第一話:始まりの時!
朝。
まだ誰もいない教室に一番乗りでは言った俺は、教室の一番後ろにある自分の席にどっかと座る。
学生服の襟元を第二ボタンまで開け、裾も入れずにズボンからはみ出している。
そこらの不良学生と大して変わらない格好に見えるが、いわゆる腰パンだけはしていない。当然だ。
俺はカッコよさを追及する者なのであって、決してだらしないラフさを目指しているわけじゃねーんだから。
もっとも俺のこの美学は、なかなか人に理解されない。というより、不良学生諸君と大差ない目で見られてしまっている。
そいつは誤解だといくら進言しても、教師には通じないのが少々不本意であり、悲しくもある。
が、まあいい。
主人公というのはキャラが立っていないとならんわけだし。
お前は、一体全体主人公なのか?という問いは無意味だ。
なぜなら俺は、毎回『当然そうだ』と答えるから。
じゃあ何の主人公なのかと聞かれれば、『当然俺自身のストーリーだ』と答える。
中二病?知らん。
大体男女限らず自分がストーリーの主人公になりたいってのは、心に持ってる願望だろう。
自称大人になっちまった連中はそれを隠し、あるいは忘れ、まっすぐにその心を出す人間を見下して『俺はそんな幼稚な時期過ぎたぜ』とかっこつけてるだけだ。
俺に言わせれば、だけどな。
けど、そんな子供っぽい夢や心の一つもなくなった人生なんて、壮絶につまらんと思うがね?
「♪~」
俺は短いツンツンの頭髪の中で、一房だけ伸ばした後ろ髪をいじりながら、学業用のものとは別のカバンから、携帯用のDVDプレイヤーを取り出して机に置く。
ポケットから先程まで聞いていたMP3プレイヤーを取り出し、イヤホンを引っこ抜いてDVDプレイヤーの方へ差し替える。
コイツは一応DVDを見るもんだが、内蔵したメモリーにデータを移し替えることで、ディスクが無くても映像を見られるタイプのもんだ。まさに俺の為にあるような機材。
真っ赤なDVDプレイヤーのスイッチを入れ、タッチパネルに指を滑らせてファイルを選択。早速視聴を開始する。
始まった動画はロボット物のアニメ。
本来は子供向けなんだろうが、合体変形ロボは男のロマン。俺にとってこのシリーズは、何歳になろうが心のバイブルだ。
というよりこのアニメ、無駄に気合いの入った作画とBGMに加え、人気原画氏を起用したキャラクターデザインと彼ら彼女らが生み出す重厚なストーリーによって、幅広い年齢層から高評価を受けている。
むしろ低年齢層ではこの作品の深いテーマは理解できんだろう、とまで言わしめている。
動画のイントロが終わり、本編が始まった。
『――<アルヴァイン>から、救援要請!司令、合体の許可を!』
『――許可する!これ以上一般市民と街に被害を出すわけにはいかない。迅速にヤツを倒すんだ!』
イヤホンから、まだ少女と言ってよい年頃の女の声と、ゴツいおっさんの声。
これはアニメ本編ではなく、動画サイトから落としてきた、合体変形シーンのみを抽出した編集動画だ。
といってもアニメ全五十二話分の敵味方、実に一時間ほどに及ぶ動画だが。
「これよこれ!何と言われようと、やっぱ朝一はこれを見ないとテンションが上がらねぇんだよッ!」
誰もいない教室で拳を握り、画面に見入る。
そこでは、敵の巨大ロボットが持ち込んだ新型の武装に苦戦する、主人公の赤い機体が映っている。
主人公機とはいえ、合体前のコイツはそれほど強くない。合体して初めて本当の力が出せるという、勇者系にお約束のものなんだ。
なら最初から合体してから行けよ、というツッコミは却下。断じて却下だ。
そうしない理由はいろいろと細かい設定があるが、何よりロマンがない。燃えがない。
断言できるが、それがなくちゃヒーローロボとは言えんんだ。
主人公の赤い機体――<アルヴァイン>という名のそれが、味方の自立型戦闘ロボの助けを借りて一時の安全地域を確保。
背部の翼を広げ、ブースターから業炎を吹きだして空に舞い上がる。
慌てた敵ロボットが攻撃を集中させようとするが、味方ロボの見事な連係プレーによってそれを封じられ、あまつさえバランスを崩して倒れてしまう。
「ふ。だから最初にこいつらを足止めしとけと言ったんだ。なぜいつも<アルヴァイン>ばかり狙って、こいつらを軽視するのか分からん。バカなのか」
と口ではアレコレ批評を述べるが、別にいいんだ。その方が燃えるから。
『今だ<アルヴァイン>!合体を!』
『応ッッ!!』
味方ロボが作ってくれたタイミングを逃さず、<アルヴァイン>は合体シークエンスに入る。
『<ランドガルム>、<ウイングラスパー>、現場に到着!<アルヴァイン>、今よ!』
オペレータの少女が主人公に向かって叫ぶ。
当然主人公にも立派な名前があるが、<アルヴァイン>を操っているとき、彼はその機体の名で呼ばれるんだ。
『行くぞッ!ファイナルッ!イグニッション!!コマンド、ワンッッ!!』
彼の顔のアップと雄叫びと共に、BGMが変わる。それは勇壮で雄大。
ただのアニメBGMにしておくのはもったいないぜまったく。
<アルヴァイン>のコマンドを受けた二機のマシン、<ランドガルム>と<ウイングラスパー>が、それぞれ変形を開始。
<ランドガルム>が腕部と脚部へ。
<ウイングラスパー>は背部の大型推進翼となる。
『おのれ!させるか!』
敵のロボがご自慢の新型ライフルを乱射する。
『――無駄だ!そんなものが効くか!』
すでに合体を終えている友軍の自立ロボが叫んだ。
『ふんっ!』
あきらめず、敵ロボットはバリアフィールドにパンチをかますが、それも弾かれる。
合体変形中の<アルヴァイン>は、その動力源である<ヴァインオーラ・ストーン>によって外部からの一切の干渉を受け付けない。
例え敵のロボがビームを放とうがミサイルを撃とうが、そんなものはなんの役にも立たないんだ。
無敵のフィールド内では、<アルヴァイン>の脚部-膝から下に変形した<ランドガルム>が装着され、各部のライトが点滅。
分離した一部は腕部となり、<アルヴァイン>本来の腕部に覆いかぶさるように合体。
<ウイングラスパー>が背部に合体し、大きな翼と胸部装甲を形成する。これらも同様に点滅するライトで合体の成功を視覚化する。
頭部のマスクが起動して<アルヴァイン>の口元――人間のそれに酷似した部分を覆い隠し、ヒーローロボの証でもある額の宝石とアンテナが大型化。
鋭いツインアイがぎぴーん!と光る。
『ォォオオッッ!!<アルヴァイン・グラスパー>!』
<アルヴァイン>は合体する二機のマシンの組み換えによって、得意とする戦場を変えられる。
例えば、<ランドガルム>をメインに装着する『コマンド・ツー』は地上戦を主体とし、重火器による砲撃戦も得意とする。この場合機体名は<アルヴァイン・ガルム>となる。
反対に今回主人公が選択した『コマンド・ワン』は<アルヴァイン・グラスパー>をメインとする合体であり、空中をはじめとする高機動格闘戦を主体とするもんだ。
そうだ。これで――いや、これがいいんだ。この子供でも分かりやすいネーミングと分かる人には分かる気合の入った作画にストーリー。
これこそ、ロボットアニメ<勇者皇帝>シリーズの魅力なんだ。ああ、ちなみにこの動画のシーンは二期目だ。
敵ロボの必死の追撃もむなしく、雄たけびと共に<アルヴァイン>は合体を完了。
この間約二秒、とはよく言われる合体時間だが、画面では一分近い時間を費やし、全ての変形は終了した。
<アルヴァイン>改め<アルヴァイン・グラスパー>となった主人公機は、気合を入れるように力強く拳を握りしめ、両腕を振り上げる。
ついで胸の前でガチンと突き合わせ、右拳を前に、左拳を腰だめに。
<ウイングラスパー>が変形した翼が大きく展開し、逆三角形の勇壮なシルエットを作り出す。
『くっ……っ!合体を阻止できなかったか……っ!しかぁし!この吾輩が敗れる道理はない!新たに授かったこの力で、貴様を叩き潰してくれるわぁっ!』
敵ロボの瞳が不気味に発光し、漆黒のオーラを纏う。
機体の各部がまるで生き物のように脈動し、ボゴンと肥大化した。
<アルヴァイン・グラスパー>とは似ても似つかない、禍々しい変形。
否、それはもう変身だ。
『ふぅはははっ!!往くぞ、<アルヴァイン>!吾輩の力、とくと思い知るがいいっ!』
「こいーッ!」
この街にあるという、世界を支配できると言われた秘宝。
そしてそれを制御し、操るための真核と言われる存在。
この秘宝を巡って何度も激突してきた両者は、またしても睨みあう。
明け方に始まった戦いは、すでに三十分を超えている(設定だ)。
構える二体の巨大ロボの向こうから、朝日が昇り始めている。
二体を映しながら画面が引いて行き、足元に砂塵が舞う。
オペレータの少女が、司令官のオッサンが、戦いを見つめるヒロインの少女が、そして画面を凝視する俺が、息を詰めてその瞬間を待ち。
敵ロボと<アルヴァイン・グラスパー>が同時にブースターを点火して激突っ!!
……というところで動画は終わる。
うわー、不完全燃焼。
「……まあ、これ合体変形動画だしな……」
分かってはいるんだが、この編集者、すんごい微妙なところで抽出を終わらせてやがる。
もちろんこの続きは別の動画|(戦闘シーン集)として持っているし、DVDもブルーレイも持っている。
見ようと思えばいつでも見られるんだが、同じ動画内で見られなかったというこの脱力感は如何ともしがたいもんだ。
「……終わったの、鐡」
「うぉわっ!?」
イヤホンを外した俺の耳に、ふーっと息がかかった。
思わず叫び声を上げてリアルバックブースト。
「毎朝毎朝、よくもまあ飽きずに同じ動画を見られるわねアンタは。もうどこでどんなセリフが出るか、覚えているんじゃないの?」
呆れた顔で俺を見下ろしているのは、この学校の制服に身を包み、両手で鞄を持った一人の少女。
「脅かすなよ楪。心臓に悪い」
「ヒーローたる者、いつ何時も豪胆な精神であれ、と言ったのはアンタじゃない」
「違う。豪胆かつ繊細な、だ!」
「豪胆はともかく、繊細って感じじゃないわね、アンタは」
長く艶やかな髪が教室に吹き込む風に揺れ、翼の形をした髪留めがきらりと光る。いつぞやの誕生日に俺が買ってやったものだ。
少女の名は時ノ瀬楪。
俺の幼馴染で、幼稚園からの腐れ縁だ。おまけに何の因果か、高校に入ってからの二年間は同じクラスである。
「だいたい、いい加減アニメなんて卒業したら?子供っぽ過ぎるわよ。特にそんなロボット物なんて。ダサいわよ」
「うっせーよ!」
気心の知れた仲という事もあり、俺と楪は共に名前で呼び合う……が、そのせいで互いに遠慮もない。
控えめに言っても美少女の類である楪を狙っている男子は多く、俺が彼女を遠慮なく名前で呼ぶのを羨ましそうに――あるいは恨めしそうに睨んでいることもあるが、そんなもん知らん。
「それに……」
まだ消していなかったプレイヤーの画面に映る動画のサムネイルを指さしながら、楪は言う。
「このアニメ、夕方六時からやってる子供向けじゃない。なんでこんなものに夢中になれるの、男の子って」
「ふ。女には分からねぇんだよな。この燃える魂とロマンあふれる、漢の戦いは!」
「分かりたくもないわよ、暑苦しい」
大体なんで敵の目の前で――それもピンチになってから合体変形なのよ。最初からそうしていけばいいじゃない。
楪がそういうが、それじゃあダメなんだ!
さっきも言ったが燃えとロマンが以下略。
必殺技は機体が万全でエネルギーも有り余っているときに撃つもんだ、なんて誰かが言っていたが、俺としては断固却下する。
だいたい変身やら合体やらの直後にス○シウム光線とか○イダーキックとかヘ○・アンド・○ブンなんて、つまらなすぎるだろう。
ある程度のピンチがヒーローにとって不可欠であるのと同じように、スーパーロボットにはそれプラス合体変形が不可欠なんだ。
とはいえ俺が口を酸っぱくしてそれらについて講義したところで、楪にとっては馬の耳に念仏だろう。
恐らくアメリカ人に大和魂を一から説明するより困難に違いない。
「そうだ。それより鐡、アンタ今日も見たの?例の夢」
「あ?ああ、あれか。まぁな」
説明を早々に諦めふてくされて見せる俺に、楪は違う話題を振ってきた。
「アタシはそういうリアルな夢って見たことないから分からないけど、こうも続くとなんか不気味よねぇ」
自分の席(俺の隣だ)に座りながら、楪が思案顔をして見せる。
例の夢とは、昨夜も見たあの謎めいた二人の声と暗闇の夢のことだ。
楪につられて俺も首を傾げた。
「そういえば今回はいつもと違っててな、“契約の儀”がどうこう、って言ってたぞ」
「はあ?なにそれ」
「俺が知るか」
初めてあの夢を見た日に楪に内容を話してみると、幼馴染は俄然目を輝かせて食いついてきたもんだ。
もちろん最初はただの夢だと思っていたんだろうが、こうも同じ夢を見続け、あまつさえその細かいところが変わっていく(数字が減る、増える、だ)ところを連続で聞かされ、最近はあまり楽しそうではない。
「夢診断とかだとどうなるのかしらね、その夢」
「さあなぁ。かれこれ一か月は見てるが、相変わらず全体像は分からんし。ただ……」
「ただ?」
言葉を濁した俺に、楪が大きな瞳を向けてきた。
黒曜石色の瞳が不安げに揺れている。
「いや、なんつーか。今回は少し違ってた気がしてな。もうあとがない、って言う感じで」
「ちょ、ちょっとなによそれ。まさかアンタ、夢に取り殺されたりとかしないでしょうね」
「ねーよ」
楪は意外にもオカルト系に興味を示す女の子だ。
小さい頃からお化けや妖怪の類を怖がらず、むしろ嬉々として話を聞いていた覚えがある。
成長してもその気は変わらず、俺の夢の話もあってか今は夢占いだの診断だのといった本を読み漁っているらしい。
「ねーよ、って。分からないわよ?こないだ読んだ本に出てきた人は、アンタみたいにリアルな夢を見続けた挙句、頭がおかしくなって崖から飛び降りちゃったんだって。でも遺体は見つからなかったの。下は複雑な地形でもなんでもないのにね」
「お前は俺を狂人にしたいのか?それとも殺したいのか?」
「ち、違うわよっ!それに(ry」
楪の話は続く。
しかし、時々こいつの話はとんでもない方向に飛んでいく。
彼女を狙っている男子どもは『だがそれがいい!』などとのたまっているが、俺にしてれば勘弁してくれというのが本音だぜ。
(やれやれ……)
本当、どうしてこうなった、だ。
勇気とガッツを駆使しても、もはやコイツの性格は戻らないだろう。
「聞いてるの?鐡!」
「聞いてる」
噛みついてくる楪をおざなりに流す。
相手すんのめんどくせーんだよなぁ。
「おはよー」
「おはようー!」
「おーす」
一般的な登校時間になり、次第に増えていくクラスメイトを見ながら俺――城井鐡は、未だに夢診断について喋りまくる幼馴染に、適当に相槌を返し続けるんだった。
* * *
つつがなくその日の授業をこなし、帰宅準備を進めている俺のもとに、誰かがふらりと近づいてきた。
「鐡。一緒に帰らないかい?」
「キハチか」
こいつは制服を着崩した俺とは対照的に、真夏でも襟元までボタンを占めているという変わり者だ。
メガネこそかけていないものの、間違いなく勉強はできるねこいつ、という風情のこの少年の名は、森林森太郎。
通称キハチ(俺命名)。
勇者的に言えば、主人公のサポート役として新兵器を開発したり、敵ロボの弱点を見つけ出してくれるような位置取りだな。
まあ俺が勝手にそう思っているだけだが、あながち間違ってもいないんだなこれが。
「キハチはやめてくれと言ったじゃないか」
「親しみを込めたニックネームだ。いいじゃねぇか」
「発音が古臭いんだよ」
漢字の“木”が八つ含まれる名前なので、付けたあだ名がキハチってわけだ。
複雑な漢字でないにもかかわらず画数が多く、書くのが面倒臭いと本人はよくぼやいている。
あー、うん。俺も同意だ。
「言っても無駄なんだろうけどさ……」
「はっはっは!じゃ、一緒に帰るか」
「ああ」
キハチと俺は連れだって教室を出ると、のんびりと昇降口へ向かう。
俺たちは特定の部活には入っていない、いわゆる帰宅部だからな。
いつもならこの後本屋か、家電量販店のビックブリッジにでも行くところなんだが……。
昇降口で靴履いてるとキハチがそうだと話しかけてきた。
「なあ鐡。今日は何か予定あるかい?じいちゃんが久しぶりに遊びに来いって言ってるんだけど」
「サンガじいさんがか?」
キハチの家は両親がいない。
といっても別に二度と会えない的な意味ではなく、海外を飛び回って仕事をされている、グローバル・ペアレント(俺命名)なのである。
なのでキハチは祖父母の家に居候しているんだが、この家は二世帯住宅なので厳密には自宅でもある。
祖父母の家のほうに、というべきかね。
「うん。両腕部分ができて取り付け終わったから、ぜひ見せてあげたいんだってさ」
「なに?!おい、それを早く言えよ!」
キハチの言葉を聞いた俺は目を輝かせる。
サンガじいさん、と俺が親しみを込めて呼ぶキハチの祖父森林山雅氏は御年七十五歳。
趣味が高じて、とある会社を一代で作り上げた敏腕経営者でもある。
その会社とは、二足歩行ロボットの開発会社。
世間では<サンガ・インダストリー>という名前で通っている。
学生のころから青い思考戦車とか人型重機とかが好きだった山雅氏は、近年台頭してきたロボット技術を一つ所に集め、それをさらに発展させる研究部門を擁した会社の設立に成功したんだ。
氏の会社は世界から注目され、非常に自由度の高い研究環境を求めて世界中から研究者が集まり、結果わずか十数年で株式市場に上場。
今ではリース料やその他技術提供などで年間数十億の売り上げを叩き出すに至っているって話だ。
「あぁ、でも来てほしいのは会社じゃないって」
「てことはお前んちか。別にいいぜ。というかサンガじいさんの及びとあらば即参上しよう」
「そう?なら連絡入れておくよ」
山雅氏は確かに<サンガ・インダストリー>社のCEOだが、元々自分が巨大ロボを作りたくて会社を作った人だからな。
その意欲は現在も絶賛継続中で、自宅の地下を改装して研究スペースを用意し、経営は後任に任せて自分は地底人生活を営んでいる。俺が言うのもなんだがまるでアニメだ。
もっとも、それは経営や会社の研究に口出しをしないという訳じゃなくて、自分の研究成果を会社にフィードバックさせたり、その逆もまたある。
じーさんは別段利益を追求しているわけじゃないからな。
その意味で経営者としては二流かもしれないが、その天才的なひらめきやこれまでにないモノの見方を持った間違いなく超一流の技術者であり、世界中の研究者から一目置かれている。
自分の研究成果を惜しみなく会社に送り出していることも、その傾向を後押ししている。あー、もちろん公開していない技術もたくさんあるけどな。
CEOという立場なのに個人での研究の自由が認められているのには、そういう背景があったりする。
ちなみに研究成果を『世界』ではなく『会社』にまず出しているのは、そこで公開の是非と範囲を設定し、研究の軍事的利用を極力防ぐため。
企業自体は営利目的なので、その公開云々についてはいろいろと個人の思惑があるそうだが、基本的にロボ好きばかりが集まるその会社に、ロボットで実際に戦争してみようなんて考えるバカはいない。むしろそれを防止するべく動いてさえいるって話だ。
なにしろ――二足歩行ロボットの技術は、その一部をとってみても軍事転用が容易だ。
だからじーさんは可能な限り転用できないように技術を調整してから、世に発表することにしている。
あの人が望むのは巨大ロボが平和的に世界に参加することであり、決して戦争じゃねぇからな。
「……うん、じゃあそういうことで。うん。……またあとで」
今どき珍しいガラケーを使って誰かと話していたキハチが、それをパチンと閉じた。
「連絡がついたよ。さっそく行こう」
「よっしゃ!」
家電量販店でガンプラでも見ていくか、くらいに考えていた放課後は、もっとおもしろいことになりそうだ。
俄然わくわくしてきたぞ!
「あれ?鐡、もう帰るの?」
「ん?」
わくわくしながら昇降口を出ようとした俺は、そこでよく通る声に呼び止められた。
「楪」
内またになって靴を履きかえていた幼馴染が、靴箱に片手をかけて俺たちを見ていた。
「や。楪さんも今帰り?」
「そうよ。キハチも一緒だったのね」
「いや、だからキハチは……」
「お前も一緒にこないか楪。実はキハチのじいさんに、遊びに来ないかと誘われたんだが」
「山雅さんに?」
楪が靴をはきかえ、とんとんとつま先を当てながら小首をかしげる。
「うん。前から作っていた『腕』の部分ができたんだってさ」
名前の訂正をあきらめたキハチが肩をすくめている
「あたしはそういうのあんまり興味ないけど……。鐡、あんたはもちろん」
「ああ。行く」
即答。
決まってんだろ。
「でしょうね……」
はあとため息をつきながら楪はしばし考え、首肯した。
「いいわ。久しぶりにあたしも行く。特にこの後用事もないし」
「さびしい放課後だな」
「うっさいわね。あんたに言われたくないわよ」
「俺は用事があったぞ」
「どーせいつものガンプラ売り場でしょ?」
ぐっ。
なぜわかった。
「図星って顔ね」
「う、うるせー!」
「……仲、いいよねぇ」
ぺちぺちと互いをはたきあう俺達の後ろで、キハチがうらやましげな声でつぶやいてやがった。
……そういえばキハチも、楪狙っているんだっけか?
別に止めはしねーけど、結構面倒なとこ多いぜこいつ。
* * *
森林山雅氏の家は郊外にある、豪邸が立ち並ぶ一角に存在する。
しかしながらその家は、少なくとも周囲の豪邸と比べるとかなりこぢんまりとしており、ちょっと大きめの二世帯住宅といった面持ちだ。
山雅氏は決して金持ち思考ではなくむしろ実用一辺倒な人柄だが、それ故に研究スペースを多くとれるからという理由でこの高級住宅街に居を構えているってわけだ。
キハチを先頭に、俺たちは<森林>と表札のかかった門を開け、玄関に進む。
「じいちゃん、ただいまー」
キハチが取り出したカードキーを読み込ませ、ロックを解除。
がちゃりと自動で開いたドアを押して室内に入る。
「「お邪魔しまーす」」
自宅であれば家じゅうに聞こえるほどの声で帰宅を告げる俺も、さすがにここでは普通の声だ。
常識と礼節は守らんとな、うん。
「あらあら、こんにちは。山雅様からご連絡をいただいて、おいでになるのをお待ちしてましたわ~」
「ユリユリさん。こんにちは」
スリッパを履いているのに足音も立てず、メイド服姿の女性が俺たちに歩み寄ってくる。
こちら、優羽璃ユリさん。職業メイド。年齢不詳。国籍不明。
通称、というか愛称はもちろんユリユリだが、初対面では言わない方がいい。
出されるお茶にタバスコが混入される危険があるからな(実体験に基づく)。
おっとりしていて優しく、さらによく気のつく女性ではあるんだが、怒ると魔王でも倒せるともっぱらの噂を持つ女性だ。
熊も素手で倒せるとまで言われるサンガじいさんが、顔面にユリユリさんの指の跡を残したまま言っていたので、まず間違いない。
熊と魔王を同列に語ること自体おかしい気もするけど、まあ細かいことは良い。
ユリユリさんが俺たちを見ながら、頬に指を当てて微笑む。
仕草はおっとりとしているのに、動作のたびになぜかたゆたゆと揺れる豊かな胸の膨らみ。
「むう……」
人がなぜ山を登るのかと言えばそこに山があるからであり――上るからには頂を目指したくなるもんだ。
「山雅様は地下の研究所にいらっしゃいますわ。行き方は大丈夫ですね?」
「はい!大丈夫で、すっ」
「ぅごふっ」
メイド服を押し上げる膨らみを凝視している俺にひじ打ちを食らわせながら、楪が笑顔を返す。
「なにをするかァッ!」
「ふん!」
「ふふふ。では、どうぞ~。後程お茶をお持ちしますね~」
「ありがとうございます、ユリさん。ほら鐡!いつまでもしゃがんでないで行くわよ」
「痛ってぇなくそ……」
脇腹を抑えている俺を引きずって楪はすたすたと歩きだす。
その後ろからキハチもついてきた。
「鐡、思春期だなぁ」
「なんだよ。お前もだろうが」
「ほんと、男子ってやらしいわ!」
「って、なんで僕まで入っているのかな、楪さん?」
「ふん!」
サンガじいさんの研究成果はすべて地下にあるが階段などはなく、直通のエレベータでしかそこには行けない。
俺は楪に文句を言いつつエレベータを呼んだ。
有り難いことに一階に止まっていたエレベータはすぐにドアを開き、俺たちを迎え入れる。
このエレベータ。
一見簡単に乗ったように見えるだろ?
でも実は極めて高度なバイオメトリクスやその他セキュリティシステムが働いていて、登録された人間以外が乗るとピクリとも動かない――のではなく、高速で建物から射出される。
それはもう、戦闘機の脱出装置並みにだ。
何度か産業スパイや強盗がこのエレベータを利用して地下の研究所から秘密を盗もうとしたって聞いたが、全員逮捕されてる。
んで、そいつらはみな必ず口をそろえてこう言う。
『ボタンを押したら急に体重の二倍以上のGがかかり、気付いたら夜の街並みを空から眺めていた。次に腹が冷える感覚とともに、エレベータは流星と化して落下し、衝撃と濁流が襲い掛かってきて、意識は途絶えた』
『何を言ってるかが分からんと思うが、自分も何が起きたのかさっぱり分からなかった。そこが近所の貯水池だと、救助されてから気付いた。』
そして最後に、
『もう二度と行きたくない』
ってな。
ちなみにエレベータの走る竪穴内は高圧空気が充てんされており、生身で入ることはとてもできない。
これを整備できるのはサンガじいさんのつくったロボだけだ。
じゃこのロボをハッキングされたらどうするのか。
俺がそれを聞いたら、サンガじいさんは黙ってものすごく楽しそうな――あるいはサディスティックな笑みを浮かべてやがった。
むしろやってみてくれと言わんばかりだったなありゃ。……知りたくもねぇや。
幾人もの不届きものを屠った(?)曰くつきのエレベータでごく普通に地下に降りたった俺たちは、これまたいくつものセキュリティのかかった扉を開けることになる。
この扉がまた曲者で、登録された人間以外には開けることができない。
しかもその方法とは、音声入力式である。
まるでアニメのように地下に研究室を持ち、あまつさえそこで巨大ロボを開発しているような科学者がおわす場所へと通ずる扉だ。
そいつを開けるキーワードは推して知るべし。
「今日は俺でいいのか?」
キハチを振り返って確認を取る。
「じゃないかな。メールで鐡仕様にした、って言ってたし」
「よっしゃ」
扉の前に立った俺は右手を振り上げ、
『ガ○ッ○ァァァァアム!!』
大声を上げながら指ぱっちん。
うむ、決まった。
某ファイターの如くぱちぃぃぃん……!と響かせるために、何度も何度も練習した結果がここにある。
「……」
毎回のことながら、嘆息する楪と眉間を抑えるキハチ。
『――来客者、白井鐡と確認。ドアロック解除、承認――』
そんな二人をしり目に合成音声が流れ、重々しい音とともに扉が開く。
「さ、行こうぜ」
「……趣味的すぎるわ……」
「それは言っちゃいけない約束だよ、楪さん……」
「お前らが言うな」
ちなみにキハチバージョンは『オープン・セサミ』(開けゴマ)、楪バージョンは『レリーズ!』(封印解除!)。
設定したのはもちろんサンガじーさんであり、じーさんの気まぐれで誰バージョンになるかが決まる。
つーかお前ら二人も叫ぶとき、かなりノリノリでやっていただろーが。
俺知ってんだぞ。
……そうだよ。やっぱお前らが言うな。
と、大事なことなので二回目を脳内でつぶやきつつ、俺は研究室内に足を踏み入れた。
途端に目の前に現れる、巨大な顔。
煌々と光る天井灯に照らされ、目元や口元などに影が落ちている。
俺でなくともわかるだろう。まぎれもなく人型ロボットの頭部だ。
「おお!来たな鐡!キハチも楪ちゃんも、よう来た!」
野太い大声が飛んできた。
「ご無沙汰しています、おじいさま」
「あーあ。もう今じゃ、じいちゃんまでキハチって呼ぶからなぁ……」
キハチが恨めしげに俺を見る。
「いいじゃねーかよ、別に」
俺は反論もそこそこに巨大ロボの頭部へと走り寄った。
正確には、頭部があるのはこの研究室の向こう。強化ガラスで区切られた格納庫のほうだ。
そして、青白いモニターの明かりやホログラフに照らされた白衣の偉丈夫こそ、キハチの祖父森林山雅氏である。
御年七十五歳にもかかわらず、百九十センチはあるだろうその体躯はがっしりとしており、ライオンのような髪型とたっぷりとした口髭を蓄えている。
その指でどうやってキーボードをたたくのかというほどごつい手をくっつけた腕を広げ、俺たちを歓迎してくれていた。
ひとしきり“ソイツ”を眺めてから、俺はサンガじいさんに振り返った。
「じいさん、久しぶり!相変わらず無駄に元気みてぇだな!」
「鐡!貴様こそ、まだ巨大ロボへの熱情は冷めておらんようじゃな!ワシの前に“ソイツ”に向かうとは」
「ったりめーだ!」
勇気で全てが解決するロボットアニメのオープニングテーマが流れる研究室。
俺とサンガじいさんはがっはっは、と笑いあいながら、がしんと腕を組み合わせる。
「いつも思うんだけどね、キハチ君。正直あたし、鐡のほうが山雅おじい様の孫って気がするのよ」
「奇遇だね。僕もさ」
後ろ二人が呆れ声をあげているが、無視。
っつーか熱意とマニア度を無視すれば、メカに強いのはキハチの方で――そっちの方が間違いなく、じいさんの血を受け継いでいると思うぜ俺は。
「……んでサンガじいさんよ。早速だが見せたいものってのはどれだ?腕ができたって聞いたけどよ」
「おうよ!ではついてこい!」
サンガじいさんは白衣を翻し、俺を従えて歩き出す。
研究室の端にある二重ドアのロックを解除し、
「おい、嬢ちゃんにキハチ。お前らも来んかい!」
「え、あたしも?」
「あきらめなよ、楪さん」
自分はあくまで付き添い(あるいは俺の監視)です、と言わんばかりの楪を手招きする。
あたし興味ないんだけど、とぼやきながら楪はしぶしぶ歩き出す。その後ろからは苦笑いのキハチが続いた。
「キャットウォークは狭いからな。足元注意しろよ、楪」
「はいはい、ありがと」
楪はあきらめ顔で手をひらひらさせる。
カンカンと甲高い足音を響かせつつ、サンガじいさんを先頭に俺たちは歩を進め、キャットウォークのほぼ中央で足を止めた。
ここの高さは約十メートル。
下を見ると、薄暗いこともあって吸い込まれそうな感覚を覚える。
俺やキハチはもう慣れたが、楪は未だに慣れないらしく、スカートの裾を抑えて内またになっていた。
「楪」
「な、なによ」
「誰も見ねぇよ。っつーか誰もいねぇよ」
「そ、そういうことじゃないわよ!ばか!」
俺は挙動不審の幼馴染の緊張をほぐそうとしたんだが、成功率は五十パーセントくらいだった。
「いや、そんなことはない。わしが見るぞ。遠隔監視用のカメラ付アームがあってな」
サンガじいさんが手元のタッチパネルを操作すると、ウィィンという軽いモーター音とともに、先端にカメラを取り付けられた細い機械アームが伸びてきた。
「巨大ロボものには多少のエロも必要じゃて。<勇者皇帝>シリーズのヒロインなど、よく脱がされたり覗かれたりしておったからな」
「同意するが、やめろじいさん。カメラぶっ壊されるぞ」
「……いい度胸ですおじいさま」
楪がゆらーり、と合気道の構えをとったのを見て、俺は急いで忠告した。
こう見えてわが幼馴染は合気道を習っていたことがある。
カメラが少しでもこちらに攻撃の意思を見せれば、楪は即座にその動きを読んで後の先をとるだろう。
楪と睨み合う、監視カメラ。
高まる緊張、充満する殺気。
互いが互いの動きを読みあい、けん制し、どちらも動けない。
それはまるで、決戦の時を迎えた武蔵と小次郎の如く……ってんなわけあるか。
ちなみに<勇者皇帝>シリーズとは俺が今朝見ていたロボアニメのことで、正式名称を<勇者皇帝アルヴァイン>という。
そのまんまだな。
「それよりじいちゃん、早く見せてよ。暗くて分からない」
「お、おう。そうか、そうだな。ではお披露目といこう」
俺の忠告で一台数十万はするであろう特注カメラをそそくさと撤退させたサンガじいさんは、正面に向き直ると大仰に手を広げる。
「ごほん!さて皆の衆!これがわしの生涯の研究テーマにしてロマンの集合体!子供心を忘れず今日までやってきたことの結晶であーる!思い返せば七十年前、ワシこと森林山雅が初めて巨大ロボットというものを」
「いいから先進めじじい」
「大層なこと言ってるけど、できたのってやっと上半身なんでしょ?」
「そうだよ。下半身はまだフレーム状態」
「――ええい、セレモニー位させんか!まったく、盛り上がりに欠けるガキ共めが!」
サンガじいさんが舌打ちするが、別に俺は広い格納庫にわんわんと響くじじいの声を聴きに来たわけじゃあない。
「……まあいい。ではとくと見よ!これがわしの作った巨大ロボ、その名も<アルヴァリオン>じゃ!!」
サンガじいさんがその名を叫ぶと同時に、がしゃん!とさらに多くの照明がついた。
「お、おおぉぉぉ……」
「ふうん……」
「わー……」
三者三様のリアクション。
もちろん、一番感動してんのが俺であることは間違いねぇな。
俺たちのいるキャットウォークは、ちょうどそれの胸部、コクピットと思わしき場所の高さに架かっている。
よって完成したという上半身を見るには頭を上げる必要があるわけだ。
見上げた視線の先。
エッジ部分が鋭角的でありつつ、全体は丸みを帯びた頭部。額の中心からV字型に延びる大きなアンテナ。
稼働状態でないため光は入っていないが、それでもわかる精悍な目つき。鼻に似たパーツや、人間の口元に酷似したフェイス部分。
胸部には翼を広げた鳥のようにも見える巨大なパーツが取り付けられている。中心には謎の球体クリスタルが一つ埋め込まれ、天井灯を反射して鈍いグリーンに光っている。
目線を左右に振れば、今回完成したという両腕部。
頭部や胴体と比較すると、不自然なまでに大きくいかつい三角形の両肩は外側に行くほど鋭くなっている。
短めの二の腕と、反対にかなり大きな前腕部。
手首にあたる部分の上側には、やはり謎のクリスタル球が埋め込まれている。
全体の形状は空力まで計算して作っていると聞いたことがあるけど、なるほど、完成するとこうなるのか。
前腕部の後ろにあるあれは、二基のウイングとブースター、だな。
そんなものがついていて空力計算までして設計したってんだから、当然アレが使えるようになっているんだろう。
今は力を抜いてだらりと垂れさがっているが、マニピュレータも大きく頑強そうだ。
そして――俺の脳裏に浮かぶ既視感。
「……」
「ふあっはっは!言葉もないようだな、鐡!」
「……あぁ、なんていうかとりあえずだ。版権大丈夫か?」
何が大丈夫かって、このロボットの形状ベースは間違いな<アルヴァイン>だ。
俺とサンガじいさんがバイブルと称してはばからないロボットアニメ<勇者皇帝>シリーズに出てくる主人公機に、どこをとってもそっくりなんだ。
ついでに名前もだ。
けど俺の心配は全くいらんかった。
サンガじいさんは何だそんな事かなんて言いやがった。
「それは問題ない。あのアニメスタッフ全員と版権元のテレビ局員、それに原作者からなにから全員呼んで見せたが、みなド肝を抜かれておったわい。そのあと向こうのほうからぜひこのままやってくれと懇願されたわ」
ぬあっはっはっは!!と豪快に笑うサンガじいさん。
「そうか。まあそうだろうな……」
アニメにかかわったすべての人々は、まさか虚構の産物・二次元のウソが盛りだくさんのロボットを、まさか本当に作るものが現れるなど考えもしなかったに違いない。
「将来的にはあちこちのあらゆるイベント会場で、皆の視線を一身に集めまくること請け合いじゃ!人命救助からビルの解体!海から宇宙までなんでもござれだ」
「そういう万能ロボって科学的にかなり難しいんじゃなかったっけ?」
キハチがぼそっと呟く。
確かにこいつの言うとおり、例えば瓦礫やらなにやらが一杯の場所を歩くロボットと、よく整備された路面を歩くロボットでは構造が微妙に異なる。
プログラムだけでは対処しきれない、ハード的な違いがあるんだ。
西暦も二千年代中盤を過ぎた今、二足歩行ロボットの研究や実用化も進んできたが、例えば家事手伝いロボットに軍事作戦を手伝わせることは今もできない。
まあこれは極端な例だけどな。
だがこれまた、そんな心配はいらんとじいさんは言ってのけた。
「はん!そんなもの、わしが勇気とガッツで乗り越えたわ!」
サンガじいさんが胸を張る。
幾度も味わったであろう挫折も苦悩も一切を笑い飛ばし、勇気とガッツで語ってしまうあたり、まったく筋金入りのロボアニメ好きだ。
「さすがだぜ。サンガじいさん。……で、こいつは動くのか?」
あたしはついていけないわ、という顔の楪はほっといて、俺は一番気になっていること聞く。
腕がつく間に同じ質問をしたが、その時はまだ動力系統が未完成だったので、こいつはハリボテ状態だったんだ。
今回は果たして。
「動くぞ」
「……なに?」
思わず聞き返す。
「だから動くぞ、と言った。上半身だけだがな」
な、なんだと!?
「頼むサンガじいさん!見せてくれ!」
ギラギラと目を輝かせ、俺は勢いよく頭を下げる。が、サンガじいさんは顎を撫でながら渋い顔だ。
「ううむ。そうしたいのはやまやまじゃが、ふたつばかり問題あってな」
「?」
「まずひとつ。鐵、お前なら予想がつくと思うが、これだけの質量を動かすのに必要なものはなんだと思う?」
「大量の電力」
即答する。
俺も伊達にロボアニメ好きを名乗っているわけじゃねぇ。
未完成とはいえ、こういうものが初めて動くときに浮き出る問題というのはたいていエネルギーと動力系だ。
はたして、サンガじいさんは満足そうにうなずいた。
「正解じゃ。さすがは鐡」
「ふふん。世辞はいいぜ」
ドヤァ。
やっぱあたしついていけない、と楪。隣のキハチも同意してやがる。
「というわけで、確かに動力系統は内蔵したが、その起動には大量の電力を必要とするんじゃ。一度動き出してしまえば半永久的にアイドリング状態を維持できるが、最初の一発がどうしてもな」
「ふうん?」
サンガじいさんは腕を組むと、くるりと俺たちに向き直った。
「お前ら、荷電流体性粒子理論は知っているな?現代素粒子学の基本だが」
「あぁ、学校で習った。なんだよ、唐突に」
荷電流体性粒子理論ってのは、二百年ちょっと前に確立された、比較的新しい理論だ。
それによれば――。
西暦二千年代初頭に発見された、宇宙の根幹をなすといわれる暗黒物質というものがある。これは主に宇宙空間に充満している素粒子だが、実はこの研究の過程で似たものが地球上――正確にはあらゆる惑星上に充満しているのではないかという仮定がなされた。
そして仮定から理論が作られ、研究が進んだ。
「……だよね?」
キハチが空を睨みながら言い、サンガじいさんは満足そうにうなずいた。
「そのとおりだ、孫よ。小難しい話は省くが、結論を言うとその理論は正しく、この地球上のあらゆる場所には暗黒物質と同じような素粒子―<BRAVE>粒子が満ち満ちていることが分かった」
<BRAVE>粒子とは、<BRight Activate Vary Extra Particle>の頭文字をとったものであり、<輝いて活性化する、特別な原初粒子>と訳される。
そしてその<BRAVE>粒子は、一定のパルスを当てることで活性化し、その活性率の高いほうから低いほうへと流れを作る性質を持つ。
「そこまでは授業でやったよじいちゃん。その<BRAVE>粒子がこのロボットとどう関係するの?」
キハチが首をかしげた。
素粒子物理に疎い楪は目を白黒させている。
俺にしたって別段得意ってわけじゃねーが、こういう小難しい言葉は聞いてるだけで夢が膨らむからな。
ちっとは勉強してんだ。
「<アルヴァリオン>にはな、<BRAVE>に働きかける性質をもった、ワシの開発したある特殊な人工物質が搭載されている。機体の各部にある、グリーンのコアがそれだ」
確かに、機体の頭部・胸部・手首と手のひらに球体が埋め込まれており、ここからは見えないがおそらく脚部にもそれがついているんだろう。
「分かったわ!その粒子を機体に溜め込んでコアで制御して、動力にしてるんでしょ?」
楪が勢い込んで言うが、サンガじいさんは首を横に振った。
ああバカ。これは来るぞ、アレが。
キハチと顔を見合わせ、額を押さえる。
「惜しいの嬢ちゃん。じゃが外れだ。<BRAVE>粒子は新たに生成することはもちろん、何かに貯蔵することができない性質がある。ついでに言えば<BRAVE>はどうやってもそのものが動力にはならん。というのも非活性時の電位が……。故に質量の……」
以下、しばらく専門的な話が続くので割愛。
見ろ、やはり来た。
洋の東西を問わない、科学者特有の説明世界。
サンガじいさんもこうなるとしばらくは返ってこない。
その説明も分かる人|(例えば俺やキハチだ)には分かるんだろうが、
「く、くろがねぇ~……」
ぷしー、と頭から湯気を出しながら楪が情けない声を上げた。
説明スイッチを入れた本人だが、どうやらお手上げらしい。
仕方なく、俺は要点だけを楪に言ってやった。
「つまり<BRAVE>はこの地球上のあらゆる場所に――大気中にも水中にも海の中にも存在するが、今地球上にある分で全部。人工的に生成する技術はないし、常に空気中にあって宇宙線を直に浴びてないと、荷電しても活性化しないからガソリンタンクには溜め込めないし、そもそも活性化させる物質がないからガソリンにもならんってことだ」
「現段階ではそういうことじゃ」
ただ最後の話に関しては――。
「ちなみにこの、<BRAVE>に荷電し操作できる物質の生成に成功したのは現状、世界でワシただ一人じゃ。世界各国では未だ理論が提唱されている段階。会社の中でもごく一部しか知らん最高機密じゃからの?」
「お、おう」
んなもん部外者の高校生に話していいのかよ。
「……えーと。じゃ、じゃあどうやって<BRAVE>でこのロボットを動かすんですか?」
目をぐるぐるさせたままの楪が聞く。
サンガじいさんはそんな楪に向け、不敵な笑みを見せつけた。
「つまりじゃ。ワシの開発したこの物質は、粒子を活性化させ空気の流れのように――わかりやすく言うなら揚力のように使い、機体を内側のアクチュエータだけではなく、外から力を加えて動かすことに成功しているんじゃよ」
「……はあ」
「なるほど」
「しっくりこんか?……そうじゃな。それなら浮力をイメージさせた方がいいかの」
サンガじいさんが顎を撫で撫で、分かりやすそうなたとえ話を考えた。
「お主等、風呂に入った時のことを思い出してみるといい。腕を風呂に沈めてじゃ、息を吸うと腕は浮く。息を吐くと腕は沈むじゃろう。あれは腕内の血管に流れる酸素の量で浮力が変わるせいで<BRAVE>の原理とは違うが、ソレと似たようなものじゃ」
ロボットの腕を水平にした状態で、腕の上の方の粒子を活性化させると密度が変わり、腕部は下がる。逆に下側を活性化させると上に上がる。
「要するにパペット人形ってことさ」
開発の末席にいたキハチがもっとわかりやすいたとえを出した。
「うむ、その方が近い。実際にはもっと複雑かつ細かく活性位置を制御しておるがの」
「いや、何となく分かった」
「あたしも」
腕を上げるときは、その周りにある高密度の粒子を操作し、粒子で引っ張り上げつつ、アクチュエータで押上げる、ってことだろう。
なんという発想の転換!
このロボットはまるで操り人形がひもで引っ張られる如く、外から加えられる力で動くと、サンガじいさんは言ってるんだ。
「でもそれ、ものすごく効率悪いといつも思うんだけどね?」
キハチが苦言を呈する。
実際、こいつの言うとおり素人判断ではあるけど、これほどの質量――つかロボはやはり内側から動かすべきではないんじゃねーのか?
腕を上げる動作ひとつとっても、引っ張り上げるイメージなど到底わかねーし。
だがサンガじいさんは不敵な笑みを絶やさない。
「まだ動くところを見せてないからそう思うのも仕方ないのう。いいか、巨大ロボを動かすには<BRAVE>粒子はうってつけで、そしてコイツを使った場合、むしろ外部干渉型の方がいいんじゃ」
先ほどの例でいうと、血管の中の酸素の量を調整する=機体内の<BRAVE>粒子の活性率を変化させる、ということになるが、じいさん曰く内側に粒子を腕を稼働させられるレベルまで浸透させると機体の電装系と相互干渉を起こし、正常に作動しないんだそうだ。
「ワシら人間を含め地球上のすべての生物・物質は、はるかな昔から<BRAVE>粒子の充満した世界に存在しているから分からんが、この粒子の密度は海水のそれをも凌駕する。<BRAVE>粒子に振れたこともない生物がもしいたとしたら、ワシらは水どころか、固体の中で暮らしているように見えるじゃろうな」
「俺らには全然わからんがな……」
しかし、そんな画期的な駆動システムを搭載している<アルヴァリオン>だが、そもそもそのシステムの起動に膨大な電力が必要という訳だ。
「……欠陥品じゃないわよね?」
楪が<アルヴァリオン>に胡散臭げな目を向ける。
「失敬な!こいつの求める――いやさワシが求めるスペックを出すのには、この理論でなければならんかったんだ!ロケットパンチ然り、月面でのバリッバリ謎ビーム然りじゃ!」
「なら欠陥じゃねぇな」
ずこっ。
あっさりうなずいた俺の言葉で、楪とキハチがコケた。
なんだよ、その通りだろうが。
おかげでロマン武器が実用化できそうなんだから。
「まあ、電力は時間をかければ用意できるから大したこたぁない。問題はもう一つのほうだ」
「そりゃなんだ?」
俺が聞くと、サンガじいさんはぶっとい眉毛を情けなく下げ、今度こそ困り切った顔をしてみせた。
「<BRAVE>粒子の制御システムじゃ。組んではみたがこれがかなり複雑のう。AI制御ではなかなか安定して制御できないんじゃ」
「……おい。本当に欠陥品じゃねぇよな?」
自信無くなってきた。
「こればかりはそうかもしれん。現在も強化学習によるAIの絶賛猛特訓中だが、このシステムを使いこなすには人間の脳と同じくらいの柔軟な思考が必要じゃ。直観力や応用力、それに瞬発力といったな。先は長い」
ヒトの意思でも転写できれば楽じゃがな、とサンガじいさんがため息を吐く。
「そこまで行くとまるでSFマンガね」
「そのSFマンガの代表みたいなのが目の前にいるだろ」
俺は、両手を体のわきでひらひらさせる楪にそう言ってやる。
「それもそうね」
「現状動けないのは残念だけど、まあここまでいいものを見せてもらったんだから、今後の期待も膨らむってもんだ」
<アルヴァリオン>は何も言わず俺を見下ろしている。
未だ眠れる巨人が動くとき、俺はどうするだろう。
悪と戦い、子供たちの夢と希望をこの俺が作れる日が来るかもしれないんだ。
「じいさん」
「なんだ鐡」
「俺をパイロットにしてくれないか」
至極真面目な顔で頼む。
サンガじいさんはにやりと笑った。
「……ふん、言うと思ったわい。ま、考えておこう」
「頼む」
キラキラしているだろう目で鋼鉄の巨人を見上げる俺に、動力の方は次来る時までに何とかしておく、とサンガじいさんは約束してくれた。
その後、お茶を持ってきてくれたメイドのユリユリさんを交え、<アルヴァリオン>やその元ネタである<勇者皇帝アルヴァイン>シリーズの話題で盛り上がり(楪は無関心だったが)、気付いた時には日はとっぷりと暮れていた。
明日の宿題がまだだった俺は、楪とともに慌てて帰宅する羽目になった。
* * *
(お時間でございます、姫)
(分かったわ)
微かに聞こえる、声。
これは、アレか。あの夢か。
だが、おかしい。
入り方が違うし、雰囲気も。
何よりこの声は誰だ?
(これが……?)
(左様でございます)
(これまで千年の間、誰もが動かせなかったもの、ね)
女、それも、年若い少女の声だ。
今までこんな声は聞いたことがない。
その声の方を向いてみようとするも、やはり体は動かない。
(来たか。覚悟は良いな)
(はい、父上)
この深みのある、威厳に満ちた声は聞き覚えがある。昨夜も聞いた声だ。
(この儀式は最大で十時間に渡る。その間お前はほとんど休むことが許されない。お前の願いを、想いを、この機体に語り続けなくてはならぬ)
(はい)
――まじか。そら大変だ。
と、どこか他人事のように話を聞く。
(だが、千年前から続く《契約の儀》もこれで最後となる。我が王族最後の子よ、お前に全てを賭け、託す。……不甲斐ない父を、先達を許せ、娘よ。まだ年若い乙女にすら、《儀》を課さねばならぬ宿命を)
今ならまだ止められる、引き返せる。
深みのある声はそう諭したが、
(いいえ。いいえ、父上。私は一度も、自分の宿命を呪ったことはありません。そして、父上に憤りを感じるなどという事も。全ては私自ら選んだこと故)
少女の声はそれを否定した。
(……強いな、お主は)
(私は《ネロウ》の末裔で、父上の娘です)
相変わらず指一本動かせない俺は仕方なく、唯一自由の利く聴覚に意識を集中させる。
どうやらこの二人は父娘っぽいな。
二人の間に確かな信頼と愛情、そして僅かな悲しみが感じられるのは気のせいじゃねーだろう。
(では、始めよう。“契約の儀”を)
その声と同時に、厳かな斉唱が空間に響く。
少女と分かる気配が“俺”に近づき、これまでと同じように“俺”の服の前をはだけ、開いた隙間からもぐりこんでくる。
(どうか、私に、力を)
少女の心の声なのか、切実な願いが俺に届く。
……違う。
ああ、違う。
この娘は、これまで俺に触れた奴らとは、違う。
この子は真摯に、切実に、セカイを。
(……!……ね!)
声が、聞こえた。
* * *
「……ろがね!ああもう鐡ってば!ねえ!」
「うー、むむ……」
「いい加減起きなさいよ、この!」
「いってぇ!?」
昼休み、学校の屋上でぼっち飯を食べた後昼寝をしていた俺は、誰かに頭を小突かれる感覚で夢から覚めた。
「まったく。あともうすぐ授業始まるから探しに来てみれば……。こんなところで寝ているなんて。探す方の身にもなりなさいよ!」
「ゆず……りは、か?」
俺は覚醒しきらない頭で、声の主を見上げる。
昨日の分の宿題が思ったより難しかったので昨日は寝るのが遅く、明らかに俺は寝不足だ。まあ自業自得ではあるんだが。
今日であの日――サンガじいさんの所に<アルヴァリオン>を見に行ってから三週間がたっている。
腕が完成したことで装甲の基本形状や強度、カラーリングなどが正式に決まり、それを流用してこの三週間でフレーム状態だった<アルヴァリオン>の下半身にも装甲や装飾がつき、少なくとも見た目だけならほぼ完成という状態にまでなっていた。
さらに電力が充てんされたことで、内部アクチュエータを使った上半身の可動実験も行われている。
<BRAVE>粒子の制御システム開発は相変わらず難航しているので、既存のモーターなんかを使って動いていたが――それでも巨大ロボが動くという光景に、俺はもう夢中だった。
そして今日。
昨日も実験の最中コクピットシートに座らせてもらった俺は足取りも軽く学校に来て、ここで昼寝をしていた。
あん?なぜ教室ではなくここかって?
……そうだな、特に意味はない。
しいて言うならそういう気分だったからだ。
俺の隣で仁王立ちする少女がだんだんと足を踏み鳴らす。
短いスカートがヒラヒラ舞い上がり、俺はいろんな意味で落ち着かない。
「ゆずりはか、じゃない!ほら急いで!授業、始まっちゃうわよ!」
どうやらこいつは予鈴間近の時間になったのに一向に帰ってこない俺を心配して、探しに来てくれたらしい。走ってきたのか、顔は上気し肩も揺れている。
「あ、あぁ。しかしよくここが分かったな」
「あんた昔からぼっちご飯の時は屋上の、さらに上に潜り込んでたでしょう。まったく、いくつになっても変わらないんだから……」
そう。
ここは屋上のもう一つ上。給水タンクの下だ。
小学校、中学校と、俺の通う学校は休み時間には屋上が解放されていた。無論、この学校も同様である。
当然と言えば当然だが、ロボアニメ好きな奴は学年を追うごとに少なくなり、比例して俺と話の合うやつも減っていった。
どうせ一人で過ごすならといろんな場所を探し回った結果、屋上のさらに上というものにたどり着いたわけだ。
ここに来るには配管を抜けて梯子を上らなくてはいけない上に、給水タンク自体も老朽化が進んでいるため、当然のごとく立ち入りは禁止。
が、それ故に人が来ない場所として俺が勝手に使っている。
姿を見せるのはこうして俺を探しに来てくれる楪くらいのもんだ。
「ぼっち飯前提か。別にいいけどよ……」
楪に急き立てられながら弁当箱を片付け、梯子に向かいながら俺はぼやいた。
「違うの?」
「いや、違わないけどよ……」
残念ながら、今のクラスにも俺と同じ趣味の奴は全くと言っていいほどいない。
いや、一人いるにはいるんだが、今日は家の都合で休んじまっている。
その一人ってのはもちろん、キハチだ。
なんでもサンガじいさんに頼まれた用事で隣町まで行かされているらしい。
普段はキハチや楪を交えて食事をとるんだが、そういう訳で今日はキハチは休みで、楪の方は女子友達に誘われていた。
俺にだってキハチ以外の話し相手はいるし誘われもしたんだが、今日はなんとなく彼らと食事をする気分ではなかった。
よってぼっち飯決定。
別に嫌いでもないし、むしろ好む方だしな。
残念な奴とかいうな。
「森林君休みの時、あんた大体ここにいるでしょ。今日みたいに」
「キハチのやつ、ここ最近休みが多いからなぁ」
その見た目通りというべきか、仮にもサンガじいさんの孫というべきか、キハチはメカ系に強いからな。
<アルヴァリオン>の完成が間近となっている今、彼はちょくちょく手伝いを言いつけられているらしい。
企業へのインターンシップ的な何かの枠を使い、登校日数は誤魔化せているようだが――いいのか、それで。
弁当箱をかばんに放り込み、梯子に手をかける。
む?楪があわててこっちに駆け寄ってきた。
なんだ一体。
「ちょ、ちょっと待って!あたしが先!」
「なんで」
「な、なんでって……」
楪が短めのスカートのすそを抑えて頬を染めていた。
あぁ、そういうことか。
「見ねぇよ」
実はさっき起こされた時、ちらりと縞柄が見えたんだけどな。
それを言わない方がいいのは誰でもわかる。男は黙って録画だ、うむ。
「そ、そういう問題じゃないの!デリカシーないんだから!」
「はいはい、分かったよ。ほれ、お先にどうぞ」
予鈴まであと五分。
言い争っている時間もない。
「ふ、ふん!」
鼻息荒く、楪はカンカンとリズミカルな音を立てて梯子を降りる。
毎度俺を探すために上っているせいで、こいつの梯子登坂力は無駄に高い。
「ところで鐡?あんたもしかして、また例の夢見てなかった?」
続いて降りていく俺を待っている間、楪が下から聞いてきた。
「なんでそんなことを聞く?」
よ、と声を上げて屋上に着地。
鞄を担いで出口に向かいながら、俺は逆に問い返した。
「だってあんた、すごくうなされてた……から」
「む……」
確かに、俺はあの夢を見ていた。
いつもなら夜にしか見ないはずの夢を、それもかなりはっきりとだ。
おまけに今回のは普段のそれより鮮明だった。
「鐡?」
「……あぁ。見ていた」
黙って考え込んだ俺を、小走りで付き従う楪が心配そうに見上げる。
「あまり続くなら本当に、病院に行ったほうがいいんじゃない?」
「そう、かもな」
どういう系統の病院に行けばいいのか分からないが――珍しく素直に、俺は楪の言葉にうなずいた。
というのも、特にここ最近のあの夢は非常にせっぱつまった感覚を覚えるからだ。
夜中に息苦しさを覚え、飛び起きてしまうことも少なくなかったからな……。
「……ん?」
「どうしたの鐡……って」
考え込んでいた俺は、ふと体がフラつく感覚を覚えて立ち止まる。
めまい?いや、違う。
「なんだ?」
「これ、地震?」
それは俺だけではなかったようで、楪も歩みを止めてあたりを見回す。
陽光が照り付ける普段通りの光景でありながら、異様に張りつめた空気。
風が止み、鳥の声が消え、セミが押し黙る。
まるで音の消えたバーチャル映像を見ているような、違和感。
――妙だな……――
楪が不安そうな顔で俺にすり寄ってきた。
「ね、ねぇ?なんか空気が変じゃない?」
「気のせいだろ。大丈夫だ楪」
楪が俺にすり寄ってきた。
普段は俺が近寄ると大げさに飛びのくくせして、心細い時は自分から寄ってくるんだから女って分からねぇ。
まあいいけどよ。
少しずつ大きくなる揺れを感じながら、俺は楪の肩を抱いてやる。
女の子って柔らかいよな、と不謹慎にも思っちまうのは男のサガだ。
――……――
(なんだ?)
何か、声が聞こえた気がした。だがあたりを見回しても、俺たちのほかには誰もいない。
――……けた……つけた……みつけた――
(誰だ?)
――……あいたかったよ、クロガネ。それと……ごめんね――
(俺の名前を……?)
直後。
「うおっ?」
「きゃぁぁっ!?」
学校が浮き上がったんじゃねーかってくらいの凄まじい突き上げが突如俺たちを、いや、学校を襲った。
経験したことはないが、これがうわさに聞く直下型か、などと能天気な思考が頭をよぎる。
ていうか全然大丈夫じゃねぇ。誰だ大丈夫なんて抜かしたやつ!
……あ、俺か。
「きゃ、きゃあ!なによこれぇ!?きゃぁぁっ!」
「お、落ち着け楪!しゃがめ!立ってるとまずい!」
きゃーきゃー悲鳴を上げている楪を抱きしめ、俺はとにかく屋上にしゃがみ込んだ。
開け放った教室の窓からだろう、生徒たちの悲鳴が聞こえてくる。
「ぬ、おぉぉおぉっ」
「~~~~っっ!」
楪はもちろん、俺も歯を食いしばって唸ることしかできない。
揺れがすごすぎて這って移動することさえできない。
今はただ、この揺れが収まるのを待つばかりだ。
幸いここは屋上。上から物が落ちてくる可能性はなし。
「?な、なんだ」
ふ、と俺たちの上に影が落ちる。
ぐいと上を向き、背後を振り返ってみれば。
「!!」
しまった。すっかり忘れていた!ここは確かに屋上だが、最上部じゃなかった。
俺たちの頭上では老朽化した水のタンクが根元からボキリと折れ、こちらに向かって今にも倒れこもうとしてやがる!
メキメキと音を立てるタンクの接合部。
相変わらず続く揺れ。
動けない楪と俺。
刹那の思考。
「楪っ!!」
「きゃっ!」
俺は夢中で、抱きしめていた楪を突き飛ばす。
本気の俺に突き飛ばされ、屋上を転がる楪。加減などしてやる余裕などなかった。
すまん。だが、これでいい。お前は助かる。
「く、鐡!頭!頭の上!」
身を起こし、今更ながら状況に気付いた幼馴染が悲鳴を上げて俺の上を指さす。
あぁ、知ってるよ。でもまあ、しゃーなしだ。
女の子を守るのは男の役目だしな。
お前が無事ならそれでいいぜ。擦り傷くらいは我慢してくれよ?
むき出しになった白い太ももや膝小僧に赤い染みを認め、心の中で謝る。
とはいえ俺だってむざむざ死にたくねぇ。
なんとかしてここから移動しなくては。
「っ!!」
不吉な軋みを続けるタンクに、決定的にまずい破断音が終止符を打つ。
ついに負荷に耐え切れなくなったタンクの根元が折れ、数トンはあるだろう円柱が俺に向かって落ち始めた。
さらに悪いことに、老朽化の進んだ校舎の屋上の縁には何か所かのヒビがあったんだが――それがビキビキと広がり、長い亀裂が生まれてしまった。
それはちょうど、俺を囲むような状態になっている。
これは、まずい。
まずすぎる。
「詰んだか……?」
「鐡!くろがねっ!!」
楪の悲鳴。
必死に手を伸ばしてくるが、相変わらずの揺れでどちらも動けない。
亀裂のせいで転がって逃げるのも無理だ。
階下で火事でも起きたのか、亀裂の間からは赤い光が見える。
亀裂に沿って走るそれは、まるで魔方陣だ。
「だめ、か」
普段勇者系アニメを見ている俺も、さすがにあきらめの言葉がついて出る。
――にしてもあぁ、くそ。<アルヴァリオン>の真の完成、見たかったぜ。
「逃げろ、楪っ!」
未完成でありながら勇壮な真紅の機体を思い出しながら、無意識のうちに俺は叫んでいた。
「でも!でもぉ!」
光はあっという間に強くなり、今や亀裂全体が光っているかのようだった。
そういや、最後にあいつを突き飛ばした時に感じたあの、柔らかい感触。
むにょんと柔らかく、それでいて弾力に富んだあれは、もしかして。
「いい土産になったぜ」
などとバカなことを考えていると、
「ぐあっ!?!?」
全身に強烈な衝撃が走り、床が抜けたような浮遊感が俺を襲う。
背中が、頭が、いや全身が痛てぇ!!
「っかは……」
真っ赤な何かが吐き出され、視界も同じ色に染まる。
日頃お世話になっているスーパーロボットアニメに出てくる主人公のように、超常的な力やアーマーなどが俺にあるわけもなく、あるいはスーパーロボット本体のように頑丈な体である訳もなく。
「くろがねぇっ!!いやぁああああ!!!っ」
「ゆ、ずり、は……にげ……」
頭上から響き渡る楪の悲鳴を最後に、俺の意識は途絶えた。
* * *
――だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、クロガネ――
またあの声だ。女の声のようだが、なんだろう、どこか聞き覚えのある……?。
(誰だ、お前)
――いずれあえる。きっとあえる。いまは、すすんで。あなたのおもうままに――
(わけわからん!)
――ふふ……。だいじょうぶ。ほら、あの子がまってるよ――
(あの子って誰だよ!)
――まってるよ……まってるよ……――
だが俺の質問に答えることなく、謎の声はフェードアウトして、ついに消えた。




