167稲垣足穂『一千一秒物語』
今年の書き納めになりますが、一月以上も間を開けてしまい申し訳ありませんでした!
稲垣足穂の『一千一秒物語』です、幻想的な雰囲気の作品が好きな肩には刺さると思います。
あとメッチャ短いのでそこもヨシ!
「栞ー読んだーよ!」
今年最後の図書室通いで顔を合わせた栞は、似合わない軍手などをしてダルマストーブから灯油を抜いていた。
「あ、ヤベ」
「あ、ヤベじゃないですよ! もう時間ないから一人でやっちゃいましたよ! ちゃんと処理しないと年明けから使わせてくれないって先生いってたじゃないですかあ!」
「ごめんごめん、めんごめんご、いやー栞のオススメしてくれたこの本面白くてマジメに読んじゃいましたよ!」
「それは結構。でも全然反省してませんね? あ、臭い」
軍手で鼻をこすってしまった栞が顔をしかめる。
「面白かったよーなんていうのかな、ショートショートっていうか詩みたいな感じだけれど、なんか幻想的で……」
「そうですねぇ星というか月や天体観測に対するフェティシズムや数学や幾何学に対する興味が凄いですよね」
「月と喧嘩したり、石投げて月を打ち落としたり、仲良くなったり、ポケットの中に入れてみたり、なんか二行ぐらいで終わる話もあったよね、ああこれ
A氏の説によるとそれはたいへんな どう申してよいか びっくりするようなことがあります それでおしまい
だって、人を喰ってるはなしだよねー」
栞は手を洗ってくると、ダルマストーブに手を置き「いいでしょう!」と一言いった。
わたしは「いいですなあ」といった。
本には帯が掛かっていて、ピース又吉の「この本を初めて本屋で発見した時、本が発光しているように見えました。読むと幻想的な物語達が、やはり光っていました。」と書かれている。
「ピース又吉って流石だねえ、読んだことないけれども……」
「大分たってから『火花』読みましたけれどなかなかのもんでしたよ。芥川賞作家にどこから目線でいっているのかって話ですがよかったと思います」
「ふーん、意外とそういうのも読むんだね」
「意外ですかね? 割とミーハーですよ私は」
「ふぅん、まあ『一千一秒物語』面白かったですよ」
「元々十九歳の時に足穂が書いた「小さなソフィスト」という自叙伝風の創作の最後の部分が元となって、小さな作品をかき集めていったんですね、その中から二、三〇話纏めた原稿を『タルホと月』というタイトルで佐藤春夫に送るんですが、もっと見せてくれといわれて『タルホと星』という作品を送るのですがこれが気に入られて佐藤春夫の門下生になって、上京することになったんですね、二百本あった全体から六十八作抜き出して、最終的には七十本になるんですがそれで、佐藤春夫の序文をつけてイナガキタルホ名義で出版されるんです。ショートショートの神様であるところの星新一は「星を拾った話」を挙げて「一つの独特の小宇宙が形成」されていて「感性による詩の世界」だといっていますね」
「へー星新一も褒めてるんだ」
「はい稲垣足穂自身が「一種の文学的絶縁ニヒリズムを基調としている」といっていてそれまでの文学になかった「新鮮な特異な物語」だと宇野浩二は評しています。実際当時はやっていたダダイズムや表現主義、未来派何かから影響を受けているのですが大正ロマンに湧くモダンな神戸で生まれ育ったのも大きいのでは無いかといいます」
「へー大正ロマンいいよね! わたしもあの弓矢の羽みたいな模様の着物と袴とブーツで大正ロマンしてみたい」
「それはもう馬車道ですね……まあそれはそうと物語の主人公や主題に月や星を多く配置したのは「氏とは意外なもの同士の連結」という西脇順三郎の言葉を援用して「私において考えられないものの連結は、人間と天体である」と語り、さらにはその後の自分の作品はエッセイ類も含めて全てみんな最初の『一千一秒物語』の註であるとまでいっているんですよね、凄い力の入れ込みようです。よく作家の最高傑作は処女作だなんていう人もいますけれどそんな感じの気合いの入り方ですね」
「うん、でも他のも面白かったなあ「黄漠奇聞」とか幻想的でさ。まあ全部幻想的なんだけれども凄く気に入ったよ」
「稲垣足穂を語るのにもう一つ外せない話があります」
栞はわたしに顔をにゅーっと近づけてきて、耳元でそっと「少年愛です」といってふっと息を吹きかけてきた。
背中中にゾクゾクするものが走って思わず奇声を発しそうになったけれどなんとかこらえた。
「「A感覚とV感覚」は読みましたか?」
「うん、一応読んだけれどなにあれ、メッチャ難しくない!?」
「そうですね、求められる基礎知識は結構多いかもです」
「それにA感覚とV感覚ってあれでしょ……? アナ……とヴァ……」
「P感覚とK感覚も出てきますね」
栞はしれっと言う。
「何かちょっと恥ずかしくなってきてちゃんと読めなかったけれど、あと単純に難しかったのもあるし……でも少年愛みたいなのは伝わってきたよ」
「そうなんですね、例えば『正法眼蔵』という仏教書の中から修行中の僧侶達の修行中のお尻の拭き方に関する作法がずらーっと抜き出されている所なんかはちょっと面白みがありますよね。急いでトイレに行ってもいけないし余裕を持ってトイレに入ってもいけない……と」
「そうそう、冷たい水でお尻を洗うのは体に悪いから、常に入り口でお湯を温めておきなさいとか、厳しい修行だから冷たい水死活買っちゃいけないのかと思ったら意外と優しさがあったりして面白い、腸風になるぞ! 腸風ってなに? って話も面白い、分からないんだそれって」
「まま、話がズレましたが少年愛の歴史をだーっと繰り広げるのは凄い知識ですね。ギリシャ・ローマ時代や古代中国、井原西鶴を諳んじてみたりネットのない時代の人は知識を全て頭に詰め込めているんですね。まあ文章なので調べながら書いているのかも知れませんが、昔の人は本の内容を頭にたたき込むというのはよく聞く話ですね」
栞はまた手を鼻にやって匂いを嗅ぐと「まだ灯油臭い」と独りごちた。
そしていきなりわたしの鼻元に手をやるとぐいと押しつけてきた。
「うわっ臭い!」
「詩織さんが遅れてくるのが悪いんですよ! それに手が臭いのは私の手なんですからね!」
「んもー執念深いなあ……」
「むっ!」
「あ、すいません……」
「それから少年愛だけじゃなくて同性愛的な話も広く取り扱っていましたね、男性の性器凸起がない分女性同士の生接触は軽い、そこが絵になると……。男性の凸起は男性の不幸の起こりとまでいわれているし、女性同士はK感覚で完全な愛撫がされることにより、原始的で荒々しいV感覚から、繊細なK感覚をもってして少女性への郷愁になり、V感覚と交わることによって云々という話が繰り広げられますね、女性同士の同性愛は完全な共感覚性にあるというのも面白い話ではあります」
「OK栞、ちょっと話をお月様とか星の話に戻そうか」
「A感覚に引っ張られすぎましたね……これはこれは私としたことが……」
「まあいいや、お月様とかお星様とかいっているとわたしも乙女っぽいかんじーがしていいかんじーですね」
「そうですねぇ。乙女チックというよりは足穂本人のいうようにダンディズムであったりニヒリズムであったりとな感じがしますが、星を取ってきたらストーブの中に監禁してみると美しく暖かく燃え上がるような気がしますね「星を売る店」なんかそんな話ですよね」
「あーあれもよかったね、星を取り過ぎて星がなくなってきちゃったとか」
「詩織さん、外見ててください!」
栞が突然叫ぶので何事かと思ったら、上の部分が闇に喰われた月がぽっかりと浮かんでいた。
色がもの凄い金色でなんだかこう……「美しいですね」栞が言う。
「美しい」という言葉が恥ずかしくて出せなかったけれど栞は何のてらいもなくいう。
「月が出たから帰りましょうか」栞は珍しくくしゃっと顔を縮めて寒くなってきましたしねーといって笑った。
わたしも栞の真似をしてくしゃくしゃに顔を縮めて「かえんべかえんべ」といった。
月が頭の上に落っこちてきて喧嘩になるかも知れないから早く帰ろう。
そして来年は栞と何をしようか。
まあ本を読むことは続けているんだろうなあという事だけは分かった。
六日に一回更新するというのが今年の目標でしたが、入院などもあり、まだ体調の不調を引きずっていることもあり、楽しみにしていただいている肩には大変申し訳ないことになってしまいましたが、お付き合いいただけるとありがたいです。
来年はもっと更新したいと思いますのでどこまで有言実行できるか分かりませんが今後ともよしなにお願いいたします。