169川端裕人『夏のロケット』
昔むさぼるように読んだ川端裕人のデビュー作です。
ちょうどこの頃ちょっとしたロケットブームがありましたね。
私は見逃しているんですが、きらら作品でアニメ化したものがロケット題材らしいという話を聞いて根強い分野なんだなと思った次第であります。
記録的な暖冬らしい。
確かにスカート丈を短めにしても痛くてたまらないということはないし、午後の授業では外からの日差しが心地よくてよく眠れる。
睡眠不足の解消に丁度よい。
というような話をしたら、栞に残念そうな顔をされてしまった……。
「授業はちゃんと聞いておいた方がいいですよ」
「いやぁ、分かっちゃいるけどやめられない……的な?」
「的なじゃありません! 授業はちゃんと目を覚まして静かに傾聴するものです」
「でも眠くなることはあるでしょー?」
「まあ確かに睡魔に襲われることもありますけれども……」
そんな馬鹿話をしつつ、最近の陽気の良さに話題が移ったので「このままだと夏場は五〇度越えるかもねー」なんて言い尽くされた定番のギャグを放ったところ「割と笑えない予想ですね……」と真顔で返された。
まあ毎年異常気象来ているから夏場に凄い大雨が降って洪水になってもおかしくはないなという感じは確かにある。
「冬がこう暖かいと夏場は気になるよねえーなんか地球温暖化がテーマみたいなSFとかないのかな?」
そういう栞は「地球温暖化の話ではないですが……」といいつつ鞄から一冊の本を取り出した。
「川端裕人『夏のロケット』です」
「題名に夏のって入っているけれど冬に読んでもいいものなの?」
「いい本はいつ読んでもいいものなんです。私日本の作家で一番好きなのは筒井康隆なんですが、一時期同じぐらいドハマりしたのがこの川端裕人さんなんですね。元々新聞でサイエンスライターやっていたそうで、文章は凄く読みやすいし、科学的知見や歴史的話題も凄い細やかに描写されているんですよね」
「へー科学記事書いていたって事はSFなん?」
「まあ広義のSFではあると思うんですが、サントリーミステリー大賞の優秀作品賞というのを受賞しているので表向きはミステリですね。ミステリ要素はすごーく薄いんですが……」
「どういうお話か全然分からないや……」
「万年青年の中年に差し掛かった大学の同期のグループがロケットを飛ばす万年青年の青春ストーリー……といえば分かりやすいですかね」
「ふぅんロケット作るお話なんだ」
「実はロケットものみたいなお話って人気があってこの同時期に、あさりよしとおが『なつのロケット』という漫画を描いていまして、大分昔の話ですがやはり同時期に「ロケットの夏」というSFアダルトゲームも出ているんですよね。なんで夏の季語みたいにロケットを使っているかというと『火星年代記』の第一章のタイトルが「ロケットの夏」だからなんですね、ロケットを飛ばした時の熱がパン窯を開けた時のように夏を運んでくるような……という所から来ています。実際『夏のロケット』では『火星年代記』に憧れた資金提供者のミュージシャンが自分を宇宙に飛ばすためのロケットを大学の同期達の力を借りて作り上げるというサイエンス・青春ストーリーとなっているんですね。何度読んでも面白いから凄いですよ!」
「語りますなあー」
「私、中年とか老人が青春をやり直す話って大好きなので刺さりますね。あまりそういった作品はないんですが」
「で、ロケットの夏だったか夏のロケットだったかなんかややこしいな!」
「『夏のロケット』ですよ!」
「そうそれ! そんなに何度も読むほど面白いの?」
「これはデビュー作なんですが、作品の完成度としてはそれ以降の川端裕人作品の方がやっぱり安定しているんですけれど、好きな川端裕人作品を挙げろといわれたらベストかも知れないですね。他にも忘れられないいい作品いっぱい出しているので、単なるファンガールの贔屓みたいな部分はあると思いますが……」
「ロケットかあーあまり興味ないというかそもそもニュースで飛ばしたのが成功しましたとか失敗しましたとかそういう所しか見たことないから醍醐味みたいなのが分からないんだけれど栞推薦図書なわけなの?」
「何ですか栞推薦図書って」
栞はちょっと脱力した笑い声を漏らしながら「栞推薦図書ですよ」といった。
「私はこの次に出た『リスクテイカー』という作品も何度も読んでいるんですが、基本的に初期は天才に引っ張られながら次第に事を大きくしていくのに付き合う僕らみたいな構造の話が多いんですが、ノンフィクションもやっていますし子供が主役の話も結構な割合で書いていますね。これもまた傑作揃いなんですがかなり筆の速い作家さんなんで個別にこれだこれだと挙げていくのは控えますが、がっちりとしたSFもものしていますね」といいながら本をパラパラとまくっていった。
本の中程に、栞お手製のしおりが挟まっている。
そういや栞の趣味の一つにしおり作りがあったなあとボンヤリと思い出した。
わたしの視線を感じてか「まあ何度も読んでいる本なんで、読みたいシーン大体一発で開けるんですが勘所となる所にはしおりを挟んでいますね」といってわたしの目の前でひらひらとしおりを振るった。
ロケットの絵が描いてあるしおりだった。
相変わらず絵はうまい。
「詩織さんにも是非読んで欲しいですねぇー。本当は夏場カァーっと暑くなってきてから読んで貰った方が気分も盛り上がると思うんですが、折角今ここにあることだし、ちょっと読んでみませんか?」
「んふーん。SFミステリ青春モノみたいな感じって考えればいいわけ?」
「そうですねぇ。あえて無理矢理カテゴライズするとそんな感じかな?」
「わたしも青春したいから読ませていただきます……」
「いいと思います!」
栞は飛び上がらんばかりに喜んで……少なくとも私にはそう見えた。
本にしおりを挟んだままパタンと閉じると、表紙を擦るように二、三回撫でた後「はい」といって渡してきた。
ポロシャツ姿の男の人が宇宙でジャンプしているような表紙だった。
奥付を見ると平成十年第一刷と書いてある。
えーと今は平成何年だったっけ?
そんなわたしの迷いに気づいてか栞が「一九九八年ですよ」といった。
「生まれる前じゃん! 内容古くないの?」
「んーまあ社会情勢とかそこら辺は今とちょっと違うかなあみたいなところはありますが、内容は青春ロケットストーリーなので古いという感じはあまりしないですね」
「へぇーふぅーん青春ロケットストーリーねぇ……あまり内容が思い浮かばないや……」
「フフフ。そこら辺はお楽しみにしていただけるといいと思います。万年青年たちが様々な困難に見舞われつつも宇宙に挑むとという形になっているので、この先どうなるというワクワク感は問題なく味わえると思いますよ!」
「青春かあー青春いいよね……わたしも青春したい……」
「今ですよ! 今こそ青春の中にいるんですよ私たちは!」
「読書が取り持つ青春ねえ……まあそういうのもありなのかなあ……まあわたしは栞と一緒にいられればそれでいいんだけれどさ」
「んま!」
「仲のいい友人達と大学出た後までロケット作りするっていう話なんでしょ? わたしも栞と一緒に何か思い出作りになるようなことしたいなあー」
「それじゃあ二人の個人誌作りましょうよ! 絶対楽しいですよ! 必要なものはペンと紙だけ! まあ流石にペンと紙だけだと今のご時世足りない部分が大量に出てくるのでノートパソコンか、パソコン室のデスクトップ借りて書きましょうよ! 今しかかけない何かっていうものは絶対にどこかしらあると思うんですよね。例え拙くても本を読むだけじゃなくてインプットした分アウトプットするべきだと思うんですよね。それこそが知的生産術っていうものだと思うんですよ」
詩織が熱く語っているがわたしにはどうしてもこう恥ずかしさというか、自分の拙い文章栞に見られるのが恥ずかしいというかそういう諸々があってどうにも一歩踏み込めないでいた。
栞はそこら辺を敏感に感じ取ってか「急いで決めることもないですからね『夏のロケット』読んだ後、胸に何か熱い衝動の塊が残っていたら一緒に書きましょうよ」といった。
「うーん前向きに検討しておきます……」
なんだかわたしがどこか遠くまで打ち上げられたような感覚に陥ってしまった気がするけれど、まあ青春の証というか残り火ぐらいは恥ずかしげもなく残していていいのかも知れない。
『ロケットの夏』はいったいわたしをどこまで打ち上げてくれるのか、どこか今からちょっと期待してしまっているところである。
大分間が開いてしまいましたが、ここ暫く実用書と技術書ばかり読んでいて、面白い文学作品にあたることが出来なかったため(あと単純な怠慢のため)題材になるような作品を消化することが出来ずに居ました。
これから先は暫く楽しむための読書に浸れると思いますので、計画立てつつネタを仕入れていこうと思います。
一週間に一回という更新ペースをいきなり破ってしまいましたが、どこかで取り戻すことは出来るのではないかと思います。
それはそうとして川端裕人作品は本当に面白いので皆さんにヨンで欲しいと思います。