186ヨハンナ・シュピリ『アルプスの少女ハイジ』
大変長らくお待たせいたしました。
色々やっている内に勘が鈍ってしまいなんだかボンヤリした感じになってしまいましたが、
これからなんとか取り戻していこうと思います。
最後まで読んで頂ければ幸いです。
「あけ・おめ!」
「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
「堅いよ栞ぃーいいじゃん『あけおめ』でぇー」
そう言うと栞は「んま!」ととんでもない阿呆を見る目でこちらを射貫き「新年の挨拶も真っ当に出来ないのは良いことだとおもいますか?」
ぐうの音も出ない正論を浴びせかけられ、思わずわたしも「んま!」とうめき声を上げてしまう。
「まあ? 確かに? 挨拶は重要ですけど? 栞とわたしの仲だし?」
「親しき仲にも礼儀ありですよ詩織さん……」
うぐぅ……と呻く。
「冬休みの間には何か面白い本は読みましたか?」
「分からない……気がついたら時間が消え去っていた……」
「三冊ぐらい余裕で読んでやりますよっていってたじゃないですか……」
「分からない……本当に分からないんだ……」
んもーと抗議の声とも呆れたともつかない声を上げて栞は鞄の中に手を突っ込む。
「冬場の勉強のお話といったらこれですよ。ヨハンナ・シュピリ『アルプスの少女ハイジ』です!」
「えーなんていうか子供っぽくないですかぁー? アニメのあれでしょ? あと家庭教師のCMのヤツ。全部は見たことないけれど名場面みたいな所はある程度見たから、わたしはすでに攻略しているといえる。言い切ってもいいと思います……!」
「まあ岩波少年文庫とかアニメの印象強いですよね。でもこの本は大人も読める教養小説なんですよ……ということで割とアニメと違う展開になっているので読むといいと思います」
「しょうなのぉー?」
「しょうなんですぅー……」
わたしは、ふうと息を吐きだして速攻で「解説お願いします」といった。
栞は、またか! 見たい顔をしつつ「しょうがないですねえ……挿絵入りとはいえ文庫本で本文六〇〇ページほどあるので、簡単に読むためのガイドぐらいはしてみましょうか……」そういうと意外と分厚い本のページをまくり始めた。
「ヨハンナ・シュピリは一八二七年にスイスのチューリッヒの郊外ヒルツェルに外科医と精神科医の両方を営む父と、熱心なキリスト信者で宗教詩や賛美歌の歌詞なんかを作る母の間に生まれました。最も多忙を極めた両親の代わりに実質面倒を見ていたのは母の姉のレグルだったようで、このおばがクララのおばあさまのモデルになっているともいわれています。それから祖父も牧師だったそうで、こんな環境なので極めて教育熱心な家庭で、国民学校に通う傍ら家庭教師もつけ、チューリッヒに語学と音楽の勉強に出てかけた後、スイスの中でもフランス語をメインで使っている地域に出されフランス語も学んだそうです。そして結婚相手は弁護士で後に市の顧問法律委員に任命され多忙を極めるという知的エリート階層だったんですね。そんなか匿名で作品を発表し好評を得たことから一九〇一年に亡くなるまで大小合わせて五〇の作品を物にしていきます。そんな中で生み出されたのが原題では単に『ハイジ』というタイトルの我々が普段『アルプスの少女ハイジ』という天真爛漫な少女が活躍するお話なんですね。この間長い間シュピリは鬱病に苦しんでいたようで『ハイジ』とは真逆の生活だったようですが苦しみから傑作が生まれたともいえますね、この頃付き合いのあった人に心理学者のカール・グスタフ・ユングの奥さんがいたりして、奥さんの分析で自我に目覚めた女性と閉鎖的な社会の軋轢に苦しんでいると報告されたりしているようで割と波瀾万丈な人生だったようです」
「鬱病の人が書いたんだ『ハイジ』……」
「シュピリの知性の輝きですね、そうして生み出された『ハイジ』は当初おじいさんの家に預けられた後、無理矢理クララの元に連れて行かれ、ホームシックの末に夢遊病となり、医者のすすめでおじいさんの元へとまた戻って元気を取り戻すというところで終わっているのですが、これが馬鹿売れします。この時は匿名で出版したのですが第二部と合わせて完全版を出した時には本名で出しています。シュピリはゲーテに非常に強い影響を受けていて『ヴィルヘルムマイスターの修業時代』と『ヴィルヘルムマイスターの遍歴時代』からタイトルを貰って、第一部は『ハイジの修業時代と遍歴時代』そして第二部が『ハイジは習ったことを役立てる』と題されます。修業時代は文字の読み書きをならい、役立てるのはアルムの山へ帰ってきた時にキリスト教的信仰心をもって周囲を幸せにしていくのを表しています。まあ宗教心といっても素朴な自然賛歌などであまり宗教宗教しているわけではないのですが、副題通り役立てています」
「ほへーもしかして結構ムズカシイ話だったりする?」
「子供向けに訳されることが多いですが大人が読んでも歯ごたえはありますね。ムズカシイということは全然ないので詩織さんにもお勧めです」
「ふぅん、ストーリーはアニメ昔に見ただけだからほとんど覚えてないんだけれどどんな感じなん?」
「今回はストーリーに極力触れずお話ししますが開始当初は五歳で厄介払い同様におじいさんに預けられますが、厄介払いしたおばが、今度はクララの遊び相手に推薦して、嫌になったらすぐ帰れるとうそぶかれてフランクフルトに連れて行かれます。ここでまあ色々あってホームシックになったハイジはクララの主治医に、すぐにうちへ帰るしかないといわれてアルムへ戻ります。ここで第一部が終わり、第二部はおじいさんが村の人々と打ち解けていきハイジも冬の間の農閑期に、おじいさんに反対された学校に通うことになります。冬の間は雪に閉ざされるのでみんなそうやって字を学んだりするのですが、ハイジの友達として有名なあのペーターはほとんどサボっていたけれどハイジがくるので通い始めます。ハイジはクララの家で文字を読めるようになっていたのでスパルタ式にペーターに字を覚えさせペーター一家から感謝されます。そしてクララがアルムまで遊びに来るのですが、ハイジがクララにかかりきりになってしまって不機嫌になり、ある時クララの車椅子を崖の下に投げ込んでしまいます。クララがたった! というあの有名な場面は完全にアニメの創作です。それまでおじいさんの元で薬草を食べさせられた山羊の乳を飲んだりして健康を取り戻しつつあったクララはなんとか立つことが出来るようになり、少しずつ歩けるようになります。そして奇跡を起こしたハイジは周りを幸せにしていくという筋書きですが、まあペーターは嫌なキャラですね、心を入れ替える物のサイテー男子ですね」
「なにやってんだよペーターは……」
「まあそれ以外の読みたくなりそうな感じの情報としては今までに一九二〇年から二〇一五年にかけて、合計十七回も映像化されます。この中で一番原作に忠実なのが二〇一五年版なのですが、監督は日本のアニメを見ていてかなり影響を受けたということを公言しています。他にも勝手に続編を書いた人がいっぱいいたり、翻案したオリジナル『ハイジ』が溢れたり中々の影響があったようです。シュピリの時代では女性が大学に入ることを認められませんでしたが、シュピリの時代より少しして初の女性の医大合格者がでたりと色々と環境が変わります。この時スイス初の女医になった人がシュピリを見取っているのはなんだか不思議な感じがしますね。シュピリの書き上げた『ハイジ』は世界で五千万部売れましたが、その読者の大半は日本人だというからアニメパワーが強かったんでしょうかね? 『ハイジ』の舞台になった村へ行くとスイスの観光庁が買い上げた三〇〇年前の農家が展示してあり、ハイジ観光の目玉の一つになっているそうですね。シュピリの生まれた時代はまだナポレオンの影響も強く戦争があちこちで起こっていてハイジのおじいさんも傭兵にいっていたという設定になっていますが、シュピリの時代になってからも生活は大きく変わっていきました。日本でいうと丁度明治維新の辺りに引っかかってくるのでさもありなんな部分はありますが、そういった社会変革に目をやって見ると『アルプスの少女ハイジ』は面白くなってくるのではないでしょうか?」
「いやあ栞さん語りますなあー!」
「詩織さんが概要知りたいっていったんじゃないですか! 冬休みに本を読まなかった分折角なのでこの『アルプスの少女ハイジ』読んでみてください! きっと面白いですよ!」
そういうと栞はわたしの胸元にポンと本を押しつけてきた。
「分かった分かった! 読みますよ読みます!」
「ハイジの時代には農閑期の冬の間しか勉強できなかったのが今は一年を通して勉強に読書にスポーツにと出来るので先人の努力に感謝しなければいけませんよ!」
「へーい、分かりましたあ……うーん結構分厚いなこれ……」
「まあたまには厚めの本に挑戦してみるのもいいことだと思いますよ。古典読み終わったら今度は何かエンタメしている本をお薦めしますから是非読んでみてください!」
「ご褒美まで本かあ……まあいいよ読みますよ読みます。じゃあそんな感じで今年も一年よろしくね!」
「はい、よろしくお願いいたします!」
そう言って冬の間に来た小春日和の中二人して顔を突き合わせて笑い合った。
なんかよくわからないけれど多忙な時期が3月末頃までずれ込んだのでドウしようか今からドキドキ物です。
何か発表できることでも有ればいいのですが、ボンヤリとして漂っています。
それでは今後もお付き合い頂ければ幸いです。
流石に今年はもっと早く更新したいと思っています!