表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/187

156ミシェル・ウェルベック『ある島の可能性』

お久しぶりです。

大まかな流れについては最後まで書いてしまっていますが、読書の妨げにはならないと思います。

平坦な語りになれるまでは中々進まないかも知れませんが、一度はまると後はするすると入ってきます。

変わったSFですね。

「この暑さは死ぬ……死にたくない」


「確かに死ねますねこの暑さは……」


 残酷な太陽が容赦なく熱線を地上に浴びせ続けている。

 その熱の一割ぐらいを冬にもっていって欲しい……。

 なんか地球の温度調節する係はガバガバなんじゃないかと思えて、呪詛の念が沸き起こる。

「不老不死になりたい……」


「結構大それたお願いしますね。まあ大抵の人は死ぬから死ぬのが怖いのも分からんでもないですけれども、死なないのも怖いっていうお話もあちこちにありますね」


「こう……ちょうどいいときに自分で死んでも、またこう若さ溢れる感じで復活できたりしないものだろうか……」


 栞は額をハンカチで拭いながら太陽を睨めつけつつ「ちょっと変わった話ですがそう言うのもありますね」という。

 ちょうどいい話がちょうどいいときに転がっている。


「ちょっと長めの話ですがフランスのミシェル・ウェルベックという人の書いた『ある島の可能性』という本が大体そういう話ですね」


「あーその作者なんか名前聞いたことあるかも」


「最近になってノーベル賞候補ともいわれ始めてきた作家ですね」


「ふうん。暑いから手短に話して……」


「んまっ! 怠惰ですね」


「怠惰ですよー」


「まあ要約してみますか……。主人公はコメディアンであるダニエル。ダニエルの恋模様を中心に開けっぴろげで執拗な性描写が繰り広げられつつ話は進んでいきます。そこに宇宙から全能の神が降りてくるまで生きたまま待ちましょうという新興宗教の話が絡んできます。そしてダニエルの失恋がこの宗教に絡んでいくんですね」


「へぇー新興宗教ねぇ。なんか健康食品とか売りつけられたりするの?」


「いえ、二〇〇五年にフランスで出版されたんですが、その頃ちょうど話題になっていたのがES細胞ですね。クローン羊のドリーとか生物でやりましたよね?」


「馬鹿にしないでくれるーそのぐらいは覚えてますよ!」


 栞は満足げに頷くと「よろしい」と一言いって先を続ける。


「まあ教祖様からして全能の神みたいなもの信じてないような生臭宗教なんですが、目的はクローン技術による不老不死なんですね。信者は死んだ後の遺産を全て教団に献上するという条件でDNAを保管して貰います。クローン技術で復活するときは赤ちゃんからやり直しではなく、十八歳ぐらいの肉体で復活するというのがミソです。そしてその前の死にそうなボディーから脳の情報をスキャンして若い体に入れ替わるという仕組みなんですな!」


「なんですか」


「なんですな!」


「なんか入れ替わる前の記憶とか自分が別人になるんじゃないかとか怖い感じするんだけれど大丈夫何?」


「なんか大丈夫みたいです。記憶の引き継ぎできるから安心して死ねるということですね。実際この教団の初期では遺伝子を提供した後に老いや病気で苦しむのが厭でさっさと自殺する人が一杯出てきます。クローン技術が完成するのは教壇が本格始動してから三世紀ぐらい後のことらしいので、結構な未来の話まで扱っていますね。ここら辺の構成はちょっと面白いです」


「SFなん?」


「んーまあそうですね。SFですね。オリジナルの人間は教団から人生記という自伝を書くことが半ば強制的に義務づけられています。復活した人間は、ダニエルを例に取るとダニエル1とよばれ、その肉体が死に瀕したときには新しいからだが作られダニエル2にバトンタッチします。未来の荒廃した世界ではすることもないので人生記をそれぞれ読み続けてそれに注釈をつけ続けるという孤独な作業が待っています。彼らは光合成が出来て有機塩類のカプセルと僅かな水だけがあれば高温でも寒くても長時間歩きづけても平気なネオ・ヒューマンとなっているんですね」


「へー便利ー。でも過去の自分が書いた日記みたいなもんに注釈を付け続けるってすぐやることなくなりそう」


「それが割と後半でも新発見や気づきがあったりして、ダニエルの人生記の長井市パートの合間に未来世界のダニエル24が注釈をつける短いパートが挟まれているという構成になっています。ネットとか電力は生きていて人それぞれですがネットを通してコンタクトを取りお互いの情報を交換し合ったりするんですね。そしてダニエル25にバトンタッチして話は終わりに向かうんですが、とにかく話が平坦なんで盛り上がりに欠けるし笑えないブラックジョークが頻出します。まあダニエルは現在世界では大成功したコメディアンで映画の脚本を何本も当てている富裕層なんですが、そういう出来事がただひたすら淡々と積み重ねられていくので慣れるまで読むのはちょっとキツいかも知れませんね」


「でもまあちょっと興味あるかな。未来世界はディストピアみたいになっているの?」


「いえ。教団のクローン作成して運んできてくれる部隊とかはちゃんと生き延びていて物語の起点から二〇〇〇年後も元気にやっています」


「気の長い話だわ」


 わたしはタオルを首筋から胸元に突っ込んで胸と脇汗を拭いた。


「はい」


「え? あ、はい」


 栞がなんかナチュラルに手を出してきたのでタオルを渡すと、思いっきり深呼吸をしてタオルを嗅いだ後、額に光る汗を拭いて、また「はい」といって返してきた。

 何かがおかしい気がしたけれど、暑くて頭が回らないのでスルーした。

 なんか今重要なことが起こったような……?


「街は荒廃し核戦争が起こり、ネオ・ヒューマン同士の物理的距離は果てしなく遠く、街には野人と呼ばれるちょうど『ガリバー旅行記』に出てくるヤフーのような邪悪な存在が闊歩しています。まあネオ・ヒューマンからしたら取るに足らない存在で、野人も極端にネオ・ヒューマンを恐れているのですが、その描写は醜悪です」


「ネオ・ヒューマンはそんな生活に飽きないの?」


「まあ快適に過ごしていて永遠ともいえる命を教授しているので2000年も人生記いじくり回していたわけですけれど、時折街に出て改造手術を受けていない自然な人間のコロニーがあるんじゃないかと考えて旅立つネオ・ヒューマンもいてその場合は教団の管理人のような人たちが永遠にその住居を封鎖してしまいます」


「もったいなぁー折角の永遠の命捨てちゃうの?」


「調べたいという欲求には勝てないんですね。最終的にはダニエル25も旅に出るんですが、その行き着いた先は……というところでお話は終わります」


「なるほど、SFな展開が待っているわけですな」


「まあそこら辺は読んでみるのが一番ですよ、家によって貰えたらお貸ししますよ」


「でもこの炎天下の中、夕方とはいえあまり歩きたくない……」


「炎天下の中水も飲まずに一日中休むことなく歩き続けるダニエル25はかなり壮絶ですよ。この話は聖書に対応していて、そもそもダニエルが『ダニエル書』から来ていますし他にも恋人だったのがイザベルやエステルやポールといった登場人物が出てきますが、西洋人の名前が大体聖書の聖人由来というのをさっ引いても聖書と人物像が対応させてあります」


「聖書知識ゼロだけれど大丈夫?」


「まあ知っていたら楽しめるということで、研究者じゃなければふーんで飛ばしちゃっていい部分ですよ。ウェルベックは真実はスキャンダラスなもので、全て暴かれるべきとも、全ての自由に反対するともいっているある意味一番自由な人なんですね。資本主義を嫌悪する様はリベラルですし、左派の政党を非難しているところは右派ですし、そこで更に人間の自由を否定している辺りはなんなんだこの人はとなりますね」


「自由人過ぎる……」


「人は人生を愛している時には読書はしない。といっているんですが、私たちも本を読んだからこそ書くのだともいっていて、複雑な矛盾に満ちた人ではあるのですね。ウェルベックは自分は一生本を読んでいるのが向いている、でもそうはならなかったと読書に対するユートピアに関して発言したりもしています」


「なるほどねぇー変わった人の書いた変わったお話か……あれ? なんでこんな話してたんだっけ?」


 わたしはまた脇汗を拭いながら暑さでゆだった頭でぼんやり考えた。


「なんででしたかしら……はい」


 栞が手を出してきたのでタオルを渡すとそれで顔汗をじっくり拭いて「ありがとうございました」といって返してきた。


「いえいえ。家とかいってたら栞の家についちゃったね」


「どうですか? 折角だからアイスコーヒーでもアイスティーでも何か飲んで涼んでいきませんか? 汗が気持ち悪かったらシャワーでも浴びて貰ってかまいませんよ」


「冷水シャワーかあ……いいねぇ生き返ると思う」


「じゃあ先に入ってください。私は後から入りますから……」


「……はい」


 今日は何かがおかしい。

 何かボタンの掛け違いというか、パズルのピースがハマってないような気がするけれど、とりあえず今の命を長らえるため栞の言う通りにしようと思った。

 ある家の可能性に賭けよう……。

そんなわけでミシェル・ウェルベックでしたが話を理解するには観光順に呼んでいった方がわかりやすいポイントが多いらしいのですが、あまり気にしないで呼んでもいいみたいです。


一言感想や雑談、何でもあれば感想欄に放り込んで頂ければ励みになります。

そこまでするのは面倒だという向きには「いいね」ぼたん押して頂けるとフフッて成りますのでよろしくお願いいたします。

ではまたなるべく近いうちに……。

では!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] 記憶引継ぎありで若い肉体で復活できるクローン技術、ちょっと羨ましいと思わなくもないですね。老化防止薬とかあればなぁ……。 今回暑さでバグってたのか、珍しく詩織よりも栞の方がアレでしたね~。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ