165エルヴェ・ル・テリエ『異常』
ネタバレが非常に致命的な作品ですので、内容についてはあまり触れていませんのでこれをヨンで興味が出たら読んで頂けると幸いです。
「はい、というわけで本日は読書週間でもあり文化の日でもある大安吉日みたいな日ですね」
栞の家で勉強会というかお泊まり会をしていたら唐突にそんなことをいわれる。
文化の日は分かるけれど読書週間なのは知らなかった。
栞がハッスルするわけである。
「ということで本を読みましょう」
「栞は記念日にこじつけなくてもいつも本読んでるじゃないですかあ!」
「切っ掛けは重要ですよ、切っ掛けは」
「で、なんよ? お薦め面白ブックある訳なんでしょ? そういうの分かっちゃうんだからね!」
「むふふ、昨年twitterユーザーが選ぶ二〇二〇年最も面白かった小説というジャックがついています」
「Xかっこきゅうついったーかっことじってヤツね」
「いつ旧ツイッターって消えるんですかね……」
「エックスってびきがもうなんか……」
「まあそれはおいておくとしてフランスの文学賞で最高峰のゴンクール賞を射止め、フランスで一一〇万部を売り上げ、世界四〇カ国で翻訳されたと聞くと興味湧いてこないですか?」
「あーいいねぇベストセラー、そういうのがいいと思う、思います!」
栞はテーブルの下から小豆色っぽい色の表紙の本を取り出した。
いや、最初からそこに置いていたんかい!
と、突っ込みそうになったけれど、まあ何か芋のことのようにも思えたので黙っていた。
本を受け取ってしげしげと眺めると「あらすじ検索禁止!」「衝撃の展開にハマる人続出。一気読みのエンタメ小説」と書かれており、有栖川有栖と円城塔の一言コメントが添えてあった。
「まああらすじネタバレするとつまらない本だっていうのは分かったけれど、この表紙じゃ何にも分からないよぅ」
栞はフフッと笑うと「表紙外してみてください」という。
なんのこっちゃやとおもいつつ表紙を外すと、黒人みたいなオブジェのような不思議な写真の表紙が出てきた。
「このご時世に二重表紙だなんて気合い入っていると思いませんか? まあそう言うのって帯扱いになるらしいですけれど」
「へぇー、エルヴェ・ル・テリエ『異常』かあ異常と書いてアノマリーと読ませるのね」
「そうなんです。まあどう異常かネタバレになら無い範囲でいうと、SFでもあるしミステリでもあるし、文学っぽくもあるしファンタジーっぽくもありますね」
「ジャンル縦断的な?」
「そんなところです」
「ネタバレ禁止って事は読むのに前知識一切ない方がいいの?」
「まあまあ、ネタバレにならない程度にいうと、群像劇っぽくもありますね。何人かの登場人物の人生を眺めていく感じです。メインのキャラクター同士は混じりあり会うことがないので群像劇とも違うのですが色々な人の行動が独立した章のようになっています」
「へぇーなんか珍しい? 構成なん?」
「出だしと筋書きだけちょろっとネタバレすると、突然殺し屋が出てきます。で、その殺し屋の初仕事の話題になった後また別の全く関係の無い人の人生に触れます。章ごとに書かれているヴィクトール・ミゼルの『異常』という本からの引用があるのですが、このヴィクトール・ミゼルも『異常』の登場人物でかなり重要な人です」
「ほぁーん、登場人物はなんか惹かれるかも。プロの殺し屋ってところがなんかハードボイルド? って感じがしていいかも。エンタメしている感じはするよね」
「色んな特殊な職業の人が出てくるんですが、もう滅茶苦茶に詳しく書いてあって、どこからそういう情報仕入れてきたんだろう? って純粋に不思議になりますね」
「取材力が凄いって事なのかな?」
「最後まで読んだ時に、知らない人だったので新人かと思ったんですが、新人にしてはできすぎていると思ったんですけど、新人でもなんでも無くて一九五七年生まれの数学者であり言語学者であり編集者、劇作家と多彩な顔を持つマルチな才能の人だったんですね」
「頭のいい人が書いた異常なお話ってこと?」
「ですです。端々にエスプリの効いた台詞があっていかにも仏文って感じでおっしゃれーってなりますね」
「はい、先生! 私もおしゃれ人間に成りたいです」
「よろしくてよ。まあストーリーはその殺し屋や妊婦の弁護士、建設会社の社長、それにシングルマザーなどなどが乗った、アメリカ向かうエールフランス006便にのった人達が十年に一度の大乱気流に巻き込まれて、なんとか助かったもののアメリカの空港側から不可解な指示を与えられてアメリカ空軍の基地に着陸する……ここまでが第一章なんですが、この後から異常が起きるのであらすじはここまでにしておきます。が! もう思ってたのと違うー! ってなる事請け合いです。帯の惹句の「文学界の未確認飛行物体」という意味がここで分かるんですねぇ」
「語りますなあー」
「語りますねぇー。実際面白い話なので是非詩織さんには読んでいただいて一緒に語り合いたいんですよね。ヴィクトール・ミゼルについても、殺し屋の仕事風景の異常なまでの生々しさについても、全て異常なんですよね。私思うんですが、普通の人が描いた本っていうのはその人の才能や構成力など考えても四割程度が実力で、後の六割はどうやって異常さを突き詰めていくかというところが主題になってくると思うんですよね。もちろんエルヴェ・ル・テリエのこの本はむき出しの才能と緻密な構成力が際立っているんですが、それでも大部分は異常な出来事、異様さという事を前面に押し出している本ではあるんですよ。異常さや異様さには迫力が伴います。その迫力が強烈な読書体験に繋がるんだと思うんですよね」
「異様さねえ、よく分からないけれど怪談とかそういうヤツ……とかもなのかな?」
「そうですね。いま話題になっている『近畿地方のある場所について』ってあるじゃないですか。私より詩織さんの方が先に読んでいましたけれど、アレなんかは異様さを九割ぐらいにして成功した例ですね。漫画も始まるし角川だから映画化するかも知れないですよね」
「ああー異様さってどんなものかちょっとわたしにも分かってきたかも……あの本も確かに異常な事態が次々に起こっているような構成だったよね」
「そうですね、文学ってものはどこか遠いところへ自分を連れて行ってくれる所とか、今まで見たことの無い世界に案内してくれてこそだと思うんですよ。だからその見たことの無い世界ということと異常さっていうのは近接した分野といえるでしょうね。だからこそこの『異常』という本は面白いんですよ!」
「うーんどのぐらいあれば読み切れるかな?」
「ゆっくりじっくり読んでも一週間かからないぐらいですかね? それに今夜読めばいいでしょう。今夜は寝かせませんよぉー」
「んま! 栞のえつてぃー……わたし滅茶苦茶にされちゃうんだわ……!」
「んま! そんなこといっていると本当に滅茶苦茶にしちゃいますよぉー」
「ふふふ、願ったり叶ったりだわ……!」
「んま!」
栞と顔を向かい合わせまじまじと見つめ合うとなんだかおかしくなって、ぷっと吹き出してしまった。
これこそが異常事態なのかも知れない。
「文芸色の強い文学に限りなく隣接している作品ですが、やっぱり多くの人を魅了するだけあってゴンクール章の作品が百万部突破するのはマルグリット・デュラスの『愛人』ラマンというのですがそれ以来らしいですね、正に異常事態ですね」
「よーし決めた! 今夜はこの本読んで栞とネタバレアリアリで語りまくろうと思います!」
「文化の日らしいいい考えだと思います! それに読書週間ですしね、一冊の本を期間中に味読するのも一つの手だと思いますよ!」
「じゃあ今晩は栞との異常事態に備えて一度仮眠しますか……寝ている間にえっちなことしないでよ……?」
「しません……とは言い切れません……」
そう言って二度目を合わせて二人して声を上げて笑い合った。
ひっっっっっつさしぶりの更新になってしまいました。
お待たせしてしまい申し訳ありませんでしたが病み上がりというのもアリ、上手く自分の波を作れていませんでした。
というわけで言い訳はよして文化の日と読書週間に間に合わせで、エルヴェ・ル・テリエ『異常』をお届けします。
とにかく面白いのは間違いないので興味出たらサクッと買ってサクッと読まれることをオススメします。
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ではなるべく近いうちにまたお会いしましょう……本当になるべく近いうちにしたいですね……。