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181オラシオ・カスティジャーノス・モヤ『無分別』.

書こうと思っていた題材の本をなくしてしまったため、急いで読んで書きました。

ラテンアメリカ文学です。

 全国的に梅雨が明け暑さが本格的化していく中、図書室の中だけは涼しい。

 その涼しさに群がるように暑い廊下をだらだらとした足取りで、額からとろける脂と、胸を這う汗とで溺れそうになりながら図書室に這い入る。


「プハー! 生き返る!」


 涼しいを通り越して、やや肌寒いぐらいだが丁度いいとも思える。


「今日は暑いですねぇ、猛暑日だそうですよ」


 今日もわたしより早く図書室に着いていて、いつもの明るい席に座っている栞が声をかけてくる。


「栞がエアコンつけてくれたんでしょ? ぐっじょぶ!」


 サムズアップして褒めると栞は「私も暑いのは本当に苦手なので……」といって外に視線を送る。

 サッカー部だの野球部だの体育会系の部活動が地獄の中を泳いでいるヤケクソな叫び声が湧き上がってくる。


「本当によくやるよねぇ。地獄過ぎる」


「あれも彼らなりの青春なんですよ。私はカーテンで遮光されてなければ窓から直接浴びせられる日光ででも日焼けしそうで大変ですよ」


 栞は色白なので日に焼けたら大変だ。

 でも日に焼けた栞もちょっと見てみたいなと思った。


「で、栞センセは今日は何読んでいるんですか?」


「読んでいるというか読み終わったところなので、詩織さんにお勧めするにはどうしたらいいのかなと考えを巡らせていたところです」


「どんな本よ」


 そういって、栞の持っていた本を受け取ると、凄い顔をした独特なタッチの絵の表紙に、白字で「オラシオ・カスティジャーノス・モヤ 無分別」と書いてあった。


「前に『吐き気』という作品を読んだと思うのですが、あのモヤの書いた錯乱した恐ろしい作品の『無分別』です」


「へーホラーなん?」


「ホラーというのとは違いますがサイコサスペンスって感じのテイストはありますね」


「解説をお願いします!」


「短い話だから読んじゃった方が早いと思いますが、まあ簡単なあらすじをご説明しましょうか」


「やたーっ!」


「「俺の精神は正常ではない」というインパクトのある文章から始まります。これは主人公の友人のエリックから一一〇〇枚に及ぶ、軍事政権によるマヤの人々の虐殺の記録を四巻に分けて出版できる状態にしてくれという仕事を受けた時、目についた文章をメモ帳に書いて読んでいるのですね。最初は五〇〇枚ぐらいのレポートだという約束だったのに蓋を開けたら倍以上の量があり、しかも手間賃も変わらないということで騙されたと憤っているのですが仕事自体はちゃんと取り組むんです。経理からは手付金の二五〇〇ドルが支払われないといわれ仕事を放棄したりするところで、上の人が支払いを約束したりと波乱気味に始まります」


「仕事の量倍になっただけでわたしだったら投げてるかなあ……」


「まあそう思いますよね。でも主人公は虐殺の記録に囚われ仕事に邁進します。その内その記録が彼の精神を苛んでいくんですね。大司教の聖堂の中にある一部屋で仕事をしているんですが、仕事を放棄しかけたり、虐殺の記録に引き込まれ仕事に取り組んだり、と色々斑があるんですが、この頃にはもう終わっていた軍事政権下の虐殺を暴くという仕事に対して恐怖を抱いており、外で仕事の話をする時は、軍の諜報部員に必要以上に恐れて小さな声でこそこそしゃべるし、電話でも仕事の内容には触れないと徹底しているんですね」


「こわ。気にしすぎなん?」


「読んでいる私たちからすると滑稽なまでに気にしすぎ何ですよね。その内同じ職場のスペイン人女性達といい感じの中になったりするんですが、あと一歩の所で袖にされたり、最後までいったかと思うと性病を移された上に、自分は隠し事をしないといって翌日やってくる軍人の彼氏にこのことも伝えるつもりだといわれ、軍人なんかにそんなことばらされたら殺されてしまうと非常に恐れ、虐殺の被害者の遺骨を発掘している金持ちのユダヤ人の誕生日パーティーにその軍人がやってくるだろうという恐れから今まで隠していた仕事の話やプライヴェートの話を無分別にべらべらとしゃべってしまうのです。そこで性病を移された話に反応する軍人がいて、まさか彼が病気を移してきた軍人なのでは思い込み家の中をあちこち隠れて逃げ回るんですが、植木の鉢の影に隠れていた時にエリックとパーティーの主人公のユダヤ人とオクタビオ・ペレス・メナ将軍という虐殺を指揮していた将軍が三人で立ち話をするところを発見してしまうのです。でもオクタビオ・ペレス・メナ将軍という証拠も根拠も何一つないのにガクガクブルブルと震えて、話を聞かないようにどうやって逃げ出すか考えるわけですが、なんとかやり過ごした結果、性病を移してきた女の彼氏はその日やってきていないということを知り安堵するという、もう滅茶苦茶な精神状態に至っているんですね」


「虐殺指示していた将軍が、虐殺を暴く人たちと一緒にいるわけないのにねえ」


「そうなんですよ。全てにおいて気にしすぎ、臆病になりすぎ、支離滅裂になっていくんです。そしてこれ以上は静かで誰もいない仕事部屋を用意してくれないと仕事は完成しないといって、郊外の精神静修の家という平日は庭師と、食事番しかいないという隔離施設に自分を詰め込むんですね。そしてやっと精神的な自由さを得て仕事に取り組めるぞと思ったものの、ここでは静かに暗殺されてしまうのではないかということに気づき、もう仕事どころではなくなり、夜中に中庭に出て叫び声を上げていて、自分が虐殺者の記録を読んでしまった結果虐殺の場面を演じている所を夢見たり、精神状態はズタズタになります」


「死んじゃいそう……」


「ええ、そして夜中の中庭で叫んでいるところに、森の奥から四人ほどの男の影が近づいてくることに気づき、自分のことを殺害し、まとめ上げた記録を破壊するつもりだと察知して森の中へ駆け込み逃げます。そうしてなんとか街まで逃げた時に友人のトトという男に迎えに来てもらい国外へ逃亡します」


「うわーいかにも妄想っぽい」


「スイスだかドイツだかに逃げて、ここなら襲われたとしても犯人は捕まるだろうし、自由に動けないぞということでやっと本当に安心します。しかしその中でもやはり精神が壊れていることがありありと分かる訳なんです。パブで飲んでいた客をオクタビオ・ペレス・メナ将軍だと思い込み、わたしたちが恐れていた者たちは、わたしたちに似た者たちだったという虐殺の記録の一文を叫びながらビールを傾け困惑するオクタビオ・ペレス・メナ将軍ににじり寄りながら叫び続けるんですね。そうして従兄のキケの家に帰った時に、逃げ出してきた先から事務的なメールが届いているのですが、さてそこに書かれていたことは……という所で話がガラッと変わって終わる訳なんですよ」


「妄想とかが酷いから、お笑い話みたいな変なユーモアがあるけれど、最後は何かあるんだ……」


「まあそこは読んでください。文章中では一度も出てこないんですが、グアテマラの話なんですねホセ・エフライン・リオス・モント大統領という人が一九八二年から一九八三年にかけてクーデターで政権を取るのですが、それまででも十万人が虐殺されてきたところで、更にその一年だけで二十万人が虐殺されています。その役割はマヤ族達を根絶やしにするためにマヤ族を訓練して同族殺しをさせるんですね、彼らは嬉々としてそれを行ったそうです。殺せば殺すほど成り上がれたんですね。そうした恐ろしい記録を実際にまとめ上げた資料があり事実に基づいて書かれていた作品なんです。グアテマラの虐殺はモヤによるとアルゼンチンやチリでも虐殺の歴史がありましたが、その比ではなかったそうです。日本語でも岩波書店から『グアテマラ虐殺の記憶』という本が出ていて抄訳が読めるのですが、作品の中の虐殺描写はそれらを元にした物だそうです。そしてこの本がグアテマラで発表された時ある事件が起きるのですが、それは本を読んでから見ていただけるといいかもしれません」


「虐殺怖いなあーグアテマラっていうとなんとなくコーヒーがとれて平和な国なのかなと思ってたけれどそんな恐ろしい事があった国なんだ」


「二〇一一年に農民二百一人をたった四人で虐殺し尽くした特殊部隊員に六〇〇〇年以上の懲役がかせられたそうですが、法律上は八〇年ぐらいしたら出てきちゃうそうですね」


「流石に八〇年は生きてないか……」


「そですね。二〇二三年にもまた軍事クーデターの恐れがあると発表されたりきな臭い部分が多かったりします」


「怖い怖い……」


 わたしは冷房の冷気だけじゃなくて汗がすっかり引いてしまった。


「因みにオラシオ・カスティジャーノス・モヤという名前ですが、最近の風潮だとカスティリャーノスの方が正しいらしいんですが、あんまり色々な表記で書いて欲しくないと作者直々の言葉であって前に出ていた本の読み方を踏襲したようです」


「へー日本人なら読み方一つなのにね、いや昔の人とかだとそうでもないかな……」


「まあそんな感じで頭のなかかき乱される傑作なので読んでみてください」


「うーん中々キツそう!」


「慣れればリズミカル読めるんですが、ほとんどパラグラフが分かれていなかったりするので慣れるまではムズカシイかもですねえ」


「うーん難しそうだけれど、薄いから読んでみるよ」


「そういう前向きな詩織さん大好きですよ!」


「えっ!? 大好きっていった? 今大好きっていった!?」


「ほらほらそんなことはいいから読んでください!」


 栞は取り合わなかったけれど直接的な好きの言葉に煽られて読んでみることにしたのだった。

 我ながらチョロいなと思った。

あまり細かく書いていくと、全て書くことになってしまいますので、気をつけたのですが。

大体の筋書き書いてしまいましたが、それが気にならないぐらい濃密な作品ですので是非読んでみてください。


感想、突っ込み、雑談何でもあれば感想欄に放り込んでいただけると励みになります。

そこまでするのは面倒臭いということであれば「いいね」ボタン押して頂けるとフフッとなりますのでよろしくお願いいたします。

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