187野崎まど『小説』
野崎まどという人は非常に優れた作家です。
『ファンタジスタドール・イブ』から入り、その後は刊行順に読んでいきましたがどれもこれも面白いです。
『小説』もよい作品なので是非お手にとって頂ければと思います。
長かったんだか短かったんだか、飛び石連休であまり休んだ感じのしないゴールデン・ウィークも終わり、放課後いつも通りに図書室へと向かう。
夏日も珍しくなくなってきたこの時期独特の蒸し暑さと、裏山から流れてくる濃い緑の香りのおかげで、体感温度は上昇中だった。
図書室の扉をがらりと引き開けると、すうと風が吹き込んできてかいた汗が一瞬で乾く。
窓辺で踊るカーテンをくるくると纏めているのは当然ながら栞だった。
「ああ詩織さんお久しぶり……って程でもないですね。窓を開けると風が吹き抜けて気持ちいいですね」
そう言ってカーテンをくるくる巻いていく。
一段落ついたところで栞は、図書室の端の机の、更に端っこの方に座ると鞄の中から本を取り出した。
私物のようである。
「何読んでるんすかぁー栞さんー」
と輩のように絡んでいったら、手元の本を面前に突き出される。
「え……なに? 『小説』? これタイトルなの?」
黒字に銀色のキラキラ光るメタリックな文字で『小説』と書いてある。
「詩織さんにお薦めしたくて持ってきました。本屋大賞で三位に入った野崎まど久々の新作ですよ!」
「野崎まど? 変な名前……何書いている人なの?」
「はい。最初はラノベから始まったんですが、このような文芸書にも広く手を広げている方ですね。それまでに刊行してきた自作の小説の設定を取り込んで一冊の本にまとめ上げた『2』という作品が話題を呼びました。他にもSF分野で活躍していて、ちょっとひねったお笑い物から、真面目な読み物まで何でも書いている人ですね。優れた作家だと思います」
「へーそんなに色々書いているんだ。本業が何か分からないぐらいジャンルをまたいでいるのね」
「ええ、本当にアイデアの湧き方は尊敬の念すら覚えます。ということでこの『小説』を詩織さんに大プッシュしたいと思います!」
「えー小説家が書いた『小説』ってタイトルの本って何か難しそうでないの?」
わたしは正直な感想をいった。
「いえいえ、難しくはありませんし、単行本ですが二〇〇ページほどしかないのでハードルも低いですよ?」
そういって栞は眼鏡をくいくいと持ち上げる。
「ホントにぃー? オススメ情報早いところ教えてよ!」
そう言ってわたしは栞の隣に座る。
「主人公は両親が医者の家系という裕福な家に生まれます。父親は息子に対して立派で尊敬されて稼げる職業について欲しいと思っていますが、それはあまり表面に出しません。そして主人公は父親の蔵書から芥川龍之介や太宰治を抜き取り、小さい頃から難しい本を読み続け、父親もこれには大喜びし、本をドンドン買い与えていきます。そして六年生になった時にあまりパッとしないし本なんか読んだこともないけれど、主人公が本を与えたらスポンジが水を吸収するように読書にハマっていく生涯の親友が現れます」
「へー青春物だね、確かに『小説』ってタイトルにあうかも」
「はい、そして二人は本を通して友情を結ぶのですが、ある時学校の隣にある「モジャ屋敷」と呼ばれる家に小説家が住んでいることを知り、その人の家に忍び込みます。まあとりあえず本を読んでいる分には構わないから好きなだけ居ればいいという感じで二人に家を開放します。読んだことのない本が山のように積まれたモジャ屋敷は二人にとって夢の世界でした」
「へー小説家ねぇ。小説家の知り合い居ないからよく分からないけれどみんなそんな感じなのかな?」
「まあ一種の理想郷ですからね。小説家が普段何しているかは分かりませんが、仕事の邪魔をされなければそれでいいというのかも知れませんね」
「ふーん。変わった人種だね」
「それでまあ二人とも高校はかなりの進学校に行くのですが、優秀だった成績もほころびが見え始め主人公はなんとか滑り込むことが出来たのですが、友達の方はどうあがいても無理な成績でした。そこで小論文を書いて推薦を取ろうということになるのですが、出来た文章はそれは大変素晴らしい物で、高校も何事もなく入学できるんですね」
「へーやっぱり普段文章読んでいる人は文章書くのが得意なんだなあー」
「ところがですね、主人公の方は最初は自信ありげなんですが、いざ原稿用紙を目の前にすると何もかけなくなってしまうんですね、ここで自分には読む才能はあっても、友人のように書く才能は一切ないと思い知るんです」
「なんか「山月記」みたいな感じ……」
「二人とも高校では底辺の成績で大学にも行かず職にも就かず二人で二十九まで共同生活をするのですが、主人公に勧められて友人が書いた小説が、権威ある新人賞で大賞を取ってしまうんですね、二人して喜ぶんですが、この頃から不思議なことが起こりだし、モジャ屋敷の絶対に本名もペンネームも教えてくれない先生の話なんかがどんどんと絡み合いだして最後はSFともファンタジーもいえないような終わり方をするんです。寂しさと明るさが同居するような不思議な終わり方ですね……」
「ふーん……で、タイトルが『小説』なんだ……」
「はい。文章量は長めの映画見終わるかなという程度で終わりますので実際読んで欲しいんですよね。本当にいい作品なんで……」
「まあ栞がそこまでいうなら読んでみるかなあー」
「是非是非! 私がたまに言う文芸部みたいなことをして文章書きましょうと誘っている理由みたいな物も、その本を読んでくれれば分かるかも知れません……意外なところに意外な才能が眠っていたりするものなんですよ。私は確かに小論文のテストではそれなりの結果出していますけれど、それは本を読んだ数が人より多少なりとも多いのでそれが原因ではあると思うんですが、実際の実力というと大したことはないのかも知れません。それよりも最近それなりに本を読んでくれている詩織さんの書く文章の方が可能性に満ちているんじゃないかと思うんですよね。決してヨイショしているわけでもなんとなくでいっているわけでもなくて、本当に才能はどこにあるか分からないので詩織さんなりの小説を読んでみたいなって思うんですよ」
「いきなり小説とかレベルが高すぎるよ!」
「でも国語の授業でお話を書くカリキュラムってあるはずなんですよね……」
わたしは顎に手をやり、あーといった後小学校の頃の記憶が蘇ってきた。
「カチカチ山のその後を書いてみようって課題が小学校低学年の頃あったなあー」
そういうと栞は目を輝かせて「どういう話だったんですか?」と勢い込んで尋ねてくる。
「そんな大したことないよ、何にも思いつかなかったから、タヌキが改心してみんなと幸せに過ごしましたとさ……っていう毒にも薬にもならないお話だった。先生に褒められていたのは、沈めたタヌキをタヌキ鍋にしてみんなで食べるっていう残酷グリム童話みたいな話だったけれど、今ならわたしもそっちの方を推すかな……やっぱり枠にはまった話しか思いつかないより、滅茶苦茶でも印象に残る話の方がいいよねっていうのは分かるかな」
栞も、うーんと唸り天井を見上げる。
「確かに今でも記憶に残っているっていうことはそれだけインパクトのある話だったって訳ですからね、それは凄いと思います。ビートたけしが新人の芸人にするアドバイスで、お前達は一目見て馬鹿だと分かる格好をしろというのがあるそうなんですが、確かに文書でも当てはまる事かも知れませんね」
といって考え込んだ。
わたしもなんとなく考え込んでしまったけれど、確かにそういう考えはあるのかも知れない。
まあ簡単にはいかないだろうけれどそういうこと知っていると、面白い小説でもかけるのかなと思った。
「では詩織さんにおバカになって貰って、それで小説を書いていただくことにしましょうか……」
栞が何か怖いこといっている。
「ちょっとまって、小説! せめてその『小説』読んでからにしてよ!」
栞は、アハハと快活げに笑うと「それもそうですね」といって本を渡してきた。
図書室の中は緑の香りでいっぱいで爽やかを通り越してむせるほどになっていた。
小説のアイデアは何一つなかったけれど、とりあえずこの『小説』という小説を読んで勉強してみようかなと思った……。
半年近く間が空いてしまいました。
忙しいのが長びき、来月もどうなるかということでまた更新に間が空くとは思いますがご容赦頂ければと思います。
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