189チャーリー・カウフマン『アントカインド』
予定より大分遅くなりましたが今月内にもう一度更新できました。
『アントカインド』は分厚くて非常に高価な本ですが、どうしてもこの作品を取り上げたくて急いで読み終わらせたものの、書き上げるのにここまで時間がかかってしまいました。
なんだか十月も終わるというのに、暖かいんだか寒いんだかよく分からない日が続き、秋物の服とかの存在意義が分からなくなってきている。
ニュースで見たけれど、実際に春物と秋物は販売期間を短くして夏物と冬物の販売期間を長く取るようになったらしい。
地球は温暖化しているのか、寒くなっているのかちょっと分からない感じがする。
昼間は暑い日があっても、夕方になると急に寒くなる。
冬服だと痛し痒しな感じがする。
放課後はもう暗くなり始めていて、なんとなく気持ちが急がないとというような気になってくる。
暗くなると夏場の十七時と冬場のそれとは時間の感覚が大分違ってくる。
図書室は暗くなり始めていたけれど、まだ自然光で本が読めるかなといった感じだった。 そんな弱い自然光で本を読んだら目が悪くなりそうと思っていたら、眼鏡がないと非常に目つきの悪くなる栞が、辞書みたいな本を広げていた。
「おいーっす、何? 図鑑でも読んでいるの?」
そう聞くと栞はニコッと笑い、手元の本を閉じるとわたしに見せつけてきた。
「九月手前に出た、多分今年一番話題になった本ですよ!」
元気よく答えてくる。
本の話をしている時の栞はいつだって元気だ。
本さえ無限にあれば、永久に生き続けるのかも知れない。
「うん、話題の本のは分かったけれど何その分厚さというか質量というか……」
「チャーリー・カウフマンの小説デビュー作『アントカインド』です! 六四〇ページ越えで二段組の頭のおかしい本です。読むのに二週間ぐらいかかりましたけれど、まだ記憶が鮮明な内にもう一度読んでみようと思って……詩織さんも読みたいですか?」
「やだよそんな人殴り殺せそうな分厚い本! 読み終わる前に絶対死ぬって!」
そう言って拒否した。
栞はつまらなそうなの半分と、仕方ないという表情半分で見つめてくる。
「分厚いには分厚いですけれど、全体が九〇章に分かれているので、一章は六~八ページぐらいなので、一日三章だけ読み続ければ丁度一月で読み終わるという親切設計ですよ!」
「まあ腕力は鍛えられそうだけれど……」
「まあ実際にこういう分厚い本を「鈍器本」なんて言ったりしますけれど、正にそれですね、今年一番印象に残る読書体験でした! さあ詩織さんも読みましょう! 税込みで一五四〇〇円もした本ですよ、ただで読んだ方がお得です!」
栞の謎理論で思わず本を受け取ったけれど、重い!
そして装丁が豪華。
「これが一五〇〇〇円の本かあ……」
そう言ってペラペラとページをめくってみると確かに頻繁に章が変わっているので一日一章だけ読んでもいつかは終わるという手応えがあった。
そんな物どの本でも一緒だろうけれど……。
「チャーリー・カウフマン? だっけ? どこかで聞いた記憶があるけれどどんな人?」
「昔の映画ですけれど「マルコヴィッチの穴」のシナリオライターですね。映画脚本作家兼映画監督といったところです」
「ああ映画のタイトルは聞いたことある、小説デビュー作っていっても全くの素人っていうわけじゃないんだ」
「そうですね、とても上手い作家ですね、箱についている帯には「読むカルト映画」と書かれています」
「ふうん……どんな内容なの?」
そうですねぇ、長いものだからと唇に人差し指を当てて空中に視線を漂わせる。
「主人公はうだつの上がらないバラム・ローゼンバーガー・ローゼンバーグという頭の薄くなってきた男性で、映画評論家として何冊か本も出している人なんですが、ある時インゴ・カットバースという百歳を優に超える老人に会います。年齢も適当で百十歳ぐらいから百三十歳ぐらいまでその時々によって自称が変わっていきます」
「へー凄い長生き」
「そのインゴが九〇年間掛けて撮影した九〇日間掛けて見る、九〇日間に及ぶ映画を撮っていたと知り、もしかしたら凄い発見かもと興味を持ち見せて貰うことになります。映画には休憩時間や食事の時間、寝る時間なども細かく指示されていてそれに従う形になるのですが、十四日目にインゴが急死します、まあ百歳越えてますからね」
「で、そのローゼンバーグ? って人は映画を見たの?」
「ええ、細かい描写は長くなるので省きますが、世紀の大傑作だと思い、見終わったら処分するというインゴとの約束を破りトラックに詰めて自宅に持っていこうとするのですが、古いフィルムは燃えやすいので、ファストフード店で休憩中に自然発火して全部燃えてしまいます。なんとか火を消そうとしたローゼンバーグも煙に巻かれて三ヶ月間昏睡状態になり記憶がスコーンと抜け落ちてしまいます」
「うわーもったいな、でもそんな長さの映画見る人いなさそう」
「そうですね、私が見た中で一番街映画は二〇二五年のノーベル文学賞を受賞したクラスナホルカイナー・ラースローのデビュー作を、同じハンガリー人の監督、タル・ベーラが監督した「サタンタンゴ」ですかね、七時間十八分あります。偶然ノーベル賞前に知る機会があって興味本位で見出して四日掛けて見切りましたよ」
「『アントカインド』読むより体力使いそう……」
「まあそれは置いておきまして、ローゼンバーグは催眠術によって記憶を取り戻し映画を復元することにするのですが、ここから虚実入り乱れ怪しい情報が交錯するようになります。実在の人物の名前が微妙に間違ってたり、映画のタイトルも微妙にズレてたりします」
「後遺症?」
「いえ、段々催眠術で胡乱になっていくんですよね、それとローゼンバーグは名前と鷲鼻が特徴的なのでよくユダヤ人に間違われるのですが、その度否定しているけれど、段々ユダヤ式の格好をしていったり、夢の中で未来人に会ってプレイニオという謎のメディアの撮影? に協力してくれと言われたり、未来の世界ではアメリカ大統領はドナルド・トランクと記録されていたりともう無茶苦茶です」
「色んな話が錯綜していって複雑な話になっている感じ? わたしあんまり難しいの読める気しないんだけれど」
手元の鈍器に目をやり、ふうとため息をつく。
「それがはじめから最後までずーっとギャグの連続なんですね、ローゼンバーグはLGBTも人種差別も一切しない理解者という立場で、それがまた無茶苦茶に歌劇かつしつこいんですよね。自称も名前をつけられることで立ち位置が出来てしまうのでBと呼ばせたり、マンホールは、マンなので、それはいけないとパーソンホールと呼んだりします」
「面倒くさい! 面倒くさい人!」
「でも本のギャグはキレッキレで、トランク大統領は影武者にするため自分の分身ロボットを作らせます、そして何故か自分に恋をしてキスしたり、同じベッドで寝たりします。トランクロボットは頭の中に核爆弾を仕込んであり、映画のフィルムが燃えたファストフード店スミラーズと戦うことになり何万体もトランク・ロボは増産されます」
「トランク・ロボ気持ちワル! まだこの後も変な登場人物出てくるの?」
「はい、更にタイトルになっている『アントカインド』ですが、元々は「ヒューマンカインド」といって「人類」と言う意味なのですが「アント」は蟻ですから「蟻類」という意味の造語で、超未来に進化した天才アリまで登場してきて何が本当なのか分からなくなり混迷を極めます」
「カウフマン? って人危ないハーブでもやっていたんじゃ……」
「まあ尋常のお話ではないですよね、最後はなんとなくサッパリとして何も解決していないんだけれどなんだか解決したような感じで終わる私の好きなタイプの話なんですが、ここまで重量級の本を読んできてサッパリとした気持ちになれるのは快感ですね」
「なんだか気になる話ではあるけれど二段組で六四〇ページとかあるんでしょ? 読み切れるかなあ……いや、気にはなっているんだけれどね栞の解説聞いてさ」
「そうですね、九〇年間掛けて撮影された、九〇日掛けて鑑賞する映画の話が九〇章に分かれていて、主人公が三ヶ月、おそらく九〇日間昏睡していたという九〇に意味を持たせた作品なのですが、先ほどもいった通り一日三章読むだけでも一月で終わりますし、読んでいる内に引き込まれるのでもっと早く読み終わると思いますよ、私のオススメです! 是非!」
わたしはウンウンと唸りながら、これは渡されることが規定路線になっているなと思いつつ、最近は栞のオススメする本も割と読んでいるし、そこまで読むのが辛くならないのなら読んでみようかと思った。
わたしも文学少女になってきたものよのうなんて考えながら、窓の外を見るともう真っ暗だった。
「よーし詩織さんも挑戦して読書家ぶろうかな!」
「動機は何にしろ読書はいいことですよ! じゃあ今日はそろそろ帰りましょうか」
「そういや駅の方に新しい喫茶店出来たらしいけれど行ってみる?」
「そういう寄り道はいけませんね!」
「いいじゃん行こうよ」
「そういうのはダメです! けれどたまにならいいかもしれませんね!」
そう言ってお互いの顔を覗きながら、ケラケラと笑い合うと喫茶店に向かって大分寒くなり始めた街を歩いて行った。
ストーリーの解説などもう少し詳細にした方が良いだろうというのは有るのですが、あまりにも長い作品なので解説も滅茶苦茶長くなりそうなので大体一話の目安にしている三千文字ていどに収めました。
次回は日本の文豪でも取り上げてみようかと思いますが予定は未定です。
更新長々と空いていますがお付き合い頂ければと思いますのでよしなにお願いいたします。




