら社交界に顔を出したって、揶揄いの対象にされるだけだからだ。
「ああ、今日は君たちに話があったからね。ベリンダは出かけているけれど」
義母であるベリンダは、社交を何より好んでいる。
この社交シーズンは、父と共に数々のパーティに顔を出し、楽しんでいる。それが他家への顔つなぎにもなっているので、そのことについては、イザドラとしては当然のこととして受け取っている。ただ、自分とは正反対だなと思うだけだ。
「で、お話って? お父様」
パトリシアに促され、ブライアンが我に返ったように「場所を変えようか」と言ってきた。この広間で話すには、少々難のある話らしい。
場所を広間から父の書斎へと移動し、イザドラとパトリシアはそれぞれ、父と向き合う形でソファへと座らされた。
会い向かいに座ったブライアンは、腰を落ち着けたあとも、しばらくの間何をどう話を切り出したらいいのか、悩んでいるような様子だった。
(そんなに話にくいこと?)
もしや、ついにあの話になるのかと、イザドラは身構えると同時に少しだけ期待した。
アドコック侯爵家には、イザドラとパトリシア以外子どもがいない。となれば、当然長女であるイザドラが婿を取り、アドコック侯爵家を継ぐことになる。
だがこの八年、イザドラはお見合いに惨敗し続けていた。
イザドラと結婚すれば、婿はこの侯爵家の当主になれるというそれなりの見返りがあるにも関わらず、イザドラの婚約及び結婚がこれまで決まらなかった訳。それは、イザドラの黒髪と黒い瞳を忌避されたということも大きな理由ではあるのだが、お見合いする男性が皆、イザドラよりもパトリシアとの結婚を望むからでもあったのだ。
パトリシアもイザドラ同様アドコック侯爵家の正当な血を引いているのだから、姉ではなく、妹でも構わないではないかと。
六度目の見合い相手にそう言われた時は、イザドラもさすがにそのことを真剣に考えた。
アドコック侯爵家の正当な血を受け継ぐのは、ブライアンだ。そのブライアンの血を引くパトリシアも、イザドラ同様家を継ぐための正当な資格を持っている。
しかも、イザドラの母はすでに亡く、現在侯爵夫人としてブライアンを支えているのは、パトリシアの母であるベリンダだ。
これまではブライアンの意向で、前妻の娘であるイザドラの取る婿を後継者にと定めてきたが、こうも相手に断られ続けたのでは、その考えを変える必要がある。
だがそれをブライアンに宣言したら、即座に断られてしまったのだ。余計な諍いを避けるためにも、長女であるイザドラの取る婿が、アドコック侯爵家を継ぐべきだと。
(お父様の気持ちはわかるけれど……もう八年、計十回も断られ続けているのよ? いい加減、ここら辺が諦め時だわ)
きっと父もそう思ったから、こうしてイザドラとパトリシアの二人を呼び出したのだろう。
ずっと黙り込んでいる父に、もうこちらから家督をパトリシアの婿に譲ることを切り出そうかとイザドラが考え始めた頃、ブライアンがおもむろに口を開いた。




