184安部公房『箱男』
カフカ没後100周年と安部公房生誕100周年のメモリアルイヤーです。
安部公房が急死しなければノーベル賞を取っていたでしょう。
大江健三郎も、安部公房が生きていたらここに立っていたのは彼だったとノーベル賞の受賞石でスピーチしています。
『箱男』好きな作品なので興味がわいたら呼んでみてください。
映画も良かったです。
「二〇二四年は二人のとある作家の記念年なんです。はい、そこ詩織さん答えて」
栞が本当に何の前触れもなく唐突にクイズを振ってきた。
当然わたしは何も思いつかないので、適当に「誰かの没後何周年……とか?」といってみた。 すると栞は満足そうに「カフカの没後百周年ですね!」といった。
わたし的にはこれだけで大金星なのだが、栞は続ける。
「更にいうともう一人の作家の生誕百周年でもあります!」
「流石に分からないよ! ヒント出されても無理!」
そう答えると、お手上げのポーズをした。
「まあ分からなくても仕方ないですね。ただカフカの没後百周年とちょっとした関わりがあって、生誕百周年のその人は『日本のカフカ』と呼ばれていました。因みに『中国のカフカ』と呼ばれているのがノーベル賞候補ともいわれている残雪という女流作家なのですが、もう一人の『日本のカフカ』は亡くなるのがあと数ヶ月遅ければノーベル賞を確実に取っていたということが読売新聞の取材で分かっています。因みに亡くなったのが一九九三年の事なのですが、この年のノーベル賞は大江健三郎が取っています。本当に後僅かの所だったのが分かりますね。よく三島由紀夫とセットでノーベル賞に近しい人間と呼ばれていましたが、事実二人ともノミネートはされていてあと一歩の所だったんですね」
「へーそんな人居たんだ、でなんて人なのその『日本のカフカ』ってのは」
「前にも一度ご紹介した事がある人なので絶対知っているはずですが、安部公房ですね。ほら『砂の女』の……」
「あーはいはい。あの蟻地獄みたいな話の人ね」
そういうと栞は満足げに頷いて、よく覚えていましたねと笑った。
「そんな安部公房ですが、このたび代表作の一つが生誕百周年のメモリアルイヤーに映画化されまして、見てきたんですよ!」
「えー、映画なら誘ってくれればよかったじゃん!」
そう不満を漏らすと、栞はちょっとはにかんで「いや、詩織さんが見て退屈だなあと思われたら困ってしまうかなと思いまして……」
そう言って口を濁した。
「で、映画は面白かったの?」
「石井岳龍監督という人が撮ったのですが、色々と曰く付きで、生前一度だけ安部公房と話して、映画にするなら娯楽作品にしてくださいと言われたそうなのですが、実際に原作とはちょっと離れていて割とアクションシーンが多くて面白かったです。ですがこの作品の制作は波乱に満ちていて一筋縄でいかないエピソードが満載なんですね」
「ほうほうどんな?」
「元々は一九九七年にドイツと共同で撮影するはずだったのですが、ハンブルグに巨大なセットを立ててクランクイン当日に役者が集まったところで、日本側の資金難が原因で、クランクイン当日に解散になってしまったという事件が起こります。それから二十七年間の間悔しさだけが募り続けていた訳なんですが、安部公房生誕百周年、それから『箱男』出版五十周年のこの年を逃したら二度と映画は撮れないぞということで執念の活動の結果今回映画公開に至ったわけですね。娯楽作品にしてくれという通りかなりアクションシーンがあって楽しいのですが原作のエッセンスもかなり強く残っています」
「へーどんな話なの?」
「原作の『箱男』はメインの人物が四人しか出てこないのですが主人公は「わたし」で名前のあるキャラは唯一の女性の登場人物戸山葉子だけなのですが、この二人と軍医、偽医者で話が回ります」
「そもそも「箱男」って何?」
「わたしの事なんですが一メートル四方の段ボール箱を頭からすっぽりかぶり、生活用品を箱の中に全て納めて、街中を浮浪する箱の中の男です。もともとカメラマンで、あちこちで写真を撮っています。それから偽箱男……偽医者なのですが、箱男の模倣者が現れ空気鉄砲で、本物の箱男を撃つなどします。その後箱男は葉子から五万円を渡され医者に行くように言われ、その後箱を始末するように言われます。軍医は戦争帰りで医院を開きますが次第に体を悪くし手伝っていた男を偽医者に仕立て上げ、葉子を看護婦として雇い医院を継続します。その後となんだかんだとあって箱男としてそのまま生きていくことにして、箱男の覚え書き、箱の中にメモをする場所をできる限り用意しろとかいろいろと書き連ねそこで話は終わるのですが、原稿用紙三〇〇枚程度のお話なのですが、これを書くのに五年半の歳月と三〇〇〇枚の原稿用紙を必要としたそうです。元々完璧主義者でかなり最後の方まで書いてもそこで出てきた選択が気に入らないとまた頭から書き始めるという非効率的なやり方をしていたそうです」
「うわ。絶対真似できない……」
「まあそんな安部公房ですが、日本人としてはかなり早くからワープロを企業からモニターとして貸与されていたので、ようやく楽になったと喜んでいたそうですが、そのワープロの名前は「文豪」です。遠藤周作がCMに使われていましたね。正に「文豪」御用達の機械でした」
「へえー新しもの好きな人なんだね」
「他にも今と違って巨大な装置だったシンセサイザーをNHKと富田勲と同時に購入し、当時三台しか日本になかったシンセサイザーの持ち主として、自分の劇団の効果音作りに買っていたそうです。他にも車が大好きでオートレースをよく見に行っていたり、高級車を何台も乗り換えていたなどとかなりの車好きでもあり、新しい物は何でも吸収する趣味人だったそうですね。後かなりの読書家で、実家が書店であったところから子供の頃から本には親しかったようなのですが、ブルガリア人でドイツで執筆活動をしていたエリアス・カネッティという作家がノーベル賞を取った時には、知らない作家だといって翻訳書を取り寄せ読んだところ大絶賛して、日本に紹介したりもしました。それからガルシア=マルケスにも強い影響を受けていて、彼について、一世紀に一人か二人といった作家でしょうとまでいっていたようです。勿論カフカにも強い影響を受けていて、人間が棒になってしまう話などシュールな作品も多く残していますね。本人は「日本のカフカ」と呼ばれるのをあまり好んでいなかったようですが、カフカのような作品を多く残していますね」
「へー旺盛な活動してたんだ、そこまで突き詰められるともう何にもいえないね」
「自ら執筆した実験的な作品を上演する劇団も持っていてこちらも国内外から高い評価を受けていました、凄い旺盛な創作意欲ですよね。私もあやかりたいものです」
「で、その『箱男』ってのはわたしが読んでも面白いの?」
「元々『箱男』は安部公房が町中で実際に箱を頭からかぶった乞食を見掛けたところから創作に至ったそうなんですが、中身は詩や写真、文章の断片などが纏まっているなかなか実験的な作品なんですが、ページ数だけでいうとこの単行本で百九〇ページほどなのですぐ読めちゃいます!」
そういうと栞は随分古ぼけた箱入りの本を鞄から取り出した。
手渡されたので見てみると「純文学書き下ろし特別作品」と書かれていた。
「純文学ってメッチャ書かれているけれど、わたしが読んでも理解できるかなあ……」
「そうですね、やや難解なところはありますけれど異常なシチュエーションを楽しめるコントみたいなイメージで読んでみると理解も進みやすいんじゃないでしょうか? 映画の方はわりとそんな感じも部分もありましたね、安部公房のリクエスト通り娯楽作品になっていましたし……」
「ふぅん。二百ページ切っているならば読んでみようかなあ……しかもメモリアルイヤーなんでしょ? この波に乗って読んでおけば勢いで読み切るかも知れないし、クラスのヤツらに自慢できるかも知れない……」
「まあ自慢するのをモチベーションに読むのはどうかと思いますが、前向きな所はグッドです!」
「えへへ? そう? 褒めて褒めてー!」
そう言うと栞はわたしの頭をぽんぽんと叩き、そのまま「いい子いい子」といった。
「いい子いい子はちょっと子供扱いしすぎ!」と抗議の声を上げると、そっと私の唇に人差し指を当てて「箱男は街の中に溶け込んで風景になってしまう物ですよ」といってフフッと笑いそのまま指を上にあげてそのまま髪を軽くなでた。
わたしはちょっと恥ずかしくなってしまい「分かった! 読みます読みますよ『箱男』!」といってちょっとした恥ずかしさをごまかした……。
残暑の中すっかりと勢いを失った蝉の声がどこからか聞こえてくる。
わたしは図書室に溶け込んだ「図書室女」なのかも知れないが、その称号にもっとふさわしい人物が目の前に居ることを知っている……。
大分長いこと放置してしまい申し訳ありません。
やりたいことは色々あったのですがなかなか更新する時間とれずにいました。
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