173ロベルト・ボラーニョ『はるかな星』
『はるかな星』
タイトルは綺麗ですが中身は中々邪悪な一冊です。
血にまみれたラテンアメリカの新たな旗手(とはいっても21年前に没していますが)として当時流行ったボラーニョの『アメリカ大陸のナチ文学』から飛び出した一篇です。
「栞さんや」
隣に座る栞に声をかける。
「何ですか藪から棒に」
わたしはフッフッフッと不敵な笑みを浮かべると栞の前に一冊の本をでーんとだした。
「読みましたよ……ロベルト・ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』に引き続きスピンオフ? の『はるかな星』を!」
栞は胸の前で合掌すると「まあ!」といって晴れやかな笑みを浮かべた。
わたしは引き続き不敵な笑みを浮かべたまま、栞に「どーよ!」と自慢した。
「まあ薄い本ですけれど、ラテンアメリカの文化に詳しくないとやや難しいところもあるのでちゃんと読み切ったのは偉いです!」
「でへ。褒めて褒めて」
頭を栞の方に向けると、栞は「おーよしよし」と頭をかいぐりかいぐりとなでてくれた。
「で、どうでした?」
「うーん。正直『アメリカ大陸のナチ文学』の方は難しくて疲れた……まあなんとか読み切ったけれど……それからお話としては『はるかな星』の方が楽しめたかな」
「なるほどなるほど。やっぱりそうなりますよね。前日譚にあたる『アメリカ大陸のナチ文学』で、なんでそうなったの? という謎な部分が『はるかな星』でキッチリと描写されていますしね。お話として読むには『はるかな星』の方が面白いのではないかと思います」
「うんうん。パーティーしててゲロッて逃げ出した人とか何なんだろうと思ったらカルロス・ビーダーの犯罪の証拠の死体の写真が飾られてたりとか、結構無謀なことしているんだよね」
「カルロス・ビーダーは捕まる気さらさらなかったようですけれどね」
「うん。物語の冒頭からして、同じ文芸サークルの双子姉妹の家族とお手伝いさん何の理由も明らかになってないのに、首を搔き切って殺しちゃったりするのが怖かった。理由なき殺人みたいな?」
「軍事政権下のチリでは何が起こるか分からないんですよね。死の部隊というのが当時ラテンアメリカ中にあって拉致監禁拷問殺人を繰り返していました。アルゼンチンなんかだと、死体が処理しきれなくって飛行機からサメの群れが住む地帯に投げ捨ててたりなんかしていたそうです。チリも似たようなものですね」
「こわー……でも『アメリカ大陸のナチ文学』とか読んでいるとさもありなんって感じはするけどね」
「そうですねぇ。暴力に彩られた世界というのがボラーニョ作品の特徴なのでどうしてもそういう部分が滲み出てきますよね」
「ああ、そうそう。あと有名な作家の本をカミソリでビリビリに破いて自分の血を塗ったり、本の上にうんちしたりするのがマジで理解できなかった……あれで自分の中に本のエッセンスを取り入れるとかいうはなしマジで怖い。フォロワーがいたのもどうかしている……」
「少ないですがスカトロ表現もボラーニョ作品の特徴ですね。特に血をまき散らす表現は随所に見られますねえ」
「えー……そうなのぉ?」
「そうなのぉ」
「まあ全体的にヤバい話が淡々と語られているけれど、最後にカルロス・ビーダーを暗殺するのはなんとなく寂しい感じになっているのが不思議だったね」
「僕が「もう彼には誰も殺せません」といって殺すのだけは勘弁してくれっていうワンクッションが入っていたのが最後のその哀れさをあぶり出すのに役立っているのがうまいですよねぇ。本当に上手い作家だと思います。そもそも『アメリカ大陸のナチ文学』から飛び出した「もう一つの戦慄の物語」が『はるかな星』なわけですからショッキングな表現と同時に詩をはじめとした文学の話が複雑に絡み合っているわけですよね。文学っていうとどこか崇高なものみたいなイメージはありますけれど、同時期のキューバの作家で私も大好きなレイナルド・アレナスなんかは「書くことは呪い」という姿勢で書いているようですね。ラテンアメリカの文学というのはどこか影を背負っているんですよね。それはもちろんロベルト・ボラーニョしかりですが、本当にショッキングで暗い話が淡々と複雑なのにシンプルに思える話の筋で書き上げられていますよね」
「カルロス・ビーダーも折角飛行機で詩を書くパフォーマンスで成功する能力もあったのに裏では人殺ししていたのはショッキングね。名前も何個も使い捨てているっていうしどんな人生だったんだろう……」
「そういう所に目が行くのはいいことだと思いますよ! 栞さん自身の目の付け所もいいと思いますし、そういう所に視線を誘導する作家も上手いとしか言い様がありませんね」
「えへ? そう? 褒めて褒めてーでへへ」
「おーよしよし、詩織さんの髪はいい匂いがしますねぇーシャンプー何使ってるんですか?」
「デオコのシャンプー。おじさんを女子高生の匂いにするというアレ。だから今の私は二倍女子高生の匂いがするのだー」
「んま! 凄いの買いましたねぇ」
「うんん。お父さんの買ってきたヤツみんなで使っているから、家の家族はみんな女子高生の香りだよー」
「パラダイスじゃないですか!」
「なんか果物みたい匂いがするおじさんはちょっとキモいけれど、臭いおじさんよりはいいかな……」
「んま! お父様に向かってそんな口をきくとは……」
わたしは起き上がると、おもむろに栞の頭に手を伸ばしガシャガシャやるとその香りを匂った。
なんか甘いいい香りがする。
「何するんですか!」と抗議する栞の声を無視してくんかくんか匂っていると、なんか胸の奥からじわーっとしたものが滲み出てくる。
なんかいけないことをしているような気持ちも強くなる。
「なんかいけないことしているみたいなカイカン……!」
「一般的に他人の頭いきなりガシガシして匂いをかぐわうというのはいけないことだと思いますよ!?」
「えーいいじゃん! 栞だってわたしの頭の匂いかいでたじゃん!」
「あれは詩織さんが頭を預けてきたからじゃないですか!」
「んもー栞は我が儘だなあ……」
「クレヨンしんちゃんみたいな台詞!」
「まあいいじゃない! セイシュンですよセイシュン!」
「私の考えている青春となにか大きな乖離があるような気がしますけれど……」
「栞の考えている青春って何なのさ?」
「私の考える青春ですか……?」
栞はうーんと腕を組むと何やら難しげな顔をしつつ、なんだかそれでいて恥ずかしそうにしながら「私の考える青春は、好きな、大好きな友達と一緒に同じ本を読んで感想を言い合ったり、どこか一緒にお出かけして広い野原とかで寺山修司の句集とか読んで感想を言い合ったり……そういうのですかね」という。
「なんだ、どこに行くにしても本の話ばっかりじゃん! わたしぐらいの強者じゃないと栞の滅茶苦茶な読書量について行ってあげられる人いないよマジで!」
栞はもじもじとすると「だから私はいま最高に青春しているんですよ。本当に。だから詩織さんにはとても感謝しているんですよ」と爆弾発言を放り投げててきた。
「んま! でも栞がそれでいいならわたしもそれでいいかなあー」
「ダメですよ。私の意見に引っ張られて自分なりの青春の形を見失っては!」
「そうじゃなくて、栞が嬉しいのがわたしも嬉しいんだって! 恥ずかしいからいわせないでよ!」
「えーっ! そんなこと言われたら私……」
かあっと赤くなった栞が両手で顔を覆い俯いてしまう。
わたしはなんだか熱を発している栞をおもむろに抱きしめると「いいじゃんそんな青春があってもさ。わたしは栞が一番楽しいことが一番楽しい!」といって頭を優しくなでた。
「でも読む本が『アメリカ達陸のナチ文学』と『はるか星』じゃ血塗れの青春になっちゃうかもね!」
「そうですね……たまにはもっと気軽な本見繕っておきます……! 今後も詩織さんと青春するために全力を注いでいきますよ!」
「そんなオーバーな!」
そういって栞から顔が見えないよう窓の外に顔を向けると、窓に映る自分の顔が真っ赤なのに気づかされた。
セイシュンやばいわ……!
ちょっと書き方の比重を変えて二人の関係性の方にウエイトを置いてみました。
本の紹介パートが薄まってしまったのでちょうどいいところを探っていきたいと思います。
ではまた近いうちに!
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