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157アルベール・カミュ『転落』

ネタバレはないですが仕掛けについては細々かいていすま。

冗長に過ぎる気はしなくもないですが、色々と周囲の状況を含めて解説させてみました。

「わたしね、ふと思ったんだけれど会話文だけで地の文があんまりないのは子供向けなんじゃないかと思ったわけですよ」


 栞がポカーンとした表情でこちらを見てくる。


「あー……まあ私もよく読まないんですけれどラノベとかはそういう印象ありますね、いい悪いの問題ではなくて対象年齢の差なんでしょうけれども」


「でしょ? まあアレですよ、会話文だけでつなげるのは読書の玄人たる詩織さんには子供っぽく感じてしまうのですよね、ハッ!」


「何がハッ! ですか。そういう決めつけよくないですよ?」


「でも地の文章が少ない方が子供向けな感じはするでしょ?」


 栞は形のよい顎に手を当てて「むーん」といいつつ天井を見やる。


「まあ傾向としてはあると思いますね、確かに」


「でしょでしょ? やっぱり流れるような意識のなんとかがこうドデーンと状況を説明して、会話であまり説明しないのがブンガクなんじゃないですかね!」


「まあ確かに心情を何かに仮託して、メタファーとして内部を浮き上がらせるのは文学的ではありますが、会話文だけで進むからお子様向けとかそういうことはないですよ?」


「あれ? そうなの?」


「例えばですね、アルゼンチンの作家でマヌエル・プイグという人がいるのですが、どちらかというとテレビの脚本とかで活躍したような印象はあるんですが、その人の作品の『雲女のキス』という作品は半分以上地の文が出てこない二人の囚人の会話だけで成り立っています。地の文というのも看守の報告書とかそういう無味乾燥なものだけで会話だけで構成されているといってもいいですね」


「えーそんなんあり?」


「文学は何をしてもいい芸術の筆頭ですよ。筒井康隆御大もそう言っています」


「そうかああるのか実際」


「あるんです実際。それにそこまでガッツリではないですが十九世紀の作家なんかは長広舌を披露する作品が多くてドストエフスキー何かも会話文だけで何ページも進むところとかあったりしますよ。だから地の文が少ないから文学的ということもないのです」


「あー真理にたどり着いたと思ったのに……」


「どんな薄っぺらい真理ですか……。そういえばもっと徹底的な作品もありますよ?」


「へーどんなん?」


「『ペスト』や、「今日ママンが死んだ。もしかすると昨日かも知れないが、私には分からない……」という出だしでおなじみの『異邦人』でおなじみの」


「お馴染みではない」


「お馴染みのノーベル賞作家のアルベール・カミュの『ペスト』『異邦人』に次ぐ第三の小説といわれている『転落』という作品があるんですが、聞き手がオランダのアムステルダムのバーにやってきた時に、突然「ねぇ、そこのあなた」と語りかけてくるクラマンスというフランスで弁護士をやって成功していたという男の語り以外一切聞き手の反応も何もないし、地の文すら出てこない一人語りの小説があります」


「そんなにしゃべりまくるの?」


「はい。一日目から五日目まで聞き手の旅行者相手にずーっと語りまくるというお話です。はじめはどれだけ成功して女にもてて金に不自由しなかったかという話を延々と続けます。とにかく自慢話だけで話が進んでいきます。そして第一日目では自分を「告解者にして裁判官」と名乗るのですがここ伏線なんですけれど、カミュの作品って散りばめられた伏瀬が回収されるの滅茶苦茶遅いのでずーっと後になってから意味が分かってくるんですが、まあそんなこんなで話をしているわけですが、ある時パリで栄光の生活をしていた時に橋の上で謎の哄笑を聴いてから生活が暗転するわけです。それは昔女性が橋から飛び降りるのを見掛けたにも関わらず見捨ててしまった事が思い出され、一気に酒と女に逃げる生活に身をやつします」


「へー、いきなり人生ドボンしちゃったのか……ってかそれ全部一人で語ってて聴いている人はちゃんと話に付き合ってるの?」


「ちゃんと聴いてくれていますねぇ。ここらへんは不条理の作家の面目躍如ですかね」


「それだらだら日の話聞いているだけで面白いん?」


「フランスで出版された時は大ヒットしたそうです。だけどもカミュ曰く誰も話の神髄を理解していないと不満たらたらで、解説とかかくかなんていっていたそうですし、ル間の事故で夭折してからは葬儀委員長やっていたサルトルの弔辞では『ペスト』や『異邦人』押しのけて「最も理解されていない作品」と読んで評価していたそうです」


「理解力のある彼君過ぎる……」


「いや、それがそうでもなくってですね、カミュはソ連を見て社会主義や共産主義を強く非難していたのですが、実存主義と呼ばれる派閥のサルトルなんかはバリバリの社会主義者だったので、最初は仲良かったもののある論文のやりとりで行き違いがあって雑誌の誌面で大喧嘩になるんですね。当時はSNSなんてないから、雑誌や新聞で一ヶ月ごとにやりとりみたいな感じだったそうなんですが、サルトルはその中でカミュのことを散々に罵りきるんですよ。それで精神的に不調になって小説が書けない状態になるんです。゛なんとか健康を取り戻してきた時に書かれたのかこの『転落』なんですが、第三の小説といわれるのは前者二つに対して知名度がガクッと落ちるということもあるんですね。まあそれはいいとしてカミュってメモ魔で、メモ帳だけ集めた本が出ていたりして、日本語でも五年分のメモが読めます。その中でこのクラマンスという人物にサルトルを重ねて当てこすりしまくっていたそうなんですが、カミュ自身の立場も混ざっていたりしてかなり複雑なんです。何回か改稿を続ける内に直接的なサルトル批判は削れていって、今の形になった訳なんですが、なにぶんマイナーな作品であるので邦訳も大分昔に出ていただけなのですが、最近になって新訳がでてかなり分かりやすくなっています」


「仲いいんだか悪いんだかよく分からないね。男同士のユージョーってヤツなのかしら? 結構な大喧嘩みたいだったようだけれど、それだけ深い付き合いしていたのかねえ」


「ええ、カミュも共産党員だった時期もあるんですが、その後の主張の変化で大絶交しちゃいましたね」


「それでサルトルとカミュの喧嘩話当てこする小説なの?」


「いえ。ちょっとしたミステリ要素なんかもあって、なんといえばいいのか分かりませんが、ちゃんとストーリーはあるんですね。カミュのキャリアって演劇方面から戯曲を書いたのですがそこら辺が『転落』に生きている気がします。『異邦人』も一四〇ページ程度ですし、この『転落』も本文は一八〇ページ程度と短いです。短い作品は書けるんだけれども長い話が書けないというのは小説家として大分コンプレックスだったらしく、『異邦人』の後に長編の『ペスト』が書けたのは大分本人としては快挙だったようですね。ただその次の『転落』が成功したもののやっぱり短い作品なので『ペスト』の様な大部の作品が描けていないというのは本人としては悔しかったようですね。とはいっても『転落』は演劇の経験が生きていて書けた訳ですが、それでも本人としては完全復活というわけではなかったようです」


「小説家てコワー。長い作品書けないのがコンプレックスとか、小論文でヒイヒイ言っている私からしたら、そんなの書かなくていいのにって思っちゃう」


「まあスタイルは色々あるので、ボルヘスの様に短編しか書かない人もいれば、ピンチョンみたいにメインは超長編ばかり書いている人もいますし、中々外の人間があーだこうだとはいえないんですが、この『転落』は『追放と王国』という作品の一部だったらしいのですが、長くなりすぎて『追放と王国』に入らなくなっちゃったなんて話がありまして、長い話が書きたいのに短い話しか書けないのに長くなり過ぎちゃったという非常にヤヤコシイ経緯があります。因みに旧訳の『転落』には『追放と王国』が併録されています」


「なるほどねぇで、お話は最後どうなるの?」


「最初にいった「告解者にして裁判官」が一番最後になって拾われるんですが、弁護士として輝かしい生活を送っていた自分からすると考えられない犯罪の片棒を担いでいたことが分かるんですが、カミュは神様のような超越的な存在からの抑圧に反抗するために不条理な作品を書き続けていたようなものでもあるんですよね。だから宗教や神に対する反抗心、他にも『ペスト』に見られる自然や疫病の被害、そして『転落』に見られるような古来の理想郷のための犠牲、共産主義とかそう言うのですね、そうしたものに激しく反抗していたという話なんですね。カミュはブルジョワに対しても反抗心を覚えていて、ブルジョワは労働者を裁くけれどブルジョワ側は裁かないということで「告解者にして裁判官」のようなもんだとうそぶいていたという考えもあります」


「なんかラノベの話からずいぶんぶっ飛んだ話になったなあ」


「まあそうですね、二、三時間もあれば読めるので読んでみます? 結構面白いですよ?」


「うーん映画一本文の長さかぁ……よーし詩織さん挑戦してみようかな!」


「いいと思います!」


「それにしても会話ですらない独り言だけで進む小説があるとはねぇー」


「フランスでは『ペスト』並に売れていて、出て半年で一二六〇〇〇部とか売れてたらしいですからね。今の基準から見ても大ヒットですよ。だからフランスでは読まれているしそういう技法知っている人いるようなんですけれど、日本では全然ですね。因みにその後すぐ自動車事故で亡くなるのですが、書きかけの『最初の人間』という作品があったのですが、残念ながら書きかけで邦訳はあるけれど今となっては完成版を見ることが出来ないですね。残念無念」


「まるでカミュ博士だな……」


「そんなたいしたもんではないですが、最後の頃はカミュに対する世間の反発が強かったらしくて『最初の人間』も出版されなかったそうなんですが、まあここら辺はトリビアですよね。色々と激しい運命の波に翻弄された人だそうです」


「まあ大体読んでいる内に忘れているけれどそういう情報あると味付けにいいから歓迎する。それはそうとわたしたちの話も大概会話だけで構成されているような感じだよね」


「まあ人間の会話の間に地の文入れる人とかいたら気持ち悪いですからね」


 私たちはそんなことをいいながら、ワハハと笑い合って次第に最初の話を忘れていった。

なろうじゃ地の文あるのはウケないとか聞いたのですが堂なんですかね?

それはそうとプイグの『蜘蛛女のキス』もそのうちやりたいですね。

全然関係ないんですがヤシエル・プイグという野球選手がいるようです。

本当にどうでもいい話でした。


雑談一言感想何でもあれば感想欄に放り込んでいただけると励みになります。

それが面倒という向きの方は「いいね」ボタン押して頂けるとフフッて成るのでよろしくお願いいたします。


なるべく早い内に次ぎ書きたいのですが、中々時間の使い方が下手なのでお楽しみにされているか手折られましたら申し訳ないです。

そんなこんなでできる限り近いうちにまた!

では!

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