0182清少納言『枕草子』
大河ドラマでも話題になっているようですが『枕草子』です。
色々資料が山積みになっていたので書こうと思うとまだまだ増えそうになってしまったのですが、
あんまり長くてもだれるかなと思いここまでにしました。
雅な宮中文化の世界へどうぞ。
「ふぅ読み終わりました」
栞が机から頭をもたげあげると満足そうに息をついた。
「何読んでたの?」
「じゃじゃーん! 清少納言『枕草子』の現代語訳版ですぅー」
「じゃじゃーん! って……ってか結構分厚いね、ってか『枕草子』って勉強する物じゃなくて読む物なの!?」
「詩織さんは『枕草子』の冒頭覚えてますよね?」
「春はあけぼの!YO!YO!しろくなりゆく山ぎは! by SAY SHOW NOW GO ON!」
ノリノリでラップ調に暗唱すると栞が眼鏡の下から目頭を押さえる。
「詩織さん……『枕草子』は今の教科書だと小学五年生で覚える課題ですよ……」
栞が哀しそうな目で見てくる。
「嘘! わたし小五より馬鹿なの……」
割と素直にショックを受ける。
「まあ、お巫山戯してたのは分かりますが、続きの「すこし明かりて、紫だちたる雲の、たなびきたる」ぐらいまでは覚えてますよね」
「……はい」
わたしが目を泳がせつつ答えると、栞は眼鏡を二度三度とくいっと持ち上げる動作をすると「そんなことでは過酷な受験戦争を生き残れませんよ!」といってくる。
わたしは「唐突に何!?」と聞くと、栞は桜色の舌をぺろっとだして「私なりの昭和の教育ママを演じてみました」というので、思わず「ママーッ! ママーッ!」と叫びながら抱きついた。
「ママじゃありません!」
そういって引き剥がされると哀しくなったので「ママ……」と呟いた。
その呟きを無視して栞は続ける。
「『枕草子』はいわゆるエッセー集だったり身の回りの雑記を納めた物ですが、当時の宮中のお話が分かって面白いですよ! こういう言い方が正しいかどうかは分かりませんが清少納言は中々パンクな女性だったようです」
「そもそも清少納言って何者なの?」
「そもそもが清・少納言と切るんですけれど、これは父親が清原元輔という歌人で、清原から清をもらい役職の少納言をつけて清少納言と言われたそうです。江戸時代に清原なぎ子、なぎの字は言偏に若いと書くのですが、なぎ子とする文献があるのですが、ここでしか使われていないので本名は謎です。でも清少・納言ときる呼び方も江戸時代の時点で一般的だったみたいですね。で、ですね清原元輔はすでに九五一年に村上天皇から当時すでに古典になっていて読めなくなっていた『万葉集』の翻訳と『後撰和歌集』の編纂を任されていた「梨壺の五人」というグループの一名でした。清少納言は和歌の家系に生まれたんですね。で、父親が歌壇の巨匠だったのでよく歌を求められたらしいのですが、自分は歌が下手、父親の名前で歌を求められるのが嫌ということで、二十八歳頃に中宮定子に仕えた時には自分は歌を詠まなくてもいいという条件で定子に仕えているんですね。その割には歌集に歌も残っているので全く出来なかったというわけではないようです」
「親が偉大だと面倒くさくなるもんなんだね、でも「梨壺の五人」って何かカッコイイ」
「会議に使っていた寄り合い所の庭に梨の木が生えていたからだそうです」
「へーネーミングなんてそんなものか」
「で、歌を遠ざけていたので三一字、つまりみそひとじで文章を書くことが基本的になくって、春はあけぼのやうやうしろくなりゆく山ぎはと文字数に縛られず散文調で書かれていますね、それに「春はあけぼの」なんて常識みたいにいってますが、枕草子で春って曙がいいよなあと言われるまでは、鶯とか桜なんかが春の季語だったので、春っていったら曙だよな! っていう常識を作り上げたのは清少納言の一人の力によるものです。そう考えると凄いですよね」
「最初の一人って凄いよね、あれは作り話らしいけれどコロンブスの卵みたいな」
「この春はあけぼのっていう時間帯が滅茶苦茶早朝で四時半ばから五時半ばまでの間らしくて、当時定子が住んでいた登華殿から船岡という山の方を見ると航海薄明と常用薄明と呼ばれる時間帯の間に見えるそうなんですが、この登華殿の跡は今は介護施設になっていて、その周りも町家が密集して、直接船岡に登らないと現代では見えないそうです」
「へぇ、春はあけぼのってそんな大変な物だったんだ」
「そうですね……そして、中宮定子……。ああ中宮は天皇の奥さんの意味ですね、その定子のサロンに入って先進的な定子に深く心酔するんですよ清少納言は」
「サロンって事は芸術家とかがいっぱい集まってたの?」
「はい。当時女性は漢字を書くことが下品とされていた時代で平仮名を書くんですが女手ともいわれているんですよね、平仮名は。そこで漢籍の一文引いたりして上手いやりとりしていた清少納言は知的でエキサイティングな人として人気になります。さらにそう言ったことを許し、自分自身もカッコイイスタイリッシュなやりとりをする定子に清少納言はどんどんと惹かれていきます。定子は十七頃の年で中宮になり、定説では二十四歳頃で悲劇的な最後を迎えるのですが『枕草子』は定子に清少納言が仕えだし、転落が始まった辺りまでを書く定子サロンが凄かったんだぞ! という内容でもあるんですね」
「そんなに定子が好きだったんだ……」
「もうガッチリ心を掴まれています。定子は藤原道長の姪なのですが、この藤原道長の長兄藤原道隆が関白をしていて定子を天皇に輿入れされるのですが、相次いで道隆兄弟が亡くなり三男の藤原道長が娘の彰子を天皇に輿入れさせたことにより、後ろ盾をなくした定子は破滅に向かっていきます。より悪いのは自分が父の跡を継いで関白になれると思っていた道隆の息子の伊周が騒ぎを起こしまくってしまい、定子は髪を落として尼さんになってしまうのですね。内裏が全焼したりしてしまい、平生昌邸に引っ越した際にも位の高い人が通される立派な四脚門ではなく、裏口みたいな所から通されたりと冷遇されます。ただ夫である一条天皇の愛は潰えておらず、尼になった後に一条天皇の子を出産するのですが、これが難産だったようで、これが原因で亡くなっています。この頃清少納言は三十五。定子一七歳のわたしたちと同じ頃の歳から仕えて約七年で主人を失います。寂しい話ですね」
「そっかあ……わたしたちと同じ年頃で結婚出産していたのかあ、ちょっと考えられないね」
「『枕草子』の最後の段は「この草子、目に見え心にお思ふ事を」をというタイトルで締められています。これに『枕草子』を書き始めた理由が書いてあるのですが、伊周が中宮定子に紙を献上したところ、天皇はこれに『史記』を書かせているそうですよと伝えたところ、清少納言が「こちらは枕でどうでしょう」と進言したところ「じゃああなたが書きなさい」と紙を渡され、家に閉じこもっていた時代の心に移ろいゆくあれこれや、日記の断片。木や草、鳥、虫の事なんか書いてあるから期待外れ、程度が知れていると思われるのは嫌だなあと思っていた割には「最高」と評価されたのが不思議だと。人の褒めることをつまらないといったり、人の嫌がるものを褒めたりする事で人間性がバレるのが嫌だなと思っていたところ、書いてあったものを座布団かなんかにのせておいた時に源経房という人に出してしまったところ引っ込めようとしたのに取られてしまい「貸してください」といって長いこと貸し出ししていたところあちこちで写されまくってしまったよというのが顛末として書かれています」
「酷い……それが今残っている理由なのは面白いね」
「京都の相愛大学というところに春曙文庫という部屋があって、ここに『枕草子』の一大コレクションがあるのですが、江戸時代は武家の嫁入り道具として立派な装丁の物が作られていたりしていたそうですね」
「そういえば紫式部が清少納言のことディスっていたっていうけれどそんなに仲が悪かったの?」
「そもそも出仕していた時期が五年ほどずれていたので会ったこともないというのが大多数の意見で、会っていたこともあるとする説もありますが、そこら辺はうやむやです。でも『紫式部日記』では「かしこぶって漢籍からの引用をして得意がっていたりするけれど、実際見てみると滅茶苦茶」とか書いてます。紫式部は父からお前が男だったらなあと言われるほどの漢籍のエキスパートで、これが『源氏物語』にも生かされているんですが、さっきもいった通り、女性が漢字を書くのはよろしくないとされていた時期で、また彰子のサロンも保守的だったそうなので、紫式部は漢字で「一」と書くこと自体も避けていたそうなんですね。そのため「賢こぶって漢文なんか書いているけれどよく見ると粗ばかり、こういう人は最終的に必ず失敗して行く末も危ういものです」といったり他にも「風流とはほど遠い寒々とした中でも「あはれ」とか「をかし」といって感動ばかりしているけれどその内容は嘘っぽい」とまあボロクソですよ」
「行く末まで危ういとかいうのは性格悪すぎない?」
「この頃には在りし日の定子サロンの評価がうなぎ登りだったのでその悔しさもあったのでしょうね」
「嫉妬とかコワー……」
「伊周から紙を貰った時点で藤原道隆は亡くなっており、すでに定子サロンは凋落の一途をたどっていたのですが、清少納言は深く敬愛した定子の事を懐かしみ悪いとこのことはほとんど書かず、書いても風流に絡めて定子の事を一生懸命持ち上げていました、これは江戸時代に、よく出来た忠義の女房であると褒められます」
「ふえーそうなんだ。清少納言も浮かばれるね。そういや清少納言自身はどうなったの?」
「それが三つぐらい説があって、定子の墓所の近くに住み菩提を弔って晩年を過ごしたとか、山の近くで過ごしていたとか、お寺にいたとかいうものなんですが、比較的ゆったりとした晩年を過ごしたのではないかと言われています。ですが紫式部からの口撃のせいで、没落したとか鬼女みたいになったとか色々な話もありますね、こちらについても根拠は一切ないのですが……」
「ふうん……『枕草子』の事は大体分かった!」
そういうと栞は眼鏡をくいっとあげて「中身に一切触れていないのに分かるわけないじゃないですか!」と至極もっともなことをいう。
「えーでも今の解説でお腹いっぱいというかあ……」
「まあ面白エピソードがあるのでそこら辺触ってみましょう」
「お願いします」
「「上に候ふ御猫は」という話なんですが一条天皇がかっていた猫は五位という官位を貰っていたので「命婦のおとど」という女官風の名前を貰っていたのですがある時廊下でごろりと寝ていて、お世話係の馬の命婦という人が「行儀が悪いから中に入りなさい」というものの猫がいうことを聞くわけがない。そうして翁まろという犬に、命婦の大殿にかみついちゃって! と冗談で命令したら翁まろが阿呆なことに本気の命令と思って追いかけ回して犬と猫の大暴走がはじまり猫は一条天皇の懐に潜り込んだのですが、怒った一条天皇は「この翁まろを打って懲らしめて犬島に送り届けてしまえ、すぐに」と命令したところ翁まろを捕まえるのに大騒ぎ。馬の命婦も「世話係も変えよう、凄く心配だからね」と世話係も交代。犬は武士に捕まって追放されてしまいました」
「翁まろかわいそすぎひん?」
「そうですね。三月三日の節句では頭に柳の髪飾りをのせて桃の簪を刺し、腰には桜を差していてえらそうにのっしのっし歩いていたのに、こんな目に遭うとは思わなかったと不憫がるんですね。そしたら三、四日したころ犬の吠えまくる声がして、どこの犬がこんなに鳴いているのかと、たくさんの犬が様子を見に行ったところ便所掃除の女の人が、蔵人二人して犬を打ちのめしている、酷い! あんなの死んでしまう。追放した犬が戻ってきたといって懲らしめているんですよというわけです。制止しようと人をやった頃にはやっと鳴き止み、打ち付けていた二人は死んでしまったので陣の外に持っていって捨ててしまいましたとのこと。みんな悲しんでいたところ夕方に体中酷く腫れあがった見るに堪えない姿になった犬がぐったり震えながら歩いてきたんです。とのこと、この犬は翁まろなのかと定子が右近というものに見せると、普段なら呼べば喜んで近づいてくるものの呼んでも近づきもしないからきっと違うのでしょう。打ち殺したといっているので生きているわけもないですし……というと定子も眉をひそめたものの暗くなってから餌を与えたけれど食べないしきっと違う犬ということになったんですが、清少納言が「翁まろはあんなに打たれてきっと死んでしまった……可哀想に次は何に生まれ変わるというの。どれほど痛くて辛かったことか」と呟いたらぶるぶると震えだして涙をボトボト流すんですね。昨日はどこかに身を隠していたけれどやっぱりこれは翁まろだということになり、哀しいのか嬉しいのか分からなくなって鏡をおいて、あなたは翁まろね?と聞くと甘えるように伏せておびただしく鳴くんですよ。定子もこれには怖がるやら笑うやらで大騒ぎ、あまりに大騒ぎするので天皇もやってきて「驚いたな。犬なんかにも、そんな心があるものなんだね」と笑う。ちゃんと手当てをしてやりたいと清少納言が言うと「犬に正体を明かさせたわね、あなた」と女房達は笑う。犬を打ち据えた連中もやってきて、翁まろかどうか見てやりましょうというと「あら恐ろしい、そんな物ここには絶対いません」というわけですね「そうはいってもどこかで見つかるんだから隠し通せませんよ」なんて言う。そして翁まろは勅勘が許されて元のように宮中で暮らすことになるんですが、清少納言は「私が可哀想にと呟いた途端震えながら鳴き出したときは、ぞくりとするほど感動して胸が熱くなった。人は誰かに共感して貰うと泣いてしまうけれど犬も同じなのだろう」という話があります」
「雅な宮中文化はどこ!? メッチャヴァイオレンスじゃんその話!」
「雅な話ももちろんありますよ。牛車で道を行く時に蓬の草を轢いてしまった時にプン
におうその香りがまたとなく心地よいという話なんかが私は好きですね。清少納言の話には香りについての話も多いんですよ……あ、そうだ」
そういうと、栞は突然万歳して「ちょっと脇の辺り香ってみてくれませんか?」ともの凄いことをいう。一も二もなく速攻でささっと近づいて脇というかおっぱいの辺りを凄いくんかくんか香るとなんとなくどこかでかいだような匂いがする。
「あれ? 何の香り?」
「白檀です。サンダルウッドともいいますね。香木の匂いと体臭って合わないらしいんですが白檀の匂い好きなので買ってみました。当時の宮中でも焚きしめられていた匂いなんですよ」
そういうと栞は急に顔を赤らめて「あっ私一体何を……!」といって身をかき抱いた。
わたしはもう少しで胸の突起に手をやるところだったので、ヤバかったのか惜しかったのか難しいところだけれど手を引けてよかった。
「わ、わ、わ、私恥ずかしくて死にそう! なんでこうなると予想できなかったんだろう!」
「栞は本の解説している時無防備になる時がある……。わたしはこの香りを絶対に生涯忘れないというかわたしも買うからメーカー教えて?」
「ダメです! ダメダメ! 接触禁止です!」
「えー栞から誘ってきたんじゃん!」
「ダメですよ本当に! 詩織さんずっと私の胸の辺りかいでいましたよね!? そういうの分かるんですよ!?」
わたしは「いとをかし」とだけ呟いて夏の空を見上げた……。
雅な宮中文化の話がほとんどありませんでした。
ごめんなさい。
百合っぽい描写どこまでしていいのか分かってないのでやや暴走気味ですがまあいいっか。
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次も日本文学で行こうかなと思っていますがまだよくわかりません。
月二回更新じゃあまりにもさみしいのでなんとかもう一回ぐらい更新したいと思います。
よろしくお願いいたします。