第二話:最後の希望!
(ナ・ンDa?)
ふと気がつくと全身をつつむ、浮遊感。
上下左右が全く分からない。
視界は暗く、何も見えない。
(オレ・ハ、DOU・ナッた?)
言語感覚すらあやふやだ。
思考がまとまらず、断片的な単語でしか考えられない。
だが、ふいに思い出す。
(アァ、そUカ。おレは・死んダ・ノカ……?)
昼休み、屋上・地震、変な声。
そして。
(ゆずり・ハ)
脳裏に浮かぶ、少女の泣き顔。
必死の形相で最後まで俺に手を伸ばしていた、幼馴染。
俺が最後に守ったはずのあいつは、無事だろうか。
いや、無事でいてくれないと困るぜ。
両親を早くに亡くし、一人暮らしだった俺の面倒をよく見てくれた楪は、俺にとって家族も同然だ。
あいつにはなんとしても生きていてほしい。
まあ……これからは一人になってしまうが、どうか強く生きてくれ。
お前は強い女の子だ。
だからきっと、大丈夫だよな。
――にしても、だ。一体俺に何が起こった?あの声はなんだった?
落ち着いた女の声。
楽しげで、それでいてわずかに申し訳なさを含んだ不思議な声だった。
(誰カの声に似ていたンだが……)
もうその声は聞こえない。
あの子が待っているとか言っていたが、誰だ、それは。
まったく、訳わからんことばかりだ。
(やレやれ。マズ・は……)
軽く頭を振って、思考を切り替える。
(ココは、一体、どこだ?)
今の俺とその周囲の空間に『時間』という概念があるのかは知らないが、時がたつにつれて少しずつ思考がはっきりとしてきた。
昔楪に見せられた本には、死ぬということは意識が拡散していくようなものだと書いてあったが、今の俺はむしろ意識が戻っていくようだ。
しかし、そんな本を出したということは、あの本の筆者は死んだことがあるっつーことか?
それならいろいろと聞いてみたいことがあるんだが。
(って、ンなこと考えてル場合じゃねえな)
相変わらず体は動かず、視界も暗い。
この感覚はどこかで……。
と、そこまで考えたところで、俺は体の中に違和感を覚えた。
……体の中?
正確には心臓の位置に何かが-否、誰かがいる。
(んなアホな!?)
そんなことはどうやっても有りえない、んだが。
確かにそこに気配を感じる。
(……がい)
(あん?)
その気配から、何やら祈りめいた言葉が届く。
自分でも何が何だかわからない状態に陥っている俺は、唯一はっきりと感じ取れそうなその言葉に興味を持った。
耳、というか意識をそちらに向けて、そいつが何を言わんとしているのかを聞き取ろうとしてみることにした。
(……ねがい。……お願い!私の声を……聞いて。聞き届けて!)
繰り返しその言葉が聞こえてくる。
一体何を願っているんだろうか。
(くっ……はぁ……はぁ……)
思考にも混じる苦しそうな息遣い。
具合が悪いのか、それとも疲れ切っているのか。
(……あー、アンタ?大丈夫か?一体何をお願いしてるんだ?)
意識を向けたまま、そう考えてみる。
もちろん聞こえるはずもないとわかっちゃいるけど。
(はぁ……え)
(ん?)
聞こえるわけない。
そのはずだったのだが、予想に反してその声は俺に応えた。
(え、え?もしかして、応えてくれた……?まさか、ほんとうに!?)
声に、瞬時に張りが戻る。
(応えたのはお前だろう。なあ、一体何をお願いしてるんだよ。いや、ていうかその前にここはどこだ?俺は死んだのか?アンタは誰だ?)
まさか会話(?)ができるとは思っていなかった俺の口から、ぽんぽんと質問が飛び出す。
『会話』というものを意識したせいか、言語感覚も戻っていくようだ。
相手の声からも戸惑いと驚きが伝わっていたが、そんなことを気にかけている余裕はない。
(待って!ちょっと待って!ね、ねえ。アナタいったい誰?)
(俺は……城井鐡。上井市立第三高等学校二年五組。出席番号十三番)
(シロ、イ?クロガー?)
カタコトの発音が返ってきた。
(しろい・くろがね、だ。そんな発音しにくくもないだろう)
会話の中で気付いたが、この声は女。それも少女の声だ。
初めて聞くはずの声なのに、どこか懐かしい声。
(ご、ごめんなさい。私にはちょっと発音しにくいの。……その……ク、ロ・ガネ、って呼んでいい、ですか)
(区切られると猫の話みたいだな)
猫のクロ・がね?みたいな。
できれば繋げてクロガネと呼んでくれ、と頼んでみると、少女の声は素直にはいと答えた。
(で、ここはどこだ?俺は死んだのか、やっぱし)
一転、俺の質問に、少女の声は戸惑いに染まった。
(あなたが何を言おうとしてるか、よく分からないけど……。ここは私達ネロウの民の国。そして今いるのは王宮の地下で……。ってそんな場合じゃないの!もう敵がすぐそこにッ!)
強い焦りが言葉の端々から感じられる。
……ネロウ?王宮?敵?
(はぁ)
なるほど分からん。
(とりあえず落ち着け。あー、俺はどうなってる?)
(どうっていうか、あなたは……<E・A>よ、ね?たぶんだけ……ですけど)
(<E・A>?なんだそりゃ)
(ええ?えーと、<E・A>っていうのは<エンブレム・アーキテクト>の事で……。ってだからそんな場合じゃ……!)
(<エンブレム・アーキテクト>?)
聞いたこともない。が、なんとなくロボットの名前みたいだ、と思う。
(ん?)
ふと、俺の視界に何かが入ってきた。
上も下もなく、真っ暗闇の中にポツンと浮かんだ何か。
それは俺のすぐそば、左横にあった。
いつからあったのかもわからない。
ずっとあったのかもしれないし、今出現したのかもしれなかった。
(なんだこりゃ)
(どうしたの……ですか?)
(いや、何か文字が)
文字。
そうだ。
口に出して初めて、それが文字だと分かった。
ゆっくりと点滅しながら、俺に何かを伝えようとしている。
言語感覚の事と言い、どうも現状、意識することで俺の周囲はそう定義されていくような気がする。
<――SYSTEM Connective Y/N――>
文字はそう書いてあった。
(システム・コネクティブ?)
(??)
訝しみながら、しかし俺の指は何かに導かれるように文字の上へ進む。
俺の意思とは関係なく、そうすることが当然、とばかりに。
Y-―つまり、YESの上へと。
つ、と俺の指が触れた瞬間。
<――Activate――>
(ぐ……がっ!?)
急に激しい頭痛が俺を襲った。
(が……ぐぁぁあぁっ!!)
(え、ちょっと、なに?なに!?どうしたの!?)
少女が悲鳴を上げている。
(ちょっと、大丈夫!?ねえ、ねえってば!)
(ぬ、ぉ、お、ぉ、ぉ……)
だが俺に応える余裕などない。
きつく目を閉じて痛みに耐えるので精いっぱいだ。
いつ果てるともわからない痛みの中で、しかしひとつだけ理解できたことがあった。
これはただの頭痛ではない。
こいつは、情報だ。
すさまじい量の情報の奔流だ。
例えるなら過去――生まれてから今まで体験したことを全て脳内に焼き付けられているような。
ただし、俺の脳に(脳があれば、だが)焼き付けられているのは、過去の体験ではない。
(フレーム・関節・エンジン・電子装備・電子兵装・武装・装甲・粒子制御……)
俺にとってある意味なじみ深い単語であると同時に、これまでの日常ではほとんど意味のなかった単語が、細かな数値やグラフを伴って俺の意識に焼き付けられている。
さらにはそれらの損傷具合や修復可能かどうか、そして――全体の動かし方。
<――Acception Completed-―>
(くぅ……)
(ね、ねえ……?)
ようやく痛みが治まり始め、俺は何とか目を開けた。
眼前に――いや、俺の周囲三百六十度に浮かぶ、無数の半透明のウインドウ。
それらには全て大量の文字やコードが表示され、上から下へ流れている。
恐らく、今までの俺には――いや、俺だけでなくほとんどの人間にとって全く分からなかったであろうそれら。
だが今は。
(なんだ?これの意味が、分かる?)
膨大な数値の意味が分かるのだ。
えーと、こっちのウインドウは機体の制御系。
こっちは電子装備系でこっちが火器管制。
どちらもまだ最適化の最中か。
あっちのは環境変数を取得中で、その向こうでは気の遠くなるほどの年月動かされなかった機体の自動修復が行われている。
処理が終わったウインドウからは光の線が伸び、別のウインドウに接続されていく。
それはまるでヒトの脳神経細胞を彷彿とさせる。
(んでこれが……)
RPGでよく見る横長のウインドウ。
文字を入力しろと言っているかのごとく、カーソルが点滅している。
(パイロットの登録)
そうだ。
これはこの機体を動かすための、必須項目だ。
――これに名前を入れたその時から、俺はそいつと命運を共にすることになる――
直感で俺にはそうわかった。
名前が入力されたその時から、俺はそいつと契約を結び、持てる力のすべてを使ってそいつを助け、導くことになるのだ。そいつの望みをかなえるために。
その覚悟を互いに問うための、これは最終確認だ。
だが肝心の、『俺は一体どうなった』ってところは今だ分からん。
カーソルを点滅させるウインドウは静かに、俺の前に浮かんでいる。
(む……)
いつの間にかそれ以外のウインドウは全てが静まり返っていた。光の糸で結ばれたウインドウ達が、俺を取り囲んでいる。
それは機体を起動させるための準備が整った、ということだ。
(あの、ねえ?まだ聞こえているならお願い。私と契約して。私を――ううん、この国を助けて。お願い……っ!)
少女の切実な声が響く。
(……契約。契約?)
(そう。あなたと契約できれば――私はこの国を救えるの。父さまや兄さまや姉さま、ミリやルイや他のみんなも、国の民も。今この瞬間も出撃している兵士も。だから、お願い!!)
姿は見えずとも必死に祈っているのが容易に想像できる必死の声色。
そういえば敵がどうとか言っていたか。
だがこの声、この話。
どこかで聞き覚えがある。
光の球となったウインドウの中で俺は必死に記憶を探り。
(いや待て。まさか)
まさか。
これはあの夢か?
そう思った瞬間、全てがつながった。
――ネロウの民。契約。千年。そして、最後の希望。
聞いたことがあるはずだ。
なにしろついさっき――かどうかは分からないが、昼寝の最中にも聞いていた単語たちだ。
それがこの、謎の少女の声でぽんぽん飛び出てくる。
ってことはだ。
これは夢の世界だというのだってのか?
俺がここしばらく見続けていた、あの夢の?
(……なあ)
確証なんてない。あるわけがない。
けどたぶんそうなんだろう。
ここは俺が見ていたあの夢の世界。
一体どうしたことか、さっき屋上で死んだ俺は、俺自身が見ていた夢の中にいるらしい。
こいつは、もしかしたら死ぬ間際の俺の脳が見せている、不可思議な現象にすぎないのかもしれない。
あるいは俺自身はすでに息絶え、ここはいわゆる来世というやつなのかもしれない。
ただ――いずれにせよ、俺は俺としての自意識をもってここにいることは確かだ。
夢であろうがなかろうが。
そしてただの夢と断じてしまうには、この少女の声は切実すぎる。
これまでの夢の中で俺に語りかけてきた、傲岸不遜なものではない。
心の底から、俺との契約とやらを望んでいる。
だから俺は少女に聞いた。
(なあ、アンタ。俺に何を望むんだ?俺にどうしてほしいんだ?)
(わたし……私は!あなたの力で国を救いたい。国を救って戦争を終わらせて、みんなを幸せにして、笑顔にしたい!)
(……)
(あなたはずっと前からここにあって、ずっと私たちの希望だったの。あなたが動けば世界は変わる。戦いは終わって、平和が来る。そう伝えられてきた存在なの)
(俺が……?)
ここにあって、とか動けば、とかやっぱ意味が分からん。
自分でいうのもなんだが、俺はただのロボアニメ好きだ。そんな俺が世界を変える伝説だと?
なんか知らんが、そういうのを動かせる存在、なのか?
――バカバカしい。
(もうこの国には後がないの。私がダメだったらもう、この国は滅ぶの。数百万の民を道連れにして)
――ああ、バカバカしい。
(それだけじゃない。私たちという種族すら、消えてなくなるの!あいつらに殺されるか隷属させられて!そんなの、嫌なの!絶対に!)
俺がこんなことを。
(……ふ。いいだろう)
(だからあなたが……え?)
思いのほかあっさりうなずいた俺の声に、むしろ少女の声のほうが戸惑った。
(いいだろう、といった。OK、了承、はい、だ)
(え、え……?)
俺が。
この俺が、こんな――。
こんな燃える展開を逃すはずがないだろう!
国が亡ぶかどうかの瀬戸際なんて言われて、手伝わないわけがないだろう!
まして女の子からそんな必死に頼まれて、だ。
ここでNOなんて言ったら男がすたる。ヒーロー失格だ。
いちロボットアニメ好きとして、この展開は最高すぎるシチュエーションだ。
恐らくその<E・A>とやらはロボットか何かだろう?それも伝説とまで言われるほどの力を持った。
察するに、俺はその機体を動かせる存在なのだ。
なら共にその力を御し、戦ってやろうじゃあねーか。
死んでしまったことは実に、非常に残念極まりないが、だがその先にこんな展開が待っていたなら、そう捨てたものじゃないかもしれない。
そう考えてしまうあたり俺も大概バカ野郎だが、それがどうした?
まあ、いろいろ聞きたいこともあるしぶっちゃけこの状況訳わからんが、そういうことを考えるのはあとにしよう。
敵とやらが来ているんだろう?
持前の切替の良さ(楪に言わせると、何も考えていない)を発揮して、俺は心を決めた。
俺はもう一度、語気を強めて宣言した。
(いいだろう!結ぶぜ、その契約!!)
(!)
その瞬間俺の前に光の粒子が集まり、ヒトのカタチを作ってゆく。
(あんたは……)
(あなたは……)
交差する視線。
俺の前に姿を現したのは、一人の美少女だった。一糸まとわぬ姿で俺の前に浮かんでいる。
白い肌に不思議な紋様。頭部にはオオカミみたいな耳がついている。
さらりと流れる美しい銀髪。
ネコ科の動物のような大きな金色の瞳が、俺を見返している。
すらりとしたきゃしゃな体は光の膜でおおわれ、輝いていた。
ふと見下ろせば、俺の体もまた、同様に首から下が輝いている。
(改めて名乗ろう。俺は城井鐡。クロガネでいい)
(わたし――私は……)
桜色の唇が開かれ、鈴の音のような声が流れ出した。
互いに手を伸ばしあい、指先を触れ合わせる。
カーソルの点滅するウインドウが、俺達の間に移動した。
(私の名前は、リーファルミア。リーファルミア・ネロウ・アーデルローテ)
(リーファルミア。オーケー。覚えたぜ)
自動的にその名を入力されたウインドウが一際強く輝き-周囲のウインドウから一斉に伸びた光の糸が、俺とリーファルミアに向かって収束した。
* * *
強襲戦闘母艦<ヴルドガーズ>のブリッジは喧騒に包まれていた。
あらゆる方法で収集された情報の全てがこの場所に集まってきている。
艦内の配備状況、出撃を待ちわびる戦闘兵器のコンディション、彼らの向う外の世界。
そして、彼らが戦うべき敵――すなわち、聖・ネロウ王国の周辺状況と軍の配備状況。
『敵軍セ・101部隊、ポイントTH-00564より東に展開中』
『敵軍セ・304部隊、ポイントKB-11231に展開を終了。展開数百三十四機』
『友軍01、<SOCom>起動完了。現在待機中』
『友軍03、<SOCom>起動処理を開始。終了まで八秒』
淡々と入ってくる報告を聞いているのは、ブリッジ内で一番高い席に陣取る男である。
針金色の短髪を一房だけ紫に染め、細面の顔には単眼鏡をかけている。
飾り立てた軍服は、彼が相当な階級を持っていることをうかがわせた。
今回が戦線への初投入となる彼の繰る戦闘母艦<ヴルドガーズ>は、現在の世界のほぼ半分を手中に収めるアトランディア帝国でも有数の、最新型大陸上戦艦だ。
人型戦闘兵器<SOCom>三個大隊――総数三百機を搭載し、艦全体に多数の対艦・対<E・A>兵器を備えた、強襲艦としての性能も持つ。
さらに、極めて貴重な兵装であるE兵器、つまり実弾ではなく粒子エネルギーを利用した兵装も初めて搭載した重武装艦である。
それらを統括している男は、その責を背負っている割にはまだ若い。いや、若く見える。
少なくとも外見は二十歳そこそこだ。この大部隊を統括するには経験も知識も不足しているような年だが、しかし男の顔には緊張も焦りもない。
いやむしろ、ここにいるのが当たり前だ、と言わんばかりである。
「あー、くそ。また外れなかったよ」
女性と見まがうほど細い手の中でもてあそんでいるのは、知恵の輪だ。
最高難易度の輪は、男の――この部隊を指揮している青年の頭をもってしても容易に外れてくれない。
「戦い前からケチがつくのは嫌いなんだよなぁ。気分晴らしにコーヒーでも……」
と、司令官席を半回転させてテーブルに手を伸ばすが、そこにあるカップには中身がない。
「誰だい、僕のコーヒー飲んじゃった奴は。殺すよ?」
いや、さっき自分で飲んじゃったんだっけか?そもそもこの部隊でコーヒー飲めるのは僕しかいないか。
いずれにしても飲みたい時に中身がないカップなど、何の意味もない。
八つ当たり気味にガンと一つテーブルを叩くと、浮き上がったカップが倒れて転がり、床に落ちた。強化プラスチック製のカップは壊れなかったが、甲高い音を立てる。
その落させ、青年の癇に障った。
「……本当いやだな。こいつまで僕をバカにするのか?」
パチンと指を鳴らす。
『お呼びでしょうか』
すぐさま彼の後ろに控えていた兵士が歩み寄った。
その兵士は異様な風体だった。作戦行動中だからそれでいいと言えばいいのだが、全身を強固な防護服に包み、背中にバカでかい突撃銃を括り付けている。
突撃銃は本体だけで兵士の体半分ほどがあり、折りたたまれた銃身を伸ばせば、二メートルはある兵士よりも大きくなるだろう。
それでいて外見は狙撃銃や対物ライフルではない。
大きさも反動も桁外れであろうそれは惑うことなき突撃銃だ。
なにより異様なのは、頭部だ。
顔が全く見えないつるりとしたフルフェイスのヘルメットのようなものをかぶっている。
そこから流れるのも肉声ではない。
スピーカーを通して聞こえるのは、抑揚のない電子的な音声だ。
「呼んだよ。コーヒー。すぐに」
見渡せば、このブリッジ内にいるすべての兵士が同じ格好をしている。
着席して艦の操作に当たっているものはさすがに銃を背負っていないが、外見は全て同じ。
余計な会話も動作の乱れもない。まるで人形の群れだ。
だが、そんな異様なブリッジにいる青年には、まるで恐怖などない。
呼びつけた兵士にコーヒーを持って来いと命令を出す。
「あとこのカップ捨てろ。もういらない」
『了解しました。ただちに片付けます。コーヒーはすぐにお持ちします』
作戦行動中――いや、作戦開始直前になって司令官が休憩すると言っているようなものなのに、どの兵士からも感情の揺らぎは起こらない。
床に落ちたカップを拾い上げた兵士が、艦橋を出て行った。
『作戦開始まで三百秒。全友軍ユニットは待機中』
『敵軍に動きなし。防御隊列を維持』
「あーあ。もう始まっちゃうよ。何もたもたしてるんだ?さっさと持って来いよ、コーヒー」
今命令したばかりなのに無茶を言う。
大体青年が好むコーヒーは抽出に手間がかかるドリップな上、高価な豆は繊細だ。
かといってインスタントなどを持って来ようものなら、その場で兵士は殺されてしまう。
つまり、どう頑張っても三百秒以内にコーヒーを口にすることは叶わないと、彼は分かっている。
「……まあいいか。どうせあいつらとの戦いなんてゲームだし。むしろコーヒーできてくる前に終わっちゃうかもねー」
さっき自分は戦い前にケチがつくことなんて嫌だと言ったが、そもそもケチがつくほどの戦いになることなどありえない。
敵の兵器の性能は高いが、数で攻められれば何の問題もなく破壊できる。それは幾度となく繰り広げられたかの国との戦いの歴史が証明していた。
しかし、前線基地がほとんどつぶされ、領地も自分によって八割がた征服されたというのに、未だに彼らは降伏しようとしない。強固な城壁を作って数十年間引きこもっている。
この、自己修復まで行う城壁が曲者で、青年の所属する大国の技術をもってしても破壊は容易でなかった。
今でこそ自分たちの方が上とはいえ、あの国の技術レベルは侮れなかった。
やむを得ずしばらくの間放置し、戦いは消耗戦に切り替わることになる。
近年になってようやく経年劣化による傷みが見え始め、改めて戦争を仕掛けたのはいいのだが、それもも五年以上に及ぶ。
正直、いい加減飽きてきた。
そろそろ――できれば今回で終わりにしたい、というのが青年の本音だった。
(まぁこの艦を投入すれば簡単だろ)
ブリッジに次々と準備完了の報告が届き、敵の状態が逐次もたらされ、青年があくびをすること十回。やはりコーヒーは来ない。
『作戦開始まで六十秒。カウントスタート』
「あーあ。時間だよ。……さて。それじゃ」
サディスティックな光を眼に浮かべて唇を湿らせ、青年はつぶやいた。
かちゃりと単眼鏡の位置を直し、
「ゲームの始まりだ」
青年がぐっと身を乗り出す。
「<ヴルドガーズ>奇数砲門開放。砲撃開始十秒。目標は正面に展開中の<E・A>部隊。砲撃終了後<SOCom>は順次発進させるから。ちゃっちゃとやっちゃって」
『了解しました』
流れるようによどみなく、青年は部下に指示を下す。
戦闘開始の合図だというのに緊張のきの字もない。
本当にゲームを開始するかのような適当さで出された指示だが、その方法は間違っていない。
『<ヴルドガーズ>艦砲射撃用意。第一・第三・第五砲塔へ動力伝達。弾種選定、50式気化榴弾砲。砲撃は正面左翼より十五メートル間隔で十秒』
彼の意図を正確に理解した<ヴルドガーズ>の砲撃主を務める兵士が、抑揚のない声で細かな指示を下す。
青年が出した指示とは、要は<SOCom>部隊が発進する前に可能な限り敵を漸減し混乱させ、その排除を容易にするためのものだ。
敵<E・A>は一糸乱れぬ隊列を組んでこちらを待ち構えている。左翼・右翼共に隙がない。
そこに突っ込んでいくのは、いかに数の利を有する<SOCom>であっても無謀に過ぎる。
正直な話、こちらの半分ほどしかいない<E・A>でも、有効な戦術と優秀なパイロットがいれば簡単に<SOCom>部隊は撃破されてしまう。
奴らが誇る<E・A>とはそれほどの性能なのだ。
故に――この<ヴルドガーズ>の砲撃で敵の陣形を崩すのだ。
この艦でひき潰してもいいのだが、奴らもバカではない。
のこのこ近づいていけば防御の薄い背後を狙われてしまうことは想定できる。
砲撃で殲滅してもいいのだが、それでは今回実行する、ある“テスト”が出来ない。
だからこそ、青年としては甚だ面倒くさいことに、今回も<E・A>には<SOCom>をぶつけなければならないのだ。
その前哨戦として選択された50式気化榴弾砲は、今回から投入された対多数部隊用の範囲爆撃用の最新鋭弾である。
着弾地点を中心に半径十五メートルほどに超高温空間を作り出し、敵を溶かしつくす。
その瞬間的な温度は摂氏五千度ほどにもなり、いかな高性能を誇る<E・A>であっても瞬時に機体が機能不全に陥り爆発する。
中の人間など、自分に起こったことも理解する前に蒸発して消えてしまうだろう。
ブリッジからの指示を受けた各砲塔の要員が弾頭を装填し、細かな修正を加える。
ほぼ全自動化されており、極論すれば青年一人でも動かせるこの艦ではあるが、戦闘中はやはり現場での操作が確実だ。
艦正面に備えられた六基のうち三基の砲塔が作動し、二連装の砲身が上下左右に細かく振られる。
『誤差修正。全砲塔砲撃準備完了』
「撃て」
『撃ち方はじめ』
盛大にあたりを染め上げる砲撃時の光と轟音。
六基ある<ヴルドガーズ>の主砲のうち、偶数番号がビーム砲塔で、奇数番号の砲は実弾射撃用のものだ。
現在砲撃を敢行しているのは奇数番号で、五十センチ径の電磁投射砲である。
常識外れの速度で撃ちだされる砲弾が轟音と共に空気に穴をあけ、余剰電力が放電され照明弾でも落としたのかというほどの閃光があたりを席巻する。
「これで半分くらい削れると、あとが楽なんだけどねぇ」
青年の言葉には、自分たちが相手にしているのが同じ人間であるという認識など欠片もない。
単なる人型兵器やバーチャルな存在、あるいは――動物を相手にしているような認識しか、彼にはないのだ。
『着弾』
三キロメートル以上の距離があっても、電磁加速された砲弾はわずか数秒で到達する。
青年が一人ごちている間に、発射された大量殺りく兵器が<E・A>部隊のど真ん中に炸裂した。
直後、その様子をリアルタイムで映し出すモニターが白く染まる。
50式気化榴弾が、炸裂と同時に膨大な熱量と光を生み出している。
それに晒された敵機は瞬時に溶解し爆発しているだろうが、榴弾内の薬品が化学反応時に生み出す光のせいでその様子は全く視認できない。
『効果を確認。敵陣形に大幅な乱れを認める』
「はいはーい。続けて続けて」
ぱんぱんとやる気のない拍手をしながら、青年は視線を別のモニターに向けた。映し出されているのは<ヴルドガーズ>内の格納庫。
三百機もの<SOCom>部隊が戦闘準備を整え、出撃の時を今や遅しと待っている。
「準備はできてるね」
『はい、艦長』
カメラの向こうで直立不動の兵士が答える。
「おっけー。<ヴルドガーズ>メインハッチオープン。<SOCom>出撃」
『了解』
ブリッジの兵士がパネルを操作すると、<ヴルドガーズ>の正面、左右に分かれる主砲塔の間にあるハッチが口を開けた。
『砲撃終了まで七秒』
「よーし次行ってみよう!」
実に楽しそうな声を上げて軍服の袖をまくりあげ、青年は目の前のパネルに二つ備えられた球体に、それぞれ手を乗せた。
「レッツ侵略ぅ!」
青年の肌、軍服から除く腕と首、そして顔に、線状の紋様が浮かび上がる。
それは複雑に絡み合い、病的なまでに白い彼の肌の上を侵食した。紋様で覆われた顔の中で右目が鮮やかな紫色に発光する。
一方格納庫では、待機中だったすべての<SOCom>が起動、頭部のライン・センサーに光が灯る。その色もやはり、紫色だ。
『砲撃終了。作戦を第二段階に移行』
「そぉーら、みんな行けぇ!」
電磁投射砲の砲撃が終わると同時に<SOCom>達は次々にブースターを点火、我先にと<ヴルドガーズ>から発艦していく。
光の収まったモニターには、見るも無残な光景が広がっている。
溶解し、爆発した敵機のちぎれたパーツが散乱し、大地にはクレーターが点在している。
くわっと開かれた半溶けのマニピュレータが、搭乗者と機体の苦悶の最後を表しているようだ。
「♪~♪~」
破損した友軍や自機を庇いながら後退していく<E・A>部隊に、<Socom>は鼻歌交じりに襲いかかる。
「さあ、狩りの始まりだ!」
青年――アトランディア帝国軍第三位王位継承者アクザール・アローガンス・アトランディアによる、一方的な破壊、否、虐殺が始まった。
* * *
「総員、聞こえるな!?生きているものは今すぐ応戦しろ!被弾機は下がれ、的になるぞ!」
聖・ネロウ王国第二方面<E・A>大隊<フライア>の指揮官カーリック・キースベルト大佐は、コクピットの中で無線機に叫ぶ。
失態だった。数か月ぶりのこの戦いに、まさかかの有名な狂乱王子こと、アクザール・アローガンス・アトランディア本人が出張ってくるとは。
しかも最新型の陸上艦まで持ってきている。
この艦の情報を軍部は掴んでいたがその詳細は不透明であり、故に対策もほとんどできていなかった。
アクザール王子の悪名は、戦争中のこととはいえ全世界に轟いている。
曰く、戦争狂い。虐殺王子。爽やかなる殺人狂。
戦争中の国同士の戦いに卑怯とかやりすぎといった言葉は大した意味を持たないが、それでも最低限のルールはある。
あまりに非人道的な作戦や兵器を投入すると、仮に戦いに勝利してもその後の処理が恐ろしく大変なことになる。
罪もない市民を殺しすぎたり、捕虜を虐殺したり、あるいは敵とはいえ兵士の人間性を無視した戦い方をすれば、全世界から非難が殺到し、その国は孤立してしまうだろう。
いや、それで済めばまだいい。
ただし、それは世界にいくつもの国があり、かつそれらをまとめ上げる国際的な連合があればの話だ。
年々激化してきた戦争で世界地図がほぼ二色になってはや数百年。
かの国とアクザール王子を非難し制止できるだけの国も組織もありはしないのだ。
もはやかの国と狂乱王子の暴挙を止められる者は皆無に等しい。
――我々以外には。
「第六、第七中隊は後退砲撃!第八隊は左翼を援護、第四と第五は追手を足止めしろ!」
「はい、隊長!」
あの艦の艦載性能は、こちらの事前想定を大きく上回っている。
侵攻してくる敵軍の数が多すぎるのだ。
生き残り部隊を必死に建て直し、迫りくる敵<SOCom>部隊への対処を急がせる。
なにしろ今しがたの砲撃で、展開中の部隊の四割近くを失った。
残った兵たちも機体も無傷のものは少なく、王国の防衛網には大きな穴を開けられてしまった。
ギラリと光る縦長の瞳孔が細められ、口の端から突き出た犬歯が皮膚を削る。
「この戦い、なんとしても耐え抜かねばならぬ。あんな艦に侵攻されここで我らが倒れれば今日!国がなくなる……っ!」
『大隊長、敵部隊が左右に展開します!』
部下からの悲鳴じみた報告が届く。
「挟み撃ちにする気だ。全ユニット、防御陣形をダイナム3に移行!」
カーリックは自ら最新鋭の指揮官用<E・A>、<エンヴリマ>を駆り、肩に背負った大砲を下ろした。
二十メートルはある機体の半分ほどにもなる長大な砲身を支えるべく、バイポットが自動的に展開、砲全体を支え安定させる。
「フライア・リーダーより各員、これより当機も援護砲撃を敢行する。被弾機は撤退を急げ」
『フライア・ツー、フライア・リーダーの直援に入ります。大佐は砲撃に集中してください!』
「助かる」
バカでかい砲を下ろしている間、<エンヴリマ>はほぼ無防備となる。
万一砲撃の最中に接敵されれば、いかな最新鋭指揮官機のスペックをもってしても、これに対処することは難しい。
副官――フライア・ツーのサインを持つ特徴的な機体が腰を据えたこちらの援護に入り、あたりを警戒し始めた。
二機がいる場所は戦場をある程度見渡せる城壁の上だ。
もともと敵<SOCom>部隊を水際で食い止めるべく建造されたこの城壁は、幾度もの戦いの中で傷つき破損しながらも、二十メートルの巨人と彼らの携える武器を支える力はまだ残していた。
「指揮官席にふんぞり返っているわけにいかんのが悲しいな」
『現場の人手不足はご存知でしょう。情報収集は適時行っていますし、大佐は攻撃しながらでも戦場を見渡せる眼力をお持ちです。でしたらそれを有効にお使いください』
「やれやれ……」
本来大隊指揮官は戦場から最も遠い場所で、集められた情報を元に作戦を組み立て指示を出す役目を持つ。
前線に出るのは中隊・小隊指揮官の役目なのだが、人員不足の聖・ネロウ王国ではそういう訳にもいかず、今回のように大隊指揮官が作戦指示と攻撃を同時に受け持つ場合が多かった。
特にカーリックはその両方を同時にこなしてなお、どちらもしっかりと実績を上げているので余計にその役を仰せつかりやすい。
――通信機の周波数を僚機間通信から全部隊間通信に変更。
カーリックは軽く息を吸い、スコープを覗いた。
「フライア・リーダーより達す。フィールド左翼から砲撃を開始する。当たるなよ」
『当てないでください』
「ふ」
精密砲撃体制に入り集中力を高める中、副官との他愛ないやり取りがいい具合に精神をほぐす。
「発射」
緊張とリラックスが絶妙のコンビネーションを見せた瞬間、カーリックの指がトリガーを引いた。
直後、すさまじい轟音とともに、大口径の砲が火を噴いた。
二メートル以上ものマズルフラッシュが視界を焼き突風を生じさせる。
弾丸が空気を裂く、鋭い飛翔音。
極めて精密に射線を取った砲弾は、今にも友軍機に襲いかかろうとしていた<SOCom>の一機を貫く―のみならず、その背後の数機をまとめて貫いた。
『弾着確認。五機撃破』
観測手まで勤めてくれるのか、フライア・ツーから結果報告が届く。
<エンヴリマ>が構える<E・A>用大口径対物銃<バレット・クレーター>は、カテゴライズとしては電磁加速型狙撃銃だ。
電磁加速型破砕砲がベースとなっている為口径百五十ミリ、装弾数は十+一発。最大射程は三千五百メートル強に及ぶ、化け物銃である。
いくつかの弾丸(というか砲弾だ)を装填できるが、今発射されたのは最も貫通力に優れたタイプのもの。
空力制御の精密なライフリングが掘られ飛距離も長く、長距離を進んだ後も貫通力が落ちにくく着弾の誤差も少ない。
そして、その効果はこの通りだ。
胴体を貫かれた<SOCom>達は、オイルとちぎれたパーツをまき散らしながら、真っ二つになって数メートルを転がった。
さらに、砲弾の持つ有り余るエネルギーはその名の通り最終着弾点に大穴を生み出す。
『お見事です』
「ふん。次だ」
仕留めた獲物にさしたる感慨もなく、カーリックは照準に敵機を捉え続ける。
<バレット・クレーター>が連続で火を噴き、銃身が赤く焼ける。
カーリックを含め、強靭な動物の遺伝子を持つ彼ら亜人種と呼ばれる人種にとって、千メートルクラスの精密砲撃など然したる難度ではない。
この機体には優秀な電子兵装が搭載されているし、まして相手は個々の判断ではなく、ただの群れだ。
厄介なのはその数と、いくら倒しても群れが怯えを見せないことだが……。
『まるで射的ですな』
「ふん」
<SOCom>たちは一度に三機ほどが次々と、あっという間に十機以上が撃墜され、隊列が崩れた。
友軍への攻撃の手が弱まる。
好機だった。
「フライア・リーダーより達す。攻撃可能な部隊は反撃に移れ。援護砲撃は続行する。どうせ奴らは人形だ。八つ裂きでもなんでも好きにしろ」
『おおおおおおおおぉっっ!!!』
スコープを覗きながら静かに下された命令に、部下たちは雄叫びで応えた。
「貴様は行かんのか」
指揮官自らの援護と鼓舞を受けて体勢を立て直し、逆に<SOCom>に襲いかかる部下たちを照準線に捉えながら、カーリックは副官に問うた。
今でこそ落ち着いた物腰で自分につき従っているが、実は彼も相当に戦いたがっているのを知っているからだ。
もともと副官――ヴィスコット・フォン・サトー少佐は、第一線部隊からのたたき上げの軍人だ。
もちろんカーリック自身もそうだが、第一線を退いて数十年がたつ。
対してヴィスコットはカーリックの副官についてまだ半年。
戦場の空気を、かつての戦友にして今は部下となった兵の雄叫びを聞いて、血が騒がないわけがなかった。
『いえ。自分は残ります』
だが彼は今の職務に忠実だった。
優秀な軍人は常に最悪の事態を想定する。
自分が離れ、万一別働隊などに急襲された場合、腰を据えたままの指揮官機<エンヴリマ>はあっという間に撃破されてしまい――それはすなわちこの戦い、ひいてはこの国の滅亡へとつながる。それだけは許されない。
『ご老体をおいて遊びには出られません』
しかし、部下は諸々の真面目な理由を述べずそう返す。
「……ふん。貴様とて大して歳は変わんだろうが」
『十五歳差は大した差です。百六十歳と百四十五歳。ここには大きな壁があります。さらに言うなら、あなたは私の父と同じお歳です、大佐殿』
「……」
亜人種である彼ら聖・ネロウの民は長命だ。
現在その平均寿命は二百年に届こうかというほどである。
現国王であるエスペディート一世などは細胞のクローニングを含めた延齢処置を繰り返し、すでに三百歳を超えている。
反面、長命化の影響として彼らには自身の年齢に対して鈍感な節がある。
それまで誕生日を楽しんでいたものも、百年を超えたあたりから『もうどうでもいい』と考えるものは少なくない。
カーリック・キースベルト大佐のように。
ただ、そうであっても百六十歳と百四十五歳では肉体的にも大きな違いが出る。
働き盛りと定年期くらいの、だ。
「……むう」
カーリックはスコープから皺の増えてきた顔を離してしかめ、さらに皺を増やして傍らの機体を見下ろした。
『なにか?』
涼しい顔でこちらに頭部を向ける機体は、装飾こそ優雅に施されているが人型ではない。
ヴィスコットの駆る機体は、彼らという存在に多大な貢献をしている遺伝子の持ち主と同じ、四足歩行動物の形状をしている。
太く強靭な四足と、柔軟性に富んだ長い胴体。
頭部は小さく、尖った耳はレーダーの役目を果たす。
口腔から除く、ずらりと並んだ機刃は近接戦闘用の装備だ。
胴体は中央からに分割されてジョイントで接続されており、コクピットは前部分の中央内部に存在する。
後部には支援用の二連装レールガンやミサイルランチャーを搭載し、折りたたまれたブレードを展開して吶喊すれば、この機体が通った後にはモーセの海割りよろしく道ができるだろう。
同様の機体は現在前線で戦っているいくつかの部隊でも運用されており、ヒト型では不可能な鋭く圧倒的陸戦機動力を生かして敵<SOCom>部隊を攪乱、各個撃破に持ち込んでいた。
にしてもだ、とカーリックは思う。
二十メートルの鋼鉄の巨人につき従う、これまた巨大な四足歩行機体。
地にふせ、頭部を若干持ち上げて索敵と情報収集を行っているのだが、<バレット・クレーター>を構えた自分の脇にいるその姿はまるで。
「……猟師と猟犬だな」
『なにか仰いましたか、大佐殿』
「なんでもない」
まさに今の自分は猟師であり、彼は猟犬だ。そして狩る相手はいくらでもいる。
再び<バレット・クレーター>のスコープを覗き込み、援護砲撃を再開しようとした矢先のことだった。
『接近警報!直上方向距離二十!敵<SOCom>十機を認む!』
「むぅっ!?」
ヴィスコットの警告が飛ぶ。
レーダーと連動した<エンヴリマ>の頭部が自動的に上を向き、メインカメラの照準が合わせられる。
「ステルス型の<SOCom>か!」
狂乱王子だの破壊の権化だのと呼ばれているアクザール王子だが、戦いにおけるセンスはずば抜けている。
彼はその名に反して無謀な突撃や意味のない部隊運用はせず、戦術的・戦略的に部隊を動かす。
恐らく、カーリックの援護砲撃が始まった瞬間からこちらの位置を察知し、ステルス装備を施した別働隊を差し向けていたのだろう。
あるいは初めから彼を狙うことが目的だったのかもしれない。
いずれにせよ。
『大佐!』
「分かっている!フライア・リーダーより全ユニット。ポイントゼロに敵襲来。数は十。当機は援護砲撃を中断し対処に当たる。各員は戦闘を続行せよ!」
通信を飛ばしながら<バレット・クレーター>から手を離し、スラスターを緊急点火。
<エンヴリマ>は飛び退るように後退し――直後にさっきまで機体があった空間を紫色の光が裂いた。
<SOCom>が常備する近接専用ナイフではない。
複雑な分割線の刻まれた直方体から延びるのは実体の刃ではなく、毒々しい紫色に光るエネルギー。
「<ビームソード>!?再実用化していたのか!?」
カーリックは驚きに目を見開いた。
幸い追撃はなく、<ビームソード>を持った<Socom>は牽制するようにそれを構えているだけだ。
現在の世界における兵装に、エネルギーそのものを使ったE兵器――いわゆるレーザー兵器や粒子ビーム兵器といったものはほぼ存在しない。
大戦が始まった当初、現在では旧文明と呼ぶ時期にはごく普通に存在していたのだが、開戦から三分の二が過ぎたころの大戦で世界の八割が焦土と化したとき、その技術が失われていた。
正確にはその整備や生産を担うシステムが崩壊したのである。
そのため現存しているE兵器はそのほとんどが作動不良で置物と化し、今ではその作動原理すらよく分からなくなっている-のだが。
『恐らく過去の整備施設を発掘したのでしょう。半年前にアトランディアが併合した旧カノト=ア王国には、旧文明の遺跡がありました。再実用化など眉唾物の話と言われてきましたが、どうやら本当だったようですな』
ヴィスコットがうなる。彼の愛機<Z-Tiger>、略称<ズィーガー>はすでに戦闘態勢に入り、強靭な鋼鉄の四肢で城壁を踏みしめ、浮遊する十機の<SOCom>を睨みつけている。
『やーれやれ。やっと見つけたよ指揮官機と犬。動くなよ?』
「ぬっ……」
聖・ネロウ王国の指揮官・副官機に銃を突き付け包囲する十機の<SOCom>。
『ずいぶん派手に、うちの<SOCom>ぶっ壊してくれたじゃないか』
あれ結構高いんだぞ、といささか以上に緊張感の欠けた男の声が響いた。
アクザール王子は<SOCom>の一機の外部マイクを使って、彼らにコンタクトを取ってきている。
王子との会話など反吐が出るほど嫌だったが、無視するわけにもいかない。
やむを得ず二人は外部マイクを起動して話に乗ることにした。
「通信。いや、外部音声か。……お久しぶりですな、アクザール王子」
『実に数か月ぶりですな。自ら我ら一介の軍人に声をかけてくださるとは。ありがたくて涙が出ます、狂乱王子殿』
ヴィスコットが鼻を鳴らす。
『ひどい言われようだねぇ』
「事実だろう。で、何の用かね第三王子。我々は今非常に忙しいのだが」
『全くその通り。なにしろ我が国周辺に大量の泥人形が現れましてな。早く始末しないと、美しい我が国が泥まみれになってしますのですよ。これがね』
『言うじゃないか。未だに世界の半分に蔓延る犬畜生の分際で』
まあいいや、と咳ばらいがひとつ。
「じゃ手短に用件を。今すぐ降参してくれないかな。っていうかしろ。地べたに這いつくばって僕の足をなめてくれ。そしたら君と君の部下だけは助けてあげるかもよ」
アクザール王子が爽やかな声で怖気の走るようなことを言う。
要するに降参し、自分の傘下に入ればカーリック率いる部隊の命のみ保障する、ということであるが、それは決して待遇を保証するものではない。
人間性などすべて剥奪されて使い捨てられる、奴隷以下、畜生にも劣る暮らしが待っていることは想像に難くなかった。
まして(それが本当であれ)補償対象外の国民や王族が辿る運命など、考えるだに恐ろしい。
だがそれを聞いたカーリックは、思案気に顎を撫でながら言った。
「興味深い提案だ。私は部下思いで通っている将でね。私のみならず部下の命を助けてくれるとなると、これはすがりつきたくなるな」
『……大佐。我々は国と民と王を守るために戦っているのですよ』
「知っているよ少佐。だが私とて命は惜しい。もうすぐ娘夫婦に孫が生まれるのでな。その顔も見ずに死ぬのは御免こうむりたいところだ」
『いいよ。きみが望むならその、娘夫婦に孫とやらも交渉内容に入れてやるさ。扱いがどうなるか知らないけどね』
たぶん見世物小屋だろうけど、とアクザール王子。
むろん、ヴィスコットにはこのやりとりがブラックジョークの一つだと分かっている。
今声をかけたのは、僚機間通信のモニターで攻撃のタイミングとポジション、そして方法を進言したためだ。
ただ、それを上官が検証するためには多少の時間が必要となる。
「少佐、君は反対かね?君も私も、私の娘夫婦と孫、それに我々の部下も助かるんだぞ?どの道戦に負ければすべてを失う。ここで保証を取り付けておくのは悪くないだろう?」
カーリックは軽口を返しつつ進言された内容を吟味し、修正し、実行許可を出す。
のんびりとした口調とは裏腹に、彼らの視線と画像のやり取りによる通信は激しかった。
『おっしゃる通りです、大佐殿。ですが、私が反対あるいは不可能と考えるのは『足をなめる』というくだりです』
ぱかりと<ズィーガー>の口部が開き、ユーモア感たっぷりに首をかしげる。
『大佐殿の機体はもちろんですが、この機体にも舌などついていません。ご覧のように機刃ならありますので甘噛み程度ならできますがその場合、アクザール王子殿の足は二度とサンダルを履けなくなるでしょうな』
ない、というその舌があれば、<ズィーガー>はそれこそ犬のようにそれを伸ばし愛嬌のあるしぐさをして見せたことだろう。
だがあいにくと口腔から除くのは、ずらりと並んだ鋭い機刃だけだ。
「ふむ。確かにサンダルは無理かもしれん。アトランディアの王族は風習に従い、パーティーでは専用のサンダルを着用すると聞く。機刃で傷だらけになった足は、人様には見せられんな。……いくら狂乱王子の足とはいえ」
『おっしゃる通りです、大佐殿』
<エンヴリマ>はあきれた仕草をして見せながら、ゆっくりと歩を進める。
四足機体<ズィーガー>はその場に腰を下ろした。いわゆる『お座り』の状態だ。
二機の動作はいかにも自然体で、意図など何もないように見えた。
『あー、おいお前ら』
『――大佐殿。あと三メートルこちらへ』
「――うむ」
軽口の合間に、僚機間通信。攻撃に最適なポジションへそろそろと移動を続ける。
『おいってば。動くなよ』
「む?ああ、これは失礼した、狂乱王子」
『何しろ我々は頭の悪い犬ですからな。主以外の命令はなかなか聞けんのですよ。その辺ご容赦を、狂乱王子』
『……次に狂乱王子って言ったらブッ殺すからね。僕はその名前が大嫌いだ。それと、僕はパーティーも嫌いだ。サンダルは持たされているが未だかつて履いたことはないよ』
あと、誰がその機体で足舐めろと言った?
不機嫌そうな声が降ってきた。
『おや、違いましたか、』
「私の機体でも無理だな。彼の言うとおり舌などないのでね」
アクザール王子の警告を無視してゆっくりと移動していた<エンヴリマ>の位置が、<ズィーガー>の右脇となる。
反撃の準備は整った。
同時に聖・ネロウの佐官二人は、自らの牙をむき出して凶悪な笑みを浮かべる。
「『狂乱王子』」
『ブっ殺す♪』
爽やかな顔でブチ切れたアクザール王子の命令で、十機の<SOCom>が一斉に銃撃を開始。
いくつもの光と爆音が、銃弾が、瞬時に空間を埋め尽くし、<エンヴリマ>と<ズィーガー>を切り裂きブチ抜き四散させ――。
『あれ?』
――なかった。
『遅いですな』
<SOCom>の手にする突撃銃。
その発射時のマズルフラッシュとアクザール王子が思ったのは、爆発する味方機の発したものだった。
「やはり、こと近接格闘では我らに分があると見える」
着弾――否、爆発の煙を裂いて躍り出る二機の<E・A>。
機刃を煌めかせる<ズィーガー>が突撃銃ごと<SOCom>の腕を噛みちぎり、その背後から両マニピュレータに<F・A>サイズのコンバット・ナイフを握った<エンヴリマ>がブースターを吹かして空を翔け、敵機の胴体を両断する。
亜人種の身体能力は常人の十数倍。
当然、それに合わせて建造された<E・A>の性能は、パイロットの能力を十二分に発揮する構造だ。
<E・A>の動作は常人ならばとても捉えきれるものではない。
『ちょ、くっそ!』
慌てた様子のアクザール王子が生き残っている<SOCom>部隊を立て直して反撃に移ろうとするが、攻撃後に着地していた<ズィーガー>が驚異的な跳躍を見せてこれに追いすがる。
『こンの、犬畜生が!』
狂乱王子の罵声が、真っ二つにされ落下する<SOCom>の頭部から響く。
もともと肉食四足動物の後ろ脚は、非常に柔軟性に富み瞬発力が高い。
狩りを行う動物は獲物に気付かれる前に、あるいは気づかれても逃げられるより早く追いすがらなくてはならない。
<ズィーガー>開発において、技術者たちはその特徴を機体に与えていた。
<SOCom>が銃撃を開始する直前、<ズィーガー>は『お座り』の状態から強靭な後ろ足のバネを使って跳躍し、突撃銃に噛みつき破壊していた。
そして、銃撃に穴ができるその一瞬に攻撃範囲から逃れた<エンヴリマ>もまた、近接格闘兵装を手に接敵し、反撃に移っていた。
二機がほぼ同一の位置に移動したのは、敵機の照準を一所にまとめるためだ。
両者が離れており照準がバラけて着弾すると、目くらましに使った着弾煙やマズルフラッシュは敵から見ると薄くなり、効果的な奇襲ができなくなる。
さらに瞬発力で<ズィーガー>に劣る<エンヴリマ>が射線から逃れやすくなるという側面もある。
いずれにしてもこのコンマ数秒の反撃は、強靭な肉体と反射神経、動体視力を有する彼らと、性能で<SOCom>に勝る<E・A>だからこそ可能な戦術だった。
五秒と掛からず十機の<SOCom>が撃破され、全てが城壁の外へ蹴りだされた。
<ズィーガー>の後ろ足によって、文字通り蹴り落とされたのだ。
コンビネーションによって逆に奇襲を成功させ、優位を回復した<E・A>から、静かな声が響く。
「あまり我らを舐めないことだ。少なくとも――貴様の足より舐めにくいのは確かだ」
『その通りです。いくらあなたがたアトランディアの民が我々より優れていると言い張ろうとも、我々はその上を行ける』
城壁の上に着地した二機の<E・A>の紋章が、太陽の下燦然と輝く。
決して誰にも穢されるつもりはない、と、その紋章は主張していた。
『……ちっ』
落下した<SOCom>から口惜しそうな舌打ちが響いた。
『あーもう!ほんっとムカつくなお前ら!こんなに<SOCom>ぶっ壊しやがって!』
アクザール王子が喚く。
「さんざん私の部隊を破壊してきた貴様が何を言うか」
『さ、これ以上大事な機体を壊されないうちにお引き取りを、狂乱王子』
二機に転送されてくる戦域データリンクを確認すると、戦況はこちらに傾いていた。戦場各エリアで<SOCom>が押し戻され、逆にこちらが進出し始めている。
「戦況もこちらに有利だ。喉笛に噛みつかれないうちに帰りたまえ。そして二度と来ないでいただこう」
『……』
返事はしばらく帰ってこなかった。
破壊された<SOCom>があたりに転がるだけの、不気味な沈黙。
「返事はどうし――」
『……あのさ。僕がこれで終わると思ってる?』
ヴィスコットの言葉を遮り、唐突にアクザール王子が声を上げた。
その声には全く、敗北の色などない。
先ほどまで溢れていた口惜しさも、怒りもない。
カーリックは訝しげに問い返す。
「?どういうことかね?」
『だーからさァ。僕が、たった十機程度の、それも一般機でお前らの相手にしに来たと、本気でそう思ってる?』
くくっ……。
アクザール王子が喉の奥から笑いを漏らす。
「『ッ!?』」
いきなりヴィスコットの<ズィーガー>が真横に吹っ飛ばされ、<エンヴリマ>が顔面から城壁に叩きつけられた。
『ぐあッ!?』
「ッ……ヴィスコット……ッ!!」
「引っかかったね、バーカ。人間の真似事したところで、しょせん貴様らは畜生なんだよクソッタレ!」
一瞬前まで何もなかった空間から、一機の<SOCom>がにじみ出るように現れた。
眼下に転がる機体群と異なり、この機体は格闘戦を想定しているのか手足が太い。
丸みを帯びた下腕部やふくらはぎの装甲には禍々しい紫の光が奔り、その光は胸部に埋め込まれたこれまた真紅のクリスタルにつながっていた。
耳に当たる部分から前方斜め上に伸びるアンテナ。頭部バイザーの奥からは鋭いツインアイがにらみを利かせている。
漆黒の機体色と相まって、悪魔的な印象を受ける機体だった。
「はっは!ひゃーっはっはっは!!」
サディスティックな高笑いを響かせ、漆黒の<SOCom>が<エンヴリマ>の頭部を何度も城壁に叩きつける。
「ぐぅっ!がぁっ!」
『た、大佐殿っ!』
コクピットの中で激しく揺さぶられ、カーリックの体がシートのなかで跳ね回る。シートベルトが無ければ、その体はコクピット中に叩きつけられていただろう。
『おのれ!』
体勢を立て直した<ズィーガー>がその瞬発力を最大限に生かし、背後から<SOCom>を急襲する。
――姿は別物だが基本構造はほとんど同じと見た。たとえ新型でも<SOCom>タイプの構造は熟知している。この位置からの攻撃はカメラの死角になっているはず。タイミング的にもこちらの攻撃には対応できまい!
ヴィスコットはさらにスティックを倒し、速度を上げる。
<ズィーガー>は銀光と化して地を駈け、<SOCom>に喰らいつく――かに思われたが。
『はい、ざーんねん!』
<エンヴリマ>の頭部を叩きつける漆黒の<SOCom>の背後から、突如もう一機の<SOCom>が出現し、<ズィーガー>をまたも殴り飛ばした。
先に現れた機体と同型機で、やはり漆黒に染められている。
『があぁぁぁッッ!』
『気づかないとでも思った?ていうか何度も言わせんなよ。十機の一般機だけで来たわけでもないし、一機の高性能機だけで来たわけでもないんだよーだ!』
バーカ、バーカ、と楽しげに罵声を浴びせてくる。
『お、おのれぇっ!』
ヴィスコットが必死にスティックを動かすが、<ズィーガー>はがっちりと組み伏せられてしまい、苦しげな作動音を響かせるだけだ。
『犬の相手は慣れてるんだよねぇ。こうしてヘッドロックかましちゃうとなーんにもできなくなる。人型なら何とか振りほどけるかもだけど、お前じゃ無理だよ』
少なくとも大量生産型の<SOCom>ならば振りほどくのは訳ないが、高性能機というだけあってこのカスタム型の<SOCom>のパワーはケタ違いだった。
ミシミシと<ズィーガー>の首元がきしみ、シリンダーやパイプ類が破断していく。
コクピットに響く不快な警告音が加速度的に増えていく。
「あっはっは!どうだい?お前らの<E・A>は確かにかなりの高性能だけど、この<SOCom>だってなかなかのもんだろう?何しろお前らと戦うために、今回特別に設計したんだからね!」
悪いけどテストに付き合ってもらうよ。
カーリックとヴィスコットにとってそれは、悪魔からの最後通告に等しかった。
「悪いけど、テストに付き合ってもらうよ」
アクザールは爽やかなイケメン顔に狂気めいた笑みを張りつかせ、機体を操る。
抑え込んだ二機は動く気配を見せず、こちらの為すがまま。
「んー、でもこれじゃテストにならないか?」
新型機運用に際していくつかのテスト項目をもらっているが、そのうちステルス性能やパワー、俊敏性については最低限達成できた。
だが実戦機動が未達成のままだ。
「最初に思いっきりぶん殴っちゃったからなぁ」
奴らが誇る<E・A>、それも指揮官用の高性能機が一撃でこのざまだ。
「そこらの雑魚じゃ相手にもならないからまっすぐこいつらを探しに来たってのに」
狂乱王子なんて呼ばれて笑っていられるほどできてないしね。
アクザールは内心で自己弁護する。
実際この名で自分を呼んだ奴は敵味方問わずぶっ飛ばしてきた。
まったくひどいあだ名だ。
自分みたいな真面目な帝国軍人、それも王族の席にある者に対してつけるようなあだ名じゃないだろうが。
例え兄弟であっても口にすることは許さない。
そういう部分こそ、アクザールという存在を『狂乱王子』足らしめていることなど、本人は知る由もない。
「ま、いいや。せめてできる項目だけでもデータ取ってから帰ろうっと」
アクザールはそう呟くと、振りかぶらせた機体の腕を、容赦なく振り下ろした。
カスタム型<SOCom>が<エンヴリマ>を殴り飛ばす。
『ぐっ……!し、少佐。聞こえるか、ヴィスコット少佐』
「大佐殿!ご無事ですか!」
顔面どころか上半身を城壁にめり込ませた<エンヴリマ>から、途切れ途切れの限定通信が入った。
すでに頭部は半壊し、全身もズタボロにされている。
部隊間通信でなく特定の機体とのみの通信回線にしているのは、ここから先の通信を部下に聞かせたくないのだろう。
だが操縦系統が破壊されたのか、<エンヴリマ>は動く気配がない。
『すまない少佐。この機体はもうだめだ。操縦系が完全に破壊されてしまった。脱出しようにもハッチが歪んで開かん。我々はいささか、油断が過ぎたのかもしれん』
「まだ、まだです大佐!あきらめないでください!今前線の部隊を呼び戻します!」
『駄目だ。今前線の戦力を減らせば戦線が崩壊する。それはつまり、この国の滅亡をも意味する。だが貴様の機体はまだ、脱出はできるはずだ。機体を放棄して一時退却しろ。格納庫に行けば予備の機体もあるはずだ』
「大佐殿っ!ですが、あなたは……」
『私はここに残って、貴様が戻るまでの足止めをする。こやつ等を防衛ラインの内側に入れるわけにはいかん』
武装はおろか関節部まで破壊された<エンヴリマ>はもはや、満足に動くことすらかなわない。にもかかわらず足止めをするというからには。
「まさか、自爆装置を……」
絶句するヴィスコットの耳に、悔しさと後悔と不屈をすべて飲み込んだ穏やかな声が聞こえる。
『前線指揮官が共に倒れることは許されない。貴様が後を引き継げ。……分かるな?』
「くっ……」
ヴィスコットは唇をかむ。
カーリックは自らの命を犠牲に、彼が撤退するまでの時間を稼ごうとしているのだった。
『ほぉらほら!もう反撃は無しかい?さっきあれだけ生意気な啖呵切ったんだからさあ!もっと楽しませてくれよ!』
ミシィッ……!
締め付けられる圧力に耐えかねたか、<ズィーガー>のコクピットにもフレームが歪み破断する音が響きだした。
もう時間がない。
『行け、少佐!この国の護りを……貴様に任せる!』
「……申し訳ありません、大佐殿」
だが、血を吐くようなカーリックの叫びに、ヴィスコットもまた静かな声で応じた。
「<ズィーガー>のコクピットフレームも、先だっての攻撃でガタガタになっていまして。自分も脱出は不可能なのですよ」
『な、んだと……』
「実は大佐が仰った内容は、今自分が言おうとしていたことなのですが……。申し訳ありません」
『む……。ぬうぅ……』
すべての希望が潰えたような、ため息のような声が通信機から漏れる。
いや、まさにすべての希望が潰えたのだ。
指揮官を二人も失ったら、王国の部隊はすぐにでも瓦解してしまうだろう。
つまりそれは、国の滅亡を、意味する。
『……いや。だが、まだだ。まだあきらめるな少佐。今この瞬間も王宮で行われている儀式。あれが成功すれば勝機はある』
だがカーリックはとことん、いい意味であきらめの悪い性格だった。
今にも祖国が亡び自らも殺されんとする状況でなお、希望を失っていない。
「千年もの間ダメだったものが今更叶うとも思えませんが……。しかし今回ばかりは、私も大佐の希望にすがりたくなります」
部隊指揮官はふん、と鼻を鳴らした。
『絶望の中で希望を見出し、縋りつけ。前から私が言っていただろう。ようやく分かったか、少佐』
『あー、ごほん。なんか二人で盛り上がっていそうな最中に悪いんだけどさ。僕を無視すんなよ、お前ら!』
「『ぐっ!!』」
<エンヴリマ>と<ズィーガー>を抑えつけている漆黒の<SOCom>が拳を振り上げ、二機を殴りつけた。
すでに限界を迎えていた両機のフレームが悲鳴を上げ、<エンヴリマ>の右腕が砕け散り<ズィーガー>の胴体がジョイントから真っ二つに破断した。
垂れ下がったパイプからオイルが血液のように零れ落ちる。
『せっかく特注の<SOCom>持ってきたってのに、反撃なしかよ。つまんないなぁ!』
「『……』」
身を引き裂かれそうな激情を懸命に殺し、カーリックとヴィスコットはだんまりを決め込んだ。
食いしばった歯の隙間からうなり声が漏れ、計器類の光を受けて二人の瞳がギラギラと輝く。
かみしめた唇には犬歯が食い込み、一筋の血が流れていた。
『……はあ。もういいや。これ以上遊んでいるわけにもいかないし。お前ら犬どもの巣滅ぼさないといけないからね』
これじゃ肩慣らしにもならないよ、とアクザール王子がつぶやき、二機の<SOCom>がバックパックから巨大な槍を掴み取る。
拘束が外された<E・A>達だが、満身創痍の機体はピクリとも動けない。
『よっ……と』
<SOCom>に握りしめられた槍の先端に真紅の光が奔り、不気味な唸り声をあげだした。
風を切って振り下ろされた切っ先が地面に触れた瞬間、固く締まっているはずのそこにはあっさりと穴が開いた。
「!」
ヴィスコットが息をのむ。
『指揮官機のお前らの機体は普通の武器じゃ壊すの大変だから、振動破砕系の兵装をチューンして持ってきたんだけど。ブン殴るくらいでこのザマじゃあな。これ使うまでもない』
<SOCom>達が鏡に映したように同じ動きで槍を振りかぶり。
『けど、テストも兼ねて使うことにしたよ。じゃ、ばいばーいッ!』
振り下ろす!
「奇跡は……起きなかったか……?」
紅い光を纏って迫りくる穂先を見つめながらカーリックがつぶやき、ヴィスコットが自爆装置のスイッチに指を掛けようとした、次の瞬間。
『――諦めてはだめよ、カーリック・キースベルト大佐!』
戦場に不釣り合いな少女の声が、二機の無線機から飛び出した。
「!?この声は……!」
『グラインドトマホォォクッ・ブゥゥゥメランッッ!!!』
「『!?』」
続いてバカでかい男の叫び声と共に、天空から巨大な斧が降ってきた。
ブンブンと回転し、風を切って飛んできたトマホークは、今にも突き刺さろうとしていた槍を<SOCom>の手から弾き飛ばす。
『な、なんだ!?』
アクザール王子が慌てた声を上げる。
反射的に斧の飛んできた方向――頭上を見上げると。
太陽を背に、今度は巨大な人影-否、人型兵器が落ちてきた。
『でぇぇりゃあああっっ!!!』
再びの雄叫び。
着地の衝撃は城壁を砕き割るほどに激烈だった。
「な、なんだ!?」
『じょ、城壁が!?』
数十年にわたって街を守り抜いてきた城壁が、崩れ落ちていく。
<エンヴリマ>と<ズィーガー>、それにアクザール王子の<Socom>達も落下する城壁に巻き込まれ、あたり一帯に粉塵が舞う。
『なああぁぁ!?』
アクザール王子の声はガラガラと崩れる城壁の落下音にかき消された。
同時に爆弾でも落ちたのかと錯覚するほどの轟音と砂煙を巻き上げ、巨体が着地。
脚部を踏ん張って衝撃を吸収している。
『――ちょ、ちょ、ちょ……!!な、なんてことを!?』
見ている光景が信じられない、と言わんばかりに呆然とした少女の声が、その中から聞こえてくる。
『いや、すまん。こんなにもろいと思わんかった』
同様にとんでもないことをしでかしたと青ざめていそうな、若い男の声。
『も、もろい!?この城壁が、もろいぃ!?』
聞いた言葉が信じられない、とばかりに少女の声が裏返る。
「こ、これは……っ」
『まさか……』
言葉をなくし、ノイズだらけのモニターを見つめる二人の視線の先で、巨体がゆっくりと身を起こした。
<E・A>とは全く異なる、真紅に輝く刺々しくマッシヴなフォルム。それはアスリート選手のような鍛えた肉体を彷彿とさせる。
額につけられた巨大な二本角と、その中心から延びる三本目の角が陽光を弾く。根元には菱形をしたエメラルドグリーンのクリスタルが輝いている。
雄々しく光るツインアイが瓦礫に埋まった<SOCom>を睨みつけ、人間のそれに酷似したフェイス部では力強い口元がキッと結ばれている。
広い肩幅に、多角形のゴツい肩。対照的にすぼまっていく腰部と、そこから延び、着地の衝撃でクレーターと化した大地を踏みしめる両脚部。
ぐいと突き出た胴体の中心に大型のクリスタル球が三つ埋め込まれ、鮮やかに発光していた。
両ふくらはぎの外側にもやはりクリスタルが埋め込まれ、ライン上に伸びる光の線が、装甲表面を幾何学的に走っている。
頭部をはじめ全身に鋭く大きな突起が突き出しているが、それに果たしてどんな意味があるのかと問われれば、さてなぜだろうと首をかしげざるを得ない感じの機体が、擱座した二機を守るように立ちはだかった。
『えーっと、その。き、聞こえますねカーリック・キースベルト大佐。それにヴィスコット・フォン・サトー少佐。ここは私に任せて、退却してください』
『この声、やはり!』
「リーファルミア姫殿下か!」
真紅の機体の頭部がかすかに上下し、肯定の意を示す。
それは二人が待ち望んだ、そして聖・ネロウ王国第六王女リーファルミア・ネロウ・アーデルローテがその身を預けた、この国最後の希望が降臨した瞬間であった。




