160酉島伝法『るん(笑)』
久しぶりに現代作家のような気がします。
特にネタバレになるような所はないので未読でも読んで頂いても大丈夫だと思います。
あとこのネタバレ注意みたいな前書きいるのかな?
あった法外いいですかね?
とりあえずそんな感じでお楽しみ頂ければと思います。
今日は旗日ということで、昼頃から栞の家へやってきて勉強会という名目のお遊び会をしているところだった。
栞はマジで勉強するつもり満々だったらしく、遊ぶつもり満々で来たわたしをみてあきれかえっていたけれど、にお茶菓子を用意してくるといって出て行ったので、とりあえずやらなければ失礼に当たるだろうと思い、栞の部屋でエロ本探しをしていたら思いのほか熱中してしまったけれど、よくわかんない難しそうな本ばかりが出てきて、流石栞先生は違うわと思っていたところに派手な水玉模様の表紙に『るん(笑)』という変な本を見つけたので、エロ本探しはいったんやめてパラパラとめくってみた。
「あら、酉島伝法の『るん(笑)』じゃないですか、お目がたかい」
いつの間にかわたしの後ろに、お盆を持ったまま立っている栞を見て、ヒィと声を上げ、ごめんなさい! と謝ってしまったが、栞はちんぷんかんぷんといった様子でテーブルにお盆を置くと「その本面白いですよ」といってきたので、命の綱が繋がったことに気づき、冷静さを装い「いやぁ派手な表紙に栞にしては軽い感じのタイトルだったから目について」と、一応嘘は言っていない形でごまかした。
「それ発売日に買ったんですが、この前文庫化したので、早く読まないとと思って昨日読み終わらせた本ですね」
と、仰る。
「へー、ギャグ作品なの?」
「まあギャグ作品には違いないんですが、思った事と方向性が違うというか、読んでこわくなる一種のホラーSFでもありますね」
「いいじゃんホラーSF! なんか内容も軽そうだし、ホラーSFってところが玄人っぽくていい!」
「まあこの人の作品はこれの前に『皆勤の徒』と『宿借りの星』というのがあってそのどちらも日本SF大賞を取っている凄い人なんですが、詩織さんにはそっの方はあまりお勧めできないかも知れません。もうなんか何が起こっているのか全然分からないけれど、なんとなく納得させられるという作品で、二作とも人間以外が主人公の本で、こちらの『るん(笑)』が初の人間主人公の作品なんですねー」
「おーけーおーけー、これが一番読みやすいということだね?」
「まあ比較的……」
なんか栞の口が重い。
タイトルはおちゃらけてるけれどホラーSFといったってそんな大したことないでしょと思いパラパラめくってみる。
「まあネタバレにならない程度にお話しすると、三つの短編から構成されていて、その三つの登場人物が薄らと繋がっているだけで直接はなしに関わってこないんですが設定というか世界観は当然小梨ものなんですね『るん(笑)』はスピリチュアルな世界と科学の立ち位置が反転した世界です。ここまできいて私も軽めのギャグ作品かなと思ったんですが、病気を治すのにも健康を保つのにも、人付き合いするのにも全てスピリチュアルなものが求められ、科学の話をすると攻撃を受けるという世界なんです。初版が二〇二〇年の十一月なのでコロナ禍の人たちの動きを観察して書いたんじゃないかと思うのですが、適切な治療を受けられないというのは中々恐怖です」
「そっちの世界ではスピリチュアルが実は効果あるんだよとかそういうことはないの?」
「龍が実在して、そのうろこを剥がして、飲み水につけたり、焼いて漆喰にしたりと色々使えるみたいなんですが、現実の世界と違うのはそのぐらいですね。あと猫は寄生虫を振りまいて人身を乱す害獣として駆除されています。猫が酷い目に遭うSFってちょっと珍しいですね」
「龍がいるなら、それに関しては効果があるのでは?」
「どうにもないみたいです。酉島伝法という人の作品の特徴なんですが、言葉遊びや新しい漢字をつくってしまったりするんですね。だから『皆勤の徒』が英訳されたと聞いた時はビックリしたものですが、まあそちらに比べればまた大人しい感じではあります」
「へー実験的な作品? というわけだね?」
「そうですね、実験的です。一種のディストピア作品ともいえるのですが、内容的にはみんな平和で精神的に満ち足りた生活をしている体になっているので、ユートピア小説ではあるのですが、悪い言葉や汚い言葉は全部言い換えてしまえ! となっており例えば癌は蟠と呼び変えられており、すっかり信用をなくした病院でも癌摘出のことを、蟠を摘まむと言い換えているんです。で、結局治療法は岩盤浴で体温を三十九度以上にしたり、月の光を集めてかき混ぜた量子的に整っている水だの、血液を一度からだから採りだして拝んだ後体に戻すという血液交換だのと、おぞましい治療法が試されるわけですよ」
「怖っ! なにその世界観……。ギャグかと思ったら結構重めな話だった?」
「はい、結構重めですね。これでもかとスピリチュアルな設定がガンガン詰められていて、どこまでが現実でもあるスピリチュアルな話なのか、どこからが創作なのかなんていうのが全く分かりません。まああんまり分かりたくもないですが」
「いやぁ怖い! この『るん(笑)』ってタイトルも何か意味があるんだ?」
「まあそこは真ん中ぐらいまで読むと分かるんですが、先ほどいった言い換えで、悪い言葉を浄化するというヤツで、回数は少ないものの結構重要な場面で出てきます。病気もテーマに扱っているため、意外と哀しくさせられたりする作品ですねぇ」
「へぇー面白かった?」
「私は好きですよ。詩織さんも気に入るんじゃないですかね? 短編好きだしSFにも興味あるし……」
「もう読み終わったんだよね? 借りていいの?」
「是非是非、休みの日一日あればゆっくり読んでも読み終わりますよ。二四〇ページちょっとしかないですからね、それに連作短編だから飽きが来ないのもいいところだと思いますよ!」
「よーしじゃあ、わたしも挑戦させていただこうかしらねー」
「まあ帯に書いてあるんでいっちゃいますけれど、平熱って高めの人でも三十七度行くか行かないかぐらいじゃないですか。それが無理矢理「今日から平熱は三十八度です」とかダイナミックな技を放ってきます。あと携帯電話は頭に電磁波を出すものをくっつけているから頭が沸騰してしまうので、後ろに神社の鳥居のシールを貼って特殊な巾着袋に入れないとダメとかパソコンも無線機器は一切使わなくて有線で、除霊した部屋に鉛の分厚い特殊加工した板で部屋を区切って、機材は上からビニールシートをしなくては健康を害するとか、テレビも同じだしとまあ、どこかおかしい世界になっています。死ぬことも別次元へ飛び立ったという言い方をされますが、ここら辺はちょっと平沢進的言い回しですね」
「ヒラサワススム?」
「『けいおん!』の主役です」
「まあいいや、ありがとう。ちよっと興味湧いてきた。さっきいった説明も全部解説してくれたってわけでもないんでしょ?」
「はい。思考盗聴も盛り塩で清めるのも、除霊するのも、超自然的な力による遠隔治療も、何にでも効く謎の果物も、なんか効果がある石も大抵私たちが考えつくものは全部出てきます。それが生活様式にすごーく影響を与えているんですね。なのでユートピア小説としてもディストピア小説としても読める怪作ではあるんですよ」
「うん、よし気に入った! 栞の言う通り読んでみようじゃないですか!」
「いいと思います! じゃあまずは勉強の方をちょっとでも進めてから開始しますか!」
「えー……私の折角芽生えた読書意欲をそうやって削ぐの……?」
「勉強会したいっていいだしたの詩織さんじゃないですか……まあ月末のテストの範囲ぐらいはおさらいしておきましょう。読書はそれからのお楽しみです」
「へーい……栞先生はマジメでいらっしゃる……」
「あっ始める前に言っておきますが、私の部屋にはないですよ?」
「えっ? ないってなにが?」
栞がわたしの耳元に寄ってきてそっと「詩織さんは知っているはずですよ」と湿ったと息で呟くので背中が汗びっしょりになった。
あるとかないとか何の話だろうか?
今ひとつ思い出せずに参考書を開いた。
更新まで時間がかかった割には短めの話になってしまいましたが、作者入院につきご容赦頂ければと思います。
次はもっと早めに更新しようと思います、と毎回言っている気がします。
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ではまた可能な限り近いうちに!