185ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
月一更新が常態化してしまってよろしくないのですが、裏で何かやっているのでご報告できる段になりましたらお知らせしたいと思います。
朝は肌寒い。
昼間は暑い。
秋はどこへ行った?
ということで秋らしい秋もなく冬に突入しようかというおりに、二週間程度は秋らしい日が続くという予報を見てほっとしたものだ。
秋がなければ暑いから寒いにスイッチがいきなり変わって死んでしまう。
「というわけで殺人的な暑さから、なんか耐えきれない寒さまで一気に切り替わるのはなんとか避けられたけれど兎に角過ごしやすい日々っていうのがないね」
「そうですねぇ。明治の新聞で暑すぎて発狂して自殺したなんて記事ありますね。あの頃より暑くなったのに、暑さを苦に自殺する人の話を聞かなくなったのはよいことですね」
「まあクーラーがどこの家にもついているしね。ない家もあるだろうけれどどうやって過ごしているんだか……」
「まあどんな理由にしろ自殺はダメですよ。明治時代に藤村操という十八歳、満十六歳十ヶ月の学生が、華厳の滝の近くのミズナラの木に「巌頭之感」という詩を書いて身を投げた事件がありましたね。これが大反響を呼んで事件の四年後の間に百八十五人が身を投げたそうです。その内四十人が未遂だったようですが……こういう誰かの後を追って自殺する現象を「ウェルテル効果」といいますね」
「ウェルテルって『若きウェルテルの悩み』から来てるんだっけ?」
「そうですそうです! よくご存じで!」
「なんか有名音楽家とかが自殺したり急死したりした時にニュースで自殺を考える前に「いのちの電話」に連絡してとか、センセーションに報道しないようにするって聞いたことあるなあ。尊敬した人が自殺した時自分も自殺するってよく分かるような分からないような感じがするけれど、死んじゃったらダメだよね」
「そうですね。どれだけかっこつけても死んではいけません。今は極端な選択なんていうらしいですが本当によくないですね」
「「若きウェルテルの悩み」ってそんな自殺ホイホイ文学なの?」
「んー当時の人からしてみるとショックは大きかったようですね。割と短いですし『若きウェルテルの悩み』読んでみますか?」
栞はわたしの返答を待たず、本棚の方へと足を向ける。
「これが初版版『若きウェルテルの悩みです』ね。最新の翻訳だと『若きヴェルテルの悩み』だったり『若きヴェルターの悩み』と訳されることが多くて、実際こちらの方が原語に近いらしいですが、翻訳者のこだわりで、初版の翻訳は「ウェルテル」にしているようですね」
「へーこだわりねえ」
「ドイツの研究者向けの本で初版と決定版でページが交互に載っているのがあるんですが、初版は本当に薄くて決定版がみっちり書いてあるのに初版版だと四ページぐらい白紙だったりという様な感じで後からかなり加筆されていることが分かりますね」
「ふーんそんなにみっちり書いてあるんだ。初版ならわたしでも読めそう」
「『若きウェルテルの悩み』では主人公のウェルテル、老法務官の娘シャルロッテ、そしてその婚約者のアルベルトがメインの登場人物です。書簡体文学なので基本全て手紙のやりとりで、日付も書かれているのですが、段々と三角関係に陥っていく訳なんですね。三角関係といってもウェルテル側からロッテとアルベルトに嫉妬して嫌がらせをするような話ではなくて、ドンドンと一人で穴に落ちていくような感じで陥っていく感じの話です。これはゲーテが若い頃に実際にあったことをモデルにして、自分の巻き込まれた三角関係を元にしています」
「えっ! ゲーテ自殺してないよね?」
「はい。ゲーテの友人のイェルーザレムが自殺します。ゲーテが到着したのは一週間後だったようですが当時もの凄く悩んだようですが、四週間でこの本を書き上げたそうです。いわゆるシュトルム・ウント・ドラング、疾風怒濤の時代の作品です」
「疾風怒濤の時代はテストにも出たから覚えているよ」
「偉いです!」
「えへ? そう!?」
「まあ最後にはウェルテルがピストル自殺で右目の上を撃ち抜いて、危篤状態になり、次の日亡くなるのですが、この作品は最初無記名で発表されるのですが、凄い勢いで売れて海賊版が出された結果、記名するんですが、その間に二桁以上の人が自殺をしているそうです」
「凄い効果……そりゃ「ウェルテル効果」言われるわ……」
「ウェルテルが亡くなった時に来ていた服装も大流行したそうです」
「んま! そんなに……!」
「そんなにです。それだけ影響があったんでしょうね。それと初版と決定版が違うのは正書法が確立されていなくて、初版だと田舎の方言が使われていたり、ちゃんとした正式な書かれ方が確立されていないので、ドイツ語に結構詳しい人でも読めないようですね。それもそれもゲーテが長生きしたからこそなので、一時の恋煩いで自殺なんかしなくて本当によかったですね。後年になってゲーテは宮廷に登り大臣になり、色彩研究、地質学をはじめとした博物学者としても名前を残していますし、コンサートホールで音楽監督になったり、七〇を過ぎて八十二で亡くなるギリギリまで作品を書き続けたりと、当時としては長命で晩年まで大活躍します」
「生きているって上手くいかないこともあるけれど、自殺さえしなかったらこういう大成功することもあるんだ……」
「もちろん辛くて耐えられない人も居るとおもいますが、極端な選択なんてしない方がいい方向に転ぶことが多いんじゃないでしょうか?」
「なるべく死にたくない、二百歳ぐらいまで生きたい……」
「アメリカだと州によっては医師による自殺幇助が認められているところがあるのですが、いつでも死ねる状況になったら、まだ死ななくていいかとなって自殺率下がったなんて所もあるそうですね」
「結構人間適当だね……」
「「ウェルテル効果」の逆で「パパゲーノ効果」というのがあって、モーツァルトの歌劇「魔笛」の登場人物のパパゲーから来たのですが自殺を思いとどまったエピソードをしたら自殺を思いとどまったという統計があるらしいですね」
「へーモーツァルト凄い」
「そうですね。この初版版『若きウェルテルの悩み』を読んだら、西尾維新の『ウェルテルタウンでやすらかに』という本があるのでこちらもお薦めです。私は普段ライト文芸みたいなのは読まないのですが、ちょっとお薦めされたこともあり読んでみたのですが、エンタメしつつ自殺問題にも取り組んでいて中々面白かったです」
「へー西尾維新なら知ってる。超売れっ子だよね」
「ええ。昔何冊か読んだことあるのですが、その時はそれほど感銘を受けなかったのですけれど、この『ウェルテルタウンでやすらかに』はよかったですね。ボチボチ売れている推理作家のところに安楽市という限界集落に人を呼びコンサルタントをしている男が来て「是非安楽市を自殺の名所にしたいのです!」というところから始まり、作家が実は安楽市出身だったこともあり計画をくじこうと、依頼された「安楽市で自殺をする「ウェルテル効果」が狙える作品を書いて欲しい」という依頼をわざと受け失敗させてやろうと色々と頑張る話なんですが、登場人物が一癖も二癖もあり中々楽しめます。こっちだったら詩織さんも楽しんで読めるのではないでしょうか? まあ『若きウェルテルの悩み』読んだ後から読んだ方が面白いと思うのですがこちらも是非」
そう言ってもう一冊本を持ってきた。
秋も深まるようだし、読書の秋となれない行為に洒落込んで本を読んでみるのもいいかなと思い、本を受け取った。
「生きてるだけで丸儲け……か」
どこかの芸人のいっていた言葉を思い出した。
ちょっと情報集めしすぎて、どれを書くか悩んで結局集めた情報あんまり使わなかったというどうしようもない話ですが、まあお楽しみ頂ければ幸いです。
『ウェルテルタウンでやすらかに』もなかなか面白い作品でしたのでこちらもどうぞ。
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