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168アブドゥルラザク・グルナ『楽園』再び

104話目に英語原著で挑戦した物の返り討ちに遭ったアブドゥルラザク・グルナの『楽園』です。

翻訳はチアヌ・アチェベ『崩れゆく絆』などアフリカ文学の翻訳を主に行っている粟飯原文子氏です。

中々出なかった翻訳が2023年の年の瀬になって出たのはやっと果敢ありましたが面白い読書体験になりました。

「明けましておめでとう」


「明けましておめでとうございます……とはいっても初詣いらいですね……」


「年始の挨拶はいくらしてもよいものとされる……」


「まあおめでたい感じなのもそろそろ終わりっぽいですが、一月の十一日には駅の近くで初市ありますね、だるま市、一緒に行きませんか?」


「おっいいねぇ! だるまってなんかあるだけで福々しくていいよね、なんか色によって色々と御利益が違うんだっけ?」


「そこら辺はだるま売りの人の持っている一覧表みたいなのに載ってますね」


「やはり金運……金は全てに勝る……」


「詩織さん……」


 栞がなんだか残念そうな視線を投げかけてくるのを無視して話題を切り替える。


「そういえば一年の計は元旦にありだっけ? わたし元日の午前中メッチャ寝てたから、よい睡眠がとれる一年になりそうだけれど栞はなんかしてたの?」


「ええ、お正月中に読んでしまいたい本があったので読書してました。この場合一冊でも多くの良書に出会いたい……とかなんですかね?」


「なんか思った通り過ぎて逆に感動したわ」


「んま!」


「で何読んでたんですか?」


「年末にかけては実用書ばかり読んでいて、役には立ったけれど読書したなあという感じではなかったのですが、年末ギリギリになって、発表されてから一年遅れぐらいでは販売された本があったのでそれを読みました」


「なんでしょか?」


「アブドゥルラザク・グルナで『楽園』です。二〇二一年のノーベル文学賞取った方の長編第一冊目ですね」


「あれ? それどこかで聞いたことあるような……」


「前に私が原著で読もうとして四苦八苦していたヤツですね。一応最後まで読んだんですけれど英語力の低さを感じ入ることばかりでした……最後の方ほとんど理解してなかったですね」


「英語の本に挑戦するだけ凄いわ」


「正直もっと簡単な本からにすればよかったですねー。比較的易しい英語で書かれてはいるようでしたけれども、量が重なったり独特の言葉遣いが出てくるとお手上げです。というわけで昨年の読み納めと読み始めで『楽園』にハードル下げた上で挑戦したわけです」


「流石に今度は内容よく咀嚼できました?」


「ええ。以前読んでボンヤリとしか分からなかった部分も、ああなるほどってなったりして楽しかったです」


「どんな話だったっけ?」


「ザンジバルに住む十二歳の少年ユスフが親の借金の形に奴隷に身をやつし十八になるまでの物語です」


「奴隷からの成り上がりものみたいな?」


「まあ最後まで奴隷の身分なんですが、ユスフ成長譚ですね。大商人のアズィズおじさんに引き取られ親元を離れて最初に年上の兄貴分のハリルという少年が切り盛りしているアズィズおじさんの雑貨店で働くところから始まります。ミスすると容赦なくビンタが飛んできて大変なのですが、少年ユスフも割と気が回る方で仕事の飲み込みはよくて、ハリルとも打ち解けます。そして内陸に向けて大隊商を引き連れて派手に稼いでくるアズィズおじさんに気に入られてある時隊商に引きつられていくんですね。まあそれがとんでもなくついてない結果に終わるんですが少年ユスフは青年になり今までよりも深くアズィズおじさんのお気に入りになるわけです。時代は二〇世紀初頭のザンジバルというかタンザニアなんですが、イスラームの戒律を守って生きるイスラム教徒がメインで住んでいるんですけれど、内陸は政令を信じていたりする野蛮人の国で、ライオンを狩って、そのペニスを食べるごとに奥さんを一人貰えるなんて風習が残っている部族の話が出てきたりする訳なんですが、内陸は野蛮人の土地だし、世界の果てには壁があってあらゆる悪いものがそこに詰め込まれていて、住んでいるのは野蛮人だけ……なんて話をしている内に、ドイツをはじめとしたヨーロッパ人が押し寄せてくる時代でもある訳なんですね。ヨーロッパ人は鉄を食べるとか本気で信じられているような感じです。散々な目に遭った隊商からアズィズおじさんも懲りて、もう儲けも薄くなってきたし危険なことも多いし、対象の指令を出すムニャパラと呼ばれる指揮官も怪我で再起不能になってしまったので最後にもう一度だけ内陸にむけて旅をし、それからは別な商売をしようとするわけです。青年ユスフにもそろそろ嫁を見繕ってやらなくてはなという話も持ち上がり、ハリルも二人で合同結婚式して盛大に祝おう! とまあそんなことを浮かれながらいっている訳なんですが、その町にドイツ人の兵士の一団がやってくるわけです。ハリルは雑貨屋の閂を閉めて窓も全部塞ぎ、ユスフと二人地面に寝転んで息を潜め、のぞき穴から外を見渡すと、すでに街にいた男達が兵士の一団の中に整列させられていて、そんなドイツ人達を皮肉る冗談をいった男達は、二度とそんな口がきけないようにボコボコにやられちゃうんですね。ドイツ人は慈悲を知らないから、一度揉め事を起こして死刑の判決を下すとその日のうちに吊されるといって恐れられているんですが、物語はここでズバッと終わってしまいます」


「えっ! ユスフとかアズィズおじさんとかどうなっちゃうの?」


「不安なままでバッサリとお話は切り取られて終わってしまいます」


「えー気になる……」


「グルナが生まれたのはザンジバル、いまのタンザニアなんですが、ザンジバル出身の有名人といえばQueenのボーカルのフレディ・マーキュリーなんかが思い浮かびますが、グルナの生まれた一九四八年はまだイギリス保護領で生活はカツカツだったそうです。一九六七年に十八歳で上の兄といい生活を求めてイギリスに渡り、そこで文学博士号まで取り著作生活にはいるのですけれど、タンザニアに帰ったのは一九八二年と大分遅かったようです。一九六四年にはタンザニアや東アフリカで革命が起きてイギリス保護領から抜け出す民族運動が激化し、これを嫌っての渡英でもあったようですが、別段難民であったというわけでもないようです」


「へー波瀾万丈な人だね。前にもそういう国を渡り歩いた人がノーベル賞取りやすい傾向にあるみたいな話してたけれどグルナって人もその内の一人なのかな」


「ですね。彼の第一言語はスワヒリ語で、作品の中にもスワヒリ語がよく出てくるのですが、著作は全て英語によって書かれています。英国式の教育を受けたためなんでしょうね。それと英語とスワヒリ語では話者の数が段違いですからそこら辺も計算に入っているのかも知れませんが、英語で書いていたのでブッカー賞の最終候補にも残ったりしました。ブッカー賞作家はノーベル賞取る人多いですね。近年でいえばカズオ・イシグロとかもそうですが、フランスのゴンクール賞と双璧を成している感じはしますね、他にもノーベル賞に近いとされるのはフランツ・カフカ賞で、これを取った人が連続でノーベル賞取っていたので、フランツ・カフカ賞とっていた村上春樹がノーベル賞とるやも!? みたいな期待が膨らんでしまい周りでそのことを囃し立てられて迷惑していたなんて小話もありますね」


「『楽園』って難しい感じ?」


「いえ、お正月にあれやこれややりながらゆっくり読んで三日で読めたので、休み一日潰す気になれば一日で読めますよ。詩織さんなら学校始まっていても一週間で読めるんじゃないですかね? 『楽園』自体は六章に別れていて、一章が大体五〇ページ程度なので一日一章ずつ読んでいっても六日で読み切れますよ!」


「あっそれ聞いたらちょっとやる気出てきたかも」


「文章もガチガチ煮詰まっているというわけでもないですし、お話自体は平坦なところもあるので何か難しく考えるような所もないのでサクサクっとよめますよ!」


「サクサクっとかあーわたしもノーベル賞作家様の作品ドンドン吸収していってインテリになろうかしら……」


「インテリになるという目標がまずなんかおかしいですけれど、ノーベル賞作家の作品というのは基本面白さが担保されているのでいいことだと思いますよ」


「よーし詩織さん読んじゃいますよ『楽園』!」


「その意気です! いいと思いますよ!」


「しかし『楽園』っていうのもいいタイトルだね。わたしたちの楽園は図書室か栞の部屋……」


「私にとっては詩織さんの部屋が楽園ですかねぇーなぜか中々入れてくれないですけれども……」


「乙女の秘密が一杯あるからね……」


「ただ単に散らかっているだけなのでは?」


 これにはぐうの音も出なかったけれど、思わず「うぐぅ」と苦悶の叫び声を上げてしまった。

「まあ『楽園』ですけれどささっと読みこなして見せますよ!」


「いいと思います。白水社から出ているんですが「グルナ・コレクション」と名を打っているので、他の九冊の長編も出るんじゃないですかね? 実際翻訳は始まっているようですし……」


「なるほど、お楽しみはまだまだ続くわけですか」


「ええ、原著で何冊か読んだ人の話に寄れば「面白かった」らしいので期待してもいいと思いますね」


「なるほど、わたしも栞と同じ本で読み始めするかあ」


「昨年今ひとつ本を読み切れていなかった感じがするので今年はもっと難しい本にも挑戦していきたいですね。そしてそれを詩織さんと共有する……楽園じゃないですか!」


「難しい本はパスしていいですか?」


「何事も挑戦……!」


 そう言うと栞はふはふはと笑ったのでつられて笑ってしまった。

 今年もわたしの知らない本をいっぱい紹介してくれるのだろうか?

 付き合いも長くなってきたことだし、本を読む事への心理的ハードルが低くなった気がする。

 こうして二人して本を読んで生き続けたいなと心の底から思った。

 それこそが楽園なのではないだろうか?

新年開けましておめでとうございます。

とは言っても松の内も明けてしまっていて明けましてもなにもないもんですが、ここのところ実用書に時間を取られて小説や紹介するのにちょうどいい本に手が伸びていなかったのでなんともはやといったところですが、物語のストック自体はある程度あるので、少しずつ紹介していければなと思っております。

今年も週一以上のペースでは更新したいなと思っておりますのでよろしくお願いいたします。します。

では今年1年が良い年になりますよう。

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[一言] あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします~。
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