180秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』
未だに人気衰えぬ秋山瑞人の珍しく完結している作品『イリヤの空、UFOの夏』です。
4年ほど前にイラスト描いてくれている赤井さんから猛プッシュされて購入してから1年ほど寝かせていて、六月二十四日が来るたびに書かないとなあと思っていた作品なのですが、3年越しに更新することが出来ました。
「はぁー今年も何もしないうちに年の半分が過ぎようとしている……」
「何か新しいことを始めればいいじゃないですか、運動でもいいし、普段絶対に読まない大長編作品に触れてみたり……」
「違うの! もっとこうセイシュンーキラキラーみたいなのがいいの!」
前日に降った雨のせいで蒸し暑さが酷い図書室で益体もない話をだらだらとしていた。
栞が汗でシャツがぺったりと肌に張りついてしまったわたしを見て、冷房のスイッチを入れてくれる。
まあわたし以上に暑がりなところのある栞なので黙ってても冷房入れていただろうけれど、心遣いには感謝しなければいけない。
「そうですねぇ、青春キラキラかどうかは分かりませんが、お勧めのジュブナイルはありますよ。ちょうど高校生向けなヤツです」
「へーそれわたしの課題図書にしようかな」
栞はコホンと咳を一つつくと、唐突に「六月二十四日は、全世界的にUFOの日……らしいですよ……」と訳の分からないことをいってきた。
「六月二十四日って今日じゃん!」
「一九四七年にアメリカの実業家のケネス・アーノルドという人が、自家用飛行機に乗っていた際に、コーヒー皿みたいな飛ぶ物を見たという証言から「UFOの日」として記念日になったそうです」
「そんな目撃例一つで記念日作られるんだ……で全世界的にって大きく出たけれどSFかなんか?」
栞は形のいい顎に手を添えて「うーん」と唸ると「SF青春アドベンチャー」といった。
「セイシュンいいじゃない! なんかそういうの高校時代に味わっておかないともったいないって親にいわれたから、ガンガン摂取したい!」
「まあその六月二十四日ということで詩織さんに読んでいただくために、実は持ってきてあるんですよ」
そういうと鞄から本を四冊取り出した。
「四巻って長いなあ……ってこのアニメ調のイラスト表紙ってもしかしてラノベ?」
「はい。ラノベです」
「栞がラノベ読んでいるところ想像できない……」
「そうですね、普段あまり読むことのないタイプの作品ですが、知人に猛プッシュされて読んでみたら、アニメでやるようなラノベとはまた違った感じなのでお勧めします。因みにOVAは出ているのでアニメ化していないわけではないんですけれどね」
「ふーん。まあ読んでみますか……あれ? 字ちっちゃくない? ラノベってもっと文字大きかったような気が……」
「一巻の初版が出たのが二〇〇一年なのでその頃のラノベは意外と中身ずっしり詰まっていたようですね。私もラノベだと思って舐めてかかっていたら、結構読み終わるまでに時間かかっちゃいました」
「二〇年以上前とか古代の作品じゃん! 現代っ子の我々に通用するんですかぁ?」
栞は苦笑しながら「確かにSFのガジェットは今の時代になれていると古いなという描写はありますが、この作品はSFを描いているというより人間関係を描いているタイプの小説なのであまり古くささはないですよ」という。
「そうなのぉー?」
「そうなんですぅー」
「で、何がどうなっている話なのか面白情報頂戴よ!」
「読めば早いんですが、この作家が実はかなりの曲者で、まともに完結した作品ってこの作品ぐらいっぽいんですよね……作者は秋山瑞人、法政大学時代に翻訳家として知られる金原瑞人の創作スクールに通っていたので、恩師の名前を拝借して瑞人というペンネームにしたそうです。因みに金原瑞人の娘は芥川賞作家の金原ひとみです。文学一家ですね」
「へー大学って創作教えてくれるところとかあるんだ」
「京都精華大学なんかは漫画コースとかありますね、比較的最近発足したクラスみたいですが……まあそんなこんなで卒業後友人が作家になったのに触発されて作品を電撃文庫に投稿するんですが、締め切りオーバーで失格扱いになっていたものの編集の目にとまってデビューしたそうですね」
「なんか一から十まで変わった人だなあ」
「変な人ですよね。で、デビュー後は精力的に作品を発表し続けて、独特の表現から「瑞っ子」と呼ばれる熱心な読者を獲得するのですが、WEB小説にありがちな途中で更新途絶えるという、いわゆるエタった作品を量産することになるんですね。その上もの凄ーく遅筆で師匠の金原瑞人にも心配されるほどだったそうですが、完全に動きを止めます。今でも完結を望む声は多いし、新刊が出れば絶対買うというファンも多いようなんですが一〇年以上新刊は出ていません」
「完結してない作品読んじゃうとか、凄いトラップな感じだわ」
「そうなんですよね、それなんで作家をお勧めするんじゃなくて、どうしても完結した作品の方をお勧めする形になります」
「なるほどね、このUFOの話? は完結しているからオススメして貰えるわけだと……」
「そういうことになります」
そこまでいって栞はフッと笑うとわたしの背後に回り込みページをめくっていく。
近い、距離が近い……なんか首筋に熱い吐息がかかる……!
そんなわたしの緊張感など気にもせず栞は続ける。
「登場人物は主人公の浅羽直之、そして謎に満ちたヒロインが伊里野加奈、そして脇を固める天才にして変人極まる水前寺邦博と常識人の須藤晶穂、それと航空自衛隊に勤める伊里野の兄を自称する榎木……とまあこんな人物達が伊里野を巡ってワチャワチャとする話です」
「へーそれで人間関係を描写していくんだ……結構複雑じゃない?」
「まあそれなりに複雑ですね。背景世界では園原基地というのが近所にあって、北朝鮮かロシア辺りと戦争しているという設定になっています。なので緊急の避難訓練があったりと、語り口は割と普通なのに緊迫した世界観が広がっています。そして学校新聞である「園原電波新聞」の新聞部長水前寺と浅場はUFOを探すために園原基地を監視するんですね。そしてある時浅場が深夜の学校のプールに忍び込んだ時に伊里野と出会う……そんな感じで物語が始まります」
「へぇーボーイミーツガールってヤツ?」
「です」
首筋に当たる熱い吐息に半ば意識を持って行かれつつもページをめくっていく。
一向に頭に入る気がしないが仕方ない、どうやって集中すればいいというのだ。
「物語は次第に広がっていってロードムービーの様相を呈していきます。この高校生にしては長すぎる旅で壮絶な目に遭うのですが、それは読んでのお楽しみということで……」
そういうと栞は私の隣に座り直した。
心臓が早鐘を打つが、なんとなく栞のいい匂いが残っているので、微かに鼻をひくつかせる。
何故か匂いがもったいない気がして仕方なかったのだ。
「ライトノベルといっても結構ハードなんだね……」
そういって気を紛らわせようとするが脳内に微かな匂いの断片が広がり、頭を支配していきそうになる。
「そうですねぇ。今の価値観と当時の高校生の価値観はそこまで乖離していないと思うのですが、当時リアルタイムで追っていた読者は脳を灼かれたと口々にそう言うそうなんですね。読んでみると分かりますが、確かに多感な時に読むと影響を強く受けても仕方ないかなと思います」
「それで続編出さない作家ってちょっと邪悪じゃない?」
「まあ作家としてはなってないといわれても仕方ないでしょうね。ただやっぱり影響の大きい作家だけあって多くのフォロワーを出しています」
「ふーん。ジェネリック秋山瑞人が一杯いるわけ?」
栞は残念そうに首を振ると続けた。
「独特の文体に、特殊な視点で描かれた秋山ワールドは模倣する人は多かったものの誰も成功しなかったようです。特に視点というかカメラワークが特殊で、様々なイベントを水平に横切りながら俯瞰してみていくシーンなど、かなり斬新で独特なんですが今だに類型は見たことないですね」
「斬新すぎて誰も追いつけなかったとかカッコいいな……でも新刊出さないのは、割と邪悪よりな感じがする……」
「そこなんですよね。折角才能に恵まれているのに次の作品を出さないのは水嶋ヒロじゃないんだからといってやりたいです……水嶋ヒロの話は止めておきましょう……」
「まあいいよ。そこまでオススメされたんなら読んでみるよ。なんとか文学よりはラノベの方がとっつきやすそうだし」
そういうと栞は一瞬邪悪な笑みを浮かべたように見えたがすぐさま元のすました顔に戻ると、冷房温度をまた少し下げた。
「ふー気持ちいいー。クーラーの効いた部屋でする読書はいいですな。でしょ栞センセ」
「まあそれはそうなんですけど……詩織さんの肌が汗で濡れてぺたっとくっついて、胸の周りとかも透けててちょっと扇情的に過ぎるなと思って……まあ私は構わないんですが……」
「……えっち」
「エッチじゃないです……風紀の乱れを心配しているんです……」
わたしと栞はその後も、どっちがえっちかといういう深遠なテーマについて議論を尽くしたが結論は出なかったので、預かった本を読んで、二〇年以上前の高校生同様脳味噌を灼かれる体験をしようと試みるのだった。
図書室には栞の爽やかで甘い汗の香りが充満していたので、別な意味で脳味噌が灼かれそうになった……。
ラノベはあまり詳しくないのですが、かなりハードな設定で、日常からふとサバイバル生活に投げ落とされるようなSF青春小説であります。
ボーイミーツガールが好きな方にはお勧め。
ラストのシーンも爽やかで後味がいいです。
雑談感想突っ込みなんでもあれば感想蘭に放り込んで頂けると励みになります。
書き込みは面倒くさいという方は「いいね」ボタン押して頂けるとフフってなるのでよろしくお願いいたします。
外部の賞に投稿する予定だった作品をずっと書いていてこちらの方放り投げていて月に1,2回しか更新してなかったのですが、諸般の事情によりこちらの「図書室の二人」の更新頻度も上げていきたいと思います。
お付き合い頂ける方はよろしくお願いいたします。