175ガブリエル・ガルシア=マルケス『出会いはいつも八月』
大変お久しぶりです。
待っていた方にはお待たせしてしまい申し訳ありません。
UIが変わっていたのでどこから更新するのか迷ってしまいました。
あんまり変わられるのも困りますね。
「春休みも終盤になってようやく春らしくなってきたねぇーってアツいわ!!」
「暑いんですよねぇ。で、窓を開けているとクシャミが無限に出ます」
栞は言ったそばから「へくちっ」っと可愛らしくクシャミする。
「可愛い」とついつい漏らすと、なんだか珍妙な生き物を見る目で「何ですか気持ち悪い」とドロリとした視線を投げてくる。
「まあ今日ぐらい暑いと空調をつけてもいいでしょうね、そうですね、いいですよね」
そう自分に言い聞かせるようにいうと、テーブルの上に綺麗にそろえられたリモコンの左から二番目の白いリモコンを手に取り、一言「ドライ」というとピッと運転させた。
栞の家で春休みの課題を当初の目的通り、旧年度内に終わらせたのである。
「わたしにとっては大きな一歩だったわ。栞がいなければこの偉業を達成することは出来なかった……」
「そうですよね。春休みは短いのに課題結構多いですからね。その分集中講義とかないのはいいんですが……私も毎年年度内に終わらせていますけれど、詩織さんと一緒にやったおかげでちゃんと早く終わらせられましたよ」
「んねーもーホント。後は遊んで過ごしますかあー」
「そうですね。ずっと遊んでいるのも考え物ですが一日ぐらいいいかもしれませんね。花粉がなければお花見なんかと洒落込みたいものなんですけれども……」
「たまにはゲーセンとか行ってみない? 栞とプリクラとったりクレーンゲームでいらない物取ったりしたい」
「うーん。私は晴れてノビノビと本を読めるのが嬉しいんですけれどね」
「ほらまたそうやってーたまには外出ようよ! わたしも花粉苦手だからちょっとどこで遊ぶか迷うんだけれど……」
「でも私は詩織さんといいペースで課題進められたから、年内に読みたかった一冊読み終わらせることが出来ましたよ!」
「えっ! わたしというものがありながら本まで平行して読んでいたの!?」
「んま! まあいっても二時間程度……映画一本分の時間で読める薄さなので詩織さんにもお勧めですよ!」
わたしは栞に向かって座り直すと、うんうんと頷きながら「二時間で読めるならお話伺いましょう」といって話を促した。
「突然ですが詩織さん。人間の生活には三種類あるという話はご存じでしょうか?」
「三種類……? なに全然わかんない」
「人には、公の生活、私的な生活、そして秘密の生活がある……そう語ったのは太陽系で一番面白い小説であるところの『百年の孤独』を書いたガルシア=マルケスの語った言葉なんですが、なるほどなってなるわけですよ」
「栞センセにも秘密の生活あるんですか?」
栞はニッコリと笑うと、眼鏡の奥の眼を細めて「秘密です……!」といった。くそっ可愛すぎる……いつかチューしてやる……と思った。
「詩織さんにだって秘密の生活はあるんじゃないですか? 人に言えないことの一つや二つあるわけじゃないですか。例えば私には何でも話してくれるけれどそれでもいえないことの一つや二つあるでしょう?」
「まあそうだけども……」
今さっきチューしてやると思ったことの上に蓋をした。
「まあで、どんな話なのよさ!」
「ガルシア=マルケス……長いので愛称のガボと呼びましょう。ガボは少年時代年老いた祖母の話す魔法のようなおとぎ話を聞いて、それが原体験となって後の作品に生かす訳なんですが、老人のモチーフやどこか分からないけれどラテン・アメリカのどこか、時代も今ではないいつかという設定をよく使うんですが、これが神話的な時間といわれるんですね。それで大成功したのが『百年の孤独』で、コロンビアでは必須課題図書にもなっているとかなんとか。そんな感じなのでパソコンで"百"と鬱と百年とか百年の孤独と予測変換されるほどなので、作家によっては百を打ち込むのが嫌だなんていうらしいですがまあ分からないでもないですね」
「ほえー凄い影響だったんだねぇ」
「そうなんです! 凄い影響なんですよ! 長い間ラテン・アメリカの作家に求められる要素にもなってしまい、だからこそ世界中でウケたんだけれど、だからこそ他の物に目が向かなくなってしまったという悪影響もあったんですね。それはガボ自身にもいえることなんです」
「ははあ……自縄自縛というヤツですな……!」
「そうなんです、自縄自縛なんですね。それがこの本、ドン『出会いはいつも八月』ではほとんど出てこないんですね。しかも時代も場所も大体分かるんですね!」
「へーどんなどんな?」
「場所はカリブ海沿岸のどこかの観光地の島、時代は現代。しかも二〇〇二年以前というところまで特定できます」
「そんなピンポイントで時代設定されているの?」
「お話の中にボレロの女王エレーナ・ブルケという歌手が出てくるんですが、この方が亡くなったのが二〇〇二年なんですね。周囲の雰囲気からして時代は八〇年代から九〇年代ぐらいっぽいですね。これは私の山勘なんですが大体このくらいの年代だと思われます。制作されたのが二〇〇〇年入ってからぐらいらしいので大体同時代を書いたという意味ではあっていると思われますね。設定も不思議なところは何もなくて現代で起こりえることしか書いてないです。いえ退屈でありふれた話という意味ではもちろんないですよ!」
「分かってる分かってるって!」
「どんなお話かというとカリブ海の観光地の島……物語の最初では観光地というわけでもなかったようですが……そこに母親が亡くなる三日前にそこに葬ってくれといってその通りになるんですが、毎年八月十六日に貞淑な娘で魅力的な夫のよきパートナーでもあり、模範的な音楽家である二人の息子と、性に奔放でありながら跣足カルメル修道会に入りたがっている娘をもつアナ・マグダレーナ・バッハが墓参りに行くんですね。旦那も両親も音楽家一家で文学の博士号まで取ろうとしたいいところのお嬢様なんですが、四六の時に母の墓参りに行ったときに、なんと気まぐれにも夫しか男を知らない彼女が浮気な心を起こして一人の男を誘惑して一夜の関係を結んでしまうんです。それ以来見知らぬ男に抱かれるためのように母の眠る島に出かけていき、様々な男達と一夜の関係を持ち続けるんですね。それが五〇まで続きます。最後にあっと驚く決断をしてそこで唐突に話は終わるんですが、本当に色々な男達と出会うんです。最初の男はアナを娼婦扱いして持っていた本に二〇ドル札を挟んでおいて屈辱を意図せずして与えることになり、二人目の男は売春斡旋業の元締めで二人の女を殺した人殺しであり……という風にバラエティに富んでいます。その島の出来事の他に帰ってきてから自宅での話という風に交互に話は進んでいきます」
「えーと。自宅と島でのワンナイト・ラブの相手の話ってことかな?」
「平たく伸ばすとそうです」
「核心ついちゃったかあー!」
「そうでもないですがまあいいでしょう。様々な葛藤があって最後にはあっと驚く決断をするわけですが、そこに行くまでのお話の展開が興味深いんです」
「ほうほう聞きましょう」
「書き始めの頃はいい感じに書き始めていたのですが、ある程度まで進んできたところでガボは認知症を患うわけです。それからは曖昧な状態になり忘却と創作の競争が始まります。結論から言うと、亡くなる前に捨てるしかないと判断するのですが、遺族と秘書と編集者の熱い一念で単語一つ一つを精査して、ガボが作り出した話を再現復元していく訳なんですね。作家の意図に沿う様に膨大な資料の少しの差やメモ、注意書きに目を通して続く作業は延々と続きました。そしてガボの亡くなった年から九年後に完成させられ出版されたそうです」
「へーパズルみたいだねぇ」
「戦争で破壊された古代の遺跡を復元するような物ですね。そして完成させられた本書は妻子書の頃はガボらしい筆致で文章が生き生きと綴られているのですが、後半になるにつれて段々色を失っていきます。それは作家の文章の磨き上げに出される前の生の文章であるわけですね。作家の作業工程が分かっていくような物です。私としてはどちらかというとそのような作られていく段階の文章にこそ面白みを感じるのです。後路絵は寂しいけれどそこには忘却と格闘した作家の生の戦いの跡が見られるからです。最後なんかも悪い言い方をすると雑なんですが、そこに一種の気迫を感じるわけですね。それから老人をよくモチーフにしていたという話はありましたが、若い娘の活動にもスポットライトを当てていて、正直これは成功していませんでしたが、若い世代の生にも目を向けた老作家の心意気が見受けられます」
「語るねえ……」
「ガボは本当に大好きな作家なんですよ……」
「そっかあ、好きな作家だったら熱くもなるね」
「読んでくれますか?」
「わかりました……この詩織さん読み切って見せましょう!」
「嬉しいです……」
なぜか栞は顔を赤らめ下を向くともじもじとし始めた。
「どしたん?」
「ええ、いや秘密の生活の話についてちょっと思い出したことがあって恥ずかしいなあって……」
「えー何々? そこまでいったら教えてよー!」
「ダメです! 秘密の生活はだれにも教えません!」
「なんか変だなあ……春だからかな……?」
栞の秘密は気になってしまうけれど、わたしも秘密を持つ身なのであまり突っ込んで聞けない。
しょーもない秘密だけれど秘密は秘密のままが美しいのかも知れない。
そう思いながら本を受け取ると、おおよそ「へっくしょい」とかわいげのないクシャミをした。
ガルシア=マルケスの今のところ最後の作品です。
流石にこの後未発表原稿がでてくることはないのではないかと思いますが、これで読み納めだと考えると大変感慨深いです。
実は五月のイベントに向けて書き慣れない漫画など描いていて、更新作業ずっと止まっておりましたが、大体完成したのでこの年度の切り替わるタイミングで更新しました。
ネタはあるのですがアウトプットするまでに到らないのが本当に良くありません。
お待ちいただきました皆様には本当に申し訳ないことをしましたが、こんな感じのこともありますがお付き合い頂けるとありがたいです。
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それではまた近いうちに!