162オラシオ・カスティジャーノス・モヤ『吐き気』
多分読んだことある人は少ないと思うのですがエルサルバドルの作家でカオラシオ・スティジャーノス・モヤの『吐き気』です。
他に『無分別』『崩壊』という作品が発表されていますが、本人が自分は中編作家だと行っているとおり読みやすく手軽に攻略できますのでおすすめです。
今回はストーリーらしいストーリーという者もないので大体のあらましが書いてありますが読んだ後でもつまらなくなると言うことはないと思います。
胃の具合が悪い。
クラスの連中とシュークリーム馬鹿食いした後にお弁当食べて、その後またシュークリームを食べたのが悪かった。
なんでそんなにシュークリームなんか食べているかいうと、学校の近くにシュークリーム専門店が出来たから、みんなで買ってみようと思い、行ってみたらどれもこれもおいしそうだったので、ついついお小遣いのことも考えずにみんなして集まってののノリもあったので目についたヤツを片っ端から買って、欲望のままに貪ったのであります。
生クリームってこんなにお腹にたまるのか! と、そんな厭な発見をした。
もう若くないんじゃないんだろうかという強烈な恐れが浮かんだ。
図書室にいって、口元を抑えながら栞の横に座ると、ううっぷっとおくびが上がる。
栞はわたしのほうをみて「大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけて来る。
シュークリームの食べ過ぎで気分が悪いというのも恥ずかしいので思わず「悪阻」と言ってしまったら、栞は「んま! んま! んま!」と驚愕の叫びを三回上げた。
わたしは慌てて「ごめん違う違う! えーとあれよ、女の子の日ですよ」とかなんとか言い訳をしていたら、栞がわたしの頭の横に頭を差し込んできて、首元の匂いを嗅ぎ出す。
スンスンと鼻息が首元にかかり、恥ずかしいやらなんか怖いやらで嘘をついたのを激しく後悔した。
栞は私の胸の間ぐらいの所に頭を持ってきてそのまま上をむきわたしの目を見ると「甘い香りがします……この前行ってきたシュークリームのお店ですね」とボソッと耳元に告げてくる。
近い近い! 距離近いよ! と思って恥ずかしさに顔が赤くなる。
「はい……シュークリームの食べ過ぎです……」
わたしが白状すると「大方調子に乗って食べ過ぎたんでしょう。若さに任せてクリーム分取り過ぎると太りますよ」とわたしの鼻の頭を人差し指で突っつきながら体を離す。
「いやあ、えへへ、恥ずかしくってさ。シュークリームの食べ過ぎで気分悪くなっちゃったとか中々いえなくて」
「悪阻だの月のものだのそっちの方がずいぶん恥ずかしいですよ。だいたい詩織さんの月のものはまだ先のハズですしね」
「いやは、ちょっと収まってきたんだけれど吐き気がね、凄いさっきまで吐き気が止まらない感じでさ……」
「そんな詩織さんに丁度いい本がありますよ」
「栞っては何からでも本の話題につなげるよね……」
「いいタイミング見つけてお薦めしようとしていた本です。ジャジャーン! エルサルバドルの短中編作家のオラシオ・カスティジャーノス・モヤ『吐き気』でーす!」
「ジャジャーンて……まあそれはいいんだけれど気分が悪い時に読んで大丈夫なものなの?」
「三つの短というか中編ぐらいの長さからの作品から成り立っています。最初の作品が昔の友達が殺された事について嗅ぎ回る話。次がサスペンスです。自殺したと処理された空軍大尉を調べる三つの勢力に翻弄されるハーテンダーの話で非常にハラハラとさせられます。最後が『吐き気』です。副題が「サンサルバドルのトーマス・ベルンハルト」というものがつけられています。サンサルバドルというのはエルサルバドルの首都でトーマス・ベルンハルトはオーストリアの作家で靴のコレクターだったり戯曲を書いたり色々と広範に活躍していた人ですね」
「ふーん。わたしとしては真ん中のサスペンスが気になるかなぁー」
「そうですね。娯楽的には「過ぎし嵐の苦痛ゆえに」というその短編が一番面白いと思います。何というかハリウッド的ですね。そうしてラテンアメリカの文学としては基本になる内戦が絡んでいてそういう所がキモになっていますが、そういうこと知らなくても緊張感のある話としては楽しめると思います」
「サスペンスいいじゃない!」
「まあまあ、ここはひとまず『吐き気』について見てみましょう」
「ん。よろしく頼むよ」
「なんでそんなに偉そうな感じだしてるんですか」といって苦笑いしながら栞は本をめくるとペラペラとページ数を数えだした。
「うーん七四ページ。一時間かければ読み切れるぐらいですかね。詩織さんでも一気に読み切れるページ数ではないですか?」
「はい。いいと思います」
「はい。えーとトーマス・ベルンハルトというのが副題についていますが。先ほどもいった通り戯曲や小説を書いていたのですが、亡くなった時に今後一切自分の戯曲の上演を禁止するといったり、未発表の原稿は全て処分するようにいっていたんですね。で、作風なんですが、そういう面倒くさい部分からも分かる通り、面倒くさい人で、母国であり、普通に住んでいたオーストリアに対する容赦のない批判や罵倒を続けていたそうなんですね。そんなこんなでトーマス・ベルンハルトみたいな人が主人公です」
「自国罵倒とかめっちゃ炎上しそう」
「実際の所モヤは『吐き気』を書いた後に殺害予告出されて一時的に亡命したそうです」
「こわー」
「ラテンアメリのリアリティなんですよ……!」
「で、その作品の主人公はどうなんよ?」
「はい。変わった形式で書かれていて、以前『蜘蛛女のキス』というのをちょっとだけお話ししましたが、それと一緒で会話劇だけで進みます……というか会話にすらなってなくて独白ですね。カナダから母親の遺産を受け取りに、大嫌いなエルサルバドルに帰ってた大学で美術の教員をしているエドガルド・ベガという男が作者のモヤにずーっと一人で語りかけているというスタイルです、もう一人でずーっと語り続けて時々モヤに問いかけをするという感じですがモヤは一言もしゃべりません。ベガの長広舌が繰り広げられます。スタイルとしては太宰治の『駆け込み訴え』と同じですかね」
「ふおーん。でどんなんなの?」
「徹底的にエルサルバドルを罵倒します。エルサルバドル人の好むものは全て全否定します。例えばあちこちで売っているトウモロコシの粉を練った生地に豚ミンチいれたププサという名物料理があるんですが、豚の脂煮詰めた吐き気のする食い物だといい、地元のビールは下剤ビールだと罵り、貝のカクテルという名物料理も不潔だ、吐き気がするとまあ全否定します。政治文化街の人々全てに吐き気がすると罵り、弟家族にも突き放した、完全拒絶の態度を取ります。まあ凝れ読む人が読んだら怒るだろうなと思いますよ」
「へぇそこまで罵倒すると爽快かもね」
「モヤ自身にも、友達だけれど一分でも遅れて待ち合わせ場所のバーに来ていたらもうそれで関係は終わりにするつもりだったといい、エルサルバドル人が時間を守らないことについても吐き気がすると滅茶苦茶に否定します」
「わたしは栞が三〇分ぐらいデートに遅れてきても怒らないよ、うふ!」
栞はわたしの言葉をガン無視して続ける。
「話中に弟とその友人に連れられて女を買いに行こうと誘われます。ベガはどうしても断り切れずついて行くことになるんですが、そこでも罵倒罵倒罵倒。そしてどこかで自分はカナダ人だと証明するパスポートが見つからない。娼館の排泄物や精液などが散らばったとてつもなく汚いトイレで吐き気を我慢しながら、手づかみで探し回るんですね、とにかくここでも吐き気を我慢します」
「そら、吐き気もするわ」
「まあ色々あって、モヤと話した後、遺産の分割に関する手続きをし終わった後はずーっとホテルに閉じこもる、それが楽しみで仕方ないという所で終わります。筋書きとかストーリーらしいものはあまりなくて、テーマとしてはエルサルバドルをどう調理していくかみたいな部分が大きいのですが、ブームにもなった作家で夭折したロベルト・ボラーニヨという作家が絶賛していて、これは凄いといっているんですが、ププサについてはエルサルバドル滞在時にしょっちゅう食べてたけれどおいしかった、そこだけは表明しておくなんていってたりするんですね。ちょっと食べてみたいですねププサ」
「わたしはパス……上からも下からもクリームが出てきちゃう……」
「まあベガは最後にカナダ人になった際にトーマス・ベルンハルトに戒名したんだぜといって閉めるんですが、負のエネルギーが凄いです。そういったパワーが込められていて、数ページ読んで合うと思ったら合うんです。作為的にならない湧き出てくるものを感じ取れればそれで文学は完成するんです」
「ふーん。まあそういうパワー浴びてみるのいいかもしれないね、でも汚いトイレとかそういうの見ると吐いちゃうかも……」
「まあ頭から読み始めて、一日一本読んでいけばいいんじゃないですかね? 楽しいですよ」
「わかった! 読んでみる! あとそういえばさっきわたしの月経周期がど……」
「さて、他にもお薦めの薄い本仕入れてきたので今度読みましょう!」
「うん? うん! わかった!」
なんか全然分かっていなかったけれども栞の謎の圧力に負けて『吐き気』を読むことにした。
何かクリーム分が腹の皮の下にしみ出しているような気がしてわたしはそれに吐き気を感じた。
まあ難しいことは考えないに限る。そう思った次第である。
『吐き気』ですが抜群に面白く吐き気を催すような感じでありますがエルサルバドルという国の暗い部分にスポットが当たっています。
ラテンアメリカの国なので様々な戦争や紛争、軍人による拉致や殺人が多く見られます。
まあ薄い作品なので気軽に読めるので是非オススメしたいです。
ちょっと高いので図書館などで借りられるといいんじゃないでしょうか?
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それではまた近いうちに!