183佐藤亜紀『喜べ、幸いなる魂よ』
予定とは違う作品になってしまい構成が前半みっちり後半爆速になってますが、いい作品なのでお付き合い頂けると幸いです。
今日は栞の家で「夏休みの一日をだらだら過ごそうの会」という栞が聞いた怒髪天を突き、お下げが天井をビンと指して、眼鏡はヒビが入り、何も見えなくなること請け合いの会だが、意外なことに栞が提案した会であった。
「この暑さでは死んでしまいます。県内で四一度に迫ったところもあるらしいですよ。今日だけはだらけても誰にも怒られないでしょう」
そういうと、栞の家に集まってガンガンにエアコンをかけて普段は飲まないというキンキンに冷えたコーラなどを用意し、普段あまりよらないというコンビニでコーラと一緒に買ってきた、まず食べないというスナック菓子などを集めてだらけにだらけることにした。
栞は漫画のお嬢様がハンバーガーなどのファストフードを食べて感動するというようなことはなかったけれど、それでもスナック菓子を頬張ると「確かにこれが癖になって太ってしまう人もいるでしょうね」といってコーラで流し込んでいた。
栞が楽しそうなのでこちらも普段とあまり変わらない日常に近いのだが、栞のそういった姿を見るとついつい嬉しくなってしまう。
「栞ーミュージックかけようよーなんか栞が普段聞かないヤツとかー」
床にクッションを置いて頭を沈めている栞が、もさもさと起き上がると、うーんと唸りながらパソコンを立ち上げる。
「最近はパソコンで音楽聴くことが多いですね。CDはやっぱり嵩張るので父の部屋に押し込んでいます」
中々酷いことをいう。
「でもスピーカーはちょっといいヤツ使っているので音は悪くないですよ」
そういいながらパソコンパチパチと操作する。
「えーと最後に聴いていた曲がモーツァルトのモテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」ですね」
「もてっと? よく分からないけれどハッピーそうな曲だね」
「ええ、いい曲ですよ。そうそう、曲名を取っただけではあるんですが『喜べ、幸いなる魂よ』って本ありますよ。ちょっと見てみます?」
「「だらだらしようの会」なのに本読むのお?」
「いいじゃないですか。マジメに読書するのも、だらだら読書するのもいいもんですよ?」
「うーんまあいいけれどさあ!」
本棚に向かって行くとさらさらと見渡し「あった」といって持ってきたのが『喜べ、幸いなる魂よ』であった。
「どこの国の本?」
「日本の現役バリバリの作家さんですよ。佐藤亜紀という人で歴史物得意とされている方ですね、二〇二三年に亡くなってしまいましたが、夫の佐藤哲也さんも作家でした六十二歳とまだ若かったんですけれどね」
「ふうん。夫婦で作家なんだ」
「ええ、わりと作家夫婦というのはいるんですがまあおいておきましょう。これも例に漏れず歴史小説なのですがオーストリア継承戦争が終わった後からフランス革命、ナポレオン戦争が始まる頃までの約五〇年間の間の話です」
「へー壮大だねえ」
「著者によると一七四八年から一七九四年までですね。舞台はほぼ一カ所から動かないのですが自由な封建時代という不思議な安定感を備えたフランドル地方の話です。普通は取り上げられない地域ですね、珍しい」
「フランドルってどこだっけ? フランダースの犬は関係ある?」
「地域的には近いですね。本作で舞台になっているのは主にベルギーの海に面した北側の地方で現在ではフランス語とそれに似たフラマン語という言葉を話す地域ですね。舞台となるシント・ヨリスではオランダ語に近いフラマン語が話されていたそうです」
「へーベルギーかあ、ビール飲む人って印象しかない」
「シント・ヨリスはブリュッセルやヘントなんかと同じ繊維の街で、高品質な亜麻糸が売り物だったそうで、主人公達も亜麻糸を商う商会の子供達です」
「そこから五〇年語り継がれる物語が始まるんだ」
「ですです。ファン・デール氏というファン・デール商会を営むやり手商人の双子の姉弟がまず第一の人物で、弟のテオも凄い大秀才だったのですが、姉のヤネケは天才児で十一歳でルーヴェンの大学の教授に数学の質問状をテオの名前で出したら、すぐに来なさいと呼ばれたぐらいでした。そしてもう一人の主人公がヤン・デル・ブルーグ。登場時は十一歳で田子より一つ年上です、この子が再婚する母親から里子に出され、ファン・デール氏に貰われるところから始まります」
「再婚するから里子に出されるって酷くない?」
「まあそれは別嬪さんのあなたが再婚しないのはもったいないといって、自分の子供と同じく育てるといって迎えたのがファン・デール氏なんですが、当時は再婚しておかないと修道院に入るしかなくなるみたいな部分合ったようですので時代ですよね」
「まあ本人が幸せならいいけれど……」
「三人は仲良く育ちました。天才姉弟に挟まれて勉強の方は負けていたけれどテオに言わせると「姉ちゃんに比べれば俺も前も驢馬」だということなんですね。テオの名前で大学に手紙も出したのも女が大学へ行く時代ではなかったためで、二人はそれぞれ勉強が出来すぎて学校で奇行に走ったため放校されて、自宅で家庭教師を呼び凄いレベルの勉強をすることとになります。テオは「姉ちゃんが男なら博士様だよ」といっていたように知ることに異常に貪欲なんですね、十一にしてヤネケはニュートンのプリンキピアを読んだりするわけなんです。家庭教師はそれを補佐するためだけに雇われているとテオは言い切ります」
「その天才姉弟に振り回されるヤンくんってお話ね!」
「まあある意味そうなんですが……少しスピードを上げましょう。ヤンが十五になったとき、兎が増えるのをみて、自分たちもやってみようとヤネケが言い出し、そのまま青い体の欲望の赴くまま体を重ねていきます……」
「んま! 十五で……!」
「テオはテオで男の人から手ほどきを受けます。ゲイだったんですね」
「んま! ゲイ!」
「で、まあ自然の成り行きとしてヤネケは妊娠します。父親からボコボコに殴られて出た言葉が猥本に載っていた告解室で乱暴な男に犯された、というふざけた作り話で、妊娠するなんて知らなかったなんて知らないわけがないことをいいます」
「凄まじい修羅場……」
「その後ヤネケは妊娠中に確率論の勉強にハマりテオの名前で論文まで出します。テオはテオでヤネケから教えて貰って確率論の論文の内容を身につけた後大学に行き、論文は本にされヤネケの手によりフランス語訳されて、アムステルダムの書店からテオの名前で出版されます」
「すごい……」
「それからですが、ヤネケはヤンと結婚することなくベギン会というところに引きこもってしまいます」
「ベギン会? なにそれ?」
「修道院で尼さんには尼さんなんですが、自由に商売が出来る半聖半俗の割と自由な会なんです。ヤネケはそこに引きこもりヤンの持ってくる店の帳簿に目を通したり、ベギン会の若い娘に言葉を教えたり、会の仕事をしたり勉強したり比較的自由に過ごします」
「はあそうなんだ。生まれてきた子供は?」
「離れたところに住む乳母の元にやられます。ヤンに引き取られるのは二歳頃ですね」
「凄いぶっ飛んだ話……」
「おっと、序盤で説明が長くなりすぎましたのでここからは一気にスピードを上げます」
「了解」
「ファン・デール氏はまずヤンに仕事を叩き込んでいる途中で卒中になり言葉も不便になり半身麻痺になります。奥さんはその仕事や介護を引き受けて衰弱し亡くなります。テオは結婚します。で、子供をもうけます。でも男色が原因でトラブルになり、テオは川に突き飛ばされて亡くなってしまいます。そしてヤンは犯人を街の外に放逐し、外聞が悪いということで心臓が原因で死んだということにします。そしてヤンはテオの奥さんをもらい結婚します。ですがテオの元奥さんカタリーナも流行病で亡くなります。その後ベギン会に入ってきたけれど修道院にはなじめない貴族の後家さんが入ってくるのですが、このころ市長に選出されたヤンにはやはりそれなりの妻が必要だろうということでこの後家さんを貰って結婚します。で奥さんは出産の時に死にます。もう人がホイホイ死んでいきますが特に何事もなかったかのようにすすーっと話が進んでいきます。ヤネケにヤンは「女を使い潰しているようだ、もう結婚しろといわないでくれ、先立たれるのが辛いんだ」と心からの嘆きを伝えます。そして三十七歳になったヤンとヤネケの息子レオがシント・ヤリスはすでにフランス領になった、修道院は全て閉じて我々に従うようにと言い放ち教会の鐘を下ろして大砲にするとか、教会の資産を没収するとかもう滅茶苦茶言い出すわけです」
「ちょっとまって! 二歳で引き取られてから次ぎ登場するのにいきなり三十七歳になってたり人死にまくってたり一体どういうこと?」
「それは……ぜひ読んでください!」
「ええ……だらだらする会なのにぃー!?」
「まあまあ。面白い本なのは保証しますよ!」
「いや、まあ超高速で飛ばしている話の中身もかなり気になる内容だったけどさあ!」
「まあ明日からでも読んでみてくださいよ読売文学賞取っていますし、帯の惹句がいいんですよね「だって私は自由だから」ヤネケの事なんですがヤネケもヤンも話の最後には還暦を過ぎています。この頃の平均寿命はよく分からないのですが、長生きして六十程度じゃないですかね? 意外な人が最後まで生き残っていたりするんですがそういう所も面白さの醍醐味ですね」
「ふぅん……まあじゃあ読んでみようかな」
栞がいきなり飛びついてきて「そういう詩織さん好きですよ!」といってきた。
わたしは気が動転してセクハラをするのも忘れて「お、おう」といって固まってしまったけれど栞のいい匂いでくらっとする。
栞はいったん離れると「だらだらする会なので私なりのだらだら感を演出してみました」というけれど、どこがだらだら感なのかよく分からなかったが、セクハラかませなかったことに強い後悔の念が湧いてきて「もう一度! もう一度ハグして! ほら、ほら早く! 兎が増えるがごとく!」といったが、栞は「えー二度目はないですよ」といって悪戯っぽく笑う。
「ほらほらもっとだらだらとしましょう! 音楽も何かかけてだらりと床でごろごろしましょう!」
「そこ床じゃなくて栞のベッドの上じゃダメ?」
「んま!」
「ねーいいでしょー?」
栞はニッコリ笑いながら「ダメです」といって「踊れ。喜べ、幸いなる魂よ」を流した。
なんだか暑さに頭をやられたような話になってしまいましたが7月中にもう一回更新は何とか出来ました。
なんだかよくわからない話になってしまいましたがご笑納頂ければ幸いです。
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毎回行ってますが来月こそはもっと更新したいですね……。