エピローグ
陸上戦艦<ヴルドガーズ>は、まるで喪中のような空気を纏って前線基地ドーヴァンへ帰港した。
いや、まるで、ではない。
アクザールという指揮官を喪った今、間違いなく喪中である。
ただし、その悲しみと悔しさをじっと抑え込んでいるのはただ一人だけである。
ヴァルター・ブリストス。
アクザール王子の右腕にして、彼の戦いの師であった人物だ。
『――<ヴルドガーズ>、接舷完了。ハッチ開きます――』
忌々しいほどにいつも通りな声のアンドロイドが、艦を所定の位置に停止させ、各部のハッチを開放する。
本国の正式なドックでない為、ここで行うのは簡単な補給と整備のみだ。幸い艦のダメージはほとんどないが、またしても搭載機を損耗している。
その上――。
『殿下……。アクザール、殿下……』
男たるものそうそう涙を流してはならない。
そう教え込まれ、教え込んできたが。
座る者のいなくなった艦長席を見つめ、歯を食いしばる。
さすがに今回ばかりは目じりが湿ってくるのを止めることに苦労する。
自分がついていながら、なんたる失態か。できることなら自分が変わって差し上げたかった。
ただそれだけが頭の中をループする。
だが非情にも時はいつまでも悲嘆に暮れることを許さない。臨時とはいえ、今の艦の責任者は自分なのだ。
基地司令に挨拶をすべく、ヴァルターは一人、ブリッジを出る。
足音の聞こえない背後に言いようのない虚しさを感じながらハッチを出てタラップを降りると――。
「――おかえりなさい、ヴァルター・ブリストス大佐」
「あなたは……」
予想外の人物が彼の前に立っていた。
感情も年齢も読み取れぬ、不可思議な声。
軍人風の礼を取る体を長いローブに包んだ――。
「……アハトバーム博士。なぜ、あなたがここに?」
問われたアハトバーム博士は礼を解き、ヴァルターをどこかへ誘おうとする。
「こちらへ。お見せしたいものとお話ししたいことがございます」
「その前に、基地司令に会っておきたいのだが」
「おお、それならばご心配なさるな。先に私の用を済ませて構わないと、許可を頂いておりますでな」
いささか疑問を感じたが、アハトバーム博士は本国でも重要な人物だ。その彼が心配ないといい、自分に魅せたいものがあるというのなら――断るわけにはいかなかった。
ローブ姿に先導され、ヴァルターは歩き出す。
――主の死は、ヴァルター・ブリストスという人物を少なからず動揺させていた。彼は自分でも気づかないうちにかなり注意力をそがれていたのである。
もし彼が普段通りであればすぐにおかしいと気付いただろう。
案内された先の施設に、ほとんど人気がないことに。いくらアンドロイドが存在のほとんどを占めるとはいえ、前線基地にはある程度の“人間”も駐留している。だが、彼が導かれた建物は、“人間”が駐留しているはずの物なのに、ほとんど気配がないのだ。
それに気づかぬまま、ヴァルターはエレベータに乗り、アハトバーム博士と共に地下へもぐってゆく。
降りた先の廊下を進み、いくつかの厳重なロックの扉を抜け(これにもそれほど不自然さを感じなかった)、最奥部にたどり着く。
「さあ、どうぞ」
「…………」
入室した先はひどく寒いところだった。白い天井に白い壁、白色灯が無機質な光を投げかけている。
決して暗くはないが、ヴァルターの頭に浮かんだ最初の言葉は、
(まるで死体置き場だ)
実際、室内にはいくつかの台があり、その上に長方形の箱が置いてある。それはまるで――棺のようだった。
その箱の一つ。
アハトバーム博士はその脇に立ち、ヴァルターを手招きする。
近寄った彼は箱を覗き込み――。
「っ!!!」
思わず中身を凝視する。
中にあった、否、いたのは。
「アクザール殿下!?」
見まごうはずもない。
それは彼が敬愛してやまない、アクザール・アローガンス・アトランディアその人だった。
腕部や脚部が一部欠損し、上半身にも深い傷があるが、それ以外はほぼ無傷。少なくとも頭部に損傷は見られない。
だが生体活動が停止しているのか、彼の叫びにも反応はない。よく見れば――その体には霜がついている。箱の中が零下まで下げられているのか。
「そのとおり。アクザール様ご本人です」
アハトバーム博士が簡単にうなずく。
「<アンブロシウス>には緊急脱出装置がありました。爆発の瞬間、それがオートで作動したのでしょうな。装置の作動を確認した私が部下を使ってそれを探させ、殿下を発見したのです」
「ご、御無事なのか、殿下は!」
冷静さをかなぐり捨て、ローブに詰め寄る。
生身の人間であれば重症だろうが、肉体をサイボーグ化している彼らであれば手足の一本や二本を失っても、新しく付け替えれば済む話だ。
上半身の裂傷が気がかりだが、処置が適切であれば問題ない。外見上、アクザール王子の肉体にはそれ以外の損傷がないように見受けられるし、なにより頭部に傷がないのが幸いと見た。
しかし、ヴァルターの期待もむなしくアハトバーム博士は首を横に振った。
「いいえ。残念ですが、殿下はほぼ亡くなっておられます」
「ほぼ?ほぼとはどういうことか!?」
さらに詰め寄り、殺気を込める。
不気味なことに、アハトバーム博士はヴァルターのされるがままだ。
「<アンブロシウス>は殿下の演算能力を限界まで引出し、<BRAVE>粒子を無効化する演算を行う訳ですが――。これは殿下の脳に著しい負担を与えます」
「なん……だと?」
事前の説明にそんなものはない。試作機でもあるので安全は保障できないと言われたが、脳に負荷がかかるなどとは聞いていなかった。
「貴様……」
「……殿下は宿敵<アルヴァリオン>に撃破された際、<アンブロシウス>から超演算の逆流を受け、脳に大きなダメージを負ってしまわれたのですよ」
つまり――脳死というやつです。
瞬間、ヴァルターの頭が怒りで沸騰した。
アハトバーム博士を突き飛ばし、銃を突きつける。
「貴様、知っていて言わなかったな?万一の際、脳死に至ることを知っていいて、殿下にお教えしなかったな!?」
「はい」
ローブ姿がいとも簡単にうなずく。
「なぜだ!貴様、アクザール殿下に忠誠を誓ったのではないのか!?」
途端にアハトバーム博士がくつくつと笑い出した。
「おかしなことをおっしゃる。いつ私が、そのようなことを申し上げましたかな?私はあくまで協力すると申し上げたまでの事。忠誠を誓った覚えはございませぬぞ?」
「!」
ヴァルターの指が銃のトリガーにかかり、引き絞ろうとした瞬間――。
勢いよくドアが開き、大量の兵士――否、アンドロイドがなだれ込んでくる。
皆手に突撃銃を持ちその銃口をヴァルターに向けていた。
「なんだこれは!」
ブレインチップをフル回転させてアンドロイド達の制御系にクラックを試みるが、全てのコマンドが弾かれてしまう。
「バカな……」
ヴァルターのチップは王族の守護をつかさどるものとして、彼らに次ぐ強制権を有している。つまりはほぼすべてのアンドロイドを制御することが可能なのだが――。
「無駄ですよ。その人形どもは、私が制御しています。王族より上の権限を持つ、私のコマンドがね」
あなた程度の強制権は意味をなさない。
そう嘯きながら、アハトバーム博士は軽く手を振り、ヴァルターを壁際まで追い詰める。
「貴様……いったい何をする気だ!?」
銃を取り上げられ、後ろ手に拘束されながら、ヴァルターが吠えた。
「何をするか、か。そうですな、さしあたって殿下をお救いするつもりです」
思いもよらない言葉が返ってくる。
「肉体を直し新たなチップを埋め込む。そう、私の言いなりになるプログラムを入れたチップを、ね」
「な、なに……」
アハトバーム博士が笑い出す。
「ヴァルター様。あなたには見届けてもらいますよ。あなたの敬愛する主が、生まれ変わる瞬間をね!!」
あーっはっはっは!
地獄の底から響くような笑い声と男の怨嗟の叫び声が重厚な扉によって閉ざされ――すでにヒトの居なくなった基地に、静寂が訪れた。




