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171シェリダン・レ・ファニュ『カーミラ』

吸血鬼物二連続です。

ゴシック小説の傑作『カーミラ』です。

最新の物ですと光文社と古典新訳文庫などで読めます。

 今日は珍しく雪が降った。

 そして更に珍しく積もり始めたので学校から蹴り出され寒さの中栞と二人で帰宅の最中にあった。


「痛い! 雪が太股に当たって痛い!」


 風がビュウビュウと吹きすさぶ中、校則ギリギリまで捲り上げたスカートに守られない剥き身の太股にバシバシ当たり続ける。


「詩織さんスカート下ろすか私みたいにタイツ履けばいいじゃないですか。タイツ履いていても寒いんですから……」


「まあそれはそうなんだけれどこれは自分との戦いだから……それにわたしにはタイツに合わないと思うし、スカートのしたにジャージ履いているの見つかるとメッチャ怒られるし……」


 栞は呆れながら、スカート下ろせばいいのにとぷつぷつと呟いている。

 あーあー聞こえない聞こえない。

 栞の声は聞こえないけれど太股を打つ雪の音は風の強さと共に唸り声を上げる。


「寒い……寒い……痛い……死んでしまう……」


「別に死ぬことはないと思いますけれど……前にアンデッドの話したじゃないですか」


「えーと吸血鬼の話?」


「そうです。ドラキュラ伯爵に触ると死体に触っているようなゾッとするほどの冷たさだっていうお話ですよ」


「わたし実はもう死んでるの……?」


「いえ死んではいないですけれど、アンデッドの話でもして寒さから気を逸らさせようなと……」


「効果は疑わしいけれど折角なので一つお願いいたします」


「『ドラキュラ』の出る二十五年も前にジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュというアイルランドの作家によって書かれた『カーミラ』という作品があります」


「『カーミラ』? あー名前だけは聞いたことある気がする」


「『ドラキュラ』より先に出た吸血鬼ものというだけでも中々の作品なんですが、アウエルバッハという人は『カーミラ』の方が優れていると評価しているので、ある意味『ドラキュラ』は吸血鬼ものとしては退化しているともいえるのですが、まあ『ドラキュラ』が八〇〇ページなのに対して『カーミラ』は一五〇ページ程度なので単純にどうこうという比較は出来ないんですが、個人的には私も『カーミラ』の方が読んでいて楽しいかもと思っています」


「短くて面白いならそっちの方が絶対いいじゃん!」


「ストーリーは凄い分かりやすくて英国人の貴族が娘と家庭教師の二人のご婦人方とオーストリアの片田舎の城に住んでいるという所から始まります。母親は亡くなっていて父親と娘のローラの二人家族みたいなものなんですが、異国の片田舎ということで友達もいないのですが、少し離れたところに住んでいる老将軍の一人娘が会いに来るというので家庭教師でもあるご婦人たちとわいわいしているんですが、近々来訪予定の老将軍から娘が日に日に消耗してしまい遂に亡くなってしまったと連絡が入ります。そんな沈鬱な空気の中主ローラの城の近くで立派な馬車が派手に横転するという事故が起こります。その中には貴婦人とその娘カーミラがいました。派手な事故だったので主人公の父親は城で数日休んでいかれては? と提案するのですが、どうしても一刻を争う用事があるといってその日の内にその場をたつのですが、娘のカーミラだけはどうにも具合がよろしくないということでお城にとどまり母親が帰ってくるのを待つことになります」


「怪しさ満点過ぎる……」


「で、まあ二人は仲良くなっていくのですが、お城の中で百年ほど前までそこいらを支配していたカルシュタイン家の肖像画が出てくるのですが、その中にカルシュタイン家女伯爵ミルカーラというカーミラそっくりの女性が描かれているものが出てきてローラがカーミラそっくりで嬉しいという事で自分の部屋に飾ることになります。そんなこんなでカーミラとは「わたしはあなたの中に生きている。あなたは私のために死んでくれるでしょう。あなたをそれほど愛しているの」と殺し文句が出てきて二人はズッ友になるわけです」


「何々? 百合展開?」


「実際そういう読み方が出来る作品ではあるんですよ」


「んま! 興味津々!」


「その後は割と『ドラキュラ』に似た展開になります。カーミラは衰弱しているのであまりかまわないで欲しいという様なことをいいつつ引っ込むんですが、娘も日に日に衰弱していき医師は首元に二つの傷口を認めます。このとき近所の豚飼いの奥さんや娘がその地方ではウーピールと呼ばれている恐ろしい病気で亡くなっているとの噂が流れれていますが、これは三日程度で死に至るということで、原因不明の衰弱と診断されるのですが、医師は父親と二人で話し合います。とんでもないことが起きているという話になるのですがカーミラも体調不良ということで引っ込んでいるのですが、その日カルシュタインの城にピクニックでかけようという話になり、カーミラも後から合流するというような流れになります。そしてそこへ例の老将軍が現れて、自分の娘にあったことを話します。話は全く同じで立派な馬車が転倒するところから始まりミラーカという少女を預かるところから始まり、その後将軍の娘は衰弱してしまいミラーカも姿を消してしまいます。将軍の娘は何者かに毎晩首を絞められる夢を見て遂に衰弱死してしまうのですが、これがミラーカ、ひいてはカルシュタイン家の女伯爵ミルカーラが悪さをしていると突き止めます。そこから先は読んでいただきたいんですが、かなり『ドラキュラ』に似ていて万力のような握力、一〇〇年以上前に棺に納められているのに生き生きとした血色の良さなど『ドラキュラ』に似ている設定が出てきます。この話は別なレ・ファニュの話に出てくるヘッセリウス博士という医者の特殊な症状の病気を集めた症例集から集めた話を再編集しているという体で出されているのですが中々凝った作りですよね」


「最後はどうなるの?」


 栞はニヤリと笑うと「読んでのお楽しみです……」といった。


「まあこの話ですが謎な部分も多くて最初に乗っていた馬車の貴婦人や御者達は何者だったのかその後が書かれていなかったりします。これはレ・ファニュが別な作品に登場させようとしたのではないかといわれていますが、詳しいことは分かりません。あとカーミラ、ミラーカ、ミルカーラと似たような名前を使い回していますが、これって原語のアルファベットだとアナグラムになっているらしいんですね。翻訳者の方も苦労したらしいですがややこしくなるので日本語で似たような発音になる事を第一にしたそうです。これって吸血鬼もののお約束らしくて、ドラキュラを逆さまに読んでアーカードにしたりと一種のお作法らしいです。またある意味異性間のストレートなやりとりである、ある意味マチスモな『ドラキュラ』に対して異性間の、それがまやかしだったとしても、ほんのりとした愛情の話である同性間のやりとりで今でいうところの百合文学としても読めるというのが最大の魅力かも知れません。どうです? 読みたくなってきました?」


 わたしは、うんうんと頷くと「短いし面白そうだから読む」といった。

 それになんか百合っていうジャンルは流行みたいだし、詳しくなっておけば後々玄人ぶれる気がするので勉強しておこうと思った。


「どうですか? 寒いのは忘れられましたか?」


「うん、ありがたいことに忘れられるかと思ったけれどメッチャ寒い。というか痛い。スリップダメージはいってる」


「ダメでしたかあー」


「ダメでしたのだー」


 栞は鞄の中に手を突っ込むと本を取り出した。


「丁度読み終わって詩織さんにお勧めするつもりだったんですけれど、帰宅命令が出ちゃってたのでお渡しすることが出来ませんでした。今なら読む気満々なんじゃないですか?」


 わたしは鼻水をすすると「うん。体は温まらなかったけれど気分的には紅葉した感じがする」といって本を受け取った。


「雪が強くなってきましたね……」


「今度近場のスーパー銭湯でも行ってみない? 露天風呂で雪見風呂と洒落込むことが出来そうだし、栞の生足拝めるし……」


「なんか最後邪悪な言葉が漏れ聞こえてきた気がしますけれど……まあいいですね銭湯行きたいです」


「裸の付き合いはいいもんだよ、体流しっこしたりしようよ、ヴェヘヘ」


 栞はさっと胸元に制服をたぐり寄せ防御態勢を取る。


「えっち……」


「大丈夫、大丈夫だから……へへへ……寒っ! 銭湯に行く前に風邪引いてしまう!」


「健康第一ですよ……」


「わたしも栞の血をちゅーちゅー吸えば永遠の若さが手に入るのかな」


「それはもはや吸血鬼じゃなくて蚊の類いですね」


「んま!」


「とりあえず体温めてくださいね!」


 丁度分かれ道に来て栞が手を振る。

 わたしも手を振り返して帰路を急ぐ。

 吸血鬼小説読むのが先か、風邪引いて衰弱するのが先か勝負の時間が来たようだった。

 あとスカートの長さは一度検討するべきかもしないと思った……。

雪が降り積もる冬場にはイギリスでは暖炉の前で怪談話をするそうですが、レ・ファニュはアイルランドの人です。

『ドラキュラ』に先んじること25年の傑作『カーミラ』のご紹介ですが、中編まで行かない短編といったところなので読むのは簡単なので是非。

光文社版か少し古い感じはしますが平井呈一訳が傑作なので古本を漁ってもいいかもしれません。

百合文学として読めるというのは本当のところなのでそういうの好きな方にもお勧めです。

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